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【連載15年目到達】マジで俺を巻き込むな!!【はよ完結しろ】  作者: 電式|↵
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第6話-19 代理救済プロトコル 10 - CLOCK GOES AHEAD



 カチチチ、カチチチ、カチチチ――

 簡素な台に置かれた懐中時計の秒針が、盤上で規則正しく振れ刻む。


 ここは中央通信台と名付けられた離水試験場最寄の仮設の物見櫓(ものみやぐら)の上。


 台の上に置かれた懐中時計のカバーガラスに、秒針の動きを真剣な眼差しで見る男の表情が映る。彼は軍楽隊――ナクル防衛軍第一音楽隊の指揮者である。

 彼の振るう指揮棒が秒針に同期して振れ、数人の選抜された音楽隊の精鋭が、彼の指揮に従い打楽器を操り、一秒を四拍に逓倍(ていばい)したリズムを正確に刻む。


 リーン――

 鈴のような音が五秒に一度の周期を知らせ、三十秒と秒針を読み上げる男の声が(やぐら)に広がる。


 中央通信台に置かれた懐中時計は、試験全体の状況を記録する基準となる時計であった。

 時計の秒針と一体になった指揮者。彼の指示に同調した奏者の打楽器を打ち鳴らす。


 ザッ、ザッ、ザッ――

 昼間でも眩しく輝く信号灯。指揮者と同期し、一秒ごとに遮光器が開閉する。

 無指向性の信号灯の明滅は周囲の主要な通信台へ伝わり、同期し、離れた場所で同じ時を刻む。


「主要通信台との時刻同期、完了しました」

「タノン号、発航予定位置に到着。本通信台との相対角、二軸とも測定完了。他通信台の測定完了待ちです」


 主要通信台の時刻を同期し、複数の通信台から見た飛行艇の水平・垂直軸の角度を記録する。試験後に通信台の記録を突き合わせると、三次元空間内での飛行艇の位置を導出できる。さらに時系列で並べることで飛行艇の性能解析が可能となる。


 端的に言えば、三角測量技術の応用であり、地形を把握する手段として生まれ、敵兵団による空襲対策として、敵の三次元位置の測定へと発展した技術であった。

 音楽隊と時刻の同期は、戦場において敵兵団の位置や速度の精度を左右する極めて重要な役割であり、それは今回の試験でも同様だった。


「今更ですが……飛行艇には、こちら(工業ギルド)からも支援要員を出して乗せた方がよかったのでは」

「操縦を想定した訓練をしていたのは彼らだけだ。我々は図面通りに作ったにすぎん。それに、アダチ殿は慎重で大胆な方だ。確かに若いが、飛行艇のことは彼が一番よく知っている。心配はいらん、うまくやるさ」


 ナクル工業ギルド、飛行艇の小道具開発の責任者、ネルン。櫓の上で自信なさげな声色で切り出した彼の言葉を、隣に立つナド――機体開発の責任者が否定する。

 ネルンとナドの会話を、椅子に座って、肘掛けに座って頬杖をつく男――工業ギルドの最高責任者のザグールが、うむ、と短くナドに同意する声を放つ。


 時刻同期用の信号灯の下、指向性の通信用信号灯がせわしなく遮光器を開閉する。周囲の通信台と連絡を取りあう音が、整然とした拍に混ざる。


 街中でありながら、開けた視界から障害物の乏しいこの場所を、悪戯好きな風が駆け抜け、試験開始を待つ関係者の髪を揺らし、(やぐら)を軋ませて逃げていく。

 机に広げられた巻物状の記録紙が、突風でめくれ上がり飛ばされそうになるのを、係の男がとっさに手で押さえる。手が机を叩きつける音が、櫓の数カ所から聞こえ、各々が紙を抑えるための重石を探す。

 巻物状の記録紙を手動で一定速度になるよう巻き上げながら、その紙の上に起きた事象や測定結果を書き込んでいくことで、試験の経過を記録する。

 音楽隊のリズムは、その巻き上げ速度が一定になるよう調節するためのものであった。


 太陽の熱で温められた熱気が、乾燥した街から立ちのぼり、遠く離れた通信台が熱に溶けて揺らめく。陽炎の向こうから、応答の光の明滅が中央通信台に送られてくる。


「全通信台、相対角の測定完了。試験開始可能です」


「仮に試験に失敗しても、私がやめと指示するまで、決して、記録を止めてはならん。くれぐれも、よろしく頼みますぞ」


 ザグールは、櫓の上で観測準備を続ける工業ギルドと防衛軍の共同班にゆっくりとした口調で念を押した。


 カチチチ、カチチチ、カチチチ――

 一つの懐中時計、一つの指揮棒に同期した街。光に従い、各通信台で正確に時を刻む音楽隊の音が鳴り続ける。



*



「そっからあのぉー、直線の終わりの先でぇ、道の曲がりが急になってますから――余裕もって曲がれるようにお願いします。ちょっとこの乗り物(わだち)の性能は、うちらでは把握してないんで――」


 わだちに近づいてきた兵隊が、世界初の飛行艇をひと目見ようと集まった民衆の喧騒に負けじと声を張り上げます。運転席に座ったまま、あい承知と返事するガルさん。

 コウさんの乗る飛行艇。その伴走車に乗った私は、ブロウルさんと一緒に、道具の散らかる荷台に座っていました。


「お前ら。分かってると思うが、笛が鳴ったらアレ(飛行艇)を追っかけるためにかっ飛ばすからな。ちゃんと掴まってろよ」


 ガルさんは運転席から振り返り、後部の荷台に座る私とブロウルさんに言います。もう何度も聞き慣れた忠告でした。

 これから、前方に伸びる直線の道路を高速で駆け抜けるのです。


 もっと良い伝え方があったんじゃないかと、私は後悔していました。

 コウさんにもう少しちゃんと伝えられるように、もう少し上手にエクソアへ説明できなかったのでしょうか。

 気が重いのは、語るまでもありません。


 ピイィィ――


 見物人の喧騒のなか、届いたその遠い笛の音に、わだちは車体を軋ませ、とうとう動きはじめます。荷台のアオリを握る手に力が入ります。

 一拍遅れて、巨大な管楽器のような咆哮が川から響き、観衆の歓声が上がります。飛行艇が動きはじめたのです。


 私の説明が下手なばかりに、この世界のコウさんを無駄死にさせてしまう。

 エクソアに身体を奪われた私は、その事実から、文字通り目を背けることもできず、ただエクソアの視界を通じて飛行艇の動きを観測するしかありません。


 地上を飛んでいるのような凄まじい速度で駆け抜けていくわだち。耳元の風切り音で、飛行艇の荷台下の魔導モーターが、キーンと甲高い音を立てて唸ります。

 刻、刻と迫る、コウさんの水切り石事故。


 先行した私達を追い上げる飛行艇。みるみる速度を上げて、私達の乗るわだちを追い抜いていく。

 猛烈な速度で駆るわだちが、その風圧で真横の建物の窓や扉をバタガタと、次々に打ち震わせます。


 わだちの荷台からは見える、飛行艇の姿。小屋や植栽にときおり隠れるその姿。

 もうじき、あの現象が始まるのです。


 低い唸り声を上げながら私達を置き去りにしていく飛行艇。

 もうじき、もうじき――飛行艇に集中する時間の流れが遅くなっていく。



 ――歓声!

 いつまでも来ない、その瞬間。代わりに訪れる沿道の見物人から突如沸く大声量。


 私は自分が目の当たりにしている光景を信じられませんでした。私の後悔と願望が生んだ、白昼夢に侵されたのだと思ったのです。


「うおおお飛んだ!! リンちゃん!! 飛んでるぜ!!」


 私の肩を掴んで、ブロウルさんが叫びます。その声が、見ている景色が白昼夢ではないのだと、頬を叩きます。

 いま、過去の時間軸で、急制動の末に何度も壁に突っ込んだ沿道の民家を、わだちは高速で駆け抜けます。


 コウさんの操縦する飛行艇は、水切り石のように跳ねることもなく、川面を切り裂く波が途切れて――高度こそ低いものの、機体から大量の水滴を雨霧(あまぎり)のように噴き散らしながら、確かに空中に浮かんでいたのです!


「やったぜ! やっぱボスは天才だな!」

「そうですね!」


 走行風と飛行艇の轟音に負けじと叫ぶブロウルの声。路面の凹凸に、ガンと音を立てて跳ね上がる荷台。エクソアは大声を出すことに慣れない私の喉に力を入れ、声が裏返りつつ嬉しげに叫びます。

 ブロウルさんの短い髪が風に揺れながら見せる笑顔。コウさんの成功を、自分のことのように喜ぶその姿が印象的でした。


 飛行艇が撒き散らした霧状の水に、虹の断片がうっすらと浮かび上がります。

 コウさんが過去の時間軸で語ったように、飛行艇は本当にスッと浮かび上がった。そのことに、私は驚いたような、感銘を受けたような、そんな心地で見ていました。


 私達を後方に突き放しながら、時間をかけて徐々に上昇していく飛行艇。重そうでしたが、無理もありません。

 木と鉄と布と――おおよそ空を飛ぶには適さないような材料で、それもまるで家のような巨体を、螺旋状の白い軌跡を描いて激しく回転する四つのプロペラが、機械の力が、重力に打ち勝ち空へ持ち上げたのです。


 ワァァァ――

 飛行艇を追うわだちと、見物人の熱狂的な歓声。エクソアは、世界初の大偉業を目の当たりにした彼らの様子に目を向けます。

 家の窓から、屋根の上から、道端から――あらゆるところから顔を出して、そしてその歓声につられた人々が、老若男女問わず、彼らの脇から新しく顔を覗かせるのです。



 ――アダチも貧相な水着姿で飛ぶべきかしら?

 ――大丈夫、だいじょうぶ。

 ――諦めちゃダメ!! 頑張るのエクソア!!


 これまでの時間軸でみんなが負った数多くの痛みが、今はなき過去の世界での苦しみが、この瞬間に全て還元されて、報われたのです!

 これまでの苦しみは、無駄じゃなかったのです!! 数多くの悲劇の断片を、糸にして紡いで、その糸が、水切り石事故からコウさんを引き上げたのです!!



 ――死ぬほど難しいんだ、百点満点ってのは。

 ――何か致命的な手違いでもやらかしゃ、仲間もろとも人生終了――って思ったら、そこそこ逃げ出したくなる。

 ――まぁ、やるんだけどな。




「――なあリンちゃん!」


 痛いほどに肩を強く叩かれ、エクソアは視線をブロウルさんに向けます。


「予定じゃ川沿いの飛行だったよな!?」


 観衆の声とゴォーと唸る走行風の騒音に負けじと、彼が叫びます。えっ。

 エクソアは彼の言葉を図りかねて、数瞬遅れてそっと頷き、飛行艇を見ました。


 クル川の直線区間が終わり、右へ曲がるクル川。その上を飛ぶはずの飛行艇は、直線区間の終わりを告げる赤旗を掲げた川辺の兵隊さんの向こう――市街地へ向けて低空飛行のまま直進を続けようとしていたのです。


「あのバカ、どこ行きやがる! 貸せ!!」


 ブロウルが私の足元に転がっていた信号灯を奪い取るように拾うと、手早く信号灯を操作して、飛行艇に光を向けて遮光器を開閉させます。


「うおおい!! そっちへ行くなぁ!! 戻れェ!!」

「コウさん! そっち行っちゃダメ!!」


 イ、ク、ナ――モ、ド、レ――

 私達は、もはや届かないと分かっていながらも、何度も飛行艇に向けて叫びます。唯一届くはずの信号灯の光も飛行艇に向けて、信号を送り続けます。


 それでも、飛行艇は応答しません。クラリさんが通信灯を持って、確かに乗っているはずでしたが、私達の声にも光にも、飛行艇は返事しなかったのです。

 飛行艇は、何も知らない観衆の沸き立つ歓声を浴びながら、川沿いの建物の屋根の上を掠めるように飛びながら、市街地を進んでいきます。


 なにかが、おかしい。


 コウさんは過去の時間軸で、試験の計画書をコクピットに持ち込んで、覚えるほどに何度も確認していました。そんな彼が予定航路を失念するなんて、私には到底思えません。


 わだちは、私達が自らの翼で飛ぶよりも速く、地上を駆けます。私が全力を出せば、わだちより速く飛ぶことはできそうでした。

 しかしわだちを置き去りにして、横へ自由落下していくように先を行く飛行艇は、速すぎてどう頑張っても追いつけそうにありません。


 まって。止まって、止まって、とまって!!

 私の身体の、エクソアの心臓が、時間を刻むように強く脈打ちます。

 どんどん離れて遠くなっていく飛行艇。最悪の想像が私の中で広がります。エクソア、神使様――誰でも構いません。時間を、彼らを止めてください!!


「戻れェ――ッ!!」


 私も、ブロウルさんも、わだちを運転するガルさんも、誰しも同じ意見を口にすると思います。

 家のような巨体をものともせず、ボオォと内臓を震わせるような重低音を響かせて飛んでいく、圧倒的な機械の力に、勝てる気など起きなかったのです。


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