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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B15 キカイノツバサ 神の手


 確たる証拠を持つ政務院と教会。自分の記憶を信じてそれに対抗するリン。そんな中、安物のペダル式ゴミ箱の蓋のようにクタクタ感満載で片手を挙げたのは俺である。手を挙げた瞬間、半ば説得口調でリンに反論していたメガネが言葉をブツ切った。会議室が一瞬にして静かになり、視線が一気に俺へ集まる。今更だがこれが特級国賓の地位か。



「すまない、緊急連絡だ」



 さっきとは打って変わって張り詰めた空気がどこからともなく吹きこんでくる。緊急連絡はさすがに大げさだっただろうか。



「色々考えた結果、やっぱコイツは本物だったようだ。余計なことを言って迷惑かけたな」



 今行われている議題に関しての重要な連絡、という見方をすれば緊急連絡というのは間違いではない。どうでもいい後付けの理由を頭の片隅で転がしつつ、周りの反応を見渡す。


 一回肩を大きく上下させて、少し力が抜けたメガネ。汗かきなのだろうか、教会のオヤジは額の汗を拭ってコップを一口。記録係の二人は、俺と一瞬目が合ったが、すぐに筆記作業に戻る。目を大きく見開いて俺に注視したままフリーズしたリン。


 背後のグレアから空気の流れる音とともに、また小さくイスが蹴られた。



「……はぁ?」



 人を小馬鹿にするその口ぶりだが、俺は偽物の可能性があるとはいったものの断定はしていない。……話題にした時点で蹴られるのは仕方がないが。



「コウさんは政務院の話を信じるのですか?」



 眉をハの字にしたリンが机に片手で体重をかけつつ言い放つ。



「まあ……彼の話は正しいだろうな」


「それでは150日分の記憶はどうするんですか?」



 苦々しい表情を浮かべてリンが迫った。俺が寝返った時にリンがしそうな態度。というか完全に裏切られた顔をしている。いやいや、俺はお前を裏切るとか否定するつもりは――



「反論を聞いているうちに、もしかしたらそうかもって思ったのかもしれませんが――」



 リンの説得リストに俺が入ったらしく、懸命な表情で言葉を穏やかに発射しはじめる。俺はその思い込みを解くべく、感極まって暴走しないうちに手綱を引いた。



「待て待て! 俺はリンが間違ってるとは思っていない。むしろお前は正しいんだ!」




 黙ったリンに、無言の会議室。恐らく参加者のほとんどが、俺の言っていることは明らかに矛盾している、もしくは何か間違えたのかもしれないと思っているはずだ。敢えてもう一度言う。



「いいか、王命は本物だ。リンの話も、政務院の話も正しい。間違ったことを言ってる奴は、誰一人としていなかったんだ」



 空気一分子の振動さえもなくなったような静寂。俺の推理は最も事実との親和性が高く、同時に最も説明が困難なものである。そんなことは俺以外に知るよしはない。予想通り、メガネが静かに声を発した。



「アダチ様、そう判断なさった理由のご説明をお願いいたします」


「そうしたいところだが、ややこしいというか曖昧になるというか……うまく説明できない」



 一部始終の説明はできるんだ。問題なのは説明ができないということで――んあ~っ、ややこしい! 


 だから言葉にして説明する、その行動自体は出来る。勉強を教えるのと一緒だ。ただ、伝えることができない概念を用いた説明をせねばならんのだ。


 因数分解を教えることは出来る。それを教えようにも、相手が四則演算の概念を習得していなければ教えられない。それと同じで、四則演算が分からないのと同様の状態で説明プリーズされているのだ。要求されるレベルが高いことがお分かりいただけるだろう。


 俺が困っているのは様子からして分かるだろうに、メガネは頑として俺から目を離さない。



「そうだな……俺とリンは箱の中に居た、といえばいいだろうか」


「箱、と言いますと?」


「残念なことに、今は箱としか説明できない」



 あなた人を困らせるの好きなのか。ないもの絞って全力で答えてやったのに、さらにその上の次元の説明を求めるか。説明しずらいっつってんのに、さらっと突っ込んでくるなよ。


 言ってる意味が分からない。周囲からはそんな空気が読み取れた。



 とりあえず、以下が俺の推論だ。

 最初に、大前提としてこの世界はシミュレートだ。察しのいい人間ならこの言葉だけで分かるだろう。そう、そういうことだ。


 零雨と麗香のやることを見ていたから知っている。彼女ら"SYSTEM"の手にかかれば、自然の摂理も物理法則も、すべてが彼女らの思い通りに覆る。物体の軌跡予測から時空間操作まで、ありとあらゆることが可能だ。


 音楽祭の練習のとき、こっそり気付かれぬよう、その練習している空間だけ、時間進行を3倍に引き伸ばすチートを麗香がやっていたことがあった。それと、例のヤクザ事件。あのとき、零雨と麗香はステージ25の一部をステージ0と空間連結させる曲芸も見せた。


 このように、彼女達の管理していた世界は、一見自然の法則に縛られているように見えて、実は何でもありだった。


 このファンタジック極まりない世界も、所詮はシミュレート、架空の存在である。本質的なところは変わらないだろう。俺がこうして存在しえている、小難しい言い方をすれば一定の互換性があるというのが、この世界がシミュレートであるという証拠だ。


 次に、この奇妙な矛盾の原因はこの世界におけるSYSTEM、正式名は何だったか、エル――そうだ、ELVESだ。ELVESが俺達に対して時空間操作を行ったとする説、それが第4の可能性だ。



 ELVESは何らかの理由で俺達に対して時空間操作を行う必要があった。ELVESはヤクザ事件の時ような小さな異空間(エリアXXX)を用意したはずだ。それこそが“箱”である。そこに、俺とリンを誘い込んだ。異空間にいた具体的な時間は定かではないが、少なくとも盗賊に殺されかけた時は異空間の中。盗賊は恐らく偶然迷い込んだだけだ。


 次に、その異空間内での時間の進みは、本空間(エリア311)の時間の進みに比べ、相対的に遅く設定してあったか、もしくは進みは同じだが、ちょうど再生している動画を一時停止するように、どこかで一時停止された。

 なぜそうしたかの詳細な理由は分からない。そうするとつじつまが合うのだ。ここで、俺達が本空間に戻されたとき、本空間では150日ほど日付が先に進んでいた。これが俺の考える第4の説である。



 分かりやすく時間順にまとめるとこうだ。



 まず、今から200日前、俺とリンは本空間の砂漠で出会った。これは確かではないが、リンとその他大勢の人間が200日前に起きた3日間の流星騒ぎを“一度だけ”観測していることから、流星が降着したとき、リンはまだ本空間だったんだろうと予想できる。


 その後、俺達がナクルへ向けて移動している最中に異空間へ入り込む。この異空間は精巧にできていて、俺たちは入り込んだことに気が付かなかった。同時に、盗賊も異空間へ迷い込んだ。


 その頃、本空間では不思議な流星を調べる調査隊が砂漠へ。しかし、その頃俺達はすでに異空間に隔離され、本空間から“消失”しているため出会うことはなかった。よって、調査隊は何も得ることが出来ず帰還。


 異空間で短い時間を過ごした俺達は、150日ほど進んだ本空間の砂漠へと戻ってきた。そして今に至る、と。一言で言えば、ちょうどウラシマ物語である。


 ELVES=神使説が正しいとすれば、俺がリンに名乗った記憶を利用して、神使が宗教とかチートとか、そのへんの使えそうな手段を使って王命を出すことなど造作も無い。記憶操作もできる神使だ、多分それぐらいできるさ。このあたりは適当だが、なんでもありな世界なのでそういうことにしておく。分からないのは、なぜリンの王命が遅れて送られてきたのかだが、そこも何かしらの理由があってそうしたとすれば問題ない。……我ながらすさまじい投げやり感。チートの力はおそろしや。


 これで、リンが流星の落下は50日前と主張していること、俺たちが出会って感覚的に50日ほどしか経っていないことが説明できる。本空間では流星の落下は200日前に観測されたことになり、調査隊も手ぶら、本物の王命が到着する余裕もできる。


 ただ、150日の間に花屋の花がなぜ枯れなかったのかという疑問が残る。少し見ない間に花がしおれることはあっても、それだけの時間が空いていたらパリパリの茶色になって全滅しているだろうし、さすがに違和感を持つ。部屋にホコリも積もっていそうだ。


 ああ、リンの家も時空間操作の対象になったのかもしれない。我ながら恐ろしいほどにカンペキな理論である。この閃き具合。いつぞやの時のように、俺から後光が差しているかもしれない。


 しかし、そんな完璧そうな理論にも、一つ重大な欠点がある。それは、世界がシミュレートであるということを知っていることが前提でこの理屈を理解できるということだ。


 プログラムでできたシミュレート世界。設計者はいても、神は存在しないはずだ。それがどういうわけか存在している。


 どこからどう見ても神という存在を隠れ蓑に、この世界の心理を隠す気が見え見えの満々である。見えない権力者が隠したいという意向を見せているのに、それ逆らって全容を話せば俺の身が危ない。


 死にたい時は、世界の真実(タブー)を高らかに叫びながら街中を闊歩するだけで良い。死因の予想はつかないが、そのうち抹殺されるだろう。




 ……ゴホン。それより今ここで問題なのは、この推理をいかに説明せず納得してもらえるかだ。


 “推理の説明はできないが、俺の中ではつじつまは合っているし、現実的にありうると結論づけた。だからみなも納得してほしい”


 なんて言って納得してもらえるだろうか。ノーマルに無理だ。そういう意味ではこの理論は詰んでいる。



「何か別のアプローチで説明できねえかな……」



 頭を掻く。どうしたものか。10秒考えるより20秒考えたほうが、いい方法を思いつく確率が高い。幸い、皆俺が理論をまとめて説明してくれるのを待っている。あまり時間は取れねえのは分かっている。少しだけ待ってくれ。

 そして電球が一つ。脳内快晴すっきり爽やか。



「ああそうだ、教会に一つ聞きたいことがある。おたくは神話と神使、どっちを信仰している。重視する方を教えてくれ」


「はい?」


「ただし、両方なんていう答えは無しだ」



 この推理を整頓すると、この会議の必要性に気がついたのだ。もとは教会が飛行機計画の中止を求めたことが発端で、その根拠は「神話が間接的に飛行機の存在を否定している」というもの。第四の可能性が正しいなら、この話題についても当然影響があるじゃねえか。


 第4の可能性の実現に不可欠なのは、管理権限を持った存在、ELVESである。


 王命がナクルに到着するまでの所要期間は、およそ100日。俺の時間感覚ではこの世界に来たことを認識してから50日程度しか経っていない。つまり計算上では俺達が異空間に存在している間に、本空間で俺の名が書かれた王命が発行されたことになる。当時、俺の名を知るものはリンと俺自身のみ。チートのできる神使が関わっていなければ、発行することはできない。ここまで言えば分かるだろう。


 王命の差出人は形式上国王であるが、本当の差出人は……神使だ。俺がラグルスツールに向かうことを神使が希望しているのだ。


 ここで教会への質問に至る。教会が第4の可能性の全容を知ることができたと仮定しよう。神使への信仰を重視するなら、教会はその思し召しを妨げるもの、飛行機計画の中止の提案は取り下げるはずだ。むしろ賛成してくれるだろう。神話重視なら、おそらく今のまま変わらず反対を続ける。



 教会のオヤジはどっち重視だと聞かれると、刹那の空白ののちに仲間とひそひそ話を始めた。どうやらすぐには答えかねるようだった。教会代表として出てきてる以上、下手に答えられない立場にあるのだろう。話が終わったオヤジは言いにくそうに口を開く。何が言いたいのかは明らかだ。



「あの、アダチ様――」


「すぐに答えが出るものだとは思っていない。回答は後日でも構わないし、最悪無回答でもいい」


「申し訳ございません」


「今日の会議はここで終了ということにしよう。長々と閉じ込めてすまなかった」



 会議が始まって結構な時間が経っている。このままいつまでも引っ張る訳にはいかない。王命は本物、裏の差出人が神使であることが判明し、教会の答えが今すぐには出ない以上、これ以上会議を続ける理由もない。ちょっと強引だが会議を畳むことにした。訳がわからないまま終了宣言が出たことに、一同は首をかしげつつも資料を片付け、帰る準備を始めた。



「いきなり会議を終わらせるなんて、どういうつもり?」



 俺が王命を丸めて筒の中に戻し始めると、横からすかさずグレアが突っ込んできた。どうしたと言われても、説明できないんだから困る。



「ちょっとあんた、聞いてるの?」


「聞いてる。これ以上続けても無駄と分かったから終わらせたんだ」


「私はどうしてそう結論づけたのかって聞いてるの」


「急に全部正しいって言い出したと思ったら、教会の人に変なこと尋ねておしまいなんて、私も何が何だかチンプンカンプンです」



 グレアに続けて反対側にいるリンも一緒になって迫ってきた。両側から迫られる圧迫感。前方は会議机。逃げ場はない。



「俺だってこんな結論になるとは予想してなかった。考えてる時は謎が解けたら全て説明する気だった。だが、出た結論は常人が知っていいことじゃなかった」


「もし知ったら、どうなるんですか?」


「……分からん」



 分かっている。その瞬間に記憶操作が行われて、説明した事実がなかったことになる。それもまともに立てないほどの激しい痛みと苦痛を伴う。見ている俺がぞっとしたほどだ。あれを一度見せつけられたら、誰だって気をつけるようになる。リン本人は、顔を見るかぎりあの時のことを覚えていないようだった。



「しかし、教会から反対されたんじゃ飛行機は作れん。神都にも行けねえな」


「なら会議で説得すればよかったじゃない」


「俺の力じゃどうしようもできん。お手上げだ」



 片付け終わった俺は席を立った。筆記のまとめ作業をしていたロイドと2,3の挨拶を交わし、リンとグレアを引き連れて出口へポツポツ出ていく人の流れに乗った。筒をグレアの前に出すと、口を尖らせ横目でそれを受け取った。手伝いは仕事しろ。



「どうしようもないって、言う前から決めつけるのは良くないです」



 リンが俺の隣に並んで言った。



「飛行機がないと困るなら、ちゃんとそう言えば良かったと思います」


「相手は宗教だ。変に対立すれば俺の居場所がなくなる」


「へえ、そういうところは押さえてるのね」


「まあな」



 グレアは意外そうな顔。現代では宗教の対立から始まる争いが絶えなかった。テレビで話題になることもしばしばあったから知っている。ダテに寝転がりながらテレビ見てたわけじゃねえ。本音を言うと、まさか向こうの常識がこっちで通用するとは思わなかったんだが、結果オーライってことでよしとしよう。



「ねえ、次の会議の日程はどうするつもり?」


「今のところ次を開くつもりはない」


「でも話は終わってないじゃない。決着つけないと何も進まないの分かってるでしょ?」


「変わらない状況で会議を開いたところで、今日みたいに平行線になるのは明らかだろ。水掛け論大会を開催するために、わざわざ人集めするのもバカバカしい」



 確かに現時点では話は終わっていないが、賭けに勝てば会議を開くまでもなく教会が飛行機計画に協力してくれるはずだ。神使は目的があって俺を神都へ呼んだ。それに応じようとするが問題が発生。俺はどうしようもないと両手を挙げた。ならどうするか。そう、文字通り困った時の神頼みである。このままでは神使は目的を達成できない。しかし神使には特殊な力がある。自分以外に問題を解決できない状況で、かつその問題の不利益が自分に返ってくるとあらば、その力を使って対策しないはずがない。


 常時するほどヒマなのかどうかは知らんが、神使は俺を何らかの手段で観察しているに違いない。そこで俺はこれ以上は手詰まりでどうしようもないということを出来る限り明示的に、周囲に分からぬよう自然と示す。主に俺が楽をするために。


 俺が神話と神使、どっち重視だと聞いたのはその作戦の一環だ。教会の答えなんて大体予測がついてる。現在の神話は、神と神使がいなければ生まれなかった。神から派生した神話を信仰の主軸に置くはずがない。さっき彼が答えかねた理由はともかく、宗教だけに神使からのお告げ系は24時間随時スタンバってるはずだ。


 要は教会の上位にいる神使の力を利用するというズルをかますわけだが、効率的に教会を黙らせるにはそれしか方法が思いつかなかった。いちいちヘコヘコしながら教会と交渉なんざ、面倒臭くてやってらんねえ。失敗したらそうするしかないがな。


 そもそも教会の言い分は個人的には理解しがたい。神話が知識じゃ空飛べないと言っているとか言ってたが、二日前の説明会で、しかも大勢の目の前で紙飛行機が思いっきり飛んでたじゃねえかと。どこに目ェついてんだと。頭ん中脳幹しか入ってねえだろと。



「会議を開かないなら、一体どうするつもりなんですか?」


「んー……果報は寝て待て、だな」


「あんた策士っぽい顔して、実は何も考えてなかったのね」



 敵を欺くにはなんとやら。



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