32話 因果応報
大学の冬休みが明け、2週間ほど過ぎた頃。
卒業を控える学生たちは、そのほとんどが卒論の提出期限に追われていた。
慌ててゼミに通うもの、カフェスペースではひたすら無言でパソコンに向かう生徒が多く見られた。
そんな慌ただしい日の午後、宰斗は学内のカフェでひとり優雅に珈琲を啜る。
彼は先週、早々に卒論の提出を済ませ、今は時々ゼミに顔を出し発表会の準備をする程度。
宰斗にとって今は、卒業までの時間潰しのような時間だ。
(……はぁ、そろそろ帰るか)
退屈にスマホを眺めていると、不意に1通のメールが届く。
宰斗は特に何も思うことなく、その通知をタップする。
しかし書かれた文面を見て、宰斗は大きく目を見開き愕然とした。
『至急:来栖宰斗様』
『重要なお話があります。本メールを確認次第、至急第2会議室までお越しください』
『○○大学 事務局』
「……はぁ? 何だよ、これ」
青ざめた顔を引きつらせ、見間違いかと何度も文面を確認する。
何度見ようとも、事実は変わるわけは無い。
宰斗は明らかに動揺した様子で席を立ち、早歩きで指定された場所に向かう。
(どうして急に事務局なんか……俺は別に何も……)
事務局からの知らせは、大概が良からぬこと。
肩を揺らして歩きながら、宰斗は自分の心当たりを探る。自分に問題などあるはずがない。そう考えていた彼は、あるひとつの可能性に突き当たる。
(まさか……相沢が……いや、あれだけ目の前でわからせたんだ……普通ならもう暁那から離れていくに決まってる)
幼い頃から人の愛情を軽視していた彼は、暁那に対する海星の想いの深さを完全に見誤っていた。
考えを巡らすうちに第2会議室に辿り着いた宰斗は、険しい表情で勢いのままドアを開ける。
するとそこには、スーツ姿の事務局員数人と実習の指導教員、学部の教授が囲むように机の前に座っていた。
教員たちの前には、そこに座れと言わんばかりにパイプ椅子がひとつ。
圧迫面接に匹敵するような状況に、宰斗はドアを開けたまま硬直しゴクリと息を飲む。
「どうぞ……お掛けになってください」
ひとりの女性事務局員が冷静に声を掛け、パイプ椅子に向けて手のひらを差し出す。
宰斗は固まった足を無理矢理動かすように、ぎこちなく歩みを進めた。
「……失礼します」
腰を降ろす前、必死に平静を装い頭を下げる。
しかし、いつも好意的な態度を示していた教員や教授は、眉ひとつ動かさず冷徹な表情を崩さない。
宰斗が腰を降ろしたのを確認すると、先程の女性職員が話を進める。
「突然の呼び出しに応じていただき感謝致します……本日は、来栖さんに確認したい事項が御座いまして」
女性は感情の起伏のない声で淡々と話す。
「確認……どのような事でしょうか」
宰斗の表情を見定め、女性は目の前の書類をペラリと捲る。
「先日、あなたの実習先の担当教諭からお電話がありました。来栖さんが、担当クラスの女子生徒に対し、不適切な言動を行ったと……心当たりは御座いますか?」
(……しょーもない……あの生徒の事かよ)
苛立ちと嘲笑が混じる胸の内を見せないよう、宰斗は声色を変えない。
「……そんな事に、心当たりはありません。しかし、それは恐らく話が違います」
「そうですか……では、どのような?」
「その、実習中にその女子生徒から想いを寄せられまして……おそらくそれを逆恨みした男子生徒からの虚言と思われます。私自身、身に覚えがありませんので」
「……そうですか」
感情的にならず、不自然な間を空けないように宰斗は話していく。
宰斗の証言に、女性は一息短く息を吐いた。
「ですが、少女はその一件以降、ひと月以上も学校を休んでいたとの事。そして休み明け、今あなたが男子生徒の虚言と言われた、その証言と同じ……いや、それ以上に詳細な話を、彼女自ら担任に打ち明けたそうですよ?」
「それはきっと、その男子生徒と口裏を合わせて」
宰斗はあくまで冷静に反論する。
「口裏合わせ……少女にとって、そうすることのメリットは何でしょうか?」
「な、何と言われましても……自分の想いを断られた事に対する逆恨みとしか」
僅かに困惑の色が混じる宰斗に、次は指導教員が話を切り出した。
「来栖くん……不登校になる生徒の多くには、繊細で、内向的な性格の子が目立ちます。他責よりも、自分自身を責めて追い詰める。その結果、自らの殻に閉じ籠り、外の世界と関係を遮断してしまう……まぁ、私の経験上の話ですが。それに、逆恨みで行動するような生徒なら、君が実習を追える前に何か起こす可能性の方が高い。なので今回のケースに、その動機は考えにくいんですよ」
指導教員はメガネを押し上げ、少し顔を伏せながら伝える。
彼の言葉を聞き宰斗は目元をピクピクと震わせ、片方の口角を微かにつり上げた。
宰斗は徐々に抑えられなくなる苛立ちを、僅かに上回るプライドで必死に誤魔化そうとする。
「そんな……言いがかりですよ。先生の私情には何の根拠も無い」
「来栖くん」
「現に僕は、高評価で実習を追えていますよね。馬場先生も、僕を認めているはずですよ? 今更、そんな事実確認も出来ない話をされても」
「来栖くん!」
指導教員は大きな声で宰斗の言葉を遮る。
「……君はこれまでの話の中で、女子生徒に対して一度も謝罪の意を示していない。正直私は、その態度に疑問を感じます」
「そ、それは……こんな場所に呼び出されれば僕だって動揺しますよ。身に覚えの無い言いがかりなんですから」
真っ直ぐ見つめる指導教員に対し、宰斗は言葉に詰まりながらも軽薄な態度を変えることはなかった。
「……そう、残念です」
暗い顔で俯く教員に代わって、再び女性事務局員が口を開く。
「さて……実は、今回はその話だけでは御座いません。担当教諭からはもう一件、あなたに関する報告を受けております」
淡々と進める女性を、宰斗は睨むように見据える。
「5年前……実習先である母校で、来栖さんが行った非人道的な行いについてです」
宰斗はその言葉に目を見開き、今までとは違った明らかな動揺を見せていた。
その態度を見て確信を持ったのか、女性は間髪入れずに捲し立てる。
「同じく馬場教諭のお話では、あなたは在学中、同級生である男子生徒を弄び、彼の尊厳を傷つける虚偽の情報をクラスメイトや学年中に流した。その結果、その男子生徒は不登校となり、今も外に出れない程に心の傷を負ってしまった……との事です。この情報に、間違いはありませんか?」
「そんな……それこそ、今更確認のしようなんて」
ひくひくと頬をひきつらせ、宰斗は必死に反論の言葉を考える。
しかしそれを待たず、女性は更なる情報を彼に伝える。
「あぁ……形式上のことで真偽を確認致しましたが、この情報には確かな保証人がいらっしゃいます」
「……保証人? そんなものいるわけ」
「覚えてらっしゃいませんか? 5年前の学年主任。現在も同学園で主任を務めていらっしゃいます、高田教諭ですよ」
「た、高田……」
宰斗の背中に冷たい汗が伝う。
(高田? 誰だよそれ……そんなこと、いちいち覚えてるわけ無いだろーが)
実習前、友人から教えてもらった在籍教師の情報。
ただの通過点である実習のためだけの情報は、もう彼の記憶には残っていなかった。
「報告者である元生徒の話を聞き、当時から違和感を感じていた彼女は、その証言に確信を持ったそうです。教師人生を懸けて、彼の証言を保証するとおっしゃっていました……その覚悟、未来の教育者を育てる立場として尊敬に値します」
女性は胸に手を当て、しみじみと言葉を漏らす。
そして、今まで口を挟まなかった教授がようやく重い口を開いた。
「来栖宰斗くん……これまでの話から、君の実習評価は取り消しとさせてもらいますよ」
「……え?」
一切情けの無い教授の言葉に、宰斗は半笑いで声を震わせる。
「したがって、今年度の卒業も認めません。せっかく書かれた卒論も……残念ながらお返しすることになります」
憐れむように薄く笑う教授の態度。
それを目の当たりにした瞬間、宰斗の中で何かが弾け飛ぶ。
「ふっ……ふざけるな! 俺が、どれだけ教師になることを目標に努力してきたと思ってる!」
ガタッと椅子から立ち上がり、両手を広げて熱弁する。
「来栖くん! 言葉を慎みなさい!」
「黙れ! 俺は……あいつに勝つんだよ! 教師という同じ土俵で、兄の上に立ちヤツの尊厳をぶち壊す! 俺は……俺はそれだけのためにっ……」
指導教員が止めるのも聞かず、宰斗は押さえきれない感情をぶちまけた。
はぁはぁと乱れた呼吸だけが聞こえる室内で、「ピッ」と無機質な機械音が響く。
「……規定上、これまでの会話は録音させていただいております」
女性は机の片隅に置かれた小型のレコーダーを手に、厳しい目で宰斗を睨む。
それを見て、宰斗は糸が切れた人形のようにその場に崩れた。
「来栖くん……君は確かに優秀かもしれない。これまで私たちや周囲の人間を欺いてこれたのだから」
床にへたり込む宰斗に、教授は冷静で、穏やかな口調で話を続ける。
「しかし、教育者を志すには、少々人格に問題がありすぎる……君には、この大学を辞めていただきます」
「……は?」
教授の一言で、宰斗はゆっくりと顔を上げる。
「過去の問題、実習先での不祥事、それに、今私たちに向けられた言動……十分過ぎる理由です」
淡々と述べられる退学理由。
宰斗は顔面蒼白のまま愕然とし、その場で動けなくなった。
「残念ですが、ここには熱意ある未来の教育者がたくさんいらっしゃいますので……君のように不純な動機の者には、我々も指導出来かねます。どうか、ご理解を」
教授の話を最後に、教員たちは立ち上がり、退出の準備を始める。
「……来栖くん、そろそろ」
指導教員の男に腕を引き上げられ、宰斗は背中を押されるように会議室から出される。
去り際、力なく扉にもたれ掛かる姿に憐れみの目を向けながらも、教員たちは彼に言葉を掛けなかった。
◇
『よう、久しぶり! あれから連絡ないけど、最近どうよ?』
宰斗の高校時代の友人。
黒木鷹也は数日前に送ったチャットを見返し、フッと鼻で笑ってスマホを雑に放り投げる。
「ま、返事なんてあるわけねーか」
鷹也はパソコンのキーボードを素早く打ち込みながら、ニヤリと口角をあげて呟く。
画面には見知らぬ誰かとのメッセージのやり取りが高速で流れていく。
『秀才の同級生が引きこもりになってワロタ』
――は? なにそれkwsk
――ようこそ、我らが聖域へ
――秀才て……頭だけ良くてもダメなんやな
「ふっ……あはは! あーあ、これから誰に女紹介してもらえばいいんだよ」
鷹也は椅子の背もたれにふんぞり返り、楽しそうに笑いながら愚痴をこぼすのだった。
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