第5話-B40 キカイノツバサ 老兵
「あー、経験豊富な90歳、まだまだ現役のおっさん傭兵は要らんか―」
なんかまた妙な奴が現れた。
短髪で背の高い、大きな剣を背負った筋肉質の男は、歩きながら突如として声を上げた。遠くから声を上げて街中を歩いてきたわけではないところがいかにもわざとらしい。
グレア、クラリ、ブロウルの順に目を合わせる。どの顔も歓迎しているはずもなく。
行くぞ。俺は黙って進路を手で指し示した。彼がこっちに近づいているような気がするが、気にしたら負けである。一同揃って足を速める。
「武器を片手に数十年」
こっち来るなよ……
「対人対獣なんでもござれ」
移動速度の速くなった俺達に応じるかのように、奴の進行方向が微妙に変化。彼が向かう目的地は――
「このガルを雇いたい奴はおらんかー……おおっと」
チキショウやっぱりな。目的は俺達だと思ったよ!
ガルと自称する、中年の外観の男は、俺達の行く手を遮るようにして止まった。
「これはこれは……噂に聞く異界の方ではないか」
「わざとらしいな」
いかにも偶然を装うガルに俺は一言返す。
「気づかれちゃぁ仕方ねえな。で、なんだ、若えもん揃えてこれからピクニックか?」
「そんな日和を感じる余裕があればいいんだがな」
「俺は彼の護衛ってわけ。昨日のこともあったし」
「やり手のメイドがいたと噂になってたあの話か。ぱっと見、そこの古族も護衛かな?」
俺の隣に立っていたグレアが小さく舌を打った。
「そこの男、ガルだかなんだか知らないけど、私達はあんたを相手する時間はないの」
「……歩きながらでもいい。俺の話を聞いていってはくれんか?」
「ていうかあんた、この方が国賓だと知っていてその態度なわけ? 私達ならまだしも、国賓に対しては、立場相応の態度をとるのが筋じゃなくて?」
「構わん。何度も言っているが、俺がここにいるだけという理由でヘコヘコされるのも気持ちが悪い。普通の体でいてくれたほうが俺としても楽だ」
もはや形式化された、いつものやりとりである。
「で、少年。どうすんの?」
ブロウルは俺を見ながら、ガルと名乗る男の話を聞くかどうかの選択を迫った。
変な奴と関わられると面倒そうだと思って回避したが、回避しきれなかったのだから仕方ない。
枠も空いているし、話は聞いていて損はないだろう。あのわざとらしさやタイミングの良さから考えて、俺達の行動は噂か何かで把握しているはずだ。なにせブロウルと同じくらい体格が良く、俺やブロウルよりも背の高い男。俺の目の高さに、ガルの口があるのだ。身長は180センチを優に超えていると思って間違いない。
そんな体格のいい大男なのだ。ここで話を聞かなかったからと逆恨みされたときのことを想像すると恐ろしい。本能的に回避したいと思うのも自然というものである。
「歩きながらで良ければ聞かせてくれ」
「すまねえな」
その一言をおいて、ガルは俺を囲う陣形の外からセールストークを始めた。
「傭兵っつうのは戦力をカネで買いたいの人の元につく。だがこのあたりは、国境に近く、治安はそこそこと噂に聞いていたが、実際そこそこどころじゃねえ。ここの傭兵の仕事といったら、重労働系の雑用と、用心深い奴や、あって旅人の警護くらいだ。正直いって暇で仕方ねぇ」
「俺もそんな仕事ばかりだった。こんなの傭兵のする仕事じゃねーって腐れて、旅に出たことあるぜ」
ブロウルがガルの話に同調した。同じ傭兵としての境遇に共感を示したようだった。
「ほう、旅に出るとは、都会暮らしのなんちゃって傭兵とは一味違う、気合の入った若造だな」
「旅に出て実感した一番デカいことは、俺は世の中を見くびっていた甘ちゃんだったってことさ」
「世の中を知っているかどうかで、その立ち回りは大きく変わる。こういう人間だと見抜いたおたくはお目が高い」
「はぁ」
俺はなんともいえない返事を返した。なんか褒められたが、ブロウルが過去に旅に出ていたことは、今初めて知った。そもそも世の中を理解せずして、傭兵という仕事が務まるのか疑問だ。ガルの言葉は、どうせ自分を売り込むためのリップサービスだろう。聞き流す。
「もうね、ぜんっぜん彼女できねーの。このブロウル・ホックロフト、彼女いない歴が年齢と同じとかあり得なくね? 傭兵やってるマッチョメン。だがしかし筋金入りの××! 世の中厳しすぎるわ」
コイツは何を突然言い出すんだ。脈絡のない展開の理解に苦しんだ。……いやまて、ブロウルの世の中を甘く見ていたってのは、自分の傭兵としての実力不足のことじゃなくて、まさか彼女ができない現状が甘くないって言ってるんじゃなかろうな。で、彼女ができない傭兵だと見抜いた俺は「お目が高い」とな。ガルはそんなことを言ったつもりは、一原子ほどもないだろうが。
さて、ブロウルの鍛えられた身体に引き締まった顔。同じ男から見ても見た目はさほど悪くない。厳しいのはお前の性格だろう。消去法的に。
「モテない原因があると言っている人に、物好きか悪略を企てる気がある人でもなければ近寄りやしないって」
「え、マジで?」
そして俺が思ったことを代弁したのはグレアであった。
「私はそういう人じゃないから、今のところあんたに興味はないっていうか、あんたにそんな目で見られてると思うと、悪寒さえ感じるわ」
「そこまでボロクソに言わなくてもいいだろ……ってか、コウもなに納得みたいな顔して頷いてんだよ!?」
「事実グレアの話に納得しているわけだが、何か問題でも?」
「クラリはね、ブロウルは悪い人じゃないの知ってるよ! 雰囲気で大損してるけど!」
「お前ら、揃いに揃って……」
ブロウルは肩を落とした。
「あんたのその、がっつき過ぎなところを何とかしたら、状況は変わるかもね」
咳払いの声。あんたらの仲がいいことは分かった、続きを話していいかと、溜息混じりにガルは言った。
「人生は長い。彼氏や彼女の一人や二人、そのうちできるだろ。できた相手は大事にしな。俺も女房と息子がいたが、逃げられちまった」
「…………。」
「おたくが遭った昨日の事件は、運が悪かったとしか言えねえが、そういう危険から護るための護衛だ。そこまで仲が良けりゃ、突然の出来事の際も連携した動きをとることは難しくないだろう。なるほど若い人間の活力も未知数だ」
だが所詮は若者の集まりでしかない。ガルは語勢を強めて言い切った。
「若者の活力は確かに侮れん。俺はまだまだ第一線で仕事ができているが、これから衰えていくのは間違いない。しかし俺には、若者には到底敵わん武器を持っている。俺の今までの人生で得た豊富な知識と、経験だ。こればかりは若者にはどうしようもできまい。若いだけが取り柄の集団は、いずれ大きな間違いを犯す」
「なるほど。ところで、護衛選抜の選考会があったと思うが、それには参加したのか?」
「うんにゃ。応募はしたが書類選考で弾かれた。俺は元々盗賊団の生まれでな。小さい頃から両親と一緒に強盗、略奪に人殺しと、色々やったものさ。悪いこととは思ってなかったな。そうして生きるのが普通だった。で、その盗賊団は結局征伐されちまったんだが、当時ガキだった俺の戦闘能力の素質を買われて助けられてな。再教育を受けたってわけだ。それからは逆に盗賊の征伐やら治安維持の仕事をした。つっても、しっかりお勤め果たした前科者だ。こんな経歴だから、政務院が警戒するのも当然だろう。んで、窓口がダメなら直接交渉ってわけだ」
「大胆な手に出たな」
「俺は賊の手口も、傾向も、対策も、自然の中を徘徊する野獣から生き残る術も知っている。征伐組織の頂点に立って指揮した経験もある。経歴が経歴だけに表には出ねえがな。普通は大人数で護衛するのが慣例だが、今回はどういうわけか、少数精鋭だと聞く。おたくの護衛を俺が預かって、最大限の能力を発揮できるよう俺が指揮を執ろう。残酷な決断をすることもあるかもしれん。しかし国賓の護衛という仕事に最後まで忠実に尽くすことは、ここに神使様に誓おう」
「つまり、俺が雇った護衛を、人生経験豊富なガルが統率して、護衛全体の能力を底上げする、ということか」
「まさに」
「ちなみに護衛の志望動機は?」
「俺もそのうち隠居することになるだろうが、いつまでこの仕事をやってられるか分からん。隠居暮らしの生活資金を貯めたい。細々した理由はほかにもある」
俺は志望動機の質問に、御社の良いところをあいうえお作文で的な回答はハナから期待していないが、ブロウルの志望動機は「異界の人間を一目見てみたかった」、クラリは「いじめから生き残るため」、検討中のグレアは「両親に会いたい」というものだったわけで、ヨイショのないガルの動機がここまで地に足の着いた、誠実な回答に思えた。いや、クラリの動機も切迫した切実極まりないし、グレアも親を持つ生き物なら多くが共感できる動機であって、それらの理由がふざけてるなどと思う鬼畜の心は俺には持ち合わせがない。ただ久々に普遍的な価値観を持った、分かり合えそうな人間に出会った気がした。
「お前には、あの人はどんなふうに見える?」
俺はでクラリの顔を見る。古族には人の善悪を見分ける能力がある。俺に対しては完全なる誤判定を頂いた能力だ。100%信用するわけにもいかないが、そういう能力があると言われるほどには見分けることができるはずだ。
「うーん……おじさん?」
「だろうな」
美少年にでも見えていたら医者を紹介するところだ。
「質問を変えよう。あの人を護衛に入れて大丈夫だと思うか?」
「あの人を入れても大丈夫。嘘ついてないもん。クラリもあの人がいると心強いと思う。けどね、あの人は容赦ないよ」
「はっはっはっ、古族の嬢ちゃん。護衛の仕事を果たすにゃ、時には容赦しないほうがいいこともある。当然の話だ」
ガルは苦い表情のまま笑みを浮かべた。
「もしおたくが、途中で俺を信用できないと思ったなら、いつでも俺を罷免するなり殺すなり好きにして構わん。どうか、俺を雇ってみる気にはならんか?」
俺に護衛の司令塔を務める自信はない。正直、護衛を揃えることに対して色々考えてきたが、護衛をどう活用するかまでは考えが回っていなかった。そう、護衛のいろはを知る彼の登場は、俺にとっては奇跡のような幸運に思えて仕方がない。最初彼が現れたとき、もし俺がそのまま無視を続けていたら、この幸運は掴めていなかったに違いない。
「彼はあんなことを言っているが、リンは入れてやっていいと思うか?」
「私は……悪くないと思いますが……コウさんに一任します」
「そうか」
「俺は賛成だぜ。遠距離の俺、サポートのクラリ。ちょうど近距離役がお留守になってるしな」
ブロウルはガルの持つ剣を指さす。個人的に、俺はお前のことを遠近両用だと思ってるんだがな。
「アダチ。待って」
俺の袖を引っ張って、採用しそうな流れに待ったをかけたのはグレアだった。
「ガルは一度、政務院に書類選考で落とされてるんでしょ。護衛の費用を出すのは政務院。ここで採用って言ったとしても、政務院が待ったをかけるとは思わない? 今の彼の身の上話だって、証拠はひとつもない。何を考えているか分からないけど、こうやって近づくことそれ自体が目的かもしれないとは考えないの?」
「はぁ……メイドのお嬢ちゃんは賢いな。お前らはちと警戒しなさすぎだ」
ガルは背負っていた剣に手を伸ばす。
「ヘイおっさん、ここで武器はご法度だぜ?」
その瞬間、ブロウルとグレアが素早く俺とガルの間に割り込んで構えた。
「ほう、昨日、国賓をかばって返り討ちにしたって巷で噂の戦うメイドさんとは、あんたの事だったのか」
「死にたくなければ、あまり変なことをしないことね」
「暴れるつもりはねえよ。むしろ俺はおたくらといい関係を築きたいと思ってる。それに、たとえここで暴れたとて、近くで警邏隊が俺のことを見張ってる。いくら百戦錬磨とはいえ、数で攻められちゃあ、手の打ちようはない」
周囲を確認する。警邏隊らしき人物だろうか、散らばってこちらをチラチラ見ている人達がいた。
さらりと自分を持ち上げたガルは鞘に収めたままの剣を、緩慢な動作で身体から取り外し、それを両手で持ってうやうやしく俺達に向けて差し出した。
「今の俺が持っている手持ちの武器はこれだけだ。この他に武器があるかどうか、調べても構わない」
ブロウルは彼を警戒しながら近づく。グレアはガルの差し出した剣に手を伸ばそうとして俺を見る。俺は小さく頷く。ガルと差し出した剣を交互に見ながらそっと受け取った。俺の横にいるクラリだけはどことなく余裕そうである。
「信頼してくれたかな?」
「おっさん、家に予備の武器はねーの? つか、護衛やってたら肉体だけでも相当武器じゃね?」
「そうだな。じゃあ俺も預かってくれるか?」
「そうね、個人的に国賓に近づいた不審者として、警邏隊に預けるのはありだと思うわ」
「おいおいおっかねーなー、この嬢さんは。ぇえ?」
ガルは物怖じする様子もなく、それどころか笑ってみせる余裕を見せる。ガルは俺を見つめ口を開いた。
「さて、俺をどうするかは、おたくら次第だが、ここで即決するわけにもいかんだろうが、ぜひ一考願いたい。良い返事を待ってるぜ」
そう言い残して、ガルは足先を変えて去っていった――身につけていた武器を俺達に預けたまま。
……。
武器を手に持ったままのグレアと目が合う。
この武器は答えを伝えるときに一緒に返せ、ということなのか? ガルは武器を自信の管理下から離れることで、自身に攻撃の意志がないことを示した……ならば、帰り際に取り返してもいいはずである。
ともあれ、今日の臨時クエスト達成にため息をつこうとした口に、風で舞い上がった砂埃が入りこんだ。噛んだ砂を吐き出す。
その様子をクラリが見ていた。どうしたの? 問いかけに、ちょっと砂を噛んだだけだ、と答えた。
グレアはガルの剣が収まった鞘を振り、怪訝そうな顔をして柄に手をかけた。
…………まさか。
「グレア待て!」
「は?」
時すでに遅し。グレアが引き抜いたそれは、あまりにも短い――武器ですらなかった。
剣に見せかけた、封筒状に折りたたまれた書類入れ。特段危険な物でもなかった。
「アダチ、どうしたの?」
グレアは柄のついた奇妙な書類入れを俺に渡す。
「いや……そいつが爆発物だったらと」
「ああ確かに。これが爆弾だったらみんな死んでたわ」
「さらっと怖いこと言うなこの女は!?」
「でもそんなこと言い出すと何も開けられないし、アダチは何がしたいのかよく分からないわ」
「ああ……」
グレアは手に持っていた鞘に違和感を抱いたらしい。鞘の中身を取り出すように何度か強く振るうと、鞘に収まる形に伸ばされた小ぶりで整った金塊と、金属片がスライドするように飛び出した。
「……道理で剣と思って受け取った時に違和感を感じたわけだわ」
「え、え、これ、金じゃね? この輝き具合絶対金だよな? つかこれ賄賂じゃん!?」
「これは間違いなく賄賂ね」
「金!? 見せて!」
クラリが金に反応して飛び跳ねた。まるで子供のようだ。
金は貴重品の代表格でも、通貨の価値を保証する手段の代表格でもある。
写真や映像で見たり、家電製品の電極等で金メッキを見かけたりしていた俺には、いかにも金塊らしく輝くゴールデンシャインに多少の感慨深いものを感じはするが、まあ身近な色である。特別金塊を拝めることの有り難みは感じなかった。金箔食ったこともあるし。
……自分で言っていてなんだが、この欲のなさは一体何なのだろうか。人生に魅力を感じなくなって一生を終えそうな気がしてきたぜ。
グレアの手の中で光る黄金を眺めながら、俺はこの金塊について一つ疑問を持つ。
「この金塊、食えるのだろうか」
「あんたさ、たまにすごいこと言うよね……」
一瞬静まり返った空気と、グレアの妙に感心した声色の返答がその可否を物語っていた。
「まあなんだ、コイツは賄賂ではない。ガルが忘れたへそくりだ。彼と会ったらこの金塊は返す。いいな?」
「え、じゃあ少年、貰わないのか? せっかくの黄金なのに?」
「こういうモノは判断を鈍らせる。俺がそうでなくとも」
「賢明だと思うわ。状況によるけど」
懐から取り出した懐中時計を見る。少し急がねば、いつもの時刻に遅れそうだった。
ため息を吐くと、あくびが出る。
「行くぞ」