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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

まつ毛の先

作者: 八尾井真

八尾井真と申します。 本作は「ネトコン14」応募作品となります。


幼馴染の二人が、「子ども」を卒業する瞬間を描きました。 2000字程度の短い物語ですが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

「目にまつ毛が入りそう……ってか、

少し入ってるんじゃない? 大丈夫?」


(かすみ)はそう言って、冬馬(とうま)の顔を覗き込んだ。


「なんか、コロコロしてたんだよね〜。

ちょっと、取ってほしい……取れる?」


そう言って冬馬は固く目を閉じた。


「ばっかだなぁ〜。目つぶったら取れないだろ?

目、開けてみ、ほら。お〜き〜く目を開けてくださいね〜」


「ほぁ〜い。。。」


なんとも気の抜けた返事が、冬馬らしい。


霞は小指の先で、そっと目の中のまつ毛を取ってやった。


一瞬、指先に触れた冬馬の濡れた瞳の感触が、その湿度が、

霞の指先から身体の奥へじわじわと広がっていくのを感じた。


「痛かったか?」


さっきまでと違う自分が不安で、咄嗟に声が大きくなる。


「大丈夫だよ! そんなにあせんなよ」


冬馬も霞を安心させようと、少し声のトーンが高くなった。


何かが目に染みたような感覚に、目を閉じた瞬間、涙が溢れてくる。


「悪い、痛かったんじゃないけど……涙が」


「まだ、まつ毛……あるな。目つぶってみ?」


霞は優しく冬馬に言った。


「おう! 頼む!」


冬馬は、今度は静かに目を閉じた。


窓から差し込む木漏れ日が、冬馬の長い睫毛を濡らす。

そして、少しまるい鼻梁の影を作る。


その下には、緩やかな弧を描いた、桃色がかった唇が――。


「取れた?……ねぇ、取れたの?……お〜い、霞く〜ん」


「……まだ……」


そう言うと霞はそっと左手で、冬馬の後頭部を支えた。

霞の細く長い、骨ばった指が、冬馬の黒髪をふんわりと押さえる。


冬馬の唇の稜線と霞のそれとが重なった。


ほんの少しだけ、互いの稜線が、形を変えるような、そんな口づけだった。


――むに? むに?? むに???


冬馬は不思議な、それでいて懐かしいような感触に驚いて目を開けた。


最初は、唇にまつ毛がついていたのかと考えた。


だが、唇に触れたそれは、まつ毛を取るときに感じた霞の指先とは全くの別物だった。

もっと柔らかく、微かな湿度を帯びた……っっ!!


ちゅーだ!


冬馬はハッとした。


幼い頃、父や母や兄にまで追いかけ回されてキスされていた、

あの頃の記憶が、唇の感触とともに蘇る。


は? なんで??


今度は、たくさんの“はてな”が頭の中を占領する。


そしてむくむくと怒りがこみ上げてきた。


しかしそれは、嫌悪や侮蔑とはまったく違う、

訳がわからないものへの不安から来る怒りだった。


「霞! お前今ちゅーしただろ!」


目を大きく見開いて、今の状況を脳内アップデートする

冬馬の様子をじっと見ていた霞は、

優しく微笑み、軽く首をかしげながら、


「しちゃった……みたい?」


と聞いてきた。


「みたいじゃないよ、したんだよちゅーを!

 俺はもう子どもじゃないぞ!」


冬馬は、家族にキスされていたことを思い出し、

そんな愛情表現を受け入れる年齢ではないと

抗議した……つもりだった。


「そうだよな。俺ももう子どもじゃない。……だからした」


いつになく真剣な霞の眼差しと、

一語一語丁寧に言葉を置くようにして話すその口調に、

“とくん”と、胸が鳴った。


それは、いつもと違う霞を見たための、驚きの胸の音だった。


“もう子どもじゃない”――ほんの数十秒前に、

自分が発したその言葉に、冬馬は身動きが取れない思いがした。


それと同時に、数分前に自分が経験したことが、

“もう子どもじゃない”という言葉によって、

まったく別物に上書きされた。


さっきのは、ちゅーじゃない。キスだ!


そう自覚した途端、冬馬は自分の体温が数度上がった気がした。


冬馬は目の前にいる霞の顔を見ることができない。


そして霞はずっと話さないまま……。


冬馬は少し顔を上げ、ちらりと霞の顔を見た。

目の前に、顔を真っ赤にした霞が座っている。


さっきまで冬馬をすっぽりと覆っていた不安や驚き、

そして小さな罪の意識がないまぜになったものが、

少し晴れた気がした。


「おーい、誰か残っているのか〜」


学年主任の先生が、少し薄暗くなってきた教室を覗き、声をかけた。


「……あっ……」

「……あっ……」


ふたり同時に立ち上がり、先生の方を見る。


「いつまでも残ってないで、早く帰れよ」


ふたりとも声を出すことなく、静かに会釈した。


さっきまで別世界に切り離されていたような教室は、

先生の言葉で、いつもの学校の教室に戻っていた。


「霞、帰ろ……」


冬馬は霞を直視することないまま、夕陽を背に声をかけた。


こちらを向いているけれど、こちらを見ていない。

そんな冬馬の目線に、霞は救われた。


どうしてキスをしたのか? 自分でもわからない。

自問自答しているうちに、冬馬が「自分は子どもじゃない」と言ってきた。


その時、霞は確信した。

自分がしたそれは、子ども同士の戯れなどではない。


じゃれ合いなどで終わらせる気はない。


あれは、大人のキスだ……。


そう自覚すると、恥ずかしさと冬馬への罪悪感で、

霞は冬馬の顔を見ることができなかった。


霞は「おぅ」と短く答えた。


二人は始終黙ったまま、夕陽を背にして歩いていた。


二人の影が長く伸びる。


付かず離れずしていた、二人の手の影が重なり合った瞬間、

どちらともなく顔を見合わせ、

二人は柔らかく微笑んだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 影が重なる瞬間の二人の体温を感じていただけたなら幸いです。


もしこの作品の雰囲気を気に入っていただけましたら、完結済中編**『白檀の香り』**もあわせてお読みいただけると嬉しいです。


あちらは僧侶と青年の、もう少し重厚で背徳的な愛を描いております。 また、近日中に『白檀の香り』の番外編も連載開始予定です。


皆様の感想や評価が、執筆の大きな励みになります。 今後とも八尾井真をよろしくお願いいたします。

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