第5話-A5 Lost-311- ファンタジーの定番といえば……
ファンタジーにはアレが付き物ですよね…
ただ、ちょっと生々しいです。
翌朝。
太陽(本当は太陽じゃないが、一応太陽としておく)が昇る直前に起きた俺は、
リンが起きるのを待っていた。
外が明るくなってくるにつれて、赤い砂漠の全容が明らかになってきた。
辺り一面砂だらけ、昨夜リンが言っていたナクルという街がどこにあるのか見当がつかない。
それにしても、このリンという少女、完全に外見が洋風であるにもかかわらず、
話す言語が日本語というご都合主義の祭典ともいうべきファンタジー度合い。
金色の髪と同じ色の大きな翼、う〜ん……外見だけ見れば完全に天使だ。
昨夜の俺が翼を持たないことに対するリンの反応をみれば、
ここに住む人間(一応人間にしておく)はみな翼を持っているということは確実だ。
しかしそれにしても、神使様とは一体何者なのだろうか。
神使様のご加護の証である翼……もしそれが本当に神使が人々に翼を与えたのならば――
この世界も所詮はシミュレートされているプログラムだ。
宇宙空間でELVESに接続できたのだからそれは間違いない。
翼を与えたというのが本当ならば、神使とはそのシミュレートプログラム、それからデータを
自由自在に変更できる存在でなければならない。
零雨と麗香は本当の自分達の姿を隠している。
前の世界の常識を持ち込んで物事を考えるのはミスの元だろうが、
零雨と麗香が自分の姿を隠しているのに、
この世界では世界を容易に変えてしまう存在が人々の前にひょっこりと顔を出すということが
俺には想像できなかった。
神使……もしかしたら、いにしえから伝わる伝承的存在なのかもしれない。
とりあえず、神使という存在と加護についての話は興味がある。
後でリンが起きたらそのあたりをさりげなく聞いてみよう。
……うん?砂漠の砂に突き刺さってる、あの箱は一体?
ここから目測150m程の距離のところに、何かが突き刺さっている。
部屋着のままここに来てしまった俺は、仕方なく裸足で砂の上を歩き、その物体に近寄ってみる。
まだ早朝だからいいが、昼ごろになれば砂もかなり熱くなってくること間違いなし、
何とか対策を打たねば。
「おっと、こんなところにあったのか」
落ちていたのは俺のパソコンだった。
ここに来る途中でのプロセスは寝ていたから覚えてないが、
とにかくパソコン発見、俺の唯一の荷物だ。
パソコンは持続可能時間を過ぎてしまったようで、ただの箱と化していた。
まあ、本体に砂が入り込んじまってるし、また使えるようにするには修理が必要だわな。
俺は見つけた大きな収穫を肩に担ぎ、リンの元へ戻ると、彼女も起き出していた。
「おはようございます、コウさん」
「ああ、おはよう」
リンは俺の肩にあるものを見つけるとすかさず質問してきた。
「あの、それは一体何ですか?」
「俺の唯一の荷物、パソコンだ」
「ぱそこん……?
何かの儀式に使うものですか?」
「いや、違う。
コイツが俺をここに送り付けてきた元凶だ」
「送り付けてきた……?」
「まあ、それはなぜ俺がここにいるのかという話と絡めて、また後ほど話そう」
「ふふっ、焦らすのが得意なんですね」
「そういう意味で言ってるんじゃない!
ただ、どうして俺がここにいるのか、
言ったところで信用されないのが目に見えてるから言ってる」
「そりゃ、出会ってまだ時間も経ってませんしね」
リンはカゴのほかにも持っていた大きな袋から、瓶に入った何かを取り出した。
「サンの実、食べますか?」
「サンの実……?」
「砂漠では必須の保存食です」
リンは瓶からアーモンドの形をした黄緑色の木の実らしきものを2、3粒取り出し、
ひょいと口の中に入れ、微笑んだ。
この時点で俺は思った。
この世界で生き続けることになるなら、彼女と結婚してもいい、と。
それほど美しく、かわいらしかった。
「もしかして、食料も何も持たないで砂漠に足を踏み入れたのですか?」
「パソコン以外何も持ってないんだ。何も」
「どうしてそんな危機的状況の中で、
あなたは悠々と砂漠のど真ん中で寝ていられるのですか?」
「……眠かったんだよ」
「はい、とにかく食べないと、今日一日持ちませんよ」
「ああ、どうも」
俺はリンから受け取った実を見て、
これは異世界人の俺でも食べられる物なのかと一瞬不安になったが、
適合率94%を信頼して、その実を口に入れた。
味はチョコレートとまではいかないが、結構な甘さだ。
舌に若干の渋味が残るが、まあうまい。
「それでは、行きましょうか」
しばらく二人でサンの実をかじっていると、リンが手をはたいて立ち上がった。
それに続いて俺も立ち上がる。
目的地には早いうちに着いた方がいい。
「ところでリン、一つ聞きたいことがある」
「はい、何でしょう」
「俺に食料を分け与えるだけの余裕があるのか?」
「多分大丈夫だと……思います」
「無理して俺に食料を分けようとしているなら、止めておいた方がいい。
俺は人の疫病神にはなりたくないんでな」
「大丈夫です、三日分残っているので、何とかなりますよ」
「三日って……一日分足りなくないか?
こっからナクルまでは二日かかるんだろ?」
「ええ。ですが一日分足りなくても、ちょっと我慢すればナクルまで持ちます」
「トラブルに巻き込まれなきゃ、だがな」
「そうそうトラブルなんて起きないので大丈夫ですよ、盗賊にでも遭わない限り」
リンはそういってスマイルを見せるが……
残念ながら俺は前の世界ではいろいろと巻き込まれて大変な目に遭っちまってるんだよ。
不安は見事に的中した。
盗賊に遭わない限り大丈夫と言っていたリンだったが、
その盗賊がそのまさかで空からダイナミックにデデーンと登場。
リン以外の初めての現地人は盗賊という俺の不運ぶりを遺憾無く発揮している。
巻き込まれるだけが俺の人生なんてクソッタレだ――っ!
俺の巻き込まれ具合は疫病神も舌を巻くぜ!ハハハ!……やばい、リアルに死ぬ。
だって奴ら、手に持ってる剣を上から投げ付けてくるんだぜ?
あんなの頭に当たって刺さりでもしたら、頭蓋骨がパカッと割れて中の脳がこんにちは確定だ。
リンは既に自衛の態勢に入り、身につけていた短剣を引き抜いて構える。
こんなかわいくて華奢そうな子でも、やっぱ盗賊対策してるんだな。
俺?素手だが何か文句はあるか?
強いて言うなら近づいてきた敵を肩に担いでいるパソコンで殴り付けるぐらいしかできない。
もっとも、ハト派の俺としては相手を傷つけることなく撃退するのが理想ではある。
「コウさん危ないっ!!」
リンが叫ぶと同時に俺の頭上でキン、という金属音が聞こえ、
俺のすぐ足元に軌道のずらされた盗賊の剣がサクッと砂に刺さった。
リンが短剣で俺の頭蓋骨直撃を間一髪のところで防いでくれたらしい。
命の恩人である。
と、そんな悠長なことも言ってられない。
俺も何とか形だけでもいいから自衛の態勢をとらなくては!
幸か不幸か、俺のすぐ目の前に刺さりたてホヤホヤの剣がある。
パソコンで殴り付けるよりかは幾分かは攻撃力はあるだろう。
俺はパソコンを砂の上に放り投げ、その剣を構える。
一応、中学の授業で柔道と剣道をやった経験はあるが、
相手を物理的に傷つけるのを嫌った俺は、
まともに相手に技をかけることもできずに終わってしまったという、ある種の伝説を持っている。
簡単に言えば最先端をいくヘタレということである。
そんな俺が剣を持ったところで、相手にはなんら脅威はないのだが、
そんなことを知らない盗賊達は地上に降り立ち、俺を警戒しながら俺とリンの周りを囲んだ。
360゜どこを見ても盗賊の姿しかない。
どこからどう見ても絶体絶命の超ピンチ、しかも相手は空を飛べるときたもんだ。
地上を這いずり回ることしかできない俺は、機動力の格段と高い相手に対して、なすすべもない。
しかも地面は砂漠の砂という動きにくさだ。
「命が惜しければ武器を捨てて金目のものと食料を寄越せ」
盗賊の一人は言った。
「残念だけど、あなたたちに渡すものもなければ食料もないわ。
他を当たってちょうだい」
リンは強気の発言だが、何か秘策でもあるのだろうか。
一応言っておくが、俺を頼ってるならそれは大きなミステイクだ。
「俺達は4日も何も食ってねえんだ、せっかく見つけた獲物を逃がすわけにはいかない」
胃袋からっぽなんですね、分かるぞ、その気持ち。
――同情する気はないが。
盗賊の円陣は徐々に狭まってきている。
やつらの剣の攻撃範囲内に入ってしまえばこちらはゲームオーバー、
それまでに打開策を思い付くことができたら――まあまず無理だろうが。
「これ以上近づかないで!でないと焼き殺すわよ!」
「ほう、焼き殺す?
やれるもんならやってみろ。
……どうした?俺達を焼き殺すんだろ?焼き殺してみろよ」
リンのハッタリに盗賊は無駄な足掻き、と嘲笑の声を漏らす。
おいおい……相手を楽しませてどうする。
リンは鋭い眼光を盗賊達に向けながら、その短剣を握り直す。
ボウ、と短剣の先から直径70センチほどの火球が現れ、
リンはそれを振り回して迫り来る盗賊を追い払おうとしている。
「そんな家庭用の魔法で俺達に勝とうなんて、ハッ、けなげな奴だ。後で遊んでやろうか。
それにしても、この羽根なし黒目黒髪の男、珍しい。
こいつを見世物屋に売りとばしゃ、相当の金が入りそうだ」
なるほど、この世界では魔法は日常的に使われてるのか……って学習してる場合じゃねえよ俺!
しかも俺、こいつらに珍獣扱いされてるし……
盗賊はリンの火球を見ても、一向に怯む様子はない。
リンの短剣を持つ手が震えてきた。
どうやらこれがリンの魔法の限界らしい。
「コウさん、ちょっと力を貸して!」
「力を貸すって……俺は魔法とか全然使えねえぞ?」
「い、いいから!手を貸してくれるだけでいいから!!」
リンは空いているもう片手で俺の手を掴む。
「あなたの潤沢な魔力、ちょっと借りるわよ!」
「はぁ……?」
俺に魔力が備わってるはずがないのだが……
リンは短剣の先の火を消すと、俺の手を強く握り締める。
ドゴゴゴゴ、という表現が相応しかった。
リンの短剣から放たれた二回目の炎は緑色をしていた。
火球は直径5メートルを超える超巨大なもので、正面にいた盗賊がその火球に巻き込まれた。
「グアアアアッ!!」
火の中から飛び出してきた盗賊は火だるまになっていた。
全身に火がついたその男は、翼をばたつかせて消火しようと足掻くが、
それが逆に炎に空気を送り込んでしまい、さらに激しく燃える。
その男の全身からは不完全燃焼を示す黒い煤がもうもうと舞い上がる。
これが殺人の現場だ、俺はそう思った。
「ボスッ!助けで!!!」
「このウスノロ!早く火薬を投げ捨てろ!引火するぞ!!
消火はそれからだ!!」
「ひぃ……ひぃ……」
砂漠の中で火だるまになった男は、
ボスの命令を忠実に守り、身につけている火薬を入れた箱らしきものを外そうと……
ドン、という腹に響くような鈍い音とともに砂煙が舞った。
俺は思わず目を閉じ、周りの状況をシャットアウトしてしまったが、
リンも他の盗賊達も同様の行動をとっていたらしい。
俺が目を開けると、
そこには黒く炭化して動かなくなったその男の“破片”があちこちに散乱していた。
これは、頭。そこに転がっているのは、恐らく足。あれは多分、手だ。
どれもまだ火がついて、黒い煤を吐き出し続けている。
……これは、取り外している最中に火薬が引火、爆発したに違いない。
この世界の火薬は何でできているのかは知らないが、
前の世界の火薬は0.0何グラムの僅かな量でも十分危険で、
取扱に気をつけなければならないものだった。
黒く炭化したその盗賊の白い骨には、鮮やかな色の肉片が顔を出している。
「こ、この……よくも俺達の仲間を……」
ボス格の男はそう言って俺達に再び剣を向け直した。
食べ物の恨みは怖いなどというが、現実問題、仲間を失った恨みの方がよっぽど怖い。
……相手、リアルに怒らせちまったみたいだけど、どうすんだよ、リン!
「次、火ダルマになるのは誰かしら?」
俺と手を繋いでいるリンが、さっきの朝食で俺に笑顔を見せたリンとは到底思えなかった。
このリンという少女、ただ者ではない。