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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B24 キカイノツバサ 野生児、呼び出しを食らう

 グレアとロイドの背後から近づく形で観客席に戻ってきた。

 二人は俺達がいない間にどんなことをしていたのだろうか。周囲の歓声があることもあって、二人は俺が戻ってきたことに気づいていない。歩みを遅くして二人の様子をうかがった。


 グレアには俺の代わりに出場者の評価をするよう頼んでいた。彼女は前のめりになって必死にメモするような性格ではないことは分かりきっている。予想通り、彼女は力を抜いた様子で作業をしていた。観戦しながら、冷静かにポツリ、ポツリと俺が預けた冊子にメモを書き記していく。

 一方でロイドはというと、どう見ても普通に観戦に熱中しているようだった。評価は彼の仕事ではないから別にそれでいいのだが……どことなく残念な感じがするのはなぜだろう。


 まじまじと観察するつもりはなく、俺としては二人の様子を軽く確認するだけで十分だった。様子が分かったのでそのままさっさと席に戻る。



「適役候補は見つかったか?」


「あ、帰ってきた」



 そう言って、さっき座っていた席に腰掛けた。彼女は話しかけられて初めて、俺が戻ってきたことに気がついたらしかった。フィールドでは、さっきリンを連れて出ていくときに見たのとは別の男が二人、つばぜり合いを繰り広げていた。



「リンは寝ちまった。今はメルが一緒にいる」



 そう。彼女の反応は実にそっけない。そんなことはどうでもいい、と言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら、俺の冊子になにか書き込みをはじめる。思わずため息とともに天を仰いだ。やっぱり薄情なんだな。俺も結構薄情な方だと思うが、グレアはわずかにその上を行くように思えた。

 ああそういえば、リンとグレアってあんま仲は良くないんだったか。出会って早々言い合いになっていたし、仲が良いと言えないことは確かだろう。それが理由か。

 フィールドでは、依然つばぜり合いからの力比べが行われている。



 ぐい。腕に何かを押し付けられる感覚。グレアが冊子と筆記具を俺に押しつけていた。



「帰ってきたでしょ。ほら」


「ああ、サンキューな」



 ほらの言葉とともに一段強く押し付けられるそれを受け取った。冊子への書き込みは、予想通りさほど多くなかった。ただ、席を外した試合から、今行われている試合のまでをぐるっとまとめるように線が引いてあり、コメントが載っていた。"どれも同じで似たりよったりな奴ばっか。めぼしい人はいない"。


 その後、二、三時間ほど試合を見ていたが、その言葉に偽りはなさそうだった。

 素人が見ているからかもしれん。派手な攻撃だとか、振る舞いが綺麗だとか、そういうのは分かる。だが、いざ誰がいいかと聞かれると、どんぐりの背比べに見えてイマヒトツで、回答にも困ってしまう状態である。


 結局、古族枠一名を除いた三名の選考枠のうち、決定で埋まったのは一名のみ。残りの二名は今回の試合を踏まえてよくよく検討することにした。そう、俺の十八番の一つである「後回し」に他ならない。


 実際やり慣れないものを上手くこなせるのは、そういう才能を持っている人物ぐらいで、俺のような普通の人間にはそうそう簡単にできるものではないから仕方ねぇ。そう心の中で言い訳をしつつ、周りの観客と同様に、観客席から去るための準備を始める。山吹色の傾いた太陽光が目に刺さる。



「良さそうな方は見つかりましたか?」



 リンの荷物もまとめておかねば。もともと手持ち無沙汰気味だった俺が彼女の荷物に手をかけようとしたとき、ロイドにそう言われた。



「まあ、一人だけだが――」



 俺は冊子に載っている、決まった一名の名前の書かれた行を指し示した。


 ブロウル・ホックロフト。そう、敵である狼を従え戦闘に協力させるというぶっ飛んだやり方で臨んだ彼である。

 対獣戦では使わなかった彼の弓矢も、対人戦では使われた。対獣戦は相手が近距離が得意な動物であることもあって、基本的に近接攻撃が多かった。


 一方、対人戦は無作為に対戦相手が選ばれる方式(ロイド談)のため、遠距離を得意とする者、近距離を得意とする者などの得意不得意に関係なく割り当てられる。

 もちろん、遠距離が得意な者同士での戦いになることもあり、その場合は互いに得意な遠距離戦に持ち込みがちになる。そのため近接攻撃はほとんど使われない。ブロウルの場合はこれに該当したわけだ。


 ロイドは、その名前を確認して自らの冊子に軽く走り書きを残しつつ言う。



「彼と一度雇われる意思があるかの確認と、顔合わせを兼ねて一度会っておくほうよろしいかと存じますが」


「そうだな」


「いつ頃にいたしましょう? 今すぐでも大丈夫だと思いますが」


「んー、出来るならこのあとすぐがいい」


「かしこまりました。では、私は彼と話をしてきますので、大通り前の円形闘技場出入り口でお待ちください。そこでまた会いましょう」



 言い終えると最後にその走り書きを丸囲み。グレアにも闘技場出入り口で待たせるように指示を入れる。では彼にそのように伝えてきます、と言い残して、彼はその場を離れていった。これで俺達の中で観客席に残っているのは、俺とグレアの二人だけになってしまった。



「アイツにするの?」



 ロイドがいなくなるのを見届けてすぐ、グレアは「それはないわー」とでも言いたげな目で俺をじっと見つめた。彼女はただのメイドであり、今回の神都への旅にはついてこないから関係ないはずだ。



「なんだ、もしやなにかアイツと因縁があるのか?」


「そういうのは特にないんだけどさ――」


「『けど』なんだ?」


「…………。」



 俺から目を逸らし、その言葉の続きを探すかのようにグレアは口ごもる。



「……もういい。忘れて」


「お前はなんでそう初対面の奴に対して、敵対心むき出しするのかよく分からん。俺の時もリンの時もそうだったし。初めて会った時は黙って観察しておくんだよ」



 なにか色々と突っ込まれそうな気がするが、大抵の人間はそうしているものと信じている俺である。例えば学校で新学年になり、新しい先生がどんな人なのか不明な場合、たいていしばらくの間、勝手が分かるまでクラス全体で大人しくその先生を観察するだろう。それと同じ理屈だ。

 


「リンとメルが救護室にいるから、途中で拾って言われた場所で待機だな」


「言われなくても分かってるから」



 雇い主は俺とリンである。よって誰を雇うか決めるのは俺とリンだ。俺達が誰を雇おうと、無関係な彼女に文句を言われる筋合いはない。




 リンを迎えに救護室に向かうと、彼女はすでに起き上がってベッドに腰掛けていた。見た感じリンの調子は良くなっているようだった。泣いてストレスを発散したからかもしれない。少しホッとした。



「もう、大丈夫か」


「はい」



 答えたリンの声は、先ほどの弱々しい答えではなかった。そしてダメ押しの笑顔――しかしどこかに寂しさが感じられるその顔――を見せてくれた。目の周りに腫れが少し残っているが、一目見た感じではすぐには分からない程度なので、外に出ても大丈夫だ。


 メルの話によると、起きたのはつい三十分ほど前だったということらしい。起きてすぐ俺がいなくなったことについて聞かれたので事情を話して、少し休んで落ち着いて、少しゆっくりしはじめたところで俺たちが戻ってきたらしい。

 そんな二人にもこれからの予定を話し、四人揃って待ち合わせの場所に向かった。




「ここでいいんだよな」


「『ここで待て』って確かに言われたから間違いないはずなんだけど」



 救護室に寄り道して、加えて管理人を探して鍵まで返してきた俺達は、観客席から直接この集合場所まで来るのにかかる時間の三倍以上は確実に費やしていた。なので俺はてっきり先にロイドが集合場所で待っているものだと思っていたが、そこに彼の姿は見当たらなかった。奇遇か必然か、俺達四人全員、ロイドが先に待っているだろうと考えていたようだった。



「ここは間違いなく大通りで、ここは出入り口ですよね。するとここ以外の他に出入り口がある、とかはありませんか?」



 リンは周囲を見渡しながらそう言った。待ち合わせに指定された場所は「大通りと面する円形闘技場の出入り口」だから確かに他に出入り口があれば、別の場所で待っている可能性もある。



「出入り口はここだけだったはずです」



 その可能性をメルが一刀両断した。



「もしかしたら、ロイドさんの方も手間取ってて、遅れているのかもしれません」


「ならここで待っておいて間違いないはずだ」



 出入り口はちょうど太陽の位置と反対側になっていて、建物が影を作る。俺たちはそこで涼みながら待つことにした。涼むほど気温はさほど高くはないが、まだこの時間の風は寒くなくて心地よい。大通りゆえに人通りは多いが、風は澄んでいた。


 果たしてメルの予想は正しかった。





「――うおっ、俺? え、マジ? ッシェエェァアア!」



 闘技場出入り口から聞こえてくるチャラそうな声。少ししてロイドと一緒に闘技場から出てきた声の主――ブロウル・ホックロフト。

 この人は絶対に外せんと思って選んだ気持ちを、たった数秒で選ぶんじゃなかったと後悔させる、まるで魔法のような言葉を発しながら出てきた。


 長い足。背が高く立派な筋肉質の身体に、ツンツンに立った金髪。体格に恵まれている感じだが、アホそうな顔そしている。

 彼は狙われやすい急所や大事な部分を金属で、それ以外をレザーで覆った軽装ともいえる鎧を着ている。皮膚の露出も多い装備であることを考えると、今回の戦いは余裕だった、ということだろう。


 武器が弓であることからも、遠距離が主だということは明確である。例えば直接刃がカチ合う剣士なんかと比べると、装甲の必要性は低い。

 だが皮膚の露出があるその装備で近距離戦は危険なはずだ。そんな装備で荒れる狼を素手で掴むとは、まあ大した度胸である。俺には絶対マネできない。それどころか半径三メートル以内に近づくだけでチビるだろう。



「ブロウル・ホックロフト、だな」



 凄まじい勢いで喜びながら近づいてくる彼に、俺も歩み寄って話しかけた。初見の人に対してこの言い方というのは慣れない。俺には似合わないのは分かっているが、敬語が使いたくなる。



「俺はアダチミツヒデ。護衛の依頼主だ」


「名前を覚えていただいているとは、これはこれは実に光栄です」


「俺のことはコウとでも呼んでくれ。なかなかそう呼んでもらえないんだが」



 そのチャラい風貌に似合わぬ挨拶をする彼と握手。欧米である。彼の手は汗かなにかで少々湿っていた。



「俺は堅いのは好まん。普段の話し方で構わん。それと、こっちの女の子も同じく依頼主。俺が異世界から来て、一番最初に会った子だ。命の恩人でもあったりする」


「あ、どうも……」



 紹介すると、リンにとってもあまり接し慣れないタイプの人間なのか、少し丸くなって上目遣い気味の控えめな挨拶。



「そんなリンのフルネームは確か……知らん」


「知らねえの!?」



 おおう、ブロウルに対してフランクにしていいとは言ったが、まさかその直後に出た最初の言葉がツッコミとは思わなんだ。いや、ボケたつもりはないんだが、今出会ったばかりのブロウルよりも付き合いが古いはずのリンのフルネームを知らないのは、よく思えば突っ込まれる対象になる。



「リン、悪いが俺に自己紹介してくれ」


「えっ」


「タイミングおかしくね!?」



 せっかくなので重ねてボケてみた俺である。

 即ツッコミを入れるブロウル。急な振りにキョトン顔のリン。呆れたのか、俺に視線をくぎづけのまま開いた口が塞がらないグレア。密かにニンマリ顔で笑いをこらえるメル。なんか俺達と全然違うところを向いて蚊帳の外なロイド。

 みんな違う反応をするってすげえ。



「えっと、リンネ…………です」


「リンネ、なんて? 悪い、もう一度頼む」



 リンの自己紹介の声があまりにも小さくて尻すぼみなせいで周囲の音にかき消され、最後まで名前が聞き取れなかった。心なしか、リンがさらに小さくなっているような気がする。



「リンネ…………です」


「もうちょっと大きな声で行ってくれ。聞こえねえ」



 言い直したその二回目の声もまた、喧騒に消えて聞くことができなかった。そして三回目の自己紹介でも、少しだけ声は大きくなったお陰で後ろの名前も少し聞き取れたが、それでも名前すべてを聞き取るには至らなかった。「リンネ・(聞き取れなかった)シア」と俺には聞こえた。



「まあいい、とにかくこいつのことはみなリンって呼んでる」



 あまりしつこく聞き返すと、まるでイジメているみたいで気がひけた。今回は諦めるに限る。


 他の仲間の紹介も軽く済ませ、ロイドの提案で近くの喫茶店で腰を降ろすことにした。雇われる気があるのかの確認と、性格が合いそうかどうかの軽いチェック(二次試験)が目的だ。


 喫茶店に行く道中、紹介の時にグレアのフルネームも知らなかった事に気づいたことを思い出した。

 そこでそれとなく本人に聞いてみたが(ブロウルにはまたツッコまれた)彼女は「トップシークレット」などと抜かしやがって教えてくれない。グレアはリンと違って性格が性格だ。一筋縄で教えてくれそうな気はしない。そこで俺が何度か迫ると、彼女は渋々名前を口にしたが、出てくる名前が毎回違う。本当に教える気は毛頭なさそうなので諦めた。

 メイドに弄ばれるご主人という関係を見て、ブロウルに変な顔をされた。こいつ(グレア)が少々歪んでいて扱いづらいことは、採用が決まったら伝えよう。


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