4話 ふれあい
「なぁ海星、これからゲーセン行かん? タケシとこの前出た格ゲーやるんだけど」
「悪い、今日先帰るわ」
放課後、海星は友人の誘いを適当に聞き流すと、急いだ様子で教室を出ていく。
「……今日バイトないって言ってたのに、最近付き合い悪いな」
「もしかして、彼女でも出来たんじゃね?」
「やめてくれぇ! あえて考えないようにしてたのにぃ!」
海星のクラスメイトで友人の祐介は、錯乱したように頭を掻きむしっていた。
同じくクラスメイトで友人のタケシは、そんな彼を冷ややかに見つめ、ポンと励ますように肩を叩く。
「ドンマイ……まぁ、あいつイケメンだしさ」
「いやわかってるよ!? けどさぁ、あいつ文化祭でメイド喫茶ノリノリでやってたじゃんかー。イケメンは認めるけど、どっちかっつーとかわいい系だろ?」
「確かに、あれは似合ってた。けど今は男っぽいのよりかわいい系の方がモテんべ」
「マジかよ!?」
海星がいなくなってからも、二人は彼の話題で騒がしく盛り上がる。
幼い頃の可愛らしい面影を残したまま、端正な顔立ちの青年に成長した海星。高校生になった彼はその見た目の良さを自覚し、自身の可愛さをアピールすることに抵抗がなかった。それがきっかけで周りから好意的に思ってもらえるのなら儲けものだと、それくらいにしか思っていなかったのだ。
しかしそんな彼が友人の誘いを断り向かっている先は、彼女ではなくある一人の男のアパートだ。
自身の小遣い稼ぎのためアルバイトをしている海星だが、ここ最近はシフトを減らし、それ以外の日は全てその男の部屋に入り浸っていた。
◇
「……は、はい」
顔が見えるギリギリの幅で部屋のドアを開けた暁那は、俯いたまま怯えるような声で返事をする。
「もう、遅いよアキ。寒いんだから、もうちょっと早く開けてよね」
「ご、ごめん」
鼻の頭を少し赤くした海星は、ムスっと頬を膨らませる。
両手は鞄とスーパーの買い物袋で塞がっており、海星はドアの隙間に片足を挟んで体ごと部屋の中に押し入った。
一方の暁那は長身の背中を丸め、ズカズカと入ってくる海星を不安そうな表情で見つめる。
「今日もオムライスでいい? リベンジしようと思って卵いっぱい買ってきたから」
慣れたようにキッチンを使い始めた海星は、10個パックの卵を袋から出して自信満々に微笑んだ。
「うん……ありがと」
「ふふん、期待して待っててよ」
熱心に玉ねぎを刻む海星の後ろ姿をしばらく眺めていた暁那だが、そのうちペタンと床に座り込む。
海星がここへ来るようになり半月ほどになるが、彼はどうやら料理が得意ではない。
最初は包丁の持ち方すら危うく、よくまな板から切ったものが飛び散っていたし、卵を割れば必ず殻も入った。暁那自身も料理が出来ないので、ただ怪我をしないかヒヤヒヤと見守るしかなかった。
それでも何故か頑なに、手料理を振る舞うことにこだわる海星。
暁那はそれが不思議だったが、今日はどんなものが出来上がるのかと、それを少し楽しみに思っていた。
「いてっ」
順調に聞こえていた包丁の音が止まり、突然聞こえた小さな悲鳴に暁那は慌ててそばに駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「はは、ちょっと切れちゃった……玉ねぎって急に滑るんだよなー」
笑いながら左の人差し指を水で流す海星。よく見ると傷口は1センチほど。深さはわからないが、水で流している最中も血はどんどん流れ出て、排水口に赤い水が吸い込まれていく。
「そのまま、ちょっと待ってて!」
慌ててベッドサイドの棚をガサゴソと探り出した暁那は、絆創膏の箱を持って小走りで戻る。
「こ、ここ座って」
「あ、うん」
海星をクッションの上に座らせ、暁那はティッシュの上から傷口を握りこみ、その手を顔の辺りまで挙げた。
「えっと……血が止まるまで、少しこうしてて」
「……わかった、けど」
手を握ったまま離す気配のない暁那に、海星は戸惑うように目を逸らす。
しかし暁那は不思議そうに顔を傾け、それに全く気付いていない。
手……と小さく呟いた海星に、ようやく暁那はパッと手を離した。
「ごめん! 気持ち悪かったよね」
途端に不自然に距離を取り、暁那は顔を背けるようにして謝る。
「違う! そうじゃない」
必死に否定する海星の頬は赤く、耳まで紅潮していた。
「……ごめん、なんか恥ずかしくて」
真っ赤な顔で俯く海星。左手は正座した膝の上に置かれていたが、すでに血は止まっているようだった。
暁那は少しずつにじり寄ると、再び海星の手を取る。それに反応するように、海星の体はビクッと跳ねた。
「……もう血、止まったみたいだから」
相変わらず暗い表情の暁那だが、頬はわずかに赤くなっているように見える。
手際よく絆創膏を貼る暁那の手はひんやりと冷たく、熱くなった海星の体を心地よく冷ました。
「ありがと、アキ」
綺麗に巻かれた絆創膏と、血の付いたティッシュを抵抗なく片付ける暁那を見て、海星は少しぎこちなく礼を言う。
「傷、思ったより浅くて良かった。でも、腫れたり膿んで来たら病院に行ってね」
血が滲む様子の無い指を見て、暁那はホッとしたように微笑んだ。
「わかった……やっぱ、アキは優しいな」
暁那は一瞬目を丸くして驚いた表情を見せたが、すぐにまた俯いてしまう。
「……海星は、どうしていつも料理作るの? その、苦手なのに」
嬉しそうに左手を握ったり開いたりしていた海星は、その問いかけに一瞬悩み、ふと部屋の中を見渡す。
「うーん……何となく、あったかい物を食べてほしかったから、かな?」
暁那の部屋には非常食のような食べ物しかなく、野菜など生鮮食品は一切無い。
初めは母がこっそり仕送りを送っていたが、それが父にバレて母はひどく咎められた。暁那を認められない父にとって、母が暁那をいつまでも甘やかしているように映っていたのだった。
部屋に来たときにあった頬の大きな絆創膏を見て問い詰めた暁那は、その事実を知り自分から母からの仕送りを断った。父から毎月ある程度のお金は電子マネーを与えられていたので、それからはネット通販で適当な物を買って食いつないでいる。
特に食べたいものもない、最低限必要だから食べる。そんな生活だった。
「あったかいもの……レトルトカレーはちゃんと温めてるよ?」
キョトンとした顔で言い返す暁那に、海星は拍子抜けしたようにガックリと肩を落とした。
「いや、そうじゃなくて! ちゃんと、人が作ったものを食べてほしいってことだよ!」
「あ、あぁそっか、ごめん」
的はずれな事を言ってしまい、暁那は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「……アキ、背は伸びたけど俺より細いじゃん。ご飯とか、ちゃんと食べれてないんでしょ?」
よれたスウェットから見える細長い指を見て、海星は心配そうに暁那の顔を見上げる。
「う、動かないし、あんまり食べたくないんだ」
言い訳する子供みたいな暁那に、海星は小さくため息を吐く。
「もー、そんなことしてたら体調崩しちゃうよ?」
母親のような海星の言葉に、暁那は自身を嘲るようにわずかに笑う。ネガティブな言葉は次々と頭に浮かび、今まで辿々しかった話し方も自然と饒舌になっていく。
「……別にいいよ。どうせ何も出来ないんだ……働けもしないし、外にすら出られない。ただ惰性で生きてるだけなのに、いっそこの世からいなくなった方が」
〈ドンッ〉
暁那の話を黙って聞いていた海星だが、その言葉を遮るように拳でテーブルを叩いた。
突然の大きな音に驚き、暁那は海星の方を見たまま硬直する。
「俺は……アキがいなくなるなんて、絶対嫌だ! 外に出られなくたって、俺がずっと一緒にいるのに! 何で、なんでそういうこと言うんだよ……」
海星の語気は強く、しかし次第に震えるように絞り出すような声に変わっていた。
俯いたまま黙ってしまった海星は、時折スンスンと鼻を啜る。突然の事に目を丸くしていた暁那だったが、その姿を目にして自然と彼の髪の上に手を置いていた。
「……あ、アキ?」
さらりとした黒髪を遠慮がちに撫で、暁那は海星に子供の頃の面影を重ねる。
(昔から、あんまり泣いたりしなかったけど……たまに友達と喧嘩した時、家に来てこんな風に泣いてた。髪、さらさらだ……昔と変わってない)
「ゴメンね……僕、こんなんで……ゴメン」
慈しむように海星の頭を撫でる暁那は、何度もゴメンと口にする。
その度に、海星の胸は締め付けられるように苦しかった。
「全然……わかってないよ」
その消え入りそうなほど小さな呟きは、暁那の耳には届かなかった。
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