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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B25 キカイノツバサ 野生児、吠える

 大通りに面する喫茶店を見つけ、そこで腰を落ちつけることにした。

 国から"特級国賓"つまり最高級の要人の指定を受けていたりする俺なのだが、その割には意外と庶民的なことをさせてもらえる気がする。工業ギルドとの行き帰りは護衛なしだし、多少の寄り道の自由は効くし。

 安全な街だからそんなことができるのだろう。


 席は喫茶店奥にある、テーブルを挟んで椅子が対面配置になっている四人席を二つ借りた。俺の隣の席には、同じく雇い主であるリン。ブロウルはテーブルに向かい合った反対側に一人腰掛けている。計三人で四人席を一つ。

 そのすぐとなりのテーブル席に、メル、グレア、ロイドの三人が腰掛け、俺達の様子を見守っている。こちらも計三人で四人席を一つ。

 人払いなどはせず、一般客に混じって座っている。店に花茶を頼んだ。



「じゃ、そろそろ採用面接試験を始める」


「うい、ふるい落としちゃってください」



 早速俺とリンは顔を見合わせた。

 コイツは自分がいま、とんでもないことを口にしたということを理解しているのだろうか。



「あのな、お前が落とされるんだぞ?」



 そういうと、彼は視線を泳がせその言葉の意味を考えはじめる。理解するまでの演算時間、およそ七秒。



「それってつまり、選ばれたの俺だけ?」


「そうだ。お前のご要望通り、ここでふるい落としてやろうか?」


「マジそれマジ勘弁! 前言撤回!」



 コイツ、あほ(・・)なのか? 何を思ってそんな発言したのか、俺には理解不能だ。

 俺の表情は、苦虫を噛み潰したかのごとく不自然なスマイルを浮かべているに違いない。

 本気で落ちに来ている訳ではなさそうなので、今回の発言は聞かなかったことにする。

 俺はもともとこの面接試験はするつもりはなく、ロイドの話を聞いて急遽決めたものだ。どこで何を聞こうとか、そういうのは一切何も考えておらず、質問は完全にアドリブである。



「今から聞くことには全て正直に嘘偽りなく答えること。嘘が発覚した時点で、解雇とそれ相応のお仕置きが待ってると思っておけ」



 初めにこれだけはという注意事項を、思いついただけ並べておく。といっても一つだけだが。お仕置きに関しては口から出任せの脅しである。まあでも実際嘘ついてたらクビだな。



「ういー」



 ブロウルはそう言って座り直した。返事軽いな。緊張感のキの字も感じられない。

 喫茶店の店員が戦々恐々とした様子で割り込んできた。注文の品をテーブルに並べ、「し、しちゅれいします!」とカミカミの挨拶を残し、逃げ帰るように持ち場へ。めったにない珍客によっぽど緊張していたらしい。その後ろ姿が向かう先には、数人の店員の影。裏で絶対に「お前が行けよ」と言い合ったりとか、「誰が行くかせーので指さして決めようぜ」みたいなこととかやってそうな気がする。余計なこと考えずに普通に仕事しろ。



「えーと、あー、じゃあ改めて自己紹介頼む」


「俺の名前はブロウル・ホックロフト。ブロウって呼んでくれ」


「ブロウ、だな?」


「おう。職業は傭兵だが、実質無職で未婚の二十一歳だ。彼女もいない。『心の赴くままに』をモットーに過ごしていたら親に勘当された二十一歳。ちなみに彼女はいない。趣味は筋トレとダンスだが、未だ彼女はできない二十一歳。自己紹介はこんな感じ?」


「…………彼女がいなくて寂しい二十一歳だということはよく分かった」



 ダメ人間な香りがプンプンとする自己紹介でもあった。ここで二十一歳独身をゴリ押しする意味が正直理解できない。有用な情報といえば、小回りの効く身軽な立ち位置にいることが分かったことぐらいだろうか。



「この人本当に大丈夫なんですか?」



 隣のリンが、不安そうな顔をしながら俺に耳打ちした。俺も耳打ちで返す。



「見た目はこんなんだが、戦闘に関してはかなり強いぞ」


「私、彼と(神都への)道中一緒に過ごせるか不安です」


「まぁ……俺も一抹の不安を拭い切れないところが本音だ」



 俺も心も双方困り顔でささやき終える。ブロウはそんな俺達のやり取りを、頭の後ろで手を組んで眺めていた。楽しそうだなお前。グレアたちも渋い顔をして首を傾げた。



「あー、じゃあ次、応募した動機は?」


「コウに興味があった」


「俺か?」


「おう。翼を持たない黒髪の異世界人がこの街にいるという噂は、酒場で前々から話題になってた。で、そいつがどんなやつか興味が湧いてきた。けどどこにいるかも分からねえお前を探し当てるのは正直ダルすぎ。そんなときに傭兵募集の知らせを小耳に挟んでさ。『なら出場すればその顔拝めるんじゃん?』で、出た」


「動機が不純すぎやしないか……?」



 会って早々お前って……別にいいんだがな? 

 要約すれば、珍しいもの見たさに興味本位で出たということになる。そこはホンネとタテマエの世界で、「自分の実力が役に立てそうな機会を伺っていた」とか、「より大きな仕事に挑戦してみたいと思っていた」とか、色々あるはずだろう。そこをまあダイレクトに言ってくれて……

 もしや、さっき俺が「すべて嘘偽りなく答えること」って言ったから、それに従ったのか?



「そう思っちまったものは仕方ねえじゃん!」



 ……正解だったようだ。とりあえず、言われたことを忠実に守ることができたという点は評価しよう。うん、それがいい。



「ホントは鍛えあげられた俺の身体を見て欲しかったんだがなぁ……係員に止められた」


「止められた?」


「そう、止められた」



 急に語りだしたブロウは、向かい合う俺の向こう側に視線をやって、悔しそうに語りだした。いいだろう、話を聞こう。



「上半身裸でこう、ワイルドな感じでキメようと思ってたんだ。それで準備を終えていよいよ次は俺の番、出場門の前に立とうとしたら係員が近寄ってきて『防具着ろ』って怒られた」


「ちょっと待て、あの戦いを上半身裸で挑もうと思ってたのか?」


「おうよ! 俺は負ける気どころか、傷一つつけられずに勝つ自信があったんだ。傷やダメージから身を守るのが防具の役割だ。傷つかないなら防具は要らねぇ。むしろ重量だけ重荷になる」


「んまあそりゃそうだろうけどな――」


「だぁろ!? だから、『俺は防具いらねえ』って、そいつ(係員)に言ったんだよ。そしたら『今回の相手は非常に危険なので絶対に着てください。着ないなら出場させません』って言われてさ。普段より危ねぇ事ぐらいわかってるっつうの!」



 いくらお前が自分に自信があったとしても、その係員の言うことは正論だと思うぞ俺は。万一それで大怪我したら大変だからと、お前の身を案じて言ったんだと思う。



「一応防具は用意してきたから、それに渋々着替えてさ。入場したら脱ぎ捨ててやろうと思ってたら、『脱いだら安全のためその場でフィールドから引きずり出して失格にする』って釘刺された。俺の考えてること筒抜けだったし、そいつの目がめちゃくちゃ怖くて諦めた」


「……従っておいて正解だったな」


「おうよ、まさか俺が通るとは思ってなかったし。脱ぎ捨てなくて良かったわマジ」



 それで結局なにが言いたかったんだお前は。

 ブロウは茶に口をつけて喉を潤した。まあ、彼がどういう人なのかを把握するには十分だった。彼を一言で言い表せば、満ち溢れる自信とバカ。それも勘当級のバカである。

 彼の実力は俺がしっかり見られたし、一度たりとも攻撃を受けなかったのも知っている。つまり結果的に上半身裸で出場しても怪我しなかったわけだ。その実力については評価すべきだろう。



「そうだ!」



 間をおいて声を上げたブロウに、どうかしたのかと問いかけると、満面の笑みを浮かべて親指を突き立てた。



「ここで俺の鍛え上げた肉体を見てくれ! 筋トレを毎日欠かさず続けてつくりあげた俺の身体が一番の売りだ!」


「……え?」



 俺が声を出せたときには、ブロウはすでに防具を脱ぎにかかっていた。この人がいる喫茶店において、突然上半身裸を晒す男……確実に変態だ! リン、メル、グレアの女性陣は悲鳴を上げて反射的にブロウから顔を背ける。



「やめろやめろ! 裸になるなバカ!」


「折角の機会をここで逃すわけにはいかねえんだ! 見たら絶対雇いたくなるぜ!」


「脱いだら採用せんぞ!」



 一言で、ブロウの動きがピタッと動きが止まった。

 俺の姿を見るという初期目標が達成されたブロウの今の目的は、護衛に採用されて、仕事を得ることのはずだ。それを、装備を脱いだという下らぬ理由で無に帰すことが愚かであることは、さすがに彼でも理解できたようだ。

 俺は半身テーブルから乗り出し、躊躇いなく人差し指をブロウに向けた。



人前で脱ぐな(・・・・・・)。いいな?」


「プライベートなら脱いでいいのか?」



 その一言で力が抜けた。脱力ののち襲う荒々しい感情。それを抑えこむため、咳払い。



「ブロウ。正直に言おう」



 息を吐き出し、平常心に戻す。



「別にお前の裸なんざ見たかねえよ、と。」


「おぅ……マジか」



 言い切ったときには、完全とまではいかないまでも、ピーク時に比べるとだいぶ落ち着いた。

 本人は愕然とした表情を浮かべ、うなだれてしまった。見せたら喜んでもらえるとでも思ったのだろうか。確かに彼の体格がいいことは、防具の上からでも十分わかる。見苦しいものではないのかもしれないが、それでも二次面接で頼んでもいないのにいきなり肌を晒そうとするのはどうなのだ。ボディビル大会をやってるわけじゃない。どこで見せて良いという判断になったのか、まったくもって彼の思考回路はブラックボックスである。

 隣のリンも疲れたような表情をしている。この雰囲気にいる事自体に疲れを覚えたのだろう。ブロウの能力は欲しいとは思うが、他の人を当たったほうがいいかもしれない。



「最後にひとつ聞いて俺からの質問は終わりだ」


「おう」



 立ち直りの早いブロウである。



「お前さっき、興味本位で出たと言ったな。ラグルスツールまでの護衛の仕事を受ける気はあるのか?」


「雇われた暁には、どんな敵が多い逆境でも、依頼主には傷一つつけさせねえ!」


「俺からの質問は以上だ。リン、なにか聞いておきたいことはあるか?」


「あ、えっと……」



 リンに質問の順番を回すと、困り顔で少しの間考えこみ、再びブロウに目を向けた。



「護衛の依頼は、ただ単に戦うだけじゃないと思うんです。仕事の面だけじゃなく、私生活の面でも私たちと過ごしていかなきゃいけません。だから、私からの試験問題は二問だけです」



 なんだか、考えこんだほんの短い時間で、急にリンがしっかりしたように見えた。客観的に見て、今は俺よりもリンの方がきっと落ち着いている。



「一つは、人の言いつけを守れますか、ということ。もう一つは、周りに合わせた行動ができますか、ということ。この二つに正解できないならば、私はあなたを雇い入れることはできません」



 まさに俺が言いたかったこと、大事なところのエッセンスを持っていかれた。凛とした表情で条件を出したリン。いや、ギャグを言うつもりはない。つい数時間前まで泣いていて、さっきまで小さくなっていたとは思えない変わりようなのだ。リンもリンで行動の予想がしにくいやつだ。



「あ、ああ。大丈夫だ! それぐらい余裕で守れるぜ!」



 再び親指を突き立てたブロウだが、その答え方を見て、かえって守れそうにない気がした俺であった。

 リンも彼の様子を見て、俺と同じ事を考えたようだ。だがすぐに切り返した。



「分かりました。今の言葉は、最初の約束で嘘ではないことが保証されているはずです。従って、私はあなたを、ブロウル・ホックロフトさんを雇い入れることを認めます。あとは、コウさんが認めるかどうかです」


「お前よくそこまで頭が回ったな……」



 感心して思わず口に出てしまった。こんな聡明な雰囲気をまとったリンは初めてだ。リンは俺の方を向くと照れ笑いを浮かべた。



「ひらめいちゃいました♪」



 語尾に音符マークが見えた気がした。そもそもリンの提示した条件はそう難しいものではない。その気になりゃガキでもできる内容である。彼がそれをできるかどうかが怪しそうな様子だから条件を突き出されたわけであるが。



「リンの条件を飲み込んだ今のブロウを雇うことに、俺は何の不安もない。ただし、嘘をついてなければ(・・・・・・・・・)、だが」



 強調して言うと、ブロウは大声で笑い、言った。



「大丈夫、俺は空気を読むのが得意だからな!」



 じゃあ黙れ。


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