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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B7 キカイノツバサ 一枚の紙が創る未来


「…………。」



 俺が自分で準備すると決心して早くも壁にぶち当たっている。グレアはどこからともなくメシを運んできては、食器を回収していくが、どこにそれが置いてあるのかを俺は知らない。通常知る必要のないことだ。部屋の中でウンウン唸っていても仕方がない。とりあえず部屋を出て探してみることにした。



「メシのニオイを探して辿っていくか」



 無臭の食事というのはあまりない。匂いが強くなればなるほど、距離は近くなるはず……と考えてみたが、そんな犬のようなことをするより人に聞いた方がよっぽど早いとすぐに思い直す。人がいそうな場所を求めて一階のエントランスまで下りてみることにした。



「あ、ああこれはアダチ様! 朝食はいかがなさいましたか?」



 エントランスホールで眉間にシワを寄せ、腕を組みながら立っているロイドの姿があった。足先がビートを打っているあたり、誰かを待っているようだった。彼は俺が階段を下りてくるのを見るなり、真っ先にそう切り出した。



「ああ、今からとろうと思ってな。どこにあるか探しにきたんだ」


「申し訳ございません! グレアがまだ来ていないのです。

 先ほど彼女の部屋に行ってみましたが、部屋にはいないようで……

 まったく、仕事を放ってどこへ行ったのか。

 私も気が気じゃなくてまだ食事をとれていないんですよ」



 ロイドが待っているのは、やはりグレアのようだった。



「グレアなら俺の寝室で熟睡中だが」


「なっ!? 熟睡ですと!?

 よりによってアダチ様の寝室で寝るとは、とんでもない奴です!

 今からちょっと――」



 部屋に向かおうとするロイドの前に出て両手で制す。



「まあ待て待て、これには理由があってな。

 グレアが寝てるのは俺のせいだ。彼女は悪くない。

 むしろ俺のために犠牲になってくれたわけで、今すぐ起こすのは酷だ」



 俺は昨日の夕食会での出来事をおおざっぱに説明した。道中で寝ちまった俺とベロンベロンのグレアが迎賓館に帰ってきたことはロイドも実際の目で見ていたそうだ。俺は寝ぼけていたのか全く記憶にないが、グレアと肩を組んで二人揃ってフラフラしながら部屋へ戻っていったらしい。何故そんな状態になったのか、その時のロイドは全く分からなかったらしいが、俺の話を聞いて合点がいったような顔をした。



「でも朝食を用意するのは彼女の仕事であって――」


「かてぇこと言わずに寝かせとけよ。俺が言ってるんだから文句ないだろ」


「しかし――」


「俺が許しているのに融通きかねえな、お前は。

 起こそうとしても、俺の権限で部屋には入れんぞ?」


「はあ……」



 納得していないような様子だが、どうやらたたき起こしに行くのは断念したようだった。



「ところで、ヒマなら一つ頼みがあるんだが」


「私が力になれるものでしたら、なんなりと」



 かしこまったロイドに俺は一つ頼み事をすることにした。



「簡単なことだ。

 ちょっと食事に付き合ってほしい。まだとってないんだよな、朝食」


「はい、私で良ければ」



 俺が神都へ行かなければならないこと。そこへ行くための手段がないこと。なんとかする必要があること。そういうことを、迎賓館の責任者であるロイドにはしっかり話しておく必要がある。直接は関係がなくても、知らないことが原因で後々問題になるような面倒は避けたい。



 ロイドにしっかりと話をした俺は、部屋に戻って対策を考えてみることにした。執務机の前に座って考えてみる。陸路は使えない。空は飛べない。ならどうやって行くんだ。超難題だ。名案が思いつかず、思考はどんどん非現実的な方向へ進んでいく。



 ――魔法で都市間を瞬間移動する、というのは?


 確かにそれならわざわざ移動しなくても安全に移動できる。だがそれができるならもっぱら移動手段はそれになっているだろう。短時間で安全に移動できるんだから、そこに人間が目を付けないはずがない。そういう手段が話に出てこないということは、おそらくそれは不可能だということだ。



 ――地面を掘ってトンネルを開けるか?


 到着まで何百年かかることやら。現代技術ですら、数キロの風穴を開けるのに長い年月が必要なのだ。ルートに沿って複数同時にトンネルを掘り、最後にそれぞれのトンネルを連結させて一本のトンネルにしてしまう、という方法もある。それなら理論上工期は短縮できるが、莫大な費用と労力が必要になる。それに。この世界の技術力では恐らく岩盤崩落等の事故が絶えないだろう。犠牲者を出すようでは意味がない。



 ――弾道ミサイルみたく一旦宇宙までぶっ飛んでみるのはどうか。


 大気圏再突入時に燃え尽きるだろ。バカか。耐熱素材がこの世界にあるかどうか分からない。宇宙に漂う岩石の塊が流れ星として大気中で燃え尽きるほどの高熱。それに耐えられるような素材はそうそう見つからないだろう。第一、動力機関はどうするんだよ。液体水素ロケットなんて絶対ないだろ。ちまちま水を電気分解すれば集められないことはないだろうが、どうやって液体水素にするんだ? 高度な制御装置はどうするんだ?





「あー、頭痛い……」



 グレアが低い声で唸りながら頭をおさえて寝室から出てきた。俺も別の意味で頭が痛い。グレアは俺が執務机の前にいるのを見つけると、「朝食は?」と聞いた。食ったと答えるとグレアは俺に睨みをきかせた。なんだよ、勝手に食ったら悪かったか?



「ねえ……なんで私はあんたの部屋で寝てるの?」


「知るか! そりゃこっちが聞きたいわ!」


「……事後?」


「お前、マジでクビにするぞ」



 そんな事実は一切ないのは当然のこと。あの状態はむしろ俺が襲われたようなものだろ。まさかよだれが降ってくるとは思いもよらなかった。



「お前が酔った勢いで俺の部屋で寝たんだろ、どうせ」


「そうなの? 夕食会でお酒を飲んだところまでは覚えてるんだけど……そこから全く覚えてないのよね」


「酔ったお前は凄かったぞ。ゲラゲラ笑い出したかと思えば――」


「なんか軽くショック死しそう。そこから言わないで」



 頭痛で目を細めているのか、それとも睨んでいるのか、どっちかよく分からない。もしかしたら両方かもしれない。ところで、俺の悪口は言わないんだな。普段の調子なら「誰のせいでこうなったのよ、このヘタレ」ぐらい言われそうなものだが。グレアは口を尖らせて目を逸らすとぼそっと呟いた。



「……朝食、手間――悪――ね」



「ん、朝食がなんだって?」


「……もういいわ。ちょっと薬飲んでくる」



 ムスッとした表情を見せると、シワシワのメイド服を着たグレアは、足を若干ふらつかせながら部屋を出ていった。



「まったく、あなたは一体何を考えているのですか!」



 その直後、廊下からロイドの叱る声が。ばったり出くわしたのだろう。つくづく運のないやつである。俺が怒らなくていいと言ったのに、ロイドはどうも納得いかなかったようだ。



「付き人が泥酔するなど言語道断!

 あなたがそんな状態になれば、アダチ様がお困りになることぐらい考えなられないのですか?」



 いや……だからそれは俺を守るために酔ってくれたわけで。融通が効かねえなぁ。俺が椅子から腰を上げてロイドを鎮めようと部屋のドアに手をかけたのと、話が終わるのは同時だった。ドアを開けると、目の前に大きな木箱を抱えたロイドが立っていた。



「あ、アダチ様……これをお届けに参りました」



 結構重いものらしく、ロイドの体の反り具合が大きい。融通の効かなさがちょっとしゃくだった俺は、少しロイドをいじめてみることにした。



「あー、いやいやご苦労様。それは何の荷物で?」


「アダチ様が以前住まわれていた住居にあった、あなたの私物をお届けに参りました」


「なるほど、ご苦労だな、精密なものが入ってるから、慎重に扱ってくれ」



 木箱自体が重いというのもあるが、俺の私物ということは俺のPCとか本類とかが中に入っているらしい。そりゃ重たいだろう。



「では、この荷物を部屋の――」


「ところで、さっきグレアとはどういう話を? 俺は叱るべきではないと言ったはずだが」



 俺は部屋から出てドアを後ろ手で閉め、背に持たれかかって雑談モードに持っていく。少しづつ重くなっていく荷物にロイドの顔から余裕が消えていく。



「申し訳ございません。しかし、彼女が仕事をしていないことはかえがたい事実で――」


「だーら、俺が許してるだろ? 他に何が問題あるんだよ?

 確かに、今日のようなことは好ましくないかもしれん。

 情状酌量(しゃくりょう)って言葉は知っていると思うが、今回は酌量の余地があるとは思わないか」


「え、ええ、あると思います……」


「俺が前にいた世界での話をしてやろう。とある貧しい母子家庭の話だ」


「ちょっと……先に荷物を……入れさせてください」


「俺が今喋ってるんだ。割り込むなよ」


「……申し訳、ございません」



 ロイドの顔がどんどん赤くなっていき、腕がフルフル震え始める。そろそろヤバくなってきたようだ。俺の大事な荷物を落とされては困るので、いじめるのもこれぐらいにしておこう。



「……もういい。荷物は机の前に置いてくれると助かる。

 もうちょい、頭を柔らかくしたほうがいいと思うぞ、俺は」



 ドアを開けてロイドを中に入れ、指定した場所に荷物を置かせた。まあ、そういうことだ、と話を切り上げ、多忙であろうロイドを帰した。それから少しして、ニヤケ顔のグレアが戻ってきた。さっきの出来事を見ていたらしい。



「あんたも結構そういうの好きなのね」


「好きな方だが、お前ほどひどくはない」


「そう」



 あまりおもしろくない回答だったのか、俺から目を逸らして視線を木箱へ落とした。腰下ほどの高さがある、大きな立方体の木箱。グレアは手ぐしで髪をとかしながらその前にしゃがみ込んだ。



「ねえ、自称異世界人。この箱にあんたの私物が入ってるんだよね?」


「そうだ」


「この中にさ、異世界から持ってきたものとか入ってる?」


「入ってるが、ガラクタ同然でもう使えやしない」


「ホント? 見せて!」



 飲んだ薬が聞いてきたようで、グレアの調子がだんだん戻ってきた。見せてと俺に頼むその目は、これまでにないぐらい輝いている。ここで単調に働いてきたらしいグレアにとっては、こういうイベントは新鮮なのかもしれない。



「見せてくれたら自称異世界人から絶対異世界人に名前変えてあげるわ!」


「いらねー……」



 改名以前にまずそのネーミングセンスをなんとかしてほしいところだが、それは別に置いといて。受け取った荷物の確認はしておくべきだろう。



「荷物の確認をするついでだ、見せてやろう」



 木箱上面の蓋を固定している爪を外し、中身を開いた。緩衝材である大量に敷き詰められた白い綿をかき分けてまず出てきたのは、料理本と魔法書がそれぞれ1冊。



「えー、あんたが料理? 想像もできないわ」


「こう見えても、元いた世界じゃ自炊してたんだぞ」


「じすい?」


「自分で料理作ってたってことだ」


「マズそ~」


「見た目で判断するなコラ」



 たしかにあまり上手くはないが、そう言われると少々傷つく。グレアはつまらなそうな顔をして例の高価な魔法書を手に取った。その表情が少し変わった。



「へえ、結構いいもの持ってるじゃない」


「本屋のおばちゃんに売れないからっつって譲ってもらったんだよ。

 結局使おうと思っても面倒くさくて使わずじまいだが、一応大事に持っておくことにしている」


「ババアはどうしてこんな人に譲っちゃったんだろうね」


「それ、どういう意味だよ。つか口慎め」



 グレアをチラッと睨む。見てないくせに、なに勝手にババア呼ばわりしてんだよ。年齢的にまだおばちゃんだったぞ、一人幸せそうな。



「それで、最後にこいつだな。俺が元いた世界の道具。パーソナル・コンピュータだ」



 俺はその箱から大きな筐体を引っ張り出した。次にディスプレイ、キーボード、マウス。どれももう使えないが、グレア異界人だと証明するには十分だったようだ。現に、グレアの驚きは尋常じゃない。口をぽかんと開けたままマウスに手を触れると、しげしげと観察を始める。



「納得してくれたか?」


「え、これ、これ、あんた本当に!?」


「だーから最初っからそう言ってるだろ。偽者とでも思っていたのか?」


「信じられない……こんな素材、初めて見るわ」



 プラスチックでできた安物のマウスの表面を指で撫でるグレア。次にキーボードを手にとって、各キーに印字された文字を興味深そうに眺める。



「これ、明らかにこの世界の文字じゃないわね」



 グレアが指さしたのは"%"の文字。元の世界では日常的に使われていた文字だが、世界がひとつ違えば未知の文字になる。



「それはパーセントと読む。

 100等分のいくつなのか。そういうものを表す単位だ」


「これは?」


「それは『R』だ。52種類あるアルファベット文字の一つだ。

 アルファベットは単語を声に出した時の音を表す文字だから、この文字にそれ以外の意味は持たない。

 ついでだ、この『無変換』と書いてある文字を説明しよう。こいつは漢字だ。『むへんかん』と読む。

 この世界には平仮名しか存在していないようだが、俺のいた世界では平仮名に加えて片仮名、そしてこの漢字を用いて文章を書く」


「本当に異界人だったの……」


「だから最初からそうだと言ってるだろう」



 グレアの俺を見る目が急速に変わっていくのを感じた。もう自称異界人とは言えまい。



「確かに姿形は背中の欠陥以外人間よね。本当に異界人……?」


「そうだ」


「それじゃあ、あの黒いスーツだっけ、そういう服装が正装だということも、ニホンという国があるのも、20歳以上にならないとお酒が飲めないっていう法律があるのも、全部本当?」


「そうだ。お前は今まで俺の言うことは全部妄言だと思っていたのか?」


「正直なところ、ちょっとオカシイ人だと思ってた……」


「ええー……」



 俺、グレアにオカシイ人だと思われてたのかよ。ショック。いや、そんなふうに思われていても仕方がないという気はするが……やっぱショックだ。



「最初は全く信用してなかった。

 スーツのデザインを説明し始めだした時から、もしかしたらっては思っていたけど、それでも信用できるほどじゃなかった」


「それじゃあ、俺はこれをもって見事異界人だと証明されたわけだな」



 グレアは頷いた。俺が本物の異世界人であることにややショックを受けたようであるが、そんな雰囲気もすぐに消え去った。



「ところで、この道具はどうやって使うの?」


「こいつは万能だ。収支の計算を一瞬でさせたり、音楽を聞いたり、遊んだり色々できる」

 しかし、この世界では恐らく使いものにならない。

 こいつを動かすには交流100Vの電源が必要だ。そんなもの、この世界にはないだろう?」



 詳しく言えば、交流100Vでも50/60Hzの交流電源だ。精密機械には精密な電源が必要だろう。グレアが「デンゲン?」と首をひねっているあたり、この世界には発電所どころか、電気という概念すらまだ存在していないらしい。



「一言で言えば、雷だ。あれと同じ物をエネルギー源にして動く。

 ただし、雷はエネルギーが巨大すぎて使えないが」


「ふうん、変わったものをエネルギー源にするのね」


「こっちじゃ電気は一般的なエネルギー源だ」



 せっかく箱から引っ張り出したわけだし、この執務机を現代風にアレンジしてみようではないか。ぱぱっとパソコンを机にセットして、少し離れたところから見てみる。意外にも元いた世界の一部を切り取って貼りつけたのではないかと錯覚するぐらい似合っている。所詮はコンセントに刺さっていない、ただのオブジェだがな。


 そういや、このパソコンってこんなにきれいだったか? リンの家に置いていた当時は血や砂にまみれて汚れていたのに。ロイドたちが気を利かせて掃除してくれたのだろう。木箱の中に、今では不要となった受賞に関係する各種書類が入っていたので、それを机の上に広げてステレオタイプなお偉いさんです的な、雰囲気(ふんいき)を出してみる。あくまで雰囲気だけだ。それ以上でも以下でもない。





「さて、グレア。昨日の夕食会での話、どこまで覚えている?」



 パソコンの話はこれでおしまい。これからしなければならないことは、神都までどうやって行くかを考えることだ。



「えっと、ワインに口つけてからのこと、全然覚えてないのよね。

 何かメモしてたみたいなんだけど、虫が這ったような字で全く読めないわ」



 グレアは懐からメモ帳を取り出して俺にちらりと見せた。グレアが得体の知れない何かに爆笑しながら書いたあのメモである。



「そうか。では説明しよう。大事な話だから最後まで聞いてくれ」



 俺はグレアに昨晩した話をした。グレアは最後まで聞くと、腕を組んで困った表情を浮かべた。



「空は飛べない。陸は行けない。確かに八方塞がりね」


「何か対策はあると思うか?」


「ないわね」


「即答かよ!」



 同じ回答を出すにしても、グレアにはもうちょっと考える素振りを加えてしてほしかった。俺一人では解決できそうにないからこうやって相談しているのに。ないと言い切ったグレアの表情は涼しい。他人ごとだから思考放棄することができるのだろう。



「だってそうでしょ? 陸路も空路もダメならどうやって行くのよ。瞬間移動でもするつもり?」


「そういうのがあったら便利なんだが」


「無理ね。できるなら最初から移動手段はそれになってるに決まってるじゃない」


「だよな……」



 ドアをノックする音が部屋に響いた。グレアが応対に出ると、リンとその付き添いのメイドが一人いた。荷物がちゃんと届いてるか、気になって確認しにきた。リンの用件はそういう事だった。



「おお、リン。ちょうどいいところに来たな。ヒマならちょっと考えて欲しいことがある」



 そういってリンとその付き添いを部屋の中に引き入れ、グレアに頼んで人数分の椅子を用意してもらった。執務机を囲むようにして4人全員が着席したところで、再度俺の置かれている状況を説明した。リンは話をきちんと聞いていたが、付き添いのメルと紹介されたメイドは、机にセットしてある珍妙なコンピュータに視線が行ってしまって、あまり話を聞けていないようだった。



「そういうことなんだが、なにかいい案はないか?」


「難しい問題ですね……

 行けないのに行かなければならないということですから、これは難しいんじゃないかと思います」



 リンはそう答えた。一番の問題はそこなのだ。手段がないのにどうやって行くのか。リンの一言を最後に空白が広がり始めた室内で、一人の金髪長髪のメイド、メルが挙手。



「恐れながら愚考を申し上げます。

 空路か陸路かという問題でございますが、より現実的なのは陸路なのではないかと私は考えます。

 陸路を移動する場合の問題点は、主に敵の襲撃時に対応がしにくいという点が主にありますが、

 多くの傭兵を雇い連れていけばどうにかなるのではないでしょうか」


「要は数で勝負するということか」


「さようでございます。

 陸路を開拓しながら進んでいくのが最も現実的ではないでしょうか」



 確かにそうだが、未開の土地を切り開きながら進んでいくとなると時間がかかりすぎるのではないか。行く手を遮る木や茂みなどの障害物を魔法で一気に薙ぎ払えるようなブルドーザー級の魔術師がいれば少しは速くなるだろうが……そんな人物はナクルにいるのか。



「でもメルちゃん、陸路を開拓しながら進むとしても、予算が足りなくなるんじゃないの?

 ああ、あとこのバカに敬語なんて使わなくていいから」



 メ、メルちゃん? グレアにもそうやって気楽に呼べる友達がいるのか。こんな性格だからてっきり俺は一匹狼だと思ってたぞ。それはいいとして、グレアの言い方はさすがにムカつくが、敬語は不要であることは同意だ。しかしどうも国賓と接しているという緊張からか、メルには抵抗があるようだった。



「いえ、こっちのほうが落ち着くので……」



 静かにそう断ってしまった。問題点を提示されたことで、それを解決するためにはどうすればいいかの議論が始まった。やはり一番無難なのは陸路を引き連れていくことには間違いないそこは全員一致の結論だ。最初は「ない」と言い切っていたグレアが対策法を提案を始めた。



「実際移動する際は賊が勝てないと思わせるほどの数の傭兵を雇う。

 そうすれば狙われることはないわね。

 いや、雇うというのは人数的にかなり無理があるから、この場合王国軍の兵士を従えることになるわ」



 そういえば、俺はこの国の名前をまだ知らない。



「さてこの場合の問題は、その場合経費は傭兵を雇うよりも安上がりになる代わりに、国の防衛能力に影響するということ。

 大軍を動かせば、もといた場所の守りが薄くなるのは道理。

 今のところ最寄りの隣国との関係は正直微妙。

 万が一そこを突かれて戦争にでもなれば、それは最悪の事態。

 アダチが生きてラグルスツールまでたどりつけるかも怪しくなる」


「リスクを考えると、そう簡単に軍は動かすべきじゃないな」


「他国は自国の領土を広げて利権をより多く獲得するために、虎視眈々とその機会を狙っているわ」



 万が一の仮定論だが、その万が一に当てはまった場合が恐ろしい。つまりそれは軍備が薄くなったナクルが他国に攻められ戦場になる可能性があるということ。ルーや、姉さんとその家族、子供。戦禍に巻き込まれるかもしれないと考えると、軍を動かすという安易な行動は避けたほうがいい。しかしなぜグレアはそこまで国際情勢に詳しい。



「要するに、傭兵を大量に雇うとカネが足りない。

 王国軍を動かすと攻め込まれる可能性がなきにしもあらず、ということか」


「そういうことね。

 王国軍と傭兵の混合部隊を組んだら、もしかしたらなんとかなるかもしれないわ」




「あのー……どうして私達は国の将来を案じているのでしょう?」


「言われてみればそうね」



 再び律儀に挙手して発言したのはメルである。彼女の言うとおり、俺達が国の将来を案ずるのは為政者からすれば余計なお世話と言えるだろう。その言葉に納得したグレアだが、でも考えないよりはいいんじゃない? と腕を組んで一言。どこまで偉そうなんだお前は。



「根本的な問題として陸路が一番現実的だとしても、移動日数がかかってしまう問題が解決できてない。

 要はいかに『低予算』で『安全』かつ『速やか』に神都まで行けるか、という問題だ」



「そうですけど、それを完璧に達成するのは難しいんじゃないですか?」


「だからこうやって考えてもらっている」


「う~ん……」



 リンが率直な現状を述べてくれるが、現状を言うだけではダメなのだ。何らかの方法でこの問題を解決しない限り、俺は神都へ他の開拓しながら進んでいくというメルの原案は、陸路がないこの状況で考えられる最も妥当な方法だ。安全面はグレアの言うとおり傭兵と王国軍の混成部隊を連れていけば何とかなる。だが、この方法では城主に承認してもらうまでには至れない。時間と予算の問題が未解決なのだ。


 互いの視線が交わる。誰かが代案を出してくるのを期待してのことだが、俺を含め誰もこれ以上の案を持っていなかった。沈黙の思考タイムが始まる。



「…………」


「…………」


「…………誰かいい案は持ってないの~?」


「…………」



 長時間このままの状態が続き、ついにグレアが大きく羽伸びをしながら案を促す。その声が引き金となって次々とため息が漏れ、少し休憩を挟むような空気になった。



「やっぱりメル、だっけ。その案が一番現実的だな……」



 机上に広げた不要な用紙を一枚手にとって折り紙。あっちの世界で不動産関係の広告とかチラシが集合ポストに入っているのを持ち帰っては紙飛行機ばかり作っているせいで、すっかり癖になってしまったようだ。他の折り紙はいまいちうまくできないくせに、やり慣れ補正でこれだけは上手く出来上がる。ひょい。放り投げると真っ直ぐ、リンとグレアの間をすり抜けるようにして滑り降りた。うむ、バランスのとれた良い機体。



「……!」



 静かな空間を切り裂く紙飛行機に、3人の視線は釘付けになった。カサ、という小さな音と立てて絨毯の上に軟着陸したと同時に、視線は一気に俺に向けられた。目を見開いて驚いたような表情が3名。一瞬の待ちがあって、真っ先に口を開いたのはグレアだった。



「ねえ、今の何!?」


「……何って、ただの紙飛行機だろ」


「い、今、飛びましたよね!?」


「飛行機なんだから飛ぶのは当たり前だろ」



 続いてリンが俺に迫る。なんだよ、そんなに切羽詰まったような顔をして。リンの付き添いメイドであるメルは、両手に白手袋を嵌めて今俺が飛ばした飛行機の端をそっとつまんで回収していた。リンは喜びと興奮が交わった表情で一段と俺に迫った。対する俺は背もたれに一段と背を預けて引き下がる。



「これですよ、コウさん!」


「何が」


「神都へ行く方法ですよ! あなたがこれに乗って空を飛べたら、問題解決じゃないですか!」


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