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33話 広がる景色

「母さん、病院行かないの?」

 

 休日の午後。

 リビングで呆然とテレビを眺める母に、鳳雅(ほうが)は怪訝な様子で声を掛ける。

 その声に反応し母はゆっくり振り向くと、縋るように目を潤ませた。

 

「……嫌よ、あんな病院なんて。それにあの子だって、面会に行ったら余計に興奮するんだもの。普段もぶつぶつ意味不明な独り言ばっかりで、看護師さんも困ってるって言われるのよ? 行ったって嫌な思いするだけよ」


 まるで子供の言い訳ともとれる言葉に、鳳雅は短いため息を吐く。

 本来なら、母親だとしても咎めるような言葉だが、今の彼女にそれを言うことは出来ない。

 なぜなら彼女も同様に、心を病んでいるからだ。


「……わかった。僕が様子を見てくるから、母さんは休んでてよ」

「鳳雅……あぁ、どうして……あなたはこんなに素晴らしいのに、宰斗はあんな事に……こんなことなら、もういなくなってしまえばいいのに」


 母が最後に口走った言葉に、鳳雅は静かに拳を握りしめる。

 それでも努めて笑顔を崩さず、母を諭すように話をする。


「ダメだよ母さん、そんなこと言っちゃ……安心して、宰斗はたった一人の弟だ。僕が責任を持って面倒を見るから」


 彼の言葉、笑顔に嘘はない。

 そしてこれからも、彼に宰斗の本心が理解される日は来ることはないだろう。


 ◇


 目まぐるしい1月が終わり、未だ寒さの厳しい2月。

 昼休み、海星と真実は馬場に職員室に呼び出されていた。


「失礼しまーす」


 2人揃って職員室のドアを開ける。

 すると馬場は慌てて立ち上がり、小走りで駆け寄った。


「ごめんね、急に呼び出して」

「いえ……それより、何すか?」

 馬場は2人を廊下に連れ出し、キョロキョロと周りを確認し小声で話す。


「……それが、この前大学側から謝罪の手紙が送られてきて。来栖くん、大学を辞めたそうだよ」

「えっ」

「嘘……」

 真実は目を見開いて驚き、口元を両手で覆う。


「そうですか……あいつのやった事を考えたら当然だけど、何か意外だな。実習取り消しとか、卒業できないとか……それくらいかと思ったけど」 

 海星が難しい顔で話すと、馬場は気まずそうに頬を掻いた。


「実は……後で電話連絡した時の話だけど。彼、事実確認の場で錯乱状態になって、教員たちに暴言を吐いたらしい……それが決定打だったみたいだね」

 馬場の話に、海星と真実は言葉なく俯く。

 

「あ、それと、これもその時に聞いたんだけど……」

「……なんすか?」

 気になるところで言い淀む馬場に、海星は首を捻り続きを促した。


「来栖くん……今精神科に入院中らしい」

「マジ!?」

「……先生が」

「うん。彼、退学の手続きに来なくて、代わりに来たお兄さんがそう話されたらしいよ。私としては、正直少し複雑な気持ちだ」 

「……そう、なんですか」


 馬場は遠い目で廊下の窓を見つめる。

 実習中、非の打ち所のない優秀な学生だと思っていた彼がこんなことになったのだ。

 担当した教師としては、何ともやりきれない。


「はぁ……とは言え! 君たちを傷つけたんだ、当然の報いと言えばそうだけどね」

「先生……」

 馬場は切り替えるように明るく笑い、大袈裟に胸を張る。

 そして、穏やかに微笑む2人を優しく見つめ、彼は唐突に頭を下げた。


「せ、先生!」

「佐伯さん、相沢くん……君たちを信じることが出来ずに、本当にすみませんでした」


 海星は狼狽える真実の肩に手を置き、柔らかく微笑む。

 

「先生……もういいよ。なんだかんだ言って、先生は俺たちの力になってくれたんだし」

「そ、そうです! もう済んだこと、ですから」


「……ありがとう。もう二度と、同じような過ちは繰り返さない。私の一番大事なものは、君たちだからね」


 顔を上げ、やる気に満ちた彼の表情に、海星と真実は顔を見合わせて吹き出した。

 

「ふっ、別にこれまで通りでいいです。変にやる気出されても疲れるし」

「そうです! 良い感じの脱力感が、先生の魅力ですし」

「えぇ〜……佐伯さんまで? もう、せっかくやる気出てきたのに」


 宰斗という大きな心のつっかえが無くなり、海星たちはすっかり以前のように和やかな雰囲気に戻っていた。

 真実も復学以降は休まず登校し、初めはよそよそしかったクラスメイトも、今では徐々に彼女を受け入れ始めている。

 やがて来る春を前に、全てが良い方向に回りつつあった。


 そしてそれは、暁那のところでも……


 ◇


「「カンパーイ!!」」


 週末の午後、暁那の部屋には楽しそうな声が響いていた。

 海星と祐介、それにタケシと真実はそれぞれ、プラスチックコップに入ったジュースを突き合わせる。


「ほら、アキも」

「あ、うん」


 海星に促され、暁那も遠慮がちにコップを合わせた。

 盛り上がる祐介たちを見つめ、暁那はジュースを飲みながら優しく微笑む。


 宰斗の1件を聞いた後、海星たちはまた5人で集まることになった。

 強引に話を進めたのは祐介だったが、暁那も喜んでそれを受け入れたのだった。


「……あんまり、嬉しくない?」

 不意に海星に声を掛けられ、暁那は肩を揺らす。

 

「え!? いや、嬉しいよ! こうして皆が集まってくれて」

「いや、そうじゃなくて。宰斗のこと」

 海星は心配そうに暁那を見つめていた。

 暁那は一瞬目を見開くと、小さく微笑み話をする。


「うん……正直、よくわからない。散々傷ついたはずなのに、どこかスッキリしないんだ……別に、同情してるとかじゃ、ないんだけど」

 ポツポツと話す暁那の声に、騒いでいた祐介やタケシも思わず静かに耳を傾ける。


「……それ、私も少しわかります。当然、ホッとした気持ちの方が大きいですけど、何だか気になっちゃって」

 真実はコップを両手で握り、少し寂しそうな声で話す。

 隣で胡座をかいていたタケシは、彼女の言葉に小さくため息を漏らした。

 

「はぁ……佐伯は優しすぎるんだよ」

「え、別にそんなことは」

「あいつは、自分のやったことの報いが回ってきただけだ。今後どうなるかまで知ったこっちゃない」

 軽く言い放つタケシを、真実はキョトンとした顔で見つめる。


「そうだよ。俺らは事実を報告しただけだ。もう気にせず気楽にやろうぜ?」

「朝比くん」

「気楽にったって……俺らもうすぐ受験生だけどな」

「やめろ……やめてくれぇ! 気付かせるんじゃねぇよ!」

 タケシの言葉が突き刺さったのか、祐介は頭を抱えてのたうち回った。


「はぁ、ほんと馬鹿なんだから」

 はしゃぐ祐介の姿に、海星は呆れてため息をつく。

「あっはは……でも、楽しいよね」

 海星は隣で微笑む暁那をじっと見つめ、皆にわからないよう床に置かれた彼の手をそっと握る。


「俺は嬉しい……あいつがどうなろうと、こうしてまた、アキの笑顔が見れるから」

「カイ……うん、そうだね。僕も、みんなに追い付けるように頑張らないと」


 強く手を握り返し、2人は西陽に負けないくらいの笑顔で笑い合った。


 ――――


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けば外はもう真っ暗。

 皆は名残惜しそうに帰り支度をし、徒歩の佐伯は祐介たちが近くまで送るようだ。


 荷物をまとめる祐介を見て、暁那は突然大きな声を出した。

「あ! 忘れてた!」

「え?」

 祐介は大声にビクッと体を揺らす。


「祐介くんの参考書! ずっと渡しそびれてて」

「あぁ! 忘れてたっす」

 暁那は本棚を漁り、付箋の付いた参考書と薄いノートを祐介に手渡す。

「遅くなっちゃったから……少し要点をまとめて、大事なところ印つけといた。迷惑じゃなかったら、使って?」

「えぇ!? マジっすか? めっちゃ嬉しい!」


 祐介は大喜びで受け取ると、早速ノートの中身をパラパラと見ていく。

「へぇ〜、ほんと分かりやす」

 タケシは祐介の背中越しにぬっと顔を覗かせて呟く。

 しばらくノートを凝視し、タケシは真剣な顔で暁那を見つめる。


「……暁那さん、マジで教えるの向いてるね」

「え? そ、そうかな?」

 暁那が恥ずかしそうに頬を赤らめていると、トイレから戻った海星が話に加わる。


「アキ、どーしたの? 赤い顔して」

「暁那さん、先生に向いてるなって話してた」

「あぁ〜、それは俺も思ってた」

「私も思う。優しくて、話も分かりやすいし」

 口々に褒められ、暁那は居たたまれず顔を真っ赤にして俯いた。

 

「ねぇ……暁那さんがよかったらさ、うちの個別塾でバイトしない?」

「えっ?」

「タケシの母ちゃん、個別塾やってんだよ。こいつは全然アホだけど」

「祐介、一言多い」

 タケシは祐介の頭を軽く叩く。


「そうなんだ……ちょっと、興味はあるけど」

「……アキ、やってみたら?」

 一歩踏み出せない様子の彼に、海星は明るく声をかける。

 

「カイ……でも、まだ自信が」

「大丈夫だよ。最近は時々一人で買い物も出来てるし、だいぶ外にも慣れてきたでしょ?」

「う、うん……前よりはだいぶマシにはなったけど」


 買い物と言っても、人の少ない時間帯にコンビニに行く程度。

 まだ日中に動くことに抵抗は残る。


 暁那はしばらく悩み俯いてしまう。

 その様子を見て、タケシは気遣うように口を開く。


「別に、無理してほしい訳じゃないっす。ただ、興味があるんだったらと思って」

「タケシくん」

「実はこの話、うちの母ちゃんが言い出したんだ。暁那さんの話したら、何か興味あったみたいで」

「……そうだったんだ」

 暁那はしばらく考え込み、ちらりと海星を見てから話を切り出す。


「僕、やってみたい……けど、もう少しちゃんと考えてからでもいい?」

「……もちろんっす!」

 祐介とタケシ、真実は嬉しそうに顔を見合わせて微笑んだ。

 

「大丈夫、アキならきっと出来るから」

「ふふ、ありがと」

 海星はぴたりと暁那に寄り添い、優しい笑みで彼を見守る。 

 

 端から見れば小さな一歩は、暁那にとってはまだ大きな壁。

 誰が言うわけでもないが、海星たち4人はそれを理解している。

 だからこそ、暁那が僅かでも前進することは、彼らにとって自分の事のように嬉しい事であった。

 


  

数ある中から読んで頂きありがとうございます!

この後20時に最終話を投稿します。

宜しければそちらも読んで頂きたいです(´∀`)

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