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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B45 キカイノツバサ 大空のライセンス

「じゃあお前ら、次は時速百二十五キロで千キロを移動するのに要する時間を求めてみろ」


「コウ、急に難しくなったな……もう疲れて頭働かねえ」


「ブロウル、筆算の仕方は覚えたんだろ? できる」


「いやそうなんだけどさ、もう距離とか時間とか速さとか、あべこべになって分かんねえよもう」


「いや、こんなの慣れりゃ暗算で八時間だって一瞬だぞ。ちゃんと考えてみろ」


「おま、いま答え言ったな!?」


「なんだ、ちゃんと頭回るじゃねえか」


 それからしばらくして。飛行機計画はいくつもの問題を抱えつつも、その歩みを止めることなく、着実に完成に近づいていた。


 ここは夜の迎賓館、俺の部屋。俺の執務机の前に、借りてきた長テーブルとイスを並べている。説明会をした時にも使ったものだ。

 そう、俺はたったいま、約束通り飛行艇というハードの取り扱いに関する授業もどきを、ブロウル、クラリ、リンに行っている最中なのである。ちなみに、黒板のような便利アイテムはない。

 授業では口頭で説明し、絵に描いたものや文字などを羊皮紙に書き込んだものを回して黒板の代用としている。木の板に筆で文字を記して、黒板の代わりにする方法も考えた。巨大な木簡というわけだ。しかし、それは木簡の削らねば再利用できない欠点をそのまま持つ。ダルい、辛い、部屋を汚しやすいの三つが見事に揃い、俺の脳内で即座にボツとなり、この現状だ。


 さて、授業の中で最も重要視したのは当然、自分の現在位置の推定に関わる知識や計算に関する内容だ。

 授業の目的が神都への安全な到達である以上、迎賓館の蔵書から適当な物語を選んで、「傍線αについて、人物Aに対する主人公の心情を三十文字以内で本文から抜き出して答えよ」などという問題を解かせる授業は、全く意味をなさない。

 必要なものとしてまず挙げられるのは、飛行艇の航法に関する最も基礎的な問題――速度、天候、簡単な物理などの学習だ。


「コウさん、あの、九九の九の段に自信がなくなってきたので、確認してもらえますか?」


「ん、暗唱してみろ」


 その学習のために俺はまず、掛け算の九九や、割り算などの基礎計算から教えこまねばならなかった。大量の暗記が必要であるこの内容を、できるだけ短期間でブロウルやリンに教えこむ。これがさらに輪をかけて大変な作業だった。


「えっと、九×一(くいち)が九、九二一八、九三二一、九四が――」

「ちょいまて。九掛ける三がいくつだって?」


「二一……二七? あれ、どっちでしたっけ」


 しかし大変な要素ばかりではない。俺達に味方してくれる強力な存在が二つあった。そのうちのまず一つが興味だ。

 学問というものは、履修を義務として与えられた俺達と違い、普段接しない彼らにとっては興味深い、実用性を兼ねたパズル遊びのような代物らしく、嫌がることなく授業を受けてくれるのだ。これには非常に助かった。

 教える立場になって初めて、先生が真面目に授業を受ける生徒に好印象を抱く理由に納得がいったぜ。まあ俺は、たとえ元の世界に戻って高校の授業を受けることができたとしても、普段通りのぐうたらな態度で臨むことには変わらんがな。現時点で先生に媚びる必要性が見当たらん。


「数字の大きい方だ。九は数字一桁で表現できる、最も大きな数だからな」


「すみません。そういう覚え方があるのですね」


「んにゃ。間違って覚えられるより万倍いい」


 そしてもう一つが、教育において用意された、洗練されたカリキュラムである。

 小学生であれば、まず加減算を教わり、次に乗除算を教わり、そこから応用して図形問題へ突入していく。現場での判断で順番が変わることはあるかもしれないが、日本全国あまねく存在するガキどもに教えるための、体系的なカリキュラムが整っている。たとえうろ覚えでも、だいたいその順番に授業を進めていけば、「まだこれを教えていなかった」というトラブルを軽減できるのだ。


「なるぅ! なるぅ! そろそろ私が先生する時間!」


 ……そして俺は教師でもあり、同時に生徒でもある。そしてなるぅというのはクラリが名付けた俺の呼び名である。そう、また新しく増えやがったのだ。


 ある日のことだ。突然クラリが仕事をしていた俺の部屋に駆け込んできて、「私もアダチのこと、愛称で呼んでいい?」と聞いたのだ。嫌な予感はしたが、別に構わんと答えた。するとどうだろう、「じゃあこれから、なるぅって呼ぶね!」と嬉しそうに宣言したかと思うと、ニッと笑顔を俺に見せつけてそのまま部屋から走り去っていたのだ。

 不可解な思考回路である。今思い返して考えてみても、俺となるぅとの間には、関連性が何ら見いだせない。わけがわからん。言葉の意味すら分からん。サッカーの試合中に全裸の男が乱入して駆け抜けていくサマを、ただ唖然と眺めることしかできない選手の心境だったね。


 とかく、なるぅと名づけられたのだから、そう呼ばれたら応と言わねばなるまい。

 懐から懐中時計を取り出す。午後八時五十四分。クラリは時計を持っていないが、彼女の指し示す時間はおおむね正確だ。今日は午後九時からクラリの授業をすることになっていた。

 クラリの時間の正確さはどうやら外にあるらしい。


 さっき俺がブロウルと計算問題についてやり取りしていたとき、クラリは俺の席の後ろの、窓と閉めきったカーテンの間に入り込んで尻尾を振りつつじっとしていた。彼女はこの程度の基礎的な計算については心得ていたため、練習する必要はなかった。

 採用された時のために授業を受けているグレアも、以前教養として習得させられていたということで、受ける必要はなかった。


 クラリ、けが人の救護に必要な医療処置や、武器の補充や正しい手入れ、気象予測や地理などを担当する。色々スキルのあるクラリであるがゆえに、教えられる範囲も広い。

 ブロウルの担当は主に基礎体力育成、武器の取り扱いも含めた護身術だ。その性質から、夜間よりも日中での授業が多い。

 俺の担当は主に数学(Mathematics)と物理(Physics)である。もちろん、凡庸な俺でも教えられる範囲のものだけである。もしかしたら嘘も教えているかもしれない。どうでもいい話だが、英語にするとサマになるよな。


 俺の授業を畳み、クラリが教鞭をとる。俺はクラリの座っていた席に座る。ブロウルの横だ。執務机の前に立ち、片手を元気いっぱいに振り上げた。


「じゃあ、授業はじめまーす」


 クラリは本当に楽しそうにしている。クラリも初めて会った頃に比べると、だいぶ馴れ馴れしく、もといフリーダムになったものである。クラリの明るさの前では、俺は風の前の塵に同じである。


「あー終わったー」


 隣のブロウルがイスからずり落ちながら、両足を伸ばして背伸びする。やはり、ブロウルは計算に苦手意識を持っているらしい。


「なるぅ、今日は何をしたらいい?」


「知らん。教えたいことを教えればいい」


「うーん……じゃあ光学通信についてちょっとだけ知ってるから、一緒に勉強するよ! ちょっと待っててね!」


 思いついたようにそう言うと、クラリは尻尾を上下させて身体のバランスをうまくとりながら、部屋を飛び出していった。尻尾である程度バランスが取れるからだろうか、それとも種族的な身体能力のおかげだろうか、クラリのあの俊敏さは異常だ。野生動物の狩りを連想させる。


 彼女は基本的に行き当たりばったりだ。計算問題を解かなくても良いなら、その間に次の授業は何をしようかだとか、準備が要るなら早めに用意しておくだとか、そういうことをしておいても良いはずだ。

 それに彼女はどうも、何度も試行して失敗し、得た経験を蓄積させて、ようやく確度の高い答えを見つけて自分のものにするらしい。いじめられていた理由の一つは、そのどんくささだったのかもしれない。


 どこからかっぱらってきたのかは知らんが、クラリが大きな携帯型の信号灯を肩から下げて駆け戻ってきたのは、それから二十分も経ってからの事だった。


「えーっと、これはね、びゃーってしながら、ぱちぱちする道具です。持ってるだけで勝手に光ります」


「赤色の丸い透明なやつとか、緑色のやつとかを使うと、綺麗な色が出ます! 割れやすいので運ぶときは気をつけてください」


「なあ、コウ。俺、クラリちゃんが何言ってるのか分かんねえ」


「バカ、国語の読解の授業も兼ねてんだよ。頑張って解釈しろ。先生に失礼だろ」


 ブロウルがヒソヒソ声で俺に話しかける。

 ちなみに、"この信号灯は、魔力を使って発光する白色の光源と、それを明滅させているように見せるためのシャッターで構成されている道具である。スイッチを入れれば光るのは当然のことであり、説明は省略する"と、クラリ先生はおっしゃっている。

 そして"状況に応じて、ステンドグラスを間に挟むことで色付きの光を放つこともできる。しかし、割れ物のガラスなので取り扱いには注意"とのお言葉。

 俺の脳内補完システムによれば、ざっとこんな感じである。


「クラリの説明分かりにくかった?」


 よもやとは思っていたが、思った通りヒソヒソ声は、五感の鋭い古族の前では通用しなかった。クラリの狐耳はダテではない。


「あー大丈夫、大丈夫。雰囲気で分かるし!」


 レディーへの配慮のつもりだろうか、ブロウルは両手を前に突き出して笑顔を浮かべて答えた。

 しかしそれもクラリには雰囲気でお見通しだったようだ。少しテンションが下がったらしく、少し尻尾が垂れた気がする。


「じゃあどうしよう……そうだ、だったらこれの使い方を見せるね。よく見てて!」


「おいちょっ、クラリやめっ――」


 俺の制止の言葉も虚しく、俺達に向けられた信号灯の強烈な光が、生徒である俺達に浴びせられた。

 カメラのフラッシュのほうがずっとマシだと思えるような、その強烈な光をモロに受けた俺達は、目が、目が、と転がることになった。


「あっ、ごめんなさい!」


 幸いにもグレアもリンも失明は免れたが、その後しばらく、目に焼きついた光が邪魔でどうしようもなかった。


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