第5話-B41 キカイノツバサ 優秀……な仲間
「アダチ様、昨日は何者かに襲われたとか。どこかお怪我などは……」
「ピンピンしてるぜ。心以外はな」
ギルドの人間に通され、先に会議室にいた俺たちのところへ最初にやってきたのは、ナクル工業ギルドの副ギルド長、ネルンである。飛行艇開発においては、計器等のメカや、小道具の開発を担当する小道具班を統括している。
古族に襲われた時といい、昨日の出来事といい、非常事態が俺に与える心理的影響を一言で言い表すならば、豆腐に火の着いた爆竹を突っ込むようなものである。
いつもは俺とグレアだけで来ていたが、今日は大所帯である。ネルンは見慣れない野郎の顔を見て、納得したように何度か小さく頷いた。
「なるほど、そちらが――」
「そうだ。昨日の今日で、こんな人数でアポなしで押しかけてしまって申し訳ない」
「アポ……?」
「あぁすまない」
話の腰が折れる。まただ。
「事前の連絡もなしに、と言いたかった」
「さようですか」
ネルンは特別な反応などはしない。
毎日話をしていれば、通じない言葉はいくつも出てくる。もう慣れたものなのである。
そういう言葉は大抵外来語である。如何に日本語の中に外来語が多く含まれているかが分かるというものであるが、通じる外来語もあるあたりが紛らわしい。なぜ通じるものと通じないものがあるのだろうか。めちゃくちゃだ。
「こっちがリン。彼女も神都へ行く。その隣がリンのメイドのメルだ」
「よろしくお願いします」
「はじめまして。私は飛行機計画で小道具班の総合班長をしているネルンと申します」
ネルンはリンに手を差し出す。リンはその手をとリ、苦手そうな作り笑いを浮かべた。
「どうも、はじめまして」
「どうか緊張なさらず。狭くゴチャついていますが、力を抜いてもらって構いませんので、ええ」
そう言って握手を終え、視線をメルに向ける。すかさずメルはネルンに深々とお辞儀を返した。
俺は護衛組の二人に顔を向けて紹介する。
「で、彼が護衛のブロウル。同じく俺の横のちっこいのがクラリ」
「おっちゃんよろ!」
「はじめまして!」
初対面のときの俺ですら、物怖じもせずフランクな挨拶で済ませた、筋金入りのワールド級フランカー、ブロウル。
「どうも、よろしくお願いします」
握手の手を差し出す彼もかなり濃いキャラのはずだが、ネルンはあまり気にしていない……はずがない。例によって、ブロウルの手をとった彼は、ちょっとアレな人を見る顔で握手を交わす。実際否定はしない。
握手を終えると、クラリも意気揚々と下から握手を求める手を差し出し、ネルンはその手を握る。
「可愛らしいですね」
口にはしなかったが、握手をしてもらってご満悦のクラリの顔を見てか、目が優しくなる。微笑みに変わったネルンの表情は、クラリがまるで子供のようだと言いたげだ。実際否定はしない。
彼は、いつも顔を合わせるたびにいつも真面目そうな顔ばかりしていた。こんな表情をしているのを見るのは初めて見た気がする。ただ単に、そんな顔をしている場面を見るチャンスが今までなかっただけの話かもしれない。
「しかし、国賓の護衛に古族とは、聞かない話ですね」
「珍しいのかどうか俺にゃ分からん。色々と言われて考えた末の結果だ」
そう言うと、ネルンは正直微妙そうな人選だと言いたげな、納得いかないような顔で俺を見る。まあそうだろう。礼儀もなってないLサイズの筋肉が一つと古族が国賓の護衛だと紹介されたら、こいつらでホントにやっていけんのかよと、まず確実に俺は思うね。
彼らの実力は俺がちゃんと見ている。俺はネルンに完結に説明する。
「ここにいるのはみな実力が保証された優秀な、あー……そうだな、みな優秀な人材だ」
言いながら、ブロウル、クラリと視線を流して、次にグレアの顔を見たのが悪かった。グレアのサボる姿を思い出して、思わず次に出す言葉に困っちまった。
「いま私を見て、優秀って言うのためらったでしょ!?」
「護衛の能力とか(居眠りとか)に関しては優秀だと思っている」
「…選りすぐりの方々とお見受けいたします。我々もそれに似合うものを作っていきますので、どうか皆さん、よろしくお願い致します」
ネルンは微妙な間の開いた挨拶に続いて、もうじきギルド長もいらっしゃると思いますので、どうぞおかけになってお待ちくださいと言い、手で腰掛けるように促した。
「アダチ、さっき絶対なんか言ったでしょ!」
俺の両隣にはブロウルとリンが座った。ブロウルの隣にクラリ。
普段通りに俺の隣に座ろうとしたグレアだが、俺を見上げながら文句を言っている間に二人に先を越されてしまった上に、メルが「メイドならば当然」と言わんばかりにリンの後ろに立って待機してしまった。
グレアの席はもはや消失してしまったのである。偶然が生み出したファインプレーに、机の下でサムズアップしたのは言うまでもない。
俺達が腰掛けるのを見届けると、所用がありますのでと、そっとドアを閉じて会議室を後にした。
「さてアダチサマ、先程は何に関して言えば優秀と仰せられまして?」
ネルンが出ていくと、グレアはすぐ俺に食って掛かった。チッ、小声で言ったのによく聞こえたものだ。地獄耳。
「えー、記憶にございません」
「病気ね」
面白くないだろうグレアは、つっけんどんに冷たく返す。クラリちゃんに診てもらったほうがいいんじゃない?
「呼んだ?」
ブロウルと一緒に会話を聞き流していたクラリが、名前に反応して椅子から飛び出して近寄ってきた。俺は背もたれに体を預けてクラリの方を向く。
「クラリは、俺がさっきグレアの事をなんと言ったか、覚えてなんかないよな?」
「えーっと……なんのこと?」
「(物分かりの)いい子だ」
「うっわ卑怯者」
手を伸ばせば触れる距離まで近づいていたクラリの頭を撫で――驚いた。
髪はとてもふわふわで、それでいてしっとりとしていて、指が引っかからない。このうっとりするような心地良さは、言葉ではうまく表現できない。
強いて言うなら、低反発まくらを触っているときのような心地良さだろう。本当にこれが人の髪なのだろうかと疑いたくなるほどに心地良い。もしかしたら、動物の毛の性質が半分くらい混じっているのではないかと思えるほどに。
「――お前の髪は撫でていると気持ちいいな」
「しかも逃げた」
クラリは無言ではにかんだ。
クラリがここに来た時は、服も髪もボロボロだった。
あの時着ていた服を今はどうしているのかは知らないが、今は新品同様の綺麗な深茶色をしたジャンパースカートを着ている。てっぺんから足先まで、とは靴がまだボロボロのままのため言えないが、それでも来た時と見違えるほど綺麗に変わった。
それは迎賓館内で会うたびに薄々気がついていたが、クラリの髪に触れて、それを改めて実感した俺だった。
「メイドさんがね、お手入れしてくれたの」
「グレアちゃんが、『あのままでは痛々しくて見ていられないから、なんとかしてやりたい』と。グレアちゃんはアダチ様のお仕事がありますので、代わりに手の空いていた者に協力してもらいました」
「ちょっとメル」
「そうか」
ブロウルは背もたれを脇に挟んで身体を反らせ、俺の顔を見ながらグレアを親指で指す。
「キツいやつだと思ってたんだけど、意外とそうでもないのな」
「だろ? ああそれとブロウル、いいことを教えてやろう。お前の部屋にあった干し草ベッド。あれな、グレアの仕業だぞ」
「性格わるっ!」
「あんたは私の評判を上げたいの? それとも落としたいの?」
グレアは腰に手を当て、上げてで上を指し、落とすで下を指す。
「上げて落としたいんだよ」
「どっちが性格悪いの!」
「決まってるだろ。どっちも性格悪いんだよ」
「お前ら仲いいな」
両手を頭の後ろに回したブロウルが笑う。
はい! クラリは何か言いたげに威勢よく手を上げる。
「クラリの部屋にも干し草積んでありました!」
「それも多分グレアのやったことだぞ」
「グレアさんありがとう!」
「え」
グレアがそこで驚くっていうことは、つまりそういうことである。
ブロウルはあごに手を当てた。そういや、朝会ったら髪とか尻尾に干し草つけてご機嫌な時があったな。
「干し草の中に隠れるのが大好きなんです!」
「まあ、良かったじゃないかグレア」
グレアは苦そうな笑みを返した。
干し草の上に飛び出した、おもちゃの水鉄砲とヘルメットをかぶった伏兵クラリ――想像したら意外とかわ……どうでもいいな。
「ところで少年はさ、ここで何やってんの?」
ブロウルは話題転換とばかりに話を振る。
「ん、ああ」
ここで飛行艇の開発をしていることは、既に皆に話してあった。しかしこの部屋で何をしているのかまでは、まだ話していなかった。
「ここでは、飛行艇の詳しい設計を、ここの技術者達と意見交換しながら決めている。俺は元いた世界にあった概念を提示しているだけだがな」
「ふうん。お前がここの助言を受けて作ってるんじゃないのか」
「素人の工作で作れるものなら、とっくに作ってるし、ここにはいない。作るのも俺だけじゃない。かなり大きい計画でな、街中の職人を束にしても作れるかどうかってところだ」
「うへぇ、職人総動員かよ。すげえ」
特に、現状飛行艇の形だけ完成したとしても、飛ぶことはできない。エンジンに相当する動力機関が全くの手付かずなのだ。
動力機関は、当然それなりに強力なものが要求される。
機関出力によって、動かせる機体の規模が変わる。だから本来は動力機関を元に機体を設計すべきなのだ。機関が出来上がってから飛行艇の設計をしていては、70日では到底間に合わない。見切り発車というやつだ。
ブロウルに、動力機関の概念を交えてそう現状を説明した。
「よくわかんねえけど、飛行艇に必要な筋肉がないってことなのか」
「筋肉……まあそんなところだな」
飛行艇の動力機関を筋肉と表現するとは、斬新な発想である。斬新すぎて一瞬何を言っているのか理解できなかったが、概ね正しく理解してもらえたようだ。
「筋肉と違うのは、使い込んでも強くならないところだな」
「手に馴染んでくるとかはないのか?」
「その発想もなかったが……ないだろう。まあ、ありもしない動力機関の性格を勝手に定義するのも変な話だがな」
ブロウルは、首をひねって言う。
「ごめん、何言ってるかちょっと分かんねえ」
「なんでだよ」
動力機関の概念が理解できて、これが理解できないブロウルが理解できない俺である。
にしても、このままでは個人では到底工面できないような巨額の費用を投じられた結果、ペダルを漕ぐとプロペラが回るだけの、飛行艇の形をした健康器具が完成する――シャレになんねぇな。
そう言うと、ブロウルは違いねえと笑った。
ふと。空気が振動するのを感じた。嵐が来る。