第2話-5 ハウス・クリーニング ショッピングカートという名の凶器
「これはどう見たって俺達に重量物がまわってきてるよな……」
俺は零雨と二人、手分けして買い物をするにあたって、
書き直した購入リストを眺め、店内もを歩きながら愚痴る。
この購入リスト(改訂版)はチカと麗香が書いてくれたのだが、
チカの陰謀だろう、重量物があらかた俺達にまわってきてる。
純粋というのか無知というのか、麗香はチカの陰謀に気がつかなかったっぽいな。
ラバーカップにエアコン洗浄スプレー、消臭剤に芳香剤、
極めつけにはスタンダードな水色の大きな円柱形のフタ付きのごみ箱……
対するチカ率いる3人組はというと、掃除機用の紙パック、ゴミ袋、雑巾等、
軽量物ばかりだ。
大体、こっちは2人であっちは3人だ。
重量物は3人で手分けした方がいいのは明確だろうが。ボケ。
チカがいざ掃除をするぞというときにただ一人、
テレビの前にふんぞりかえってあれやこれやと指示だけ出してる姿が目に見える。
まあ、そうなった時は俺が文句をつけるがな。
……あまり迫力がなさそうとか言うなよ。
ところで、この間、ジョーとこんな熱い議論を交わした。
俺が完璧なまでのハト派と勝手に自負しているのは、既に知っていることだと思うが、
そのことに関する話だ。
「コウってさ、喧嘩したことある?」
「……口論までならあるが、それがどうした」
「俺はコウはもうちょっと暴力的になった方がいいと思うんだ」
「ジョー、暴力による解決っつーのは、
サル以下、知能を持った生物が使う、最も原始的なコマンドだ。
俺達は新しい解決方法として話し合いというやりかたを獲得した。
これはお前でも分かるよな?
被害を最小限に留めておきながら解決することができる方法を、
手に入れておきながら、お前はわざわざ非効率的な方法で
問題を解決した方がいいと、そう言っているわけだ。
ちょっとお前には言い方がきついかもしれないが、
俺はそういった理論はゲスの極みだと…………
「ちょ、ちょっと待ってくれコウ!」
「……何だ?」
「話は最後まで聞いてくれ。
俺だって暴力的な解決がいいとは思わない。
日本政府が弱腰外交だと揶揄されるのはなぜか、ちょっと考えてみてほしいんだ」
「そりゃ、政府の御偉いさんが張りぼての無能集団と化しているからだろ」
「ははは、辛辣だな……
まあ、それもそうなんだけど、俺が考えるには、
徹底した平和主義が日本の憲法に明記されているからだと思うんだ」
「で?」
「で、日本外交では、何か事件があったとしても、
軍事力を背景にした外交ができない。
その代わり、何と言っているのかというと、
《そんなことをするなら話し合うぞ》と。
今のコウは、そんな政府の外交方針と変わらない、そんな風に俺は見える」
「間違ってはない。というかExactly。正解。」
「俺が暴力的になったほうがいいというのは、
そんな弱腰だと、相手にナメられることもあるだろうと思っての話なんだ。
確かにコウの言うとおり、暴力的な解決はゲスの極みかもしれない。
でも、世の中そう出来た人間ばかりじゃない。
そういった人間に対処していくにあたって、暴力的な面をちらりとみせることで
平和的な解決方法がとれるんじゃないかってさ」
「ふむ、そういう考え方もありなのかもしれんな……」
俺はそこでジョーの理論に納得したわけなんだが、
今思い直してみると、ジョーが言っていたのは極端な話、
《たまには恐喝しろ》と言ってるんだよな……
ああ恐ろしい。
今思い返せば、議論していた内容は意外に難解な話だったと思う。
つんつん、と後ろから夏の短い袖を引っ張られた気がして俺は振り返る。
いつの間にか立ち止まって、考え込んでいたらしい。
零雨がどこかからショッピングカートを持ってきていた。
「……使えそうな道具を見つけた」
「お、気が利くな。
使い方は分かるか?」
「……分かる」
零雨がカートのグリップをしっかり握っていたので、
俺は零雨にカートを押してもらうことにした。
「それじゃ、とっとと買いもん終わらせるか」
俺が歩きだすと、【左隣】に零雨が並んだ。
「まずは、ごみ箱だな」
俺がリストを見ながらつぶやくと、
零雨は、「……ゴミ箱売り場はあっち」と、180°回れ【右】。
ショッピングカートが勢いよく振り回される。
「おわっ?!」
結果、俺は零雨の持っているショッピングカートという凶器の殴打が
腹部にモロヒット。
零雨のその華奢な体のどこから
そんな油圧級パワーが出てくるのかは分からないが、
俺は6メートル程空中飛行したのち、頭から地面に墜落した。
不幸中の幸い、店の商品に激突せず、店の通路上を飛行したらしく、
がしゃん、という音は聞こえなかった。
このシーンの目撃者は、俺が自動車に跳ね飛ばされたように見えたに違いない。
つーか、今の一撃のおかげで…俺立ち上がれん……
なぜか俺の心に時速100キロ以上で手から射出され、
木製、または金属製のバットで渾身の力で打ち返される、
野球ボールに同情の念が湧いてきた。
かわいそうに、あいつら、そんな扱いされたあげく、
酷いときは池にはまって見捨てられることだってあるんだぜ。
俺が墜落現場で腹を抱えながら、痛みにもがいていると、零雨が寄ってきた。
「……当たった」
ああ…当たったさ。
ショッピングカートが…変形しているのだから、
当たってないと…いうやつはいないだろう。
当たって…ないと思うやつ、いたら出てこい。
「……立って」
零雨は無表情で告げる。
俺の心配は…一切なしか、そうですか。
今分かった……この世界をまとめるシステムとやらは総じて…鬼畜だ。
「……立って」
零雨は繰り返し言う。
…無理だっつーの!
少しは俺のこと心配……できないんだよな、麗香と違うから。
俺が立ち上がれずにもがき続けてながら零雨を見上げると、
零雨はちょこんと首を傾げた。
「……立てない?」
モロに衝撃を受けて…何事もなかったかのように…立ち上がるのは…
さすがに無理があるだろ。
「コウくん?コウくん!」
近くを偶然通り掛かった麗香が駆け寄ってくる。
麗香は俺と、変形したショッピングカートを手に持つ零雨を見て、
状況を察知したらしい。
おお、助けがきた!
「零雨、時間を止めて!」
零雨が頷くと、店の中が急に静になった。
本当に時間が止まってるのかは分からないが、不思議な気分だ。
店の中はいつもBGMが流れているが、それが聞こえなくなったからだろう。
「コウくん、ごめんね」
麗香は申し訳なさそうにして言う。
で、なぜ麗香が手を組んでパキパキ鳴らしてる?
ドッ!!
大きく振りかぶった麗香の右腕は勢いよく、頭に直撃、俺は意識を失った。