31話 暴かれる罪
「高田先生……どうして」
3年の学年主任を勤める高田の登場で、滞っていた事態は突然好転する。
その場に残された暁那たちは、全員ポカンと呆気にとられてしまっていた。
動揺する暁那の問いかけに、高田は歩み寄って深々と頭を下げる。
「ごめんなさい……私は、当時あなたの不登校を知りながら、自分のクラスではないからと追求することを放棄していました……本当に、教師として不甲斐ありません」
暁那は慌てソファーから立ち上がると、おろおろと狼狽える。
「あ、顔を上げてくださいっ……その、高田先生のせいでは」
暁那の声で頭を上げるも、高田は俯いたまま話を続けた。
「いいえ……当時の噂は、生徒づてに私の耳にも入っていました。当人同士のデリケートな問題と、真偽の確認も出来なかったけれど……あなたの人格を考慮すれば、信憑性がないことは明らかなはずでした。なのに……来栖くんの態度に、皆が惑わされてしまった」
「えっ……」
高田の言葉に引っ掛かり、暁那は声を詰まらせる。
「来栖くんは、事情を確認した担任に涙ながらに話していたんです。『思い出すのも辛いから、そっとしておいてほしい』と……きっと、あなたの性格なら反論しないと踏んでいたのでしょう。それで当時の担任、それに私は、彼の言葉をすっかり信じてしまった。片方の事情だけを鵜呑みにして、真相を知ろうともせず」
淡々と話される過去に俯いた暁那の表情には、暗い影が差していた。
そんな時、ドンとテーブルを叩く音が部屋に響く。
「……カイ」
「あいつ……アキを傷つけるだけじゃなく、そんな姑息な真似までしやがって」
怒りを露にする海星を、暁那は切ない気に見つめる。
悲しく情けない気持ちで溢れても、海星が代わりに自分以上に怒ってくれる。その事は、暁那の心をずいぶん軽くしてくれた。
けれどそれは、嬉しさと同時に危うさも感じられた。
「……本当に、ごめんなさい。私がちゃんと対応していれば、佐伯さんの事も防げたかもしれないのに」
高田は真実の顔を見て、再び深く頭を下げる。
「高田先生……ありがとうございます」
ようやく信じてもらえたことに、真実は声を震わせ感謝を伝える。
「でも、こうして事実を知ったからには、もう彼の思うようにはさせません。来栖くんには、自分の行ったことへの制裁を……大学側には然るべき対応を取っていくので、安心してください」
そう言うと高田は背筋をピンと正し、不適に笑った。
暁那たちはそれぞれの顔を見合わせ、ホッとしたように微笑み息をついた。
祐介とタケシは拳を付き合わせ、真実はそれを見てクスクスと笑う。
緊張の糸が切れた暁那はソファーに座り込み、海星はそれを慌てて支える。
そんな一幕を眺め、高田は優しいで暁那に話しかける。
「望月くん」
「あ、はい」
「よかったら、またいつか遊びに来てください。罪滅ぼしではないですが、あなたとは一度じっくり話してみたいので」
「はいっ……是非、お願いします」
暁那は目を潤ませ、柔らかい笑顔を返す。
職員室を出てほっと息をついた時、暁那は今まで感じたことのない、スッキリとした感情に満たされた。
宰斗の事を打ち明けたのは、真実のためだけではなく、自分のため。
ただやり返したかっただけではない、自分の受けた事実を周りに知ってほしかった。
その事に、暁那は今になって気付くことが出来た。
「はは……何か、今頃になって、震えてきちゃった」
暁那はふと廊下で立ち止まり、震える手を見て笑う。
「……アキ」
小さく呟き、海星は暁那の背中をゆっくりと擦る。
「さっき、すげぇカッコ良かったよ? ふふ、馬場に引きこもりだって信じてもらえないんじゃないかって、心配になるくらい」
「ぷっ……カイってば、大袈裟。でも、カイや皆が傍にいたから、安心して話せた……本当に、ありがとう」
暁那は祐介たちの顔を見て柔らかく微笑む。
その清々しい笑顔に、祐介は満足気にニヤリと笑う。
「なぁ、みんな集まって手出して」
「あ? あぁ……恥ずかしいやつ」
タケシは祐介の思惑を察して、ため息を吐きつつ皆を円に集める。
「え……何?」
「いいから、佐伯はここ」
「ほら、アキもこっち」
「え? う、うん」
円形に集まった5人はそれぞれ真ん中に手を出して重ねる。
「ほら海星、早く掛け声」
「はぁ!? 祐介がやれよ、言い出しっぺだろ?」
「うわっ、あっちから女子来る! もー誰でもいい、恥ずいから早くやれ」
海星は廊下の奥から来る女子生徒を見て、むしゃくしゃと頭を掻く。
「あーもう! じゃあ、適当に言うから合わせてよ? せーの……」
「お疲れさまでした!」
「「ッシャーー!!」」
大きな声を出したのは海星たち3人だけだったが、暁那と真実もクスクスと声を上げて笑っていた。
海星たちはじゃれ合うように肩を組み、成果を喜び笑い合う。
そんな彼らを、真実は後ろから羨ましそうに眺めていた。
「なんか、男の子って感じですね……私みたいな暗い子が、この中に入っていていいのかな? 自分でも、未だに不思議なんです」
ポツポツと話す真実をチラリと見て、暁那は優しい口調で話す。
「佐伯さんは、祐介くんたち友達なんでしょ?」
「友達……でも、皆は優しいから、きっと私に気を遣って」
寂しそうに微笑み話す真実に、暁那は遮るように話を続ける。
「周りの目が気になる、佐伯さんの気持ちも良くわかる……だけど、僕が見た限り、海星は祐介くんたちはそんな子じゃないよ?」
「暁那さん……ふふ、そうだと嬉しい」
真実は顔にかかる髪を耳に掛け、恥ずかしそうに微笑む。
長い前髪から見え隠れする目は優しく細められ、白い頬は淡い桜色に色づいていた。
◇
「……すっかり暗くなっちゃったね」
「うん……カイ、ごめんね。自転車なのに、僕に合わせて歩かせちゃって」
「いいって、運動運動! せっかくアキが学校に来てくれたんだもん、一緒に帰りたい」
「ふふ、ありがと」
母の迎えは断り、暁那は海星と共に歩いてアパートへ帰る。
学校を出る時は薄暗い程度だったが、今はもう真っ暗。街灯や店の明かりがないところは、足元も見えないほどに。
「ねぇ……今日、泊まってもいい?」
「え? あ、明日休みだもんね。カイのお母さんが大丈夫なら、僕はいいよ」
「へへ、実はね……そう言ってくれるんじゃないかと思って、母さんには連絡した」
「もぉ〜、わかってて聞いて。あ、遅くなっちゃうし、コンビニ寄ってご飯買おうか?」
「賛成ー! またレジチャレンジだね」
「あっはは……ちょっとは慣れたから、たぶん大丈夫」
「さっすがアキ。でも、あの噛み噛みなの可愛いから、見れなくなるの残念だな〜」
「む、カイの意地悪」
閑静な帰路に、2人の楽しそうな話し声はいつまでも続く。
まだ宰斗の処分がどうなるかはわからない。
それでも何かをやり遂げた達成感から、暁那たちはいつもよりも大袈裟に明るく振る舞った。
「あ、そうだ!」
「え、どうしたの?」
「ねぇねぇアキ、後ろ乗りなよ」
「えぇ!? ダメだよ2人乗りなんか……それに僕、体デカイし」
「いいじゃん、ちょっとだけ! この道しばらく真っ直ぐだしさ、夢なんだよ〜2人乗りで体ぎゅってされるの〜」
「うーーん……じゃあ、この道だけね」
「やったー! ほらほら、後ろ乗って」
暁那は周りを見渡し人がいないことを確認し、おずおずと後ろの荷台に跨がる。
「俺の体、しっかり掴まっててね」
「……うん」
海星に言われるまま、暁那は彼の腰にやんわりと腕を回す。
やがてゆっくりと進み出すと、冷たい風が頬に当たっていく。
(カイの背中……暖かい)
暁那は無意識に、海星の背中に顔を埋めるようにピタリとくっつく。
密着した頬からは、彼の体温とふんわりといい香りが漂った。
(この香り、好きだ……カイの匂いは、いつも心が落ち着く)
そっと掴むだけだった腕は、次第にぎゅっと力を込めて海星に抱きつく。
段々と上がっていくお互いの体温を感じていると、不意に自転車は急停止する。
「わっ……大丈夫?」
「……アキ、わざとやってる?」
「へ?」
ムスッとした顔で振り返った海星は、そのまま呆ける暁那の唇を奪う。
「むぅ……んっ」
少し強めのキスが離れ、暁那は大きく息を吐いた。
「ちょ……急にしたらビックリする」
暁那は周りを見ながら、恥ずかしそうに腕で顔を隠す。
「……アキが変なことするのが悪い」
「ぼ、僕は何も」
「背中にくっ付いて、顔すりすりした……あと、変なとこ触った」
海星は唇を尖らせて、子供のような言い訳をボソボソと話す。
「へ、変なとこなんて触ってないし! も、もう降りる」
「うん……やっぱり普通に歩こ」
暗闇でもわかるくらい、暁那の顔は赤い。
2人は互いに意識しもじもじとしながら、またゆっくりと暗い夜道を歩いていった。
◇
数日後、大学のカフェスペースで休憩していた宰斗に、1通のメールが届く。
『至急:来栖宰斗様』
見慣れないタイトルに、宰斗は片方の眉を吊り上げる。
宰斗は怪しみながらメールを開き、その送信元の名前に大きく目を見開いた。
『○○大学 事務局』
事務局からのメール、それはおおかた悪い知らせと学生たちの間では有名な話だった。
数ある中から読んで頂いて
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