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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B43 キカイノツバサ トリガー


「回す……ひねる……押し出す……引っ張る……」


「アダチ、ここずっと帰ってから同じこと言ってる」


「動力なくしてどうやって飛ばすんだよ」


 自室の机に広げられた、一枚の紙の上に散り散りに描かれたひらがな、漢字、そして絵。こうすれば、頭の中でなにか新しい化学反応が起きるかもしれないと思ったのだが、さっぱり浮かばない。


 機体装置の設計、車輪、制動装置、各動翼への情報の伝達。それらを班に分けて分担し、協調して開発を進めている。その中で、最も重要でありながら、これらしい案という案が出ていない部品が、動力機関である。


 動力機関がどうにもなっていない状態で、飛行艇について決められるものは限られている。

 動力機関の出力に余裕があれば、機体の設計にも余裕ができるだろうと、ギルドに言われた。また今日ブロウルたちを連れて行ったことで、襲撃に対して防衛を行うための防衛兵器を搭載する案も挙がった。その種類や数は、機関出力の如何で変わるし、状況によっては搭載を見送らねば飛べないかもしれない。

 大きなものを動かすには、大きな力が要る。動力機関に対する要求が大きくなっている。

 動力機関という新種の装置に対して、工業ギルドの方でも模索は行われている。小型、軽量、大出力を兼ね備えた、操作性に優れる動力機関。


 産業革命を通し、重厚長大な蒸気機関から次第に小型化が行われ、ようやくレシプロエンジンで航空機を飛ばせるようになり、ジェットエンジンに到達した。俺のいた世界でさえそうなのだ。

 それをいくつもかっ飛ばして、今あるありあわせの技術を活用して航空機を作ろうとしている。技術的な課題が、ボロ家の雨漏りのようにあちこちで噴出するのは、当然のことだろう。


「クソが。全然思いつかねぇ」


 羽ペンを叩きつけるように机に置き、イスにもたれかかって天井を見上げる。夕飯後で頭がうまく回っていないのもあるだろう。

 「強力な動力機関を発明しましょう」なんて課題渡されて、たかが一高校生に何ができる。

 投げ出せればそれでおしまいだが、あいにく逃げられないのが腹立たしい。


「あー、出発の準備ができたその日に、ラグルスツールに通じるワームホール的な何かが、俺の目の前にタイミングよくポンと現れてくんねえかな」


「全然意味分かんないけど、とにかく現実逃避したがってるってことだけは分かったわ」


「天才でも呼ばないとできる気がしねえ」


 天井を見上げたまま、ぼーっとして答える。焼けるように疲れた頭を冷やすように。

 こっちの世界に来たときは、現代よりも頭使わないかもしれないなんて考えていたが、なんてことはねぇ。むしろこっちに来てから考えっぱなしだ。

 高い天井を見ている景色。そこに割り込んで突如グレアの顔が上から目の前に降りてくる。


「うおお、ビビった」


「目の前にポンと現れてみたんだけど」


「お呼びじゃねえ」


 反射的に起き上がる。

 タイミングは絶妙だった。俺の不意を突くという意味では。

 彼女は俺の言葉に動じない。


「ねえアダチ。ちょっと来て」


「こんな時間にどこ行くんだよ」


 痺れを切らしたような口ぶりでグレアは言う。

 ちらりと後ろの窓を見れば、外はすっかり深い藍色に染まってしまっている。

 彼女は俺のイスの後ろから俺の隣に回りこむ。


「どうせこの後もウンウン唸って、時間が来たら諦めて爆睡するんでしょ?」


「そのつもりでいるんだが」


「もっと有効な時間の使い方を教えてあげる」


 手首を掴まれた。ほら来て。掴まれた手首が引っ張られる。渋々立ち上がると、グレアに牽引されるようにして部屋の外へ連れ出された。


「あんたのやり方は根詰めてるっていうか、傍から見てると同じ考えをぐるぐる回ってるようにしか見えないの。機関だかエンジだか発動機だか知らないけど、いつまで経ってもできる気がしないわ」


 廊下で俺を引っ張るグレアの指摘に間違いはなかった。

 一番大事な動力機関のことを、暇さえあれば考えていたし、何度考えても石油も電気もない条件下では、同じ結論を繰り返すだけだった。


「そりゃ認めるが、お前には関係ないだろ」


「半分ある!」


 初めて聞いたグレアの怒鳴り声。歩みを止めて身体を半回転させたグレアの顔は、眉をしかめた硬い表情。

 しまった。なぜ急に怒ったのか、俺には一瞬分からなかった。

 まだキョトン顔のままで、思考に追従できていなかった俺の顔を見て、グレアの表情が解け、眉が垂れ下がる。


「……それとも本当にないの?」


「いや、まだ考えてる。すまない」


 …………。

 グレアは黙ったまま俺を見つめる。数秒。長いような短いような時間が過ぎる。

 視線を横に逸らしたのは彼女の方だった。


「どっちにしたって要るんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ来て」


 また俺の手を引いて歩く。どこに連れて行こうとしているのだろうか。

 下階に降りる大きな階段を素通りして、廊下を歩き続ける。行ったことのない場所だ。

 グレアは何を企んでいる? 確かにグレアはいつも俺と一緒にいたし、俺が動力機関についてギルドの人間と話している時もそばにいた。だができることなんてあるのだろうか。こいつだいたい寝てたし。


 「使えるかはともかく、とりあえず試作してみたんだけど」なんて言いながらグレアの秘密のラボ的なものがお披露目でもされたなら、たとえ裸になって腹踊りしながら泣いて喜べと言われたとて、進んでやらせていただく所存である。


「これも公然の秘密っていうか、賓客には言ってなかっただけなんだけど」


 そう言ってグレアはある部屋の前で立ち止まった。

 外と比べて小ぶりなその扉は鍵がかかっていなかったようで、軽くノブ回して押すと簡単に開いた。


「つまり上がっていいってことね」


 グレアが呟く。

 扉の奥にあったのは、トイレの個室より少し広い程度の部屋。壁からUの字の金属パイプの足場が縦一列に並んで埋めこんである。早い話、壁に据え付けられた梯子だった。

 グレアが呪文を唱えて手に火の玉を出現させ、それを灯とする。先ほど開けた扉の風圧で舞い上がったのだろう、鼻がムズムズする。


「こんな部屋、無用の長物だと思ってたんだけど。アダチ。入って」


 言われるままに入る。足元には砂埃が溜まっていた。


「アダチは扉閉めてからついてきて。狭いから私は先に上がる」


「はいよ」


 なんでこんな狭い部屋なのに扉が内開きなんだよ。


 ガラガラガラ!

 扉を閉めようと手をかけた直後、部屋の壁の向こう側だろうか、部屋の四方から鳴子が鳴るような音が響き、高い場所から白い光が照らされる。

 グレアに目を向けると、梯子を登り始めている。


「気にしないで。梯子に触ると音が鳴るの。あと明かりも」


「とんだカラクリ屋敷だな」


 先に上がるグレアのおかげで扉は閉められた。

 どこまで梯子は続いているんだ。見上げると梯子は――


 あ。

 ……そんなつもりはなかった。見てしまったものは仕方がない。やめてくれ、こういう心臓に悪いやつ。

 俺が先に登ったほうが良かったんじゃないか。言おうとしてやめた。勘のいい彼女のこと、すぐ気づくだろう。双方の名誉を守るべく、消し去れそうにない記憶とともに、心の内に秘めておくことにした。


「アダチ、なんで上がってこないの」


「いや、考え事してた」


 高いところから聞こえた声に見上げると、グレアは梯子を登り切ったようで、上からこちらの顔を覗かせている。


「どうせまた機関のこと考えてたんでしょ」


「お見通しだな、お前は」


 むしろなにも考えちゃいない。削除処理の試行中であった。


「早く登らないと明かり消えるんだけど」


 中止。グレアに急かされ梯子を握る。その瞬間、まるで衝撃波が起きたかのような強烈な鳴子の一本締めと、フラッシュを焚かれたような閃光。反射的に身を固めた。


「うわっ、まぶしっ! ちょっとあんた、どんなバケモノなの」


 そうか、やはりこれは魔力に反応して動くやつか。

 そういえば、前に魔力の量を測ったときに、強すぎて器具を壊してしまった気がする。最終的に特殊な装置で測ったんだったな。

 急いで登らないと、カラクリを破壊してしまうかもしれない。


「修理代請求は洒落になんねぇ」


 梯子をかけのぼる。なるほど、埃を被った梯子の素材は緑色をしている。特殊な装置の紹介をされたとき、確か魔力を伝達するのに使っていた金属がこんな感じだった気がする。


「あんた確かに魔力強そうとか感じてたけど、そんなに持ってるの!?」


「ふぅ……前に測った時は常人の200倍って言われた」


「呆れた」


 梯子を登り切ると、そこは階段の踊り場ならぬ、梯子の踊り場になっていた。

 下の梯子を照らす光が徐々に暗くなっていく。どうやら壊さずに済んだようだ。


「壊してないよな?」


「たぶん大丈夫だと思う。あんたみたいな人が梯子を使うのは絶対想定外だけど」


「だろうな」


 このカラクリの耐久力は、飛行艇の開発で見習いたいところだ。

 相槌を打つと、グレアはまた先に梯子を登っていく。

 再び鳴子のような音が鳴り、天井に取り付けられた照明が光る。


「ねえ」


「ん?」


「なんでそんなに魔力持ってるのに使わないわけ? 使ってるとこ見たことないんだけど」


「元いた世界じゃ魔力なんてなかった。それがどういうわけか、俺にもあるらしいということを知って、まあ挑戦してみたんだがうまくいかねえんだよ。調整の仕方とか全然分かんねえし」


 梯子に背を向けて答える。

 調整が全く分からず、リンの家のバケツを破壊した上に水浸しにしたのは、ヘーゲルの検査器具も一瞬でデストロイしてしまったのと併せて苦い思い出である。

 グレアは途中でハシゴを登るのをやめて、何かを探しはじめたらしい。


「魔力の型はあるの? 型っていうか属性っていうか」


「こうでいいか?」


 俺が説明書を読んでできた数少ない魔法――指先に火を灯す魔法を見せる。緑色の炎が出てくる。

 するとグレアが吹き出した。


「あんたよりによって回復なの?」


「望んでこの属性になったわけじゃない」


「それは分かるけどさ」


 分かるけどなんなんだよ。どんな型だろうが、どうせ俺の身に余るモノだ。

 グレアは梯子を登るのをやめ、鍵を取り出した。カチャン、解錠の音がする。解錠してすぐ、梯子を降りてきた。


「アダチ、これ」


 俺のところまで戻ってきたグレアは、さっき使った鍵を俺に差し出した。


「どうした」


「ここから上はあんたが先に上がって」


「この先に何がある?」


「自分で確かめたら?」


 梯子に手をかける。爆発的な鳴子の音と、閃光の照明が再び降り注ぐ。

 これ壊しちゃまずいよな。そう思いながら梯子を駆け上がる。

 グレアが解錠したのは、金属製の蓋だった。やや重量感のあるその蓋を押し上げると、片方が蝶番になっていたらしく、パカっと開く。

 梯子を一段登る。夜風が顔を吹きつけた。


「屋上か」


 迎賓館の白い建物の屋根が、月明かりに照らされていた。屋上中央の線を頂点にした傾斜はあるものの、バランスを崩さないよう注意が必要なほど傾いているわけでもなかった。

 梯子を登り切って屋上に足をつけると、すぐにグレアが続いて出てきた。


「いい眺めでしょ」


「そうだな」


 あんたが飛べたなら、こんな面倒なことしなくても、窓からすっと登っていけたんだけどね。グレアはそう言って、蓋を閉めた。


「それで、ここに連れてきた理由を教えてくれ」


「理由? あんたが仕事するの邪魔したかっただけだけど」


 グレアはそう言って、蓋の上に腰を下ろした。そこに座られたら戻れねえ。


「あんたさ、元々こういうのが好きなんじゃないの?」


 足を三角に折った彼女は、膝の上に肘を乗せ、頬杖をついて言う。


「時間を気にせずボーッとしてる時間っていうの? 私をほっぽり出して裏庭でまったりしてた時あったじゃん」


「あぁ、あったな。確かに好きだが」


 俺も座ることにする。グレアの横の適当な場所にあぐらをかいた。


「私はさ、あんたより早く起きて、遅く寝るのが仕事。けど、私は日中ついていくだけでほとんど何もしてないし、寝ててもあんたに多少言われるくらい。拘束時間は長いけど、手を抜けば結構楽できるんだよね。ギルドの帰りには自由な時間も与えられてさ」


 それに比べて、あんたはさ。グレアは前を向いたまま続ける。


「最近、鏡で自分の顔を見た? 最初からずっと見てると嫌でも分かるんだよね。アダチにだんだん余裕がなくなっていくの」


「……気を遣っているのか?」


「別に。いつも通りあんたの邪魔してるだけだけど」


 月明かりに照らされた自分の両手の爪を眺めて、小さくフンと鼻で笑ってグレアは言う。照れ隠しのように思えた。


「それに、あんたの機嫌をとっておかないと、連れてってもらえないかもしれないしね」


「その、悪いことさせち――」


「全部私の計算通りってわけ!」


 今グレアの顔を覗きこんだら、腹立たしいドヤ顔が見れるんじゃないかと思えるような、胸を張った声を、俺の声にかぶせる。

 彼女は、俺に少し休めと言いたかったのだ。飛行機計画が始まって、一日中動きまわるようになった俺の事を気にかけてくれていたわけだ。

 それが本心からのものなのか、あるいは本当に計算づくでこんなことをしたのか。

 あまり人をホイホイ信用するのもどうかと思うが、今は性善説を信じてみたいと思う。


「ところで、この鍵なんだが」


「その鍵はあげる。あとこれも」


 俺がさっき、梯子を登るときにグレアから渡された鍵を見せると、グレアはそう言って、スカート裏の隠しポケットからもう一つ鍵を取り出し、顔も見ず俺に差し出した。


「何の鍵か分かるでしょ? アダチは屋上から落ちるほどマヌケじゃないよね」


「どうも」


 死んだら私の責任なんだから、くれぐれも気をつけてよね。彼女は念を押す。

 大丈夫だ、いくらフェンスがなくたって、落ちないよう用心することぐらいは誰だってできる。かえって、フェンスがないほうが安全かもしれない。


「ありがたく使わせてもらうが、さっきのカラクリ部屋はなんなんだ」


「建物の中から屋上に何かを出し入れするときに使う通路。別に建物の外から吊り上げてもいいんだけど、窓の外を見たら吊り上げ作業しているところが見えるなんて、見栄え悪いでしょ。特に国賓には見せられないよね」


「それで照明は納得はしたが、それじゃああの音は?」


「屋上からの侵入者が梯子に触れたら、壁の向こうの不触石が暴れて音が鳴るようになってるの。部屋が狭いのに扉が内開きなのは、時間稼ぎのため。大人数で侵入して扉の前に押し寄せても、その殺到する力で逆に開かなくなる。手こずっている間に、準備を整えられるでしょ」


「防犯のためか」


「そ。ここの敷地は結界で守られてるし、守衛もいる。ロイドの許可がとれたってことは、ここの安全には自信があるんじゃないの。国賓を守る自信もないっていうのも、それでどうなのって話だけど」


 …………。

 会話が途切れた。

 夜風が寒いが、心地良い。

 ここから見下ろせる景色。迎賓館の敷地外郭の切り口が目の前、正門にある。塀の上には、逆さ吊りになったカーテンのような、青いオーロラのような物理結界。

 屋上向かって正面にある、巨大な時計台。その前方には細長いため池。

 庭園の花壇と、花を映しだすためのため池に立つさざなみに、月光が映える。

 いい景色だ。ここに緑茶が一服あれば、短歌でも詠んでみる気になれたものを。


「…………。」


 何か話したほうがいいのだろうか。ため息を吐いて星空を見上げる俺の頭の中では、話題検索が行われていた。

 検索結果、一件:月が綺麗ですね。言えるか。


「――ここから眺める夜空、綺麗でしょ」


 グレアは足を伸ばし、両手を後ろに回した。


「そうだな。空気が綺麗なおかげで、細かい星までよく見える」


「空気が綺麗って?」


「淀んでないってことだ。俺が暮らしていた街とは違って」


「……ねえ。暇だし、あんたがいた世界の話でも聞かせてくれない?」


 勝手に話していいのだろうか。少し戸惑った。あの酒場での出来事がちらつく。

 飛行機計画は俺の世界のシロモノから来たものだ。別に話してもいいんじゃないか。


「俺のいた世界は、ここよりもっと技術が進んでいたって話は前にしたかもしれん。数百人を一気に乗せて大空へ飛んで行く飛行機を追って街で上を見上げりゃ、建物は5階10階は当たり前、100階を超える超高層建築物もザラにある。地上の移動手段も充実していた。誰でも金さえ払えば、隣町から遥か異国の街まで、どこまでも安全な旅だ。秘境は別だが、庶民の手が届かない額じゃなかった。野盗に襲われることも滅多にない。それは俺の住んでた国ではという話だったが」


「安全な旅、ね……私の世界でもあって欲しかったわ」


「ここもここで、また別の良さがある。あそこじゃ、便利と引き換えに、森をバッサバッサと機械の力で切り倒し、機械が便利のために汚い空気を吐き出す。挙句にゃ機械が空気を汚して得た力で動く、空気を綺麗にする機械なんてものが売りに出される始末だ。そんな場所じゃ、夜空を見上げてもここまで見事な星空は見えない」


「ふうん。あんたはそこで何してたの?」


「学生だ。あの世界で生きていくためには、知恵がいる」


 教育システムのこと、チカのこと、ジョーのこと、人としての零雨と麗香のこと。さすがに、二人が管理者だということは言えなかった。

 それから色々な話をした。俺がそこでどんな暮らしをしていたのか、社会の仕組み、文化、歴史。

 その中で、特にグレアの興味を引いたのは、世界を否応なく一変させた、あの原子爆弾の話だった。


「原爆の話か――西暦1945年、昭和20年。俺が生まれる50年か60年ほど前の夏のことだ。俺の国の二つの都市に、当時戦争をしていた米国の飛行機が新型の爆弾を一つずつ落としていった。たった一つだが、そいつはそこに暮らしていた人々とともに、街を消し炭にしちまった。そいつが原子爆弾、核爆弾。当時最先端の科学が生み出した、人類史上最高にキチガイじみたクソッタレ爆弾だ」


「街一つっていうのがまたすごい。どんな威力なのか想像がつかないわ」


「俺だって想像がつかん。落とされた二発の核爆弾は、それまで使ってきた爆弾の威力がオモチャに見えるほどに強烈だったのは確かだ。核爆弾がやったのは、それだけじゃない。焼け野原の街に、放射線の置き土産までくれやがった。爆発後、被害に遭った人のみならず、救援に来た人々でさえ、そいつのろくでもない置き土産の歓迎を受け、難病にかかる恐怖に一生苦しむことになった――放射線は、目でも耳でも分からん。検査すればすぐ分かるが、しなけりゃ放射線にやられたと分かるのは、死が迫ってからだ」


「ホウシャセンってのがよく分からないけど……なんか、そんな話を聞くと、私は神使様の庇護のもとに生まれたことを感謝するべきだと思えるわ」


「核爆弾が落とされたのは、俺の世界の中の歴史では、俺が今語った二つだけだ。その威力に恐れ慄き、核兵器をなくそうという動きもある。そいつができれば越したことはない。だが残念ながら、そんな爆弾ですら、数を減らす傍ら、より強く、扱いやすくなるよう改良されているのが現状だ」


「便利なものを捨てられるわけがないってこと?」


「そういうことだ。そしてとうとう、科学技術は文字通り世界を滅ぼすだけの力を得た。それも何十回分も滅ぼせる」


 俺は断言する。俺のいた世界は、俺が爺さんになるまでの間に、誰かが放った核で、必ずや世界は滅亡の危機に瀕するだろう。

 考えてみろ。熱で蒸発させるもよし、放射線でじわじわやっていくもよし。前読んだ雑誌に書いてあった高高度核爆発とやらで、インフラを叩き潰して入院中の患者をピンポイントで殺すもよし。今まで有効であると広く知られていた便利アイテムが、ここまで使われずにおかれたことが、今まであっただろうか。

 追いつめられ、ヤケクソになって世界を道連れにしようと発射ボタンを押す狂人が出ないと断言できるのか。

 核の脅威を忘れた世代が核を手にしたとき、それが終焉の始まりだと俺は思っている。


「核を放てば、放つ側にも報復の核が落ち、どちらも滅ぶ。だから核を使わない。戦後、世界ではそんな首の皮一枚で均衡を保つような危うい綱渡りがあった。滅亡まであと一歩というところまで事態が悪化したこともあった。この世界には、そんな歴史を歩んでほしくない」


「飛行艇が完成すれば、人力では敵わないその大きな搭載能力、速達性を必ずや世界に知らしめることになる。正しく使えば世界は豊かになれる。しかし憂慮すべきことは、人は優しくなるのには限界があるが、残酷になるならどこまでもなれるということだ」


 自衛のためとはいえ、最初から飛行艇を兵器の一部として作らねばならないことは、俺の唯一にして最大の懸案である。


「あんたの思っていることは間違ってない。飛行艇ができたら、間違いなく転用されて戦争の道具になると思う。だけど、それを今あんたが考えたところで、どうにかできるわけじゃない。飛行艇計画を放棄でもしない限り」


「まあな……こういう話はブロウルやクラリにはしにくくてな。神都に着いたら、飛行艇は壊した方がいいんじゃないかと思ってる。過ぎた代物として謎に包まれた伝説の乗り物にでもすれば、無駄に人を死なせずに済むかもしれないと」


「それを悪いとは言わないけどアダチ。あんた一人が足掻いてもどうにもならないことだってあるってことは……分かってるよね」


 俺は頷く。

 気を遣ってくれたのに、結局飛行艇の話になっちまったな。自嘲気味に笑って言った。

 ありがと。暗いところにずっといたせいで、ちょっと眠くなってきたわ。グレアは立ち上がってスカートについたゴミを払う。気がつけば、月の位置が変わっていた。


「ちなみに聞いてみたいのだけど、アダチは核爆弾作れる?」


「良い返事を返せる」


「ありがとう」


 俺もゴミを払って立ち上がる。

 蓋を開け、梯子を先に降りるようグレアに言い、俺はその後に続いて降り、蓋を施錠する。

 三回目だから慣れたものだが、この不触石の放つエネルギーの大きさ(俺の持つエネルギーでもあるのだが)には毎度毎度驚かざるを得ない。


 ヘーゲルの特殊な魔力計測用の器具。魔力を伝達する金属、魔力に反発する不触石。そして、魔力を遮蔽する特殊な手袋。

 機関の動力源に押し出すような動きをするものといえば、エンジン、モーター。


 ……。


 …………。


 不触石って、磁石の吸引反発の反発だけ起こす作用に似てないか。


「グレア。俺はお前に感謝せにゃならんかもしれん」


「私は別にアダチの仕事を邪魔してサボらせただけ――」


「俺、動力機関を発明したかもしれん」


「――え、え!?」


 下ではしごを降りる俺を待つ、グレアの頓狂な声が部屋に響く。


「ちくしょう、どうしていままで気づかなかったんだ俺は!」


 グレアと同じく、疲れからやや眠くなってきていた俺の身体は、燦々と輝くエネルギーが注ぎ込まれたような、腹の底から湧き上がる興奮に支配される。梯子を駆け下りる体の動きが軽い。今夜はこの興奮のおかげで眠れそうにない。

 なんということはなかった。動力機関のヒントは、計画が始まる前から全て揃っていたのだ。


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