第5話-B55 キカイノツバサ 聞いて驚け
「あー……お久しぶりだな。どう挨拶したものかと、ここ二日ほど案じたものだが、思いのほか見知った面子ばかりで、いくぶん気楽になった」
執務机が置いてある部屋の隣にある応接室。彼はそのソファの中心に腰掛け、テーブルを挟んで座る俺と向かい合う。
あんなことを言っている彼だが、腰と肝の据わった、動じないゆったりとした動作が、それは口だけのものだと語る。
「俺はガル・シグニス。この前会ったメンツばかりだから言うまでもないが、ピクニックに新たに列席することになる老いぼれだ」
俺の隣にはリンが座る。ブロウルとクラリも部屋にいる。メルはグレアと一緒に別室でお茶を沸かしている。
ソファはまだ座れるだけのが幅があるが、二人は俺とリンを挟むようにソファの両隣に立ち、ブロウルは腰に俺の貸したリボルバーを持っている。クラリは後方支援型であって、直接敵と相対するタイプではないが、とりあえず横に立たせるだけ立たせ、ソファーに座る俺とリンが護衛対象であることを視覚的にガルに告げることとした。
普段は護衛らしくない、自由な俺のメンバーであるが、最低限一度は、こういう場で護衛らしく振る舞べきだと、俺が言ってそうさせたのだ。
護衛の指揮を執ると売り込んだ彼に対して、大事な場面でも言うことを聞かない護衛を預けるのは無礼だし、俺の管理能力をも疑われかねない。
「改めて自己紹介する。俺は足立。足立光秀だ。コウとかアダチとか適当な呼び名で呼んでくれて構わん」
「リンです。よろしくお願いします」
すっと、間合いよく静かにリンが口を開く。ここずっとだんまりだったせいか、自分から自己紹介をする彼女が、やはり新鮮に思えた。
エントランスでわだちに乗っていたところ目撃され、ロイドにお叱りを受けたのが一昨日の話。
あの直後、リンがやけどした俺のことを心配してメルと一緒に俺のところに珍しく訪れてきた。
火災のあったあのとき、リンも俺の「全員叩き起こせ」の号令に従ってメルに起こされたが、結局何もできずに迎賓館に留まっていたことを彼女は深く気にしていた。
彼女が来て何か事態が大きく変わったとも思えず、俺も俺で「全員」の対象者からリンを無意識のうちに除外して話をしていた。
時々気にかけているつもりでも、やはり四六時中飛行艇のことに頭を使っていると、どうしてもリンのことがなおざりになってしまう、そうなっていたのは事実だった。
「お邪魔します」
普段の気の抜けたトーンを雑に整えたような挨拶で、グレアが部屋に入る。花茶の注がれた湯気の立つティーカップを、ガルの前に置く。浅紫色の液体から漂うほのかな甘い香り。続いてリン、俺と並べた。
普段なら俺だけティーカップに白湯が入っていても何らおかしくないのだが、今日はごくごく普通に花茶が振る舞われた。一見何もなさそうに見えて何か仕込んでいる可能性もあり、この少女は油断でき――普通に花茶だったわ。
「んん。茶の原料からまるで違う」
向かい合う老兵は舌鼓を打ち、ティーカップをソーサーの上に置いた。
当然のことながら、俺には花茶の良し悪しなど区別がつかない。緑茶系なら分かるかもしれんが。紅茶はあれど緑茶はなかった。
「淹れ方が良くなければ、こんな味はしないだろう」
「あいにくながら、私を褒める意味はないわ」
彼女は俺と目を合わせ部屋から出ていく。グレアの機嫌は良い。
しかし思えば、海外に行くと水質が違って体調を崩すという話をよく聞いたものだが、ここの飲み物の質の違いで体調を崩したことはなかった。
それは迎賓館がそこまで気を配っているからというわけではなさそうだ。リンの家の水でも体調を崩さなかったし。
念のため、あっちの世界に帰ったら、医者に頼んでヘリコバクター――ピロリ菌の検査をしてもらおう。耳にするたびに思うのだが、ヘリコバクターって名前だけは格好いいよな。飼いたくないが。
ピロリ足立って名前より、ヘリコバクター足立のほうがネーム的にも強キャラ臭がする。二択なら俺は後者をチョイスするね。
ところで、検査したらついでにこの世ならざる未知のバクテリアとかも検出されたりもするのだろうか……一気に行きたくなくなった。
「二人を神都まで護衛するということが、俺への依頼ということで、間違いないのかね」
「そうだ。終始ピクニック気分で終わることができればいいんだがな」
「移動するだけで大金が貰えるなら、俺にとっても幸運な話だ。寄りつく虫の駆除には、最善を尽くそう」
さて、契約の話をしようではないか。ガルは単刀直入なセリフを口にした。
「あぁ、契約については一つ事を済ませてから行いたい」
「何をするのかね?」
「今、彼女が用意をしている。しばし待ってもらいたい」
グレアの出て行った扉に顔を向けて伝えた。彼は喉を鳴らし、またティーカップの中身を飲みこむ。
一分もしないうちに、彼女はモノを抱えて部屋に戻ってきた。
「忘れ物の返却だ」
ガルは顔色一つ変えず、持っていたティーカップを置いた。
「なるほど、お前らはそういう――くれてやったものと思っていたが」
グレアからガルに手渡されたのは、鞘に入った剣に見せかけた、黄金入りの書物入れ。
彼はいかつい両腕を伸ばし、それを抱えるように受け取った。
「おやつに手をつけないとは感心した」
「老後の金を巻き上げる趣味はないんでな。俺たちにゃ、ちょっと大人の味が強すぎた」
「次はクッキーでも焼いてくることにしよう」
クッキーという単語に、クラリの耳がぴくりと反応したのを、俺は見逃さない。そっくりそのままの言葉じゃないからな、クラリ。
ガルからの賄賂を俺たちが持っている状態で、この契約を結ぶ訳にはいかなかった。
そもそもが受け取るべきではなかったのだが、そのことに気づいたときにはガルは居なくなっていたし。
「条件は公平になった。これで話を進めることができる」
ガルに羽ペンを渡し、契約の紙に署名を促す。俺の同意はすでに入れてある。最善を尽くし、俺とリンの命を守る契約。豪邸が二つは買えそうな、当面の生活をするにあたっては、十分すぎる報酬。契約書には書かれていないが、三人の支払い予定の金額を口頭で説明した。
すぐに署名したクラリやブロウルと、ガルは対照的だった。羽ペンを手に持ったまま、眉にしわを寄せてその契約の内容に目を通す。
「……。」
「…………。」
「……こういう文書はしっかり読まなければ気が済まなくてな」
「構わない。納得して契約してくれ」
「すまんな」
読み込みに時間がかかっていることを、言い訳のような口ぶりで弁明した。
俺にとっては、むしろ彼の行動は信頼を重ねるに足る、好意的なものに思えた。
契約書に何か罠がないか(実際何もないはずなのだが)、確認する慎重な姿勢は、護衛にも十分役立つに違いないからだ。
うむ、と彼は予定調和的に鼻を鳴し、その紙に自らの名を書き入れた。
「これで間違いはないか?」
返された紙を受け取った。ガルのすべきことは、彼の署名欄に名前を書くだけだ。それが済んだことを確認した俺の返答は一つしかない。
「ガル・シグニス。神都までよろしく」
テーブル越しに差し出した俺の手を、彼は口角を上げて前屈みの姿勢で握った。
「こちらからもよろしく頼む」
グッと固く握られた手は大きく、力強い温かさを感じた。
ガルの手は俺を離れると、隣のリンに向けられた。リンは、どこか申し訳なさそうな様子でその手を握った。
「ところで、これは毎度依頼主に尋ねることなんだが」
ガルはそう言って彼女の手を離し、両膝の上に肘を乗せて腕を組んだ。
「おたくらの信条についてひとつ、お聞かせ願えはしないだろうか」
「信条?」
「それを知っていると、何かと便利な判断材料になるんでな。有能な老兵の知恵というものだ」
俺の信条、ポリシー。問われれば答えるのはいつもの一択。しかし、「誰も傷つかない無難な選択を選びつつ、サボれるところはサボる」なんてポリシーを、この男は知りたいのだろうか。
護衛にあたっての何かなのだ。その判断材料にこのポリシーは的外れな気がして少し考える。
「なんでも良い。あまり深く考えられると、かえって雑念が入って判断が濁る」
そう付け足した後押しに負け、そっくりそのままのポリシーを口にした。ガルは小刻みに頷いて、それで構わないのだと言った。
隣に座るリンを見ると、俯いてガルの答えを探していたが、俺とガルの視線を感じてか、観念して口を開いた。
「すみません、私にはなにもありません。からっぽです」
「そうか――辛いことを訊ねた」
一拍の間を置いて、彼は申し訳なさげに呟く。しかし俺は見ていた。ガルがリンを見る目は、申し訳のなさを示すには、あまりにも異質な目をしていたということを。
「ならば、そこの護衛の二人にも訊ねてみよう。そこの彼――以前紹介してもらったかもしれないが、物覚えが悪くなっていてな」
ガルが何を考えていたのか、俺には全く推測できなかった。俺の思索など関係なく、彼は首を傾げつつそう次の言葉を述べ、視線をブロウルに移した。
「俺? 単純に楽しけりゃなんだっていいって思ってるぜ! あと彼女を作ること!」
ブロウルは親指を自分の顔に向け、自信に満ちた口調で言ってのけた。俺と会ったときと、あまり、いや全然変わっていない。
後半のそれは信条というよりブロウルの目標だろう。それでもガルは笑って首肯する。
「男は紳士たれ。紳士なればこそ、相手から選ばるるに足る。女もまた然り」
ガルはグレアの淹れた茶を気に入ったらしく、ティーカップの中身をくいと飲み干した。
君は、と続けて彼はクラリに顔を向ける。
「私は――」
クラリは嬉しそうにそう言って、その場から古族の身体能力ならではの跳躍でソファの肘掛けを飛び越え、そのまま俺の隣に落ちた。飛び込んだクラリの衝撃で、ソファが一度下に大きく沈み込んで持ち上がる。リンも驚いて彼女を見る。
「――守ってくれる人を守ることです!」
俺に寄り添い、腕を掴んでそう言う。実にシンプルで美しい信条だと思った。
美しい信条の輝きが触れた、俗に穢れた俺の片腕を浄化しこの身もろとも爆ぜる――まさに思想の戦術核であった。
「おま、ソファの横でじっとしてろって言ったろ」
「なるぅ、契約するまではって言ってた」
「そうだったかな」
俺の肩に顔。そんな至近距離で見上げて言われる。
それとね、クラリはなるぅのお嫁さんになろうと思うのです――正直、単に俺を困惑させたいがための冗談だと思っていた。
まさかこんなタイミングでおおっぴらに好意を示されるとは思っていなかったが、確かに言えることは一つあった。
「お前が目をつけた物件だがな、お前さんが思っているほどできた人間じゃない。さらに、お前が一つ歳をとるごとに、俺は七つ歳をとる。お前が二十二になる頃にゃ、俺は齢八十のジジイで未亡人秒読みだぜ。資産もないんだ、やめておけ」
それにクラリと結ばれるということは、この世に骨を埋める覚悟をするということだ。
加えて、俺はどうにかして元の世界に帰るつもりでいる。遅かれ早かれ、俺が彼女より先にこの世を去ることは分かりきっているのだ。
「それにしても、俺も長く生きてきたが、古族が人間を想うという話は、なかなか珍しい」
古族はその感覚の鋭さ故、その人となりを正確に察し、時にその下心さえも一目で見抜いてしまう。
歳を重ねていい感じに穢れてきた大人の心は、純粋な心を持ち続ける彼らの肌には合わず、結婚すると言葉を交わした人間の子も、歳を重ねればその言葉を忘れて離れていってしまう。
だから、よほど心の美しい者でなければ、古族は人間とは深いところで交わることは難しいのだと、ガルは言う。
――聞いて驚け、俺は古族に石を投げられた男だ。
さらに言えば、古族と人の付き合いが少ないのは、古族と付き合えるのは、単に心の美しいロリコンに限られるからではないだろうか――マジかよ。
「そこのメイドさんにも尋ねてみようか」
ガルの飲み干したティーカップにお替わりを入れるために、取っ手に手をかけたグレアに質問の矛先が向く。
「そうね、失うものは少ない方がいいってことかしら」
グレアは、投げられた問いをさらりと受け流すように返して、ティーカップに二杯目を注いだ。
ガルが信条についてなぜ訊ねたのか、おぼろげながら見えたような気がした。
彼女は注ぎ終えると、俺の座るソファの真後ろを陣取る。
もうそろそろ、腕にくっつくのをやめたらどうだ。そのつもりでクラリが抱きつく腕に力を入れて、グッグッと小さく揺する。嫌だとは口にせずとも、握る力が強くなる。やめておけと言っただろ。あからさまな反抗。
「ありがとう。君達がどんな人物であるか、その輪郭を掴めた気がする。俺は、理想のあるがままに生きたいと思っている」
個人的に、信条の立派な人物ランキングを並べるなら、クラリ、グレアの二強。大きく差を開けられてブロウル、ついで俺かリンが並ぶ。リンは例外だとして、女性陣のポリシーの立派さが目立つ。いや、世の男性諸君の尊厳を守るためにも、ここは俺とブロウルがダメ人間なだけだと都合良く解釈しておくのが吉か。
もう一度、より強く腕を揺する。握る手がまた強くなり抵抗する。
握られた腕でティーカップに手を伸ばそうと力を入れると、クラリの手の力が弱まる。
躊躇いはなかった。隙あり、そのまま腕を立て、アームの先についた拳がクラリの額に、痛くない程度に裏拳をかます。
「はうっ」
「ところで、さっきから気になっているんだが、その手当ては一体」
ガルは目前で繰り広げられる妙なやりとりを苦い表情で見ながら言う。長袖を着て隠してはいるが、首元や手首のガーゼまで隠すことはできなかった。
ちなみに、腕は離してもらえなかった。俺の負けである。
「先日、造船所で火災が起きたときに、少しばかり」
「なるぅね、一人で真っ赤に燃える船の中に入っていって、取り残されたおじさんを担いで戻ってきたんだよ!」
適当に躱して済ませようとしたところ、ここぞとばかりにクラリに割り込まれて話されてしまった。ガルの表情が難しくなる。
クラリを見る。彼女の表情に悪気はなかった。ニカッとして、だよね、と。あまり癒やしすぎると、マジでこの身もろとも成仏してこの世からいなくなるぜ。
「そりゃ、どういうことかね」
「そりゃもう最高に格好良かったぜ」
「やめろ」
「別に隠すことでもねーだろ」
俺の制止も聞かず、クラリとブロウルが一部始終を語ってくれやがった。
こういう話はあまり他人に言いふらすものではないと個人的に思っていたし、実際俺のことをさも自分の手柄のように(実際手柄はあったが)話す二人に、両手を膝の上で組むガルは、硬い表情を変えなかった。
「コウだったかアダチだったか、お前自分のしたこと分かってるのか?」
「お叱りはすでに方々から受けた。反省と後悔はすでに済ませてある。もう後悔はしていない」
ガルに凄まれて、立場的には俺の方が上とはいえ、少しばかり怖じ気づいた。
自分で言ってて、まるで次の火災に飛び込む準備が万端とでも言っているような言い方だと思ったが、それが俺の事実であるし真実である。隠す理由などない。
「そうか……お前さんとはいい酒が飲めそうだ」
身動き一つせず言われる。そうか、と返答があるのは雰囲気的に予想はできたが、まさかいい酒が飲めそうと返ってくるとは予想できなかった。ガルが口にした意図も、アタリをつけることができず、そのまま時間の流れに言葉を放流することにした。
「いろいろ聞かせてもらって、なかなか有意義だった。他には特に俺から話をすることはないが……」
「ああ、ちょっと待ってくれ。護衛の三人に良い知らせと悪い知らせがある」
ガルの話が終わり、このまま進めば解散の流れになるところで、俺は片手を小さく上げて止める。まだ、大事な話が一つ終わっていなかった。
ガルが契約書に署名しなければ、することのできなかった重大な話だ。
「先に良い知らせからしよう。四人目の護衛は、俺の後ろにいるグレアに決まった」
グレアの正体は公にすることができない。そのため、契約書にあった秘密保持の条項の承認をガルから得ないことには、彼女の話をするわけにはいかなかったのだ。
「これからする話は、秘匿する義務がある秘密の話だ」
ガルが二杯目のティーカップに口をつける。その行動に協調するかのようにリンもまた、ティーカップを握る。
「ほう」
「グレアという彼女の名前は偽名だ。彼女の本名はバルザス・リー・ユリカという」
ガルのティーカップからフゴッという音がして、肩が跳ね上がった。
「バルザスてぇ、あの――」
「しかも国の王妃になり得る人物だ」
次いでリンのティーカップから異音がして肩が上がる。
カチャン、とソーサーにガルのカップが置かれる音。
「それが事実ならば、おたくらは国をひっくり返す気でいるのか」
道理で報酬がやたらに高いわけだ。落ち着いた低くゆっくりとした声のまま、ガルはさらに続ける。バルザス家の姫様は殺されたはずじゃないかね。
「コウさん、彼女の話なんて聞いてませんよ」
「今聞いただろ」
「そんな、メチャクチャです!」
リンにもV字の眉で言われる。彼女にも黙って話を進めていたのだから、そう言われて当然だった。
腕にくっついたままのクラリは、グレアのことをじっと、黙って見ている。
ただ一人、ブロウルだけは、間の抜けた顔をして話の流れに取り残されそうになっていた。
「ユリカ、話は自分でするか」
「ええ、そうね。私のことを自分で説明できずして、この話を進めることはできないでしょう」
ユリカは、ここに至るまでの経緯を語った。
バルザス家とセルス家は、どちらが王家により取り入られるか競っていたこと。
自分に生まれついてガラスを操れる特殊な能力があり、ユリカ、ひいてはバルザス家はそれで王の婚約相手として優位に立ったこと。それに焦りを感じたセルス家は謀を企て、替え玉のユリカを殺したこと。
両親は幼いユリカを逃がすため、懇意にしていたナクルの領主ベルゲンに彼女を預けたこと。
俺を守るために彼女が今まで隠していたガラスの能力を使ったこと。
そして今、どういう条件で話が進んでいるのかも。
「でももう、そんな政治の話なんか私はどうだっていい。私は両親に会いたいの」
彼女の声は多少感情的ではあったが、神都への道が開けているからだろう、あの時のように涙を流して取り乱すようなことはなかった。
話を聞いて、リンは納得したかのように、ゆっくり何度も頷いた。
「お嬢様に一つ伺いたいのだが、神都で両親に会ったあと、どうされるおつもりかね」
「神都の状況がどうなっているのか分からないから、なんとも言えない。けどまた一緒に暮らすことができればそれが本望。私は自分の身を守るだけの力はあるわ。連れていってもらえればそれで十分」
常識的に考えても、死んだはずのユリカ本人が、積極的な情報収集を行うわけにはいかなかった。ベルゲンや政務院から流れてきた情報が唯一の頼りだった。
そのわずかな情報を頼りに、神都の状況を予想する。彼女の頭の回転の良さは、そんなことを繰り返して培われたものに違いない。
「さっきの話で出たとおり、これは政務院ともベルゲンとも、もう話をつけてある決定事項だ。不服があっても、申し訳ないが覆すことはできない」
「はぁ……若者の集まりだと聞いて、政治とは無縁の安全な物件に思えたもんだが、とんでもねえ。爆弾を隠し持っていやがったな」
「ガルのおやっさんよ、女の子を爆弾だなんて、紳士が言う言葉じゃねえよな」
ガルの愚痴を聞いていたブロウルが、両腕を組んで咎めた。ああ、と生半可な返事をしてガルは口を閉じる。
「ボス、話は分かった。それで、悪い知らせってのをまだ聞いていなかった気がするんだが」
「勉強の成果が出てるのか、なかなか賢くなったじゃないかブロウル」
「お、おう!?」
「悪い知らせというのはだな、これは任意だが、護衛の報酬の四分の一の寄付のお願いだ。知っての通り彼女の護衛代は直接は出せないが、その代わりどさくさに紛れて三人の報酬に分散して上乗せしてある」
そう説明すると、みな寄付に対しては協力的な反応を見せてくれた。
まあそうだろう。これから一緒に旅をする予定の人間に対しての寄付だ。それをしないとなると、初っ端から関係が悪い状態から始まる上、ちょっとしたトラブルが起きたときに、それが火種になって大惨事にも発展しかねない。
心情的にもしやすいし、寄付する方が身のためなのである。
「ボスって結構大人しそうに見えてえげつないっていうか、侮れない黒幕だよな」
何を言ってるんだか。悪い知らせとは言ったが、誰も損などしていない。
途中想定外の事態も入ったが、プレゼンは計画通り。成功裏に終わった。