表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
177/230

第5話-B36 キカイノツバサ 神都の夢


「……やっぱりあんたに向かって敬語で話すのは違和感あるから普通に話すわ」


 語ろうとした口を中断して発した言葉は、実に照れ臭そうに早口だった。


「別にいいが、その仕事してて敬語に違和感を持っちゃいかんだろ」


「あはは……」


 俺が指摘すると、彼女は苦笑いを浮かべた。

 たとえグレアが最初から真面目に仕事し、敬語を使う人間だったとしても、敬われるところなどない俺は、毎度のこと彼女に敬語を使うのをやめさせただろう。結局のところ、タメで話すのが俺にとっても一番気持ちがラクなのだ。


「じゃあ聞いて」


「おう」


 仕切り直しである。


「私は神都生まれ。それも王族から厚い信頼を寄せられているバルザスという名前の貴族の家に生まれて、ユリカって名前をつけられたの。貴族分かる?」


「ああ、問題ない」


「そう。それで、私はすっごく幸運でね、王族にちょうど私と歳が近い王子様がいて、私は将来彼の結婚相手の候補の一人に挙げられたわけ」


「ほう。教養がなさそうなのにな」


「うるさい!」


 グレアに肩を叩かれ、俺はバランスを崩してベッドに手をついた。


「いやお前の過去の行動を(かんが)みても、多少の教養がある雰囲気を感じたことは認めるが、まさか王妃様になりうるレベルでの教養の深さを感じることはなかっ――ちょ、やめい!」


 グレアは枕をしっかり握りしめ、バランスを崩した体勢の俺をバフッと叩く。もう片方の腕で防いだその枕は、多少の力加減はされていたが結構重い一撃だった。


「なぁ、俺は一応特級国賓なんっ――やめ! っだが!?」


「女の子に失礼な発言をする教養のない輩にっ! 教育してあげてるだけだしっ! あんたに特級国賓としての教養はあるの!?」


「はいはいわーった、俺もお前も教養がないということでいいじゃ――おふぅ!」


「あんたと同じレベルにっ! されたくないっ!」


 グレアはヒートアップして立ち上がり、言葉が力む度に枕で叩かれた。思えば、グレアに手を上げられるのは初めてだった気がする。

 このあとグレアは気が済むまで俺を数回叩き、息を上げて言った。


「はぁ、はぁ……なんかスッキリしたわ」


「そりゃ良かったな。俺も枕で叩かれるときに使える教養が身についた気がするぜ」


「どんな教養よ」


「ひたすら耐えるだけだが」


「…………続けるから」


 彼女は呆れた顔で握った跡がついた枕をベッドに置き、吐息を一つ、話を続けた。


「私が2歳の時に、自分がガラスを自由に操れる特殊能力がある事に気づいた。もちろん最初に気付いたのは周囲の人達なんだけど……あんたのいた世界での特殊能力の保持者って、どういう扱いなってたの?」


「どうって言われてもな……お前のソレのように、誰が見ても特殊だと分かるような能力の概念はあったが、実際に持っている人間は知らなかった。千里眼だとか予言だとか、そういう能力を持っていると自称する者もいたにはいた。俺自身、そういうことを自称する者がいれば、多少の興味を惹かれることには間違いないが、ぶっちゃけヤラセの類だと認識していた」


「つまり、あんたの世界では私のような特殊能力を持つ人は、存在しなかったということ?」


「そういうことだ。魔法みたいなものは創作上のものでしかなかったしな……しかし、特殊能力が明確に分かる形で表現できれば、特殊能力として周囲から認められる場合もあった。例えばそうだな、普通の人が持つ能力の中で、傑出した能力が認められた場合がそうだ。例えば、目で見たものを後になっても明確に絵で再現できる能力だとかな。凡人なら、だんだん記憶の輪郭がぼやけて忘れちまう」


「そういう特殊能力を持った人は、どんな暮らしをしていたの?」


「そうだな……能力を活かせる立場にいた奴は、幸せな生活ができたらしいが、大抵は生かせず凡人止まりだったり、場合によっちゃ厄介者として扱われたりすることもあった」


「うーん、良くも悪くも特殊能力を気にされない環境が、あなたの『常識』っていうわけね」


「まぁそうだな」


「この世界での『常識』はそれと違う。自分で言うのもなんだけど、特殊能力というのは神使様から与えられた宝物で、それを持つ人は選ばれた人として尊敬と崇拝される。持ってるだけでステータスだし、そう滅多に現れるものでもないから、庶民の中でもそういう子が生まれれば、その子の一生は安泰が決まったも同然。古族もある意味種族として特殊能力を持っているけれど、彼らみたいに法で保護されたり、頭が悪かったりはしない。だからいい意味でも悪い意味でもその能力を活かす誘いが寄ってきて、引っ張りだこになる。何事にも例外はつきものだけどね」


「ふーん。で、その珍しくて尊敬とか崇拝されちゃうステータスな能力を持ったお前が、なんでここにいるんだよ」


「話には順番があるから聞いて。王様にとって、王子様のために特殊な能力を持っている王妃を選ぶ利点は、とてつもなく大きい。私のお父さんは人柄も良くて、今の国王に信頼されて懇意にもしていたんだって。王妃の候補として元々有利な方だったし、その上私が特殊能力を持っていることが分かれば、半分王妃様になる将来が決まったようなものだった」


「利点が大きければ普通そっちをとるわな」


「権力や力を持つ人間の中には、影で強い自己顕示欲や支配欲を露わにする人がいる。他の王妃候補の娘を持つ貴族の中に、ドス黒い感情を煮えたぎらせる人がいておかしくないよね。セルスという家とその一派がまさにそうだった。セルス家も同じく王様と懇意にしていた。ある意味私の家と同格の扱い。自分の娘を王妃にして発言力を強めたいのに、相手は特殊能力を持った娘。ただでさえ私の家とセルス家は半ば対立関係にあったのに、私がそれを明確にしてしまったわけ。私が生まれたときから嫌がらせが始まって、特殊能力持ちだと分かった途端、それはもう熾烈を極めたらしい。私は小さかったし、お父さんに守られていたから、どんなことをされていたのかは分からないけど」


「ほう」


「それだけは確かだと思う。セルス家には特に用心しなさいとよく言われたし。……私が7歳の時、毎年恒例の建国記念の行事がラグルスツールであったわけ。王家はもちろん貴族も家を上げて出席する一大行事だったんだけど、その頃にはセルス家の嫌がらせはかなり過激になってて。行事で何が起きるか分からないから、私は家で待機して、でも、一応出てる体裁は要るからって私の身代わりをお父さんが立てたのね。そしたらやっぱりというか、突如乱入者に襲われてさ」


「代役がかわいそうだな。大丈夫だったのか?」


「乱入者が名家の娘を誘拐して、『こちらの要求を飲め、さもなくば――』という事件だったらしいんだけど。その事件で代役の子は『そのまさか』で大怪我しちゃって、一生介護が必要なほど身体に不自由を抱えちゃったらしい。お父さんのことだから、代役はそれなりに危険だから報酬として大金を積んだはずだし、相手も危険を承知で受けてくれたんだと思う。そうでも思ってないと私が持たないわ」


「……えげつねえな」


「それで、その後のセルス家の気転の効いた大活躍により犯人は捕まり処刑され、その家の娘は幸い軽傷で済みましたとさ。めでたしめでたし――あれは自作自演だと思ってる」


「なぁ、俺神都に行くの怖くなってきたんだが」


「そう思うなら護身術の一つでも会得すれば?」


「一応、柔剣道は形だけだが……」


「ジュウケンドー、ちょっと気になるね。今はいいけど」


「役に立ちそうなほど強くねえよ」


「そう――本物(・・)は無事だったわけだけど、代役が大怪我した以上、大手を振って出歩くわけにもいかないし、何より無事がバレたらまた襲われかねない。だから、『"バルザス・リー・ユリカ"は建国記念行事で襲撃に遭い重傷、その後治療の甲斐なく死亡した』事になった。もう神都には居られない。だから、護衛を少人数秘密裏に雇って、私と一番近かったメイドと一緒に、ここナクルを目指して旅に出たわけ。遠隔地だから、もし私が生きていることがバレても、実際の追撃の手が下るまでには余裕ができる。それにお父さんと親密にしていて、ある程度私の事情も把握していたベルゲンもいたし。神都でユリカの葬式を遠目から眺めたのを最後に脱出したけど……自分の葬式なんて不思議な気分だった」


「…………。」


「それで、それでね……葬式を眺めながら隣のメイドに……『貴族としてのバルザス・リー・ユリカはお亡くなりになられました。もう……もう、ご両親様とは一生会えないでしょう。会ってはなりません』って……そう静かに言われた時に、今まで守られてきた私は、自分がどういう状況に置かれたのか、っようやく身に沁みて分かったの!」


 初めて、グレアが泣いた。幼くしてそういう境遇に置かれる話というのは、世界的視点から見れば、さして珍しい話ではないのかもしれない。だが、その珍しい話ではないと言わしめる、その話のひとつひとつと関わった人間の苦しみというものは、決して普遍では済まされない。

 俺はどうもこの手の涙には弱いらしい。それは、チカやジョーといった友人や俺の家族と会うことも、連絡を取ることもできない現状。そこから生まれる寂しさや物悲しさというものを、俺も少なからず片隅で感じていた。それが、グレアとその両親との関係と重なったからだろう。


 グレアは咽び泣いた。こんなとき、どう応じればよいのか内心戸惑う俺だったが、彼女はものの20秒もしないうちに立ち直った。


「はぁ――ごめん。15にもなってさ、あれから8年も経つのに、もうこっちで過ごしてる時間のほうが長いのに、まだ親離れできてないんだよね。お父さんもお母さんも大好きだった。本当はもっと甘えたかった」


「……お前の今の気持ちを、誰も否定できねえよ」


 首を振って鼻をすする。


「――結局ね、ナクルに到着したのは私と彼女(メイド)だけだった。護衛は山賊にやられたり、疫病が流行っている地域でやられたりして、次々脱落していった。ベルゲンと会って事情を話したら、私を義理の娘として匿ってくれた。けれど、城でずっと過ごすわけにはいかなかった。城に名前もない女の子が一人住んでいると、どこからか漏れたらそこでおしまい。だから、ここ迎賓館での住み込みの仕事を紹介してくれてね。私はグレアって名前をつけてここで働きだした。それで今に至るってわけ」


「……だとしたら、お前と一緒に来たそのメイドさんは、いま何を?」


「彼女は寝てる。墓地でね。私達がここについてから、彼女は体調を崩して。到着した時から私も衰弱してはいたんだけど、特に彼女の様子は、まさに精も根も尽き果てた感じだった。回復した私と違って、彼女は結局、私が10歳の時に亡くなった」


「そうなのか……」


「私は両親に会いたい。手紙の一枚も交わせないまま、ずっとここで一生を終えるなんて嫌。それだけ」


 一息ついた彼女は、俺の目を見つめた。話は終わりだと、顔が告げていた。

 グレアは権力闘争の中で身の危険を感じ、ここへ避難してきた。だがその代償として両親と会うことも連絡を取ることもできなくなった。それが我慢ならないので神都に行って両親の顔を見たい。短くまとめるとこんなところか。


「事情は分かった。しかし現時点で俺が言えることは、その願いを叶えてやるのが難しいということだ」


「…………。」


 そう告げると、グレアは黙って俯いた。


「その話が本当ならば、お前を護衛として雇うことに無視できない危険が存在する。セルスとかいう強大な奴に対して、俺達には対抗できる手段も能力もない。ただでさえ危険な旅路を、俺達を巻き込んで更に危険なものにしようとしていることを、お前は理解しているはずだ」


「もちろん、お前の願いを叶えるのが嫌だとか、そんなくだらない理由で言ってるわけじゃねえ。それどころか俺はお前のことを心配してる。お前のご両親は、お前の身を案じて苦渋の決断をして、ここに避難させた。それをわざわざ無碍にして、会いたい一心だけでノコノコと戻ってきたんじゃぁ、旅の途中で亡くなったお仲間さんにも申し訳が立たないだろ」


「さらにだ。例え神都に辿りつけたとて、幸せに暮らしました(ハッピーフォーエバー)の一言で締めくくれる保証もない。もうここには戻ってこないかもしれない」


「分かってる。だから私は自分の身を守れるように、自分なりに力を磨き上げてきた。あんたも、今日その力を見たでしょ」


「一人でできることには限界がある。お前は俺を守れるかもしれない。だが俺はお前を守ることはできない」


 そう言いながら取り出した懐中時計は、真夜中を過ぎたと示していた。

 俺はベッドから立ち上がる。明日の生活がある。彼女も着替える時間が必要だろう。これ以上、ここに長居するわけにはいかなかった。


「危険なのは分かってるから。けど私はひと目見るだけでも――」


 立ち上がった俺の腕を、グレアは掴んで畳み掛けるように言った。


「お前を知った者として、悲劇的な結末を歩む姿を黙って見過ごす訳にはいかない。お前一人が良ければいいという話じゃない。だが、お前の希望に沿えるよう、やれるだけの善処はしよう。それ以上は言えない」


「…………。」


 力が抜けるように、グレアは俺から手を離した。


「今日はもう遅い。体調崩すなよ」


 俺がグレアの部屋を出るとき。ありがとう。声がした気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ