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マジで俺を巻き込むな!!  作者: 電式|↵
Lost-311- PartA
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第5話-A37 Lost-311- 戸籍がなければ……


「…………。」



 それは手紙だった。監禁されていた少女たちからの、感謝の手紙。読んでいくと、警邏隊に行きたくなかった頑固さゆえに単身敵地に潜入した俺に、こんなものを貰っていいのかという気持ちが膨れ上がってくる。何故か罪悪感のような、後ろめたい気持ちがする。



「……こんなの受け取っていいんですかね?」


「何言ってるんですか。

 これはあなた宛の手紙です。

 あなたの他に、誰がこの手紙を受け取る権利があるのですか?」


「いや、そういう……」



 俺があんなことをしたのはただの自己満足だとしても、俺がやったことには変わりはない、彼はそう言いたいのだろう。確かに、やったのは俺一人であって、俺が拒否すればこの手紙は行き場を失う。彼女達の元へ手紙は返却されるだろう。もしかしたら返されることなく、捨てられて焼却されるかもしれん。自分自身がやったことに対してはどう扱おうと勝手だが、他人の気持ちを踏みにじるほど俺は腐ってはいない。



「――そうですね、受け取っておきます」



 まだ一部しか見ていないその手紙をまた一つに丸めて、机の上に置いた。そのとき窓から風が流れこんで、手紙はゆっくりと机の端まで加速しながら転がっていく。おっと、と転がり落ちたそれを手で受け止め、俺は机上にあったインクの入った小瓶をストッパー代わりにして置き直した。



「ここが一番大切な話なのですが、

 今日からちょうど四週間後に隔月ごとに行われる総合表彰式が、

 ナクル中央広場にて開催される予定です。

 今回、あなたは最高栄誉賞それに選ばれました」


「はあ……」


「あれ、意外と反応薄いですね」



 俺がなんか表彰されるらしい、っつうのは例の一張羅から聞いているからさして驚くことでもない。最高栄誉賞というと、けっこうすっげぇ賞じゃんとは思う。だがひとつどう考えても解せないことがある。



「連続誘拐犯を締め上げた程度でその賞って、割にあわなさ過ぎません?」



 すると、ロイドは俺から鞄に視線を移動させながら言った。



「実はそうなんですよ、そのことで警邏隊と政務院(ウチら)と少しもめましてね。

 あなたに最高栄誉賞を、と言ってきたのは警邏隊なんです。

 無実であるあなたを逮捕、その上隊員が不適切な発言をするという不始末を、

 何とかして払拭したいという思惑があったみたいですね。

 あったみたいというか、見え見えですけど。

 こっちとしては猛反対、通例通りの賞を、という主張だったのですが……

 まさかあの老人がこっちに出向いて頭を下げてくるとは、誰も予想してませんでした」


「老人ってあの唾液仙人、いや、総合警邏隊長のことですか?」


「今、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がしますが……そうですね、あの人です」



 俺に美顔効果ゼロの気持ち悪いツバぶっかけてきたあの老人がねえ……あの仙人、物分かりがいい。だが、組織の体面っていうものも考えてのその行動は、どことなく汚らしい気もしなくもない。



「でまあ、いくら警邏隊が政務院の下位組織だとしても、

 トップに懇願されれば少しはこっちも考えるってものです」



 そこまで言うと、ロイドは部屋をぐるりと一周見渡すと、ここだけのハナシですが、と小さくつぶやいた。



「(あなたにこの賞を贈る事になった決定打、

  実は政務院賞与担当の(ピー)さんに、

  警邏隊役員の(ピー)さんが結構な額の“アレ(袖の下)”を送ったからだそうですよ)」


「何それ汚ったね!!」


「シ――――ッ!! そんな大声出さないでください!! 外まで聞こえるじゃないですか!」


「あぁ、すみません……」



 ロイドにマジ顔で注意されて俺はすこし小さくなる。俺ごときでなんでワイロ送っちゃってんの? そんなに世間体が大事なのか? 日本なら収賄容疑で即ブタ箱行き確定だぞ! 加えてワイロ送ったのが街の治安を守る警邏隊ってとんだアイロニー。しかし受賞前にそんな汚い水面下の腐敗したやり取りがあったとは……ますます複雑な気持ちになるじゃねえか。知らないほうがいいこともあるっていうのは、こういう時につくづく思うよ。てかそんな金があるなら俺にくれ。さりげなく道端に大金詰めたアタッシュケースを家の前に置いてくれればそれでいいから。



「もちろん、総合警邏隊長はこの事実を知りません。

 知ったらとんでもないことになりますからね」


「なんでそんな情報持ってるんですか……」


「私は雑用する時以外、時間を持て余してましてね。

 建物を散歩してれば勝手に耳が情報を運んでくれるんですよ。

 表立って言わなくとも、情報をつじつまが合うように繋げばだいたい予想できます」


「すごい諜報能力ですね……」



 もう俺それしか言えねえよ。お前もう副業でゴシップ誌発行したらどうだ? 世の噂好きな奥様方に大受けしてきっとバカ売れするぞ。



《ねえねえ知ってる、サチコ()さん?

 警邏隊役員の(ピー)が(ピー)に例の表彰の件でワイロを送ったんですって》


《ええ!? あの人が?》


《知ってた?》


《いや、知らないわ。どこでそんな情報を手に入れたの?》


《最近新しく噂本が発売されてね、著者名は伏せてあるけど政務院の人間が書いたんだって。

 他にも面白そうな情報、たくさん載ってたわよ。ちょっと高いけど》


《あらほんとに!?

 ヘソクリ崩して買ってみようかしら?》



※サチコは仮名である。



 とまあこんな感じである。サチコなんて日本人っぽい名前の人間はここにはいないはずだ。例にはピッタリだろう。それと、話の流れがベタすぎて見てられないとか決して言わないでくれ。俺も他にいい案があるか少しは考えてみたんだが、思いつかなかったのだ。勘弁してくれ。


 ロイドは鞄から羽根ペンやインク、それから数枚の用紙を取り出して何やら準備を始めていた。よく見ると用紙は予め何かが書きこまれている普通の紙、羊皮紙ではない。ということは恐らく、公文書か? とにかく何か重要な書類を今から作ることは容易に想像できる。



「ウワサ話はこれぐらいにして、ここからが本題です。

 この為に私はここまでお伺いしたと言っても過言ではありません」



 彼はまず一枚目の紙を俺に差し出し、続けてインクに浸かったペンを渡した。



「これは、何ですか?」


「あなたの身元を確認する書類です。

 田舎からの出身者の多くは出生時に戸籍に記載されていない場合が多いんです。

 戸籍を届け出るのに遠出するなんて、それだけで大変ですからね。

 あなたが受賞する最高栄誉賞には特典がついていますが、

 戸籍がなければ無効になってしまうので」


「ふ~ん」



 戸籍か……あったらあったで便利なんだろうが、俺が戸籍登録してもいいのだろうか? 戸籍登録するということは、俺がここにいたという記録が残るということで、神使がこれを許可してくれるのかどうかが問題だ。他人の顔色を伺ってばかりだが、こればかりはなんとも言えない。俺は差し出された用紙を前にして、腕を組んで唸るしかなかった。



「どうなさいました?」


「……今日は戸籍登録の紙を書くだけですか?」


「他にも、受賞受諾証、階級昇進申請書などがありますが」


「じゃあ先に受賞受諾証……いや、これらの書類は今書かないとダメなんですか?」


「別にダメって言うわけじゃありませんが……何か不都合でも?」



 バリバリ不都合満載、むしろ過積載である。よく考えればこの受賞ということ自体が記録に残るはずで、記録が残るのは何も戸籍だけではない。俺が受賞できるかどうかについても怪しくなってきたわけだ。もちろん、受賞が決まったらしいと聞いた時から、薄々そんなことになるんじゃないかと気づいてはいた。神使に直接聞ければいいのだが、そんな術は――――あぁ、あるある。俺の背中に載ってる通信装置こと、リンがいる。彼女は神使とのある種のホットラインを持っているそうだし(姉さん談)、リンを通じてイタコさんよろしく聞いてみれば、回答が得られるだろう。あくまでも回復すれば、の話が大前提にあるが。



「ええ……まあ、今は見ての通りこんな状態ですので。

 今は治療に専念して、こういうのはそれが落ち着いてからにはできませんか?」


「構いませんが、書くだけですよ?」


「ほ、ほら、こういうのは書く前に、

 リンにもきちんと説明したほうがいいと思うんですよ、一緒に暮らしているわけですし」


「ふむ、分かりました。ではこうしましょう。

 リンさんは数日で回復するだろうとのことですので、一週間後に私がまたこちらにお伺いします。

 この書類はここに置いていきますので、それまでに必要事項を記入しておいてください。

 それで次にお会いするときは私は書類を回収します。どうですか?

 分からない部分があれば空白にしてもらっても構いません」


「それでお願いします。

 わざわざ余計に来ていただいて申し訳ないです」


「私も暇ですから、ちょうどいい暇つぶしになりますよ」



 ロイドはニンマリと笑ってペンとインクを回収し、鞄の中に片付けて立ち上がった。



「次に来るときは昼ごろでいいでしょうか?」


「いいですよ、いつでも大丈夫です」


「分かりました、それでは」



 俺も重い腰を上げ、ロイドを通りまで見送った。さて、途中で中断された集計作業の続きでもやるか。



「あ……」




………………椅子、二階に置きっぱなしだった。



「くっそダルっ!!」



 なんで階段降りるときに一緒に椅子持って行かなかったんだよ、俺ェェ……一歩大きく地団駄を踏んで自分の無計画さに腹を立てて悔しがるも、現実は何も変わりはしない。こういう時に有効な魔法が使えたら便利そうだとか、覚えもしないのに思うだけ思いながら(思うのはタダだからな)、また階段を登ってその椅子を抱え、踏み外さないように慎重に足元を確認しながら階段を降りる。今までに2回もこの階段から落ちてるからな。今落ちたら洒落にならん。


 魔法ついでに言っておくと、最初は魔法が使えると知ってテンションが上がったが、その後は「まあ、いつでも覚えようと思えばできるし、今やらなくてもいいだろ」という、いつもの怠惰モードが発動したため、手持ちのバリエーションは少ない。なにせ、俺の使える魔法は片手があれば全部挙げられるのだ。オバサンから譲り受けた魔法書は暇つぶしの次第にただの読書本と化しており、眺めるだけ眺めるが、覚える気はゼロである。



「今日の事務作業は終了っと……」



 中途半端な背伸びをして集計用紙をやりこなした俺は、また重い階段に足をかけ、息を切らせながら登りきる。こんな重労働をやってるんだから、俺絶対ここに来た時よりもマッチョになってるって。もちろん、細マッチョの方である。プロテイン注入したらもうちょいゴツくなるかもしれん。注入しないと命に関わるとか、そういう必要に迫られない限り、注入するつもりはないのは当の然である。そんなシチュエーションがあってたまるか、というツッコミは置いといて。



 今日も鍵のかかった棚を気にしながら俺一人分の晩飯を作り、行儀は悪いが、台所でいつもより少し遅い食事をとる。食事と同時進行でリンの食事を作り、飯を食い終えると同時に完成したそれを、リンの部屋の窓際に置いて冷やす。料理しながら飯を食うとか、お袋が知ったら往復ビンタもんだよ。まあ、トラブルに巻きこまれつつも、なんだかんだ言いながらよろしくやってるんだ、大目に見てくれ、お袋。


 食事を冷やしている間に、いつものようにリンをベッドに寝かせて台所から水を汲む。この重さから解放された時の身軽な感じが堪んないね。筋肉痛はご健在でも、軽くなった分だけ気分も少し晴れてくる。そしてまた明日も背負わなければならないのかと思うと、心はそれ以上にどんよりするというのが最近の日課。あとどれぐらいこの生活を続けなくてはならないのだろうか。数日とはいえ、終わりが見えてこないと精神的になかなか辛い。



「うーん、まだちっと熱いか」



 今日はちょっと熱くしすぎたのか、リンの体を拭き終わっても食事はまだ湯気が立っていた。食事を作りながら飯を食ったことで、一つ一つの動作が緩慢になってしまったのが主な原因だろう。



「よい、しょっと――ふう」



 一旦寝かせたリンをまた背負う気になれず、どうせ短い時間だしと思って机に座った。背もたれの付いている椅子っていいね。体が休まる。視線の先には食事の横に置かれた手紙。こういうのは書いてもらった手前、一応目を通しておくのが礼儀だろう。


 手紙の内容はどれも似たようなものであったが、どれもよく推敲された文章で、読んでいて飽きない。中には――これはシェルテという差出人の手紙だが、手紙の最後には青い花の押し花がしてあった。重石を乗せるあの手法で作られている。俺が花屋やってるから、花が好きなんだろうとでも考えたらしい。俺がここにいるのはリクルート情報が真っ先に手に入ったのがここだったからなんだがな……でも、そういうのは嫌いではない。


 ところで、青い花は存在はするが、これが結構値の張る珍しい花で、店をやっていてもこの手のものはなかなか入手しにくい代物だ。地域を巡ってたびたびやってくる行商の花おばさんですら、見つけた時は高値で売れるから心臓が跳ね上がるほど嬉しい、という話を本人から聞いた。シェルテがどうやってこの花を見つけてきたのかは分からないが、珍しいものには変わりはない。大事に取っておこう。




「…………はぁっ!?」



 手紙を読んでいる途中、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。何で感謝の手紙で“仕事がないので働き口を探してください”なんて書いてるんだよ!?  しかもよく読めば妹がいるらしく、姉妹揃って働きたいと言っている。そんなもん、ハローワーク行け、ハローワーク!! お礼の手紙で求人情報求めるという神がかったことをやってのけたのは、どこのドイツだよ。半ば呆れた感じで手紙の差出人を見ると……サ、サチコ!?



 まさかサチコさんがここにいらっしゃるとは、全く予想だにしなかった。

 それよりサチコ、お前は俺に何を伝えたかったんだ……



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