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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
キカイノツバサ ―不可侵の怪物― PartB
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第5話-B2 キカイノツバサ ウザいメイド

(結構遠くまで飛ぶな……)



 屋根なし仕様の空飛ぶタクシー――カゴに乗ってから結構な時間が経つが、一向に目的地に着くような気配はない。足元を見れば、椅子を据え付けている台枠から四方に伸びる木材を、周囲の兵士がちょうど神輿を担ぐように支持して、全自重を分散させている。俺が異様に重いという噂を聞いたのかどうかは定かではないが、彼らが支持する棒は継ぎ足され、隣を飛ぶリンのカゴに比べて明らかに長い。それだけ担げる人数が増えているということだ。



(この椅子、座ってると怖いんだが)



 いくら継ぎ足しがされて運搬能力と安定性が改良されているとはいえ、ひとたび風が吹けば――揚力が変化するからだろう、カゴそのものが傾く。やたらフカフカでお尻が痛くならない親切な椅子なのは結構だが、傾いたときにバランスが取りづらい。少々おケツが痛くても構わん。欲を言えば、あえてそこは安定感重視のハードな椅子にして欲しかった。眼下に広がるミニチュアな街を見ながら、カゴから落ちた時のことを考えると、それだけで両側の手すりを持つ手に力が入る。



 パキッ



「うおおおお!」


「アダチ様! いかがなさいました!?」



 今、台枠が「パキッ」って言ったぞ! しかも心なしか振動した気がする! 台枠が俺の体重に耐え切れず、空中分解を始めたのではないかと、反射的に声を上げてしまった。その声に反応して、ロイドが俺の隣まで飛んでくる。



「いや、なんでもない。すまん」



 今の音はきっと、何もない時にパキッと鳴るあの現象だったに違いない。俺ビビりすぎだ。だが、この高度で落ちたら、2階から落としたゼリーのようになるのは確実だ。次こんな乗り物に乗る機会があれば、その時は怪しい音の出ないカゴに乗せてほしい。



「さようでございますか。

 あともう少しで目的地まで到着いたします。今しばらくの辛抱、ご容赦ください」



 ロイドが怪訝そうな顔をしながら手で進行方向を示す。その先のカーテンのような半透明の青い膜の先に見えるのは、どう考えても城にしか見えない大きな建造物。まだ点にしか見えないが、城の窓と思われる場所から橙色の明かりが漏れ、なんともファンタジック。


 あれが俺達の移住する建物か。


 そう思ったと同時に、俺達を乗せたカゴはゆっくりと降下を始めた。城まではまだ距離がある。



「この先は上空からの侵入者防止のため、一定距離ごとに物理的な結界が張られております」



 俺の疑問を察したのか、ロイドがすかさず説明を入れる。なるほど、確かにそれは理にかなっている。人が空を飛べるとなると、城壁は意味をなさない。物理的に防ごうと思えば、それこそ無限の高さを思わせるような超高層の壁が必要になる。そんな壁が作れたとしても、その内側は常に陽当り最悪で、外を見ても壁しか見えないという圧迫感。……どうでもいい。


 俺達を含む一行は、来たこともない大通りの真上を低空飛行。落ちた高度は速度に変換され、今まで体感したことのない速度で飛翔する。視界が狭まり、耳の風切り音が一層激しくなる。


 すぐに巨大な門が見えてきた。近づいてみれば、目測で3階建て以上の高さがある大扉だ。その門に張られているという物理結界は、薄い青色で発光している。さっき見えた青い膜のようなものはこれだったのか。


 日没からまだ間もないということもあってか、門は解放されて、人々が自由に行き交っている。門の両脇にある見張り台に立つ兵士は、かたや真面目に仕事中、かたや壁に腰掛けて、松明の灯りを頼りに優雅に読書中。危機意識がないと言えば言い方は悪いが、裏を返せばそれだけ平和だということで、俺としては安心である。



「いつの間に」



 ロイドは俺の横にいたはずが、いつの間にか前方まで先行して人払いをしていた。人払いの声を聞いたらしい読書中の兵士は、顔を上げて俺達の方を向く。隣を飛んでいたリンのカゴは、いつの間にか一列縦隊になって、門を通過する体勢に。俺達は低空ギリギリを飛びながら、その門の中へ飛び込んだ。壁は分厚く、中はちょっとしたトンネルになっている。トンネル独特の反響音が耳に響く。


 門をくぐり抜けるとすぐにカゴは上昇を始める。その後も何重もの門をくぐり抜け、ようやく目前に城が見えてきた。5階以上はある高層建築物。そっちへ行くのかと思いきや、隊列は進行方向を城より右へ進んでいく。



「ロイド、今どこへ向かってるんだ?」


「アダチ様のご宿泊なさる施設は、近くの迎賓館でございます」


「なるほど」



 リンの様子が気になって、後ろを振り向く。リンは口に手を当て、額に脂汗。座っているのがやっとのフラフラ状態になっていた。完全に酔ってるじゃねえか。リンの様子を確認した直後、カゴは迎賓館の門の前で着陸し、空の旅は終わった。迎賓館を囲む壁にも物理結界が張られていた。ここから先は地上を移動するようだ。これでくぐるのは最後であろう、迎賓館の門をくぐる。


 その先に見えたのは、星の光に照らされた、一面の庭園。花屋をやっていたおかげで、見覚えのある花が植えつけられているのを発見するたび、『あの花の売値は一輪これぐらい』と値踏みして、挙げ句の果てには総額を推測してしまう。果たして俺は、“ロマンチック”という概念を知っているのだろうか。普通に夢ぶち壊しだよ。それにしてもよく手入れされている。通路には雑草一本見つからない。



「到着です。お疲れ様でした」



 カゴは迎賓館の入り口前で止まった。迎賓館の前には、料理人やここで働いている人たちが横一列になって俺たちの到着を待っていた。この場面、匠先輩に見せてやりたい。何故かって? 十数名のメイドさん勢揃いだからである。


 ひょいとカゴから降りた俺に対して、リンは転がり落ちるようにして降りる。すぐさま周りのメイド数人が体を抱えて「少し休憩しましょう」と、リンは夜の庭園に運ばれ、うち一人は薬の調達を求められて館内に駆け込んでいく。初っ端から慌ただしい。



「ようこそおいでくださいました。

 ここの管理を任されている、ロイドでございます」


「マジか」



 改まってロイドは俺に一礼。これはこれは大躍進。つい数日前までは窓際でヒマ人やってたロイドが、いきなり迎賓館の管理責任者とは。政務院内部で一体何があったのか。



「上から『担当者は、顔見知りの方が好ましい』と判断されまして。

 あの日使い走りにされなければ、こんな大仕事は貰えませんでした。

 改めて感謝いたします」



 そういうことなら、俺に感謝される筋合いはないんだが。話を聞けばただ運が良かっただけの話じゃないか。それ以前に、責任者なんて誰でもできるような役職ではない。ロイドは言わないだけで、実は頭の切れる人なんじゃないだろうか。



「こちらに並んでいるのはここで働く者たちです。今ちょっとリンさんの件で数人欠けていますが」



 ロイドが苦笑混じりに並ぶ列を示す。その声と同時に、練習でもしたのだろうか、タイミングの揃った声でよろしくお願いしますと言われた。改まってこんなふうに言われると照れるというか、反応に困る。



「えっと……よろしく頼む」



 ロイドの案内で建物内に入る。エントランスホールだ。薄い紫色の絨毯に、3回吹き抜けの高い天井。吊り下げられたシャンデリア。ただただでけえ。俺の身に不釣り合いな豪華さに呆然とする俺の後に続いて、出迎えの人も入ってくる。絨毯といえば多くはレッドカーペットだが、どうもここでは紫色が何か特殊な意味合いを持っているようだ。



「館内の説明などは明日、行います。

 勝手ではありますが、諸々の事情でこちらの方で専属のメイドさんを指名させていただきます」


「専属なんてのがつくのか」


「身辺のお世話をするために最低一人、配置するのが決まりになっております」


「そうなのか」



 俺としてはラッキー以外の何物でもない。いろいろな面倒事を代わりにやってくれるということは、俺のフリータイムが増える。つまり、グダグダできる時間が増えるというわけだ。ロイドは出迎えの集団に向かって手招き。すると、一人の女の子が出てきた。俺の目の高さぐらいの身長。金髪ショートボブ。見た感じ、俺よりも2,3歳年下に見える。笑顔で出てきたが、彼女は心から笑っているわけではなさそうだった。目の奥がキツイ。ロイドはお構いなしにそのメイドの肩を持つ。



「こちらはグレアといいます。

 専属の方ですので、何か御用の際は彼女になんなりと。

 では早速、お部屋の案内、頼みましたよ」



 かしこまりました~と、妙に高い声で返事したそのグレアというメイド。お部屋は最上階でございます、と、階段に誘導する。



「ごゆっくりどうぞ」



 エントランスにの出迎えの声を背に、最上階である4階まで登っていく。廊下に入ると俺とグレア以外の足音は聞こえない。二人っきりってわけか。廊下の窓から見える庭園に、リンとメイドさんの姿が見えた。ズンズン進んでいくグレアに置いていかれないように少しばかり早歩き。



「あんた、別世界から来たって本当?」



 俺の予想通り、さっきのグレアの受け答えは猫をかぶっていたようだ。眼の奥が若干反抗的に見えたため、別に驚きはしない。むしろこっちの方が……ゲフンゲフン。こっちの方が腹割って話せそうでいい。それよりも――



「俺のこと、知ってるのか」


「知ってるもなにも、ここで働いてる人はおろか、関係者はほぼ全員知ってるって。

 あのオッサンに、王命が書かれた紙を見せられたんじゃないの?」


「確かに見たが、サラっと流し読みしかしてない」


「そんな適当だと、あんたいつか喰われるよ」


「喰われる? 誰に?」


「人間」



 なるほど、人間。例えば連帯保証契約に何気なくサインしたら逃げられて、みたいなそんな感じか。一理ある。



「あんたが破滅しようが、それはそれで勝手。

 だけど人に迷惑はかけないでよね。特に私には。そういうの人生で一番、死ぬほど嫌いなの」


「俺だって嫌いだ」



 グレアは何かが気になったらしく、急に立ち止まった。自分の服に鼻を近づけて首を傾げると、振り返ってジロジロと観察するように俺を眺める。



「何か変なところでもあるか?」


「さっきから気になってるんだけど、あんた臭いよ」


「…………。」








 それ、地味に傷つくからやめて。








「この薬草の匂い、好きじゃないんだよね。どう考えても臭いし」



 しかめっ面をしながら俺に指をさす。なんだ、マッサージ屋の薬草の匂いか。この匂いをしばらく嗅ぎ続けているうちに慣れてしまっていた。意識して嗅ぎなおしてみれば、たしかに俺もこの匂いは少々臭いというか、早いうちに洗い流したい。グレアは、話を最初にに戻すけど、と再び足を進める。



「やっぱり私には、あんたが異界人には見えない。

 加護の翼を貰い忘れた、マヌケな欠陥人間にしか見えないわ」



 おうおう、何を言い出すかと思えば、なかなか言ってくれるじゃねえか。ちなみに知ってたか? 俺の頭蓋骨の中身も欠陥品なんだぜ? 考える臓器なのに、その仕事放棄してやがるんだ。要らないもの捨てろと言われたら、真っ先にここを捨てるね。



「実際のところどうなの?」


「残念だが、本物の異界人だ。生まれは日本。ここよりずっと技術が進んでる。

 この時代の文明レベルは――そうだな、あっちの世界で言うところの200~400年ぐらい前だ」


「技術があるから何だっていうのよ」


「今、俺の世界を全否定したぞ!」


「確かに黒目黒髪とか珍しいのは認めるけど、まだ私、あんたが異界人だとか信じてないから。

 ……口先だけなら何とでも言える」



 俺の話聞いてないよな、聞いてないよなコイツ。



「…………まあ信じられなくて当然か。

 こっちの世界でも異界から来たとかガチで語る奴がいれば、即『やめとけ、近づくな』リストに殿堂入りだ」



 というか認める認めないとか、お前は偉そうに何様だと。でもまあ、このグレアという人物像は何となく把握した。このメイドは計算高い。そして俺と同じく口が悪い。計算できない分だけ、いくぶん俺のほうがマシかもしれん。


 グレアは一番奥の部屋の前で立ち止まって、懐から鍵を取り出した。



「ここがあんたの部屋ね」


「どうも」



 グレアはドアを開けたまま、俺に中にはいるように指示した。礼儀上、俺が先に入ることになっているらしい。あらかじめ部屋の明かりはつけてあった。一番最初に飛び込んできた部屋の本棚には、多種多様な本が並び、フカフカの黒イスに事務机。ナクルの街が見える窓とベランダ。華やかではあったが、足元はまだホコリっぽい。しばらく使われてなかったようだ。



「王命が届いたのはつい数時間前。まだ準備中。といっても、別に入ったって死にはしないわ」


「だろうな」



 そうなら先に入った俺が死んでる。



「『準備が整うまで“ワンランク上の生活”で我慢してもらうように』って、さっきのオッサンに言われたから、とりあえずその分の用意はさせてもらったわ。ここ、寝室だから」



 ギイと開いた部屋の中を見て、かつもくすること3回。



「…………グレア。これ、明らかに俺のことバカにしてるだろ」


「何、文句あるの?」


「あるどころか、文句多すぎてどれから言えばいいのか悩む」



 確かに、“俺の今までと比べてワンランク上の生活”という意味合いでは合ってる。文句のつけようがない。だが、ロイドがそれを意図して“ワンランク上の生活”と言ったとは、到底考えられない。


 目の前のメイドを除けば、何度どこから誰に聞いても、俺をバカにしてるという回答が得られるだろう。不満だとかこのメイドウザいだとか、俺のいる境地はもはやそんなもんじゃねえ。むしろその割り切った行動に爽快感すら感じている。



「どうみても家畜扱いだろ」



 この部屋も豪勢なシャンデリアが明るく照らしていることには変わりない。……何もない空間の中に、ベッドのつもりであろう干し草の山と、椅子が一つだけが寂しく置かれてることを除けば。




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