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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
Lost-311- PartA
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第5話-A41 Lost-311- 探していたものは、すぐ近くに

「そうか! ようやく目覚めたか!」



 俺はまず最初にルーの店へ向かった。よくよく考えたら背負子を背負ったまま歩きまわるのは、やはり面倒だ。そこで、それならいっそ身軽になってから歩きまわろうと、予定を変更してきたってわけだ。ついでに買い物も先に済ませて一旦家に帰れば、手ぶらで街を散策できる。


 彼女が起きたからと背負子を下ろすと、ルーは店に並ぶ果物の陳列作業をしながらそう言って、豪快に笑う。この笑い方、あの担任の笑い方に心なしか似ている気がする。しかし担任の下品な笑い方とは質が違って、聞いていて耳障りとは感じない。担任とルーを同一視するのは、双方にとって失礼である。


 ……ルーから爆弾投下された恨みが、心の隅にこびり付いていることは認める。なんせ俺は普通の人間だ。例えば想像して欲しい。知り合いに建物の3階から突き落とされたと。現代日本では軽く殺人(未遂)罪成立で手錠にモザイク、塀の向こう行きである。夏目漱石のお坊っちゃまが2階から飛び降りて、しばらく腰を抜かしたことを考えれば、今の俺がいるのは奇跡であり、多少なりとも俺がルーを恨むのは当然の運びであろう。



「いやー、そりゃ良かった! で、えーっとその子……悪い、ちょっと名前が出てこない」


「リン」


「あーそうそう、リンだったな、今はどうしてる? 静養中か?」


「いや、それが……バリッバリに働いてる」



 普通に接してくれというルーの一言で、やりやすい常態で話すことにしたが、どうも違和感が拭えない。とりあえずそれは最初のうちだけだろう。ルーはそれを聞くと笑顔から一転、神妙な顔つきをする。



「起きた初日から働かせるって、お前ちょっと酷じゃないのか?」


「俺も最初は止めたんだが、大丈夫だからって言うこと聞かなくってな」


「それはお前に気を使ってるからだろ」


「最初はそう思ったんだが、困ったことにどうも違うようで……」



 果物を陳列したあとに残った空の木箱に、搬送中に腐った果物を集めて放り込み、他の木箱の上に積み上げて手をはたく。



「というと?」


「曰く『何かに対して後ろめたく感じ、そして怖いから働く』ということらしい」


「その『何か』とは?」


「それが分かれば困らねえって」


「なるほどな」



 ルーが顎に手を当てて考える仕草をしたと同時に若い男が一人、めんどくさそうな顔をして店に入ってきた。丈夫そうな厚手の生地の服についた泥汚れを見るかぎり、土木関係の仕事をしているように見える。男がブツブツ小言を漏らすのを聞けば、昼飯の使い走りをさせられている最中らしい。



「店主、腹が膨れるもので安いのをくれ」


「安いのっつったら、この辺のちっこい野菜ぐらいしかないぞ」



 ルーはそう答えるなり、悪い、と小さく一言、その客の応対を始める。男は出来合いの昼飯を求めてきたようで、食材に興味を示さなかった。



「そこのでけえの(パン)は?」


「一個300だ」


「200で頼む」


「それじゃあ商売上がったりだ。俺はこれでまんま食ってんだ、270」


「10個買う。200で」


「250!」


「220!」


「235! これ以上は下げられん!」


「ならそれで」



 目の前で繰り広げられる値引き合戦は日常的である。購入が決まったところで、ルーは店の奥から麻のような材質の紐を持ち出し、フランスパンのような長いパンを10個ぐるぐる巻きにする。慣れた手つきで梱包を終えると紐の残りで取っ手をつけ、代金と引換えに男に手渡した。



「ついでに悪いが、こいつに水汲んでくれ」



 入るだけ入れてくれ、そう注文をつけて男は腰に据え付けていた、樽型の小さな水筒をルーに投げ渡す。カッコつけたのか成り行きでそうなったのかは知らんが、ルーはそれを片手で受け取って、店の奥にあるらしい井戸へ消えていった。



「頑張れよ」



 少しして濡れた水筒を手に店に戻ってきたルーは励ましの言葉をかけて男に手渡した。男はそれを受け取るやいなや軽く礼を一言、そそくさと店を出て飛んでいった。店内にいるのは再び俺とルーだけになった。



「値切りそうな相手には、最初高めに言っておくもんだ」


「いくらで売るつもりだったんだ?」


「250。まー15ぐらい負けても、どうってことはないがな」



 そういえば、俺たちの店で値切る客はいない。みな大人しく定価に従って買っていく。他の店もあるわけだし、こっちも殿様商売やってるわけじゃない。なぜ値切ろうとしないのかと不思議だ。俺がそのことを話すと、ルーは思い切り笑った。



「そりゃ当たり前だ! 神使様に捧げる花を値切るような奴がいるなら、そいつの顔を見てみたいね!」



 花を値切ること、それは先祖を祀る仏壇に添える花を値切ることと同等なのかもしれない。神使信仰のための必要な出費であり、それを値切ることは神使に対する冒涜だと、ルーは言いたいのだろう。最初リンだって俺が神使と呼ぼうとすると「様付けじゃないとダメです」みたいなこと言ってたもんな。そんなことにも気づかない俺は、笑うルーにつられるようにして苦笑するしかなかった。



「で、彼女のことなんだが、第三者の俺から見た意見だ」


「おう」


「単純にお前に気を使ってることを隠すためにそう言っただけじゃないのか?

 いや、もったいぶって言うことじゃねえけどさ」


「つまり俺に気を使わせないために、『(図星だけど)そんなんじゃない』と嘘を付いているということか」



 俺はルーの考えを素直に肯定できなかった。ただ単に嘘をつくにしては、彼女の演技が過剰に迫真的というか、そう、あまりにもリアルすぎた。時にそういう演技を平気でやってのける人も、世の中にはいるらしい。だが俺はリンがそうだとは思わない。いつも敬語調のリンが、あの瞬間だけ変わったのだ。しかも、俺の言葉を遮って飛び出した言葉が。



「俺の推理はそういうことだ。しかし女の人ってのはよく分からん。

 自分で言うのも何なんだが、この仮説は疑わしいところもある」


「そうか……」


「悪いな、迷惑ばかりかけるワリには何もしてやれねえでよ」


「気にするな」



 お前の考えで事態が解決すりゃ、拍手喝采万々歳である。とまあ、冗談はこれぐらいにして。俺がここに来たもう一つの理由を果たさねばならん。俺は足元に置いていた背負子をルーに渡した。



「俺がここに来たのはこいつを返しに来たのと、あと買い物だ」


「おう、毎度」



 ……しまった。話に意識が行っちまって食材の名前をすっかり忘れてしまった。まったく、これだから俺は。とりあえずかろうじてうろ覚えで覚えている食材3つを記憶から引っ張り出して伝えた。



「それとあと2つ買うもんがあったんだが、ちょっとど忘れしちまってな。分かるか?」


「分かるか!」


「だよなー……」



 ルーは背負子を戻しに、一旦店の倉庫と思われる場所へ。その間に忘れてしまった食材を必死で思い出そうとするが、俺の記憶はうんともすんともいわない。このまま帰ってしまっては、リンが足りなかった分を買ってこようとするだろう。それでは俺が買い出しに来た意味なしだ。なんとしても思い出さねば。



「あ、ちょっと待てコウ。この3つの食材を使った料理を考えれば、分かるかもしれん」


 ルーは戻ってくるなりそう言って、3つの食材を手に取り、残りの2つが何かを考え始めた。確かに料理から逆算して予想するというのは一理ある。



「あ、もしかしてこれじゃないか?」



 ルーが手に取った2つの食材は、まさに俺が頼まれていた品物だった。食品の長期保存技術は、一般には浸透していない。その日に買ってその日に食べるサイクルを考えての買い物となると、買うものも近いうちに作る料理の原材料が中心になる。つまりルーは仕事柄、無意識的に客の買う組み合わせのパターンをなんとなく覚えていたのだろう。



「おぉ、さすがだ」


「へっ、ダテに品物売ってるわけじゃないんだ」






 ここでの用件を済ませた俺は、ルーと少し他愛もない世間話をして一旦家路についた。ルーの店を背に歩き出すなり、自然と自問自答を始める。



「絶交になってもおかしくないほどに散々な目に遭わせた人間を、よく許せたものだな、俺は」



喉元過ぎれば熱さ忘れるとか、三歩で忘れる鳥頭とか、俺ってそんな感じで、自分で思ってるよりも単純なのかもしれない。



「それってまるっきり単細胞ってことだよな……はぁ~」



 昼間。商売の声と雑踏で賑わう、陽気な大通り。俺は、そんな雰囲気そぐわない鬱蒼とした気持ちになっていた。まあ、いつまでもネチネチと昔のことの尾を引くような陰湿人間よりはいいよな。



「ジョーなんて単細胞の典型だったからな……

 てか、いつの間にか遥か昔の回想をしているみたいな口調になっちまってるし」



 ジョーもチカも、みんな今頃何やってんだろ。もう、零雨と麗香も新しい人を見つけて、みんなででワイワイやってるのかもしれない。俺のことを口にだすのはタブー化されて。もう戻れる可能性も手立ても見つからねえし、ここで戸籍取って地に足つけたほうがいいんじゃないだろうか。



「帰る手立てを探しもせずに、そんなこと考えるべきじゃねえよな……」



 帰る方法がそこら辺に転がってればなー、なんてことを思いながら周囲を見回してみるとそこにはなんと!



「……何もない。以上!」



 そんな棚からぼた餅のオイシイ話があるわけがなく、ただの見慣れた日常風景が広がっているばかりである。我ながら実に下らん。


 なんにせよ、向こうの世界からこっちの世界への一方通行というわけじゃないだろうから、方法は必ずあるはずだ。何らかの理由で“Jamie”(ジェイミー)がパソコンの中に入り込んできたということは、つまり向こうからやってきたということだ。Jamieが向こうの、つまりエリア311から来ない限り、このエリア311に送り込まれることはない。なぜなら、Jamieはエリア311の場所を知らないと、俺をここに送ることはできないからだ。


 そしてJamieを送り込んできたのであろう、ここの管理プログラム“ELVES”。この世界もシミュレートされている世界であることは、言うまでもない事実。話を聞いた限り、これは神使のことであろうと見当がつく。そして神使はどっかの神殿でいつもはお休み中だという。



「つまり俺が神使と直談判をすりゃ、帰れる可能性が出てくるということだよな」



 帰る方法は、意外と近くに転がっていた。もっとも、それを実現するだけの行動力が俺にあるかは未知数だし、会えたとしても、神使がJamieを使って俺をここに送り込んできたその目的が、その時点で果たせてれば、という条件が付きそうだが。

いずれにしても、自分から動かないとと話は始まらないだろう。



2012/03/14

15時36分

第一話直後の登場人物紹介に爆弾な挿絵を追加しました


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