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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B22 キカイノツバサ 野生児現る

 囲まれている。しかも相手は翼よりも高い機動力。いくら毛虫とはいえ、俺には人間の方が不利なように思えた。囲まれているため、どれか二匹以上同時に襲ってこられては、対応は難しい。しかし考えもなしに挑発するしたわけではないだろう。政務院から腕利きのお墨付きをもらって出てきているわけで、そんな人物が挑発するとすれば、何かしらの勝算があっての行動のはずだ。……恐らく。



「ふむ……」



 男の武器は短剣2本と頼りない。彼は口元を小さく動かし何か――おそらく呪文を唱えている。やはり何か策があるようだ。呪文詠唱が終わり次第、魔法が発動するだろう。


 そう思っていた俺の読みは外れた。詠唱が終わっても、何も起こりはしなかった。魔法陣のようなものも一つも出てこないし、周囲に何か変化が起きているわけでもない。本人も、毛虫もだ。俺は魔法に関する専門書を本屋のおばちゃんから譲り受けたが、現在部屋の飾りになっている状態である。つまり、詳しいことは全くわからんのだ。それどころか、基本も知らない状態である。彼が発動しようとしている魔法が一体どのようなものか、俺に見当がつかない。



「彼は何をしようとしてるんだろうな」



 隣のグレアにそっと話しかけてみるが、彼女は知らないと首を振った。



「ちなみに見てて分かると思うけど、あいつらが獲物を狙うときは、相互に協力しあう特性があるからね。どうやってコミュニケーションを取ってるのかは謎なんだけど、行動を起こすときはほぼ同時。まるで軍隊」



 距離を保ったまま睨み合う男と巨大毛虫五匹。俺も観客も今後の展開を見守る。何を考えてか、男はその場にしゃがみこむ。その瞬間を待っていたかのように、毛虫は扇の形状を保ったまま、一気に男へ攻め込んだ。


 ダダダン――

 何が起きたのか、俺には分からなかった。体に響く乾いた三重の音。それは、破裂音のような、爆発音のような、衝撃音のような。

 さっきまで確かにいたその場所に、男の姿はなかった。巨大毛虫は男のいた一点で顔を合わせる。



(消えた……!?)



 彼はどこへ行った? 俺より早く、彼の姿を認めた一部の観客が歓声を上げる。どこだ。フィールド全体に視線を巡らせ、彼の姿を探す。



「あそこか」



 毛虫が顔合わせしている、その反対側上空で、翼を羽ばたかせながら滞空している彼の姿があった。今のは瞬間移動か……! さっきの乾いた音が起きた原因は、瞬間移動の弊害のようだった。

 その表情はすでにしたり顔。勝利を確信している表情だった。男の真下の地面には、黒い「何かの塊」が二つ、転がっていた。それは、何かの頭部のようにも見えた。


 一方、一同に会する毛虫の方にも異変が起きていた。扇の隊列の両端を成していた二匹が、全く動かない。ゆらゆらと、呼吸するかのように揺れていた毛先も動かない。俺のカンは、そいつらは既に死んでいると告げた。

 男は一枚の紙札を取り出す。何か魔法陣のようなものが描かれたそれを、躊躇いなく、豪快に裂いた。

 アレには見覚えがある。というか使ったことがある。紙を破ることで魔法の発動させる――リンの家を水浸しにしちまった、例の魔法の発動方式と全く同じだ。

 効果はすぐに分かった。男がその場にいないのに気が付く。動かない二匹を除いて、男を捉えるため方向転換をとる彼らの中心から、一柱の炎が噴き上がったのだ。



「おお……」



 俺は思わず声を上げた。今噴き上げている炎。瞬間移動の直前にしゃがみこんだのは、多分だがその位置に紙札の片割れ(・・・)を設置するためだったのだろう。


 魔法使いの戦闘はかなり派手だとロイドが言っていたが、それに間違いはなかった。強力な炎が長い毒毛に着火した。空中にわずかに浮いていた巨大毛虫たちは地面に落ちた。

 彼らに声帯はない。自らに引火した炎を消そうと、地面の上でくねくねと、まるでゴムが荒ぶるかのように静かに暴れまわる。だが、暴れば暴れるほど、燃え移っていない毛へと引火していく。


 毒毛の燃焼に黒煙とススが舞う。噴炎の近くにいるのは、瞬間移動で犠牲になった二匹のみ。頭を失くした身体は引火した炎に抗うこともできず、その場でただ静かに炎で少しずつ丸まりながら焼け死んでいった。


 毛虫の習性を利用した、鮮やかな勝利だった。



「だが戦い方がいちいちグロいな」



 リンに見せられたもんじゃねえ。狼にしてもやり方がキツかったわけだから、こいつの戦法は大方こんなものだろう。俺のいた世界なら、確実に動物愛護団体の標的になっていたね。

 俺はロイドから筆記用具を借りた。出場者一覧の彼の名前の横に"グロ"と書き記し、三角の印をつけた。ついでに、さっきのマーキングに負けた男の名前に、豪快にペケポン、バツ印。これでよし、と。



「ちょっと俺、トイレ行きたいんだが……場所分かるか?」



 朝出発する前に一応済ませてはいたんだが。俺が立ち上がると、ロイドの目配せにグレアがやれやれといった様子でのっそり立ち上がった。



「ほら、こっち。前までは案内できるけど、中は男女別々だから。中で刺されたり殺されたりしても、私は知らないからね」


「物騒なこと言うなよ」



 相変わらず冗談にしてはキツいことを言うグレアであった。




 当然ながら、トイレでは何も起こらなかった。

 その後も、俺は応募者の実技を見る傍ら(かたわら)ロイドやグレアのアドバイスを考慮しつつ、俺なりに誰が良さそうか事細やかにチェックする見極める作業を続けた。

 しばらくしていると、本当に売り子が調理済みの狼の肉を売りに来た。骨付き肉の小さいのを買ってもらって一つ食べてみたわけだが……確かに言う通り、ちょっと固くて少し臭く、あまり美味しいものではなかった。



「本当に"殺し"に特化してるんですね……」



 ぽつり。今までずっと口を閉ざしていたリンが、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。実際、リンははっきり口にしたはずなのだが、他の観衆の声でかき消されてしまってよく聞こえなかった。俺にはそう言ったように聞こえたわけだが、それが本当の言葉かどうかと聞かれるとイマイチ自信がない。



「相手は動物です。こちらが圧倒的な力を持っていて、到底敵う相手ではないことを訴えていかないと、引き下がってくれないでしょう。長々と持久戦を続けると、いずれ人間(こちら)が疲弊して全滅します」



 ロイドは後ろを向いて、リンにそう返した。



「多少過激でも、こうして本能に恐怖を与えないといけないのですよ。死は忌避したがるものですから」


「そう、なんですか」


「ええ」



 リンは俯いて視線を逸らした。

 俺だって、こういうのは好みじゃないさ。だが、これは仕方がないものとして割り切る必要がある。さもなくば俺達が危ない。ただ俺も思うぞ。もうちょい目に優しい方法で戦ってくれる奴がいてくれればなと。そういう奴がいれば優先的に雇いたい。おっと、戦闘能力が高いのは当然必須の条件だ。……ちょっと贅沢だな。



「次で出場者は全部出揃いますね。ブロウル・ホックロフト――弓士です」



 ロイドは冊子を見て呟いた。俺もそれを見やる。

 このあと、今度は賊などの敵対すべき人間と遭遇した場合を想定した対人戦が行われる予定だ。俺はすでに比較的良さそうなヤツの目星を二、三人ほどつけている。出場者の中には、一匹倒すたびこちらにドヤ顔向けてアピってくる奴が結構いた。たまにドヤってるスキを突かれて一撃喰らってるバカもいたし。ドヤ顔は全部倒してからにしろってんだ。一万歩譲ってそれなら許せんことはない。

 もちろん、そういう自己顕示欲高めのしゃしゃり系戦士はお呼びじゃなく、評価は一応するものの点数は低めだ。



 弓と近接戦闘用の短剣を携えフィールドに出てきた彼は、大きく背伸びをしてストレッチを始めた。首を回して腰をひねる。そうそう、アキレス腱もしっかり伸ばして――いやいやここで準備体操かい。


 一通り体を動かし終えた彼は、あたりを見回した。彼は俺を探していたらしい。俺の姿を見つけると目を細めてまじまじと見つめてくる。その時間は短いような長いような。よく分からないが、彼は何かに納得して小さく数回頷くと、くるりと背を向けてしまった。なんなんだアイツ。



「ヘンな奴ね」


「えらく余裕こいてるように見えるな」



 グレアの一言に返した。

 そうこうしているうちに、狼が入場してきた。それを視認した彼は何を考えてか、手に持っていた武器を地面に放り投げる。そして腕を組んであぐらをかく。

 狼はやはり彼を見つけると警戒を始めるが、彼は動ずることなくその場に居座ったままである。



「よしよし、いい子だ!」



 ……まさか狼が手懐けられるとは誰が想像しただろうか。まるで子供かペットを呼び寄せるように太ももを両手で叩く彼に、三匹のうち二匹が近寄っていき、最初は警戒していたものの、ついには彼の両側に座り込んでしまったのだ。しかも頭を撫でられて気持ちよさげにしているし。



「コレってありなのか?」


「一応、『無力化』することが目的ですから、必ずしも殺さなければいけないわけではないですし……」



 ロイドに聞いても苦笑い。煮えきらない回答しか返ってこなかった。


 吠える声がしたかと思うと、一匹が彼に向かって飛びかかっていた。二匹のように手懐けられることを拒否した、血気盛んな一匹である。



「……!」



 俺の身に電光石火が走った。彼はとっさに飛びかかってきた狼の頭をわしづかみして受け止めやがった。そのうえ数十キロはあるであろう巨体をものともせず、そのまま片手でアイアンクローをかましたまま立ち上がったのだ。その狼は頭を掴まれたまま宙ぶらりん。この間、武器一切不使用。マジ野生児。



「あれは真性の馬鹿だわ」


「アイツ、出来る……!」


「……ここにもバカがいた」



 グレアがなにか言っている気がするが、気のせいである。武器を使わず素手で挑む余裕の雰囲気。そして何よりできるだけ戦闘を回避しようとするエコノミーな心持ち。



「そいっ!」



 彼はその狼をそっと地面に下ろした。よろめきながら立ち上がったその一匹は、彼に怯えて遠ざかっていき、隅っこのほうで丸まってしまった。


 狼三匹をフィールドに残したまま、次の敵が入ってきたが、彼は手懐けた二匹を味方にしてあっさりと倒してしまった。彼でいける。俺は冊子に載っている彼の名前を丸で囲った。




 次は対人戦である。試合時間は約十分ほど、一対一で行われる。さすがに動物のごとく殺傷するわけにはいかないので、フィールドには対戦者本人だけではなく、勝敗判定人が二人つくことになっている。どちらかが降参するか、勝負がつくか、あるいは時間内に決着がつかなければ判定人のジャッジで勝敗が決まるというわけだ。

 別に負けた参加者を雇ってはならないというルールはないが、負けた人より勝った人の方がイメージは断然いいし、雇われやすいと考えるのが普通だ。参加者からすれば負けられない戦いであることには変わりない。



「はじめ!」



 対人第一戦、剣士同士の戦いが始まった。

 ブロウル・コックロフトの雇用を半分決定している感じではあるが、採用枠は最大四人、そのうち一人は古族枠なので三人は雇える。彼の採用を決定しても、まだ二人分の枠があるのだ。しゃしゃりは気に喰わないのであまり採用したくないのだが、非常時を考えると悠長なことは言ってられない。背に腹は代えられぬというものだ。



「リン様?」


「いかがなさいましたか?」


「ん?」



 急にロイドやメルが騒ぎはじめた。振り返るとリンが泣いていた。



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