第5話-A20 Lost-311- 地獄の一丁目の酒場にて
駆け込みでしたが……何とか週一ペースは保持できました
え……アウトですか?
今回は物語のキーポイントになるお話ですが……
どうしてこうなった……
「本当に帰ってくるとは思わなかったわ……」
リンのいる居酒屋に戻って姉さんに顔を引き攣り気味に言われたのがこの一言。
腹が減ったやつはついてこい、と言った俺だが、
やせ細った彼女達が腹をすかせてないはずもなく、
結局被害者七人全員と俺の計八人という大所帯で店に戻ってきた。
俺が最初に座っていたリンの横の席に座り、
少女達は希望の目を持ってその隣に並ぶようにしてカウンター席についた。
「そんじゃ姉さん、彼女達に何か飯を作ってくれないっすか?
監禁中まともに飯も食わせてもらえなかったらしくて。
ああ、メシ代は俺が出すんで」
俺は財布を取り出しておおざっぱに勘定をする。
俺とリンの二人の食事代は3000レルでお釣りが来た。
同じ飯を食わせるとするなら、七人で1万1500レル、か。
うっわ、高っけぇ……まあ、約束しちまった以上、出す以外に方法はないのだが。
とりあえず財布からそれだけ捻り出して姉さんに渡すと、「あんた、太っ腹だね」と笑われた。
「実のところ、ようやく店が軌道に乗り始めたかなっていう感じで、
あんま財布に余裕はないんすけど……ね。
ここにいる彼女達も相当なダメージを受けてるはずですし、
まあ、耐えたお祝い……っていっちゃアレっすけど、その、まあ、『よく頑張ったな』と」
「ふふ……やっぱ“勇者”は優しくないとね」
「“勇者”は大袈裟すぎっすよ、ホント。
俺はただ、警邏隊の仕事を勝手に横取りしただけっす」
「謙虚なのね、あなた」
微笑んで俺と少女の帰還を祝福する姉さんに、
謙虚なのは日本人の精神っすよ、と言いかけて、やめた。
危ねえ、自分の正体を言いふらすして、世界の秩序を崩すところだった。
ましてやここは神がすべてを創造した世界という設定らしいからな、
ステージ25に住んでいた俺がここに存在しているという時点で、
その設定を根本的に覆す矛盾が生じているわけで。
あまり世界には干渉しないほうが身のため。
本当のことを知るのは、俺の隣ですやすやと寝息を立てているリン一人だけで十分だ。
「お父さん、さっきの料理、7人前頼むわよ」
「あいよ!」
姉さんは厨房のじいさんに声をかけ、じいさんは威勢良く答えた。
こんな時間なのに、よくそんな体力が持つもんだ……
「あー!そういえば!!」
突然、声を張り上げた姉さんは、急に真剣な顔つきになって、じっと俺を見つめ始めた。
「な、なんすか、いきなり……」
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……勇者さん、いい?」
「“勇者”はくすぐったいのでコウって呼んでください」
「はいはい。……コウさん、あなた、この世界の人じゃないわね?」
「…………。」
なぜだ、なぜ俺の正体がばれてる?
俺は姉さんに対してそれにまつわるような事は一言も言ってないはずだ。
一体何なんだよ、この世界の人は!!
リンといい、この姉さんといい、不可思議な現象が起きすぎだ。
この世界の人には超能力で俺の過去が分かるとかそんなんじゃねえよな?
というか、魔法書にもそんな能力があるという文献はなかった。
じゃあ、この姉さんは一体どうやって俺の正体を知った?
姉さんの「あなたこの世界の人じゃないわね」発言で、周囲の視線が一気に俺に集まる。
「ふふ……どうしてって顔してるわね。私の読みは当たったってことかしら?」
「……何で知ってるんすか?」
「彼女、リンさんだっけ? 彼女の寝言でね、分かったの。
その話をする前に、神使様がお目覚めになったって話、知ってる?」
「いや、まったく。『お目覚めになった』ってことは、今まで寝てたんすか?」
「ええ、普通、神使様は神殿でお休みになられているの。
何か、私達の安全に関わるような大事なことがあるときだけ、お目覚めになられて、私達のために動いてくださるの。
最後に神使様がお目覚めになったのは今から大体160年ほど前の話ね。
確か、その時は魔獣の大量発生と隣国からの侵攻、それに農作物の不作が重なって、国が大混乱した時だったわ。
もっとも、私がまだ生まれてない頃の話だけどね」
「はあ……」
「あのお方は秘密主義な方だそうで、必要なこと以外何も言わないそうよ。
今回神使様がお目覚めになった詳しい理由は分からないの。
……いいえ、『分からなかった』、といったほうが今となっては正しいわね。
彼女、どうやら神使様と繋がっているみたい」
「リンが、ですか?」
確かにリンは神使に対する信仰心も厚い人だ。
だが、リンが神使と繋がっているなど、一体何を根拠に言っているのだろうか。
「そう。寝言にもまるで神使様と会話しているような発言が多々あったわ。
あなたがこの世界の人でないと分かったのは、『異世界人の彼は優しく、勇敢でした』という発言ね。
もちろん、夢は誰でも見るものだし、あたしにもそれがあなただという確証はなかった。
でも、あなたはさっき自分の名前を名乗ったわよね? 『コウって呼んでください』って」
「ええ、言いました」
「彼女の寝言の中にも“コウ”の名前は何回も出てきてた。
あなたの口からそれを聞いたとき、確信したの。
ああ、あなたはは異世界人なんだって。
言われてみれば、神使様の加護を受けない人間なんているはずがない。
そんな人、物語の中にしか存在しない、空想上の人物だったから。
でも、実際にあなたは現れた。 もう、誰がどう見てもあなたは異世界人だってことは分かるわ。
少なくとも私は、ね。
神使様がお目覚めになったのは、恐らくあなたが現れたからじゃないかしら?
今の時代、魔獣の大量発生も、隣国の侵攻もなければ、凶作でもない。
考えられるのは、あなたしかいないのよ」
姉さんがそこまで話したとき、リンが目覚めた。
半目を開けて眠そうな顔のリンは、完全に覚醒したわけではなさそうだ。
寝ぼけている、という状態だ。
姉さんはそんなリンを見て「起きた?」と微笑む。
俺の横にいる少女達の目は丸くなり、そしてじっと俺のことを見つめている。
はあ……神使がリンを通じて俺に接触してきている、か。
そう考えるならば、あのお悩み回答も合点が行きそうな気がする。
だが、神使は俺に接触してきて、一体何をしようとしているのだろうか?
……俺の行動を監視している?
もし俺が神使ならば世界の秩序を崩す危険のあるものが現れたら、その動向を監視するだろう。
俺はそれを崩さぬように注意は払ってはいるが、
もし俺がそんなことをせずに言いふらして回ったとすれば、俺は一体どうなっていたのか。
ふう、世界の真実を教えてくれた零雨と麗香のおかげで命拾いしたってところか。
姉さんはカウンターにひじをついて、俺の近くに寄る。
「ねえ、教えて。あなたのもといた世界って、どんな世界……あああっ!!」
突然、姉さんが頭を抱えて叫び声を上げ、床に倒れた。
それに呼応するかのように、リン以外の少女達も、今の話を聞いていた他の客達も、
一斉に叫び声を上げ、頭を抱えていすから転がり落ち、痛い、痛いと苦痛に顔を歪めながらのたうちまわりだした。
一体、何がどうなってんだよ!?
無事なのは俺とリンだけで、店内は壮絶な地獄絵図を描いている。
少女達の中には、あまりの激痛に金切り声を上げだすものも。
そんな、地獄の一丁目の酒場にて、寝ぼけた顔のリンが低い声で小さく放った一言。
「……知りすぎ。」
その口調、雰囲気は、正にあの戦慄のお悩み回答のときのリンと全く一緒だった。
というか、俺疲れてんのにこんなことが立て続けに起きるとかハッキリ言わせてもらう!
これは拷問だ!
「おいリン! お前、何をした!? 何をしてるのかは知らんが、今すぐやめろ!!」
俺はリンの方を掴んで揺さぶる。
少女の悲鳴が頭痛に変換されて、俺にも苦痛を与え始めた。
俺の今の発言がおかしいのは頭では理解できているが、
実際、こんな状況を作り出したのは、俺にはリン以外に何も考えられない。
「私、リンじゃない」
「じゃあお前は神使か? 神使だな? お前、人を守る役目背負っておいて、なに苦痛与えてんだ!」
寝起きのリンの顔がフフッと笑って、俺に手を伸ばし、頬を触ってきた。
こいつは一体何を考えているのか、俺は全く理解できない。
全身に鳥肌が立っている。
「優しい人……」
リンが、怖い。
神使が、怖い。
現在、第1話の再構成も同時に進めておりますが、
第1話-1の前書きにて、再構成の進捗状況を掲載することにしました。
一点集中型の私には同時進行はなかなか難しいですが、頑張って書いていきます!