29話 前へ進むために
その日の放課後。
海星たちは担任の馬場と話をするため職員室を訪れた。
「失礼します」
ドアを開けると、馬場は察した表情で椅子から立ち上がる。
昼休み、話があると事前に伝えていたため、海星たち4人はすぐに談話室に通された。
談話室は職員室のすぐ隣で、ドア1枚で隔てられている。
「どうぞ、座って。今、お茶淹れるから」
促されるまま、海星たちはソファーに腰を下ろす。
普段入ることの無い場所に多少緊張はあったが、海星と真実、祐介とタケシは互いに顔を見合わせ軽く頷いた。
「あの……来栖、宰斗についての話なんですけど」
海星が切り出すと、馬場はお茶のお盆を持ったまま動きを止める。
馬場は一瞬眉をしかめるも、静かにテーブルにお茶を配っていく。
「……相沢くん、その話は前に言った通り」
皆に向き合うように一人掛けのソファーに座り、馬場は困惑した表情で口を開く。
「今日は、佐伯の話も聞いて欲しいんです!」
海星は語気を強めて馬場の言葉を遮った。
「佐伯さんの?」
「……はい」
ゆっくりと頷き、海星は真実の目を見て合図を送る。
真実は深呼吸をし、緊張した面持ちで馬場の目を見て口を開いた。
そして辿々しくも、確実に、自分の言葉で宰斗とのやり取りを包み隠さず語っていく。
話を聞いていく内に、次第に馬場の表情は曇り、ショックからか口元を手で覆う。
黙ったまま言葉もない馬場に、海星は鋭い目で問いかける。
「……これでもまだ、あいつの事を優秀だと言うんですか?」
海星の言葉に狼狽え、馬場は焦って口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってよ……佐伯さん、今の話は本当なの?」
「ほ、本当です! 嘘なんて言いませんっ」
真実は声を弾ませ、前髪に隠れた目を潤ませる。
「いや、なにも疑ってる訳じゃなくてね……今さら、確認のしようが無いと言うか」
「確認も何も、当人が言ってるんですよ!? 俺だって、佐伯があいつに言い寄られてる場面を見ました! それが答えじゃないんですか!」
「相沢くん、ちょっと声が大きいよ」
煮えきらない態度の馬場に、海星は声を張り上げる。
馬場は騒ぎになるのを気にしてか、必死に海星を宥めようとする。
「なぁ先生、俺らと来栖、どっちを信用するんですか?」
「え……それは」
タケシの問いかけに、馬場は言葉に詰まり頭を掻いた。
「どっちを信用って……そんな事を聞かれても。今すぐにどうこう出来る問題じゃないし……ねぇ佐伯さん、せっかく学校に来れたんだし、気持ちを切り替えて。ね?」
しどろもどろになりながら、馬場は薄ら笑いを浮かべて真実に問いかける。
うやむやにされようとしている事に、真実の顔は青ざめていく。
自分の気持ちを利用し、問題にする気がない馬場に失望し、真実は黙ったまま立ち上がりその場から去ろうとする。
「佐伯!」
海星は慌てて真実の腕を掴み引き止める。
真実は肩を震わせ、微かに鼻をすする音が聞こえた。
やるせない気持ちに顔を歪め、海星は馬場を鋭く睨む。
「先生……先生が何もしないなら、俺が直接、あいつに報復しますよ?」
海星の脅しにも近い言葉に、馬場は慌てて立ち上がる。
「お、落ち着いてって……時間はかかるかもしれないけど、私も前向き考えるから」
「わかりました……とりあえず、今日は帰ります」
ハンカチで額の汗を拭う馬場を尻目に、海星たちは談話室を出ていった。
去り際、祐介はため息をつく馬場に声をかける。
「馬場センなら、信じてくれると思ってたんだけど……これ以上、佐伯の事傷つけないでくれよな」
「朝比くん……」
悲しそうな祐介の表情に、馬場は罪悪感に苛まれる。
一人になった談話室で、まるで減っていないお茶を片付けながら、馬場はため息を吐き窓の外を見つめた。
――――
「……馬場先生、何かトラブルですか?」
「え? いやぁ、大丈夫です」
職員室に戻った馬場は、怪訝な顔の高田に問い詰められる。
高田は3年の学年主任で、中年の女性教諭。同年代でありながら威圧感のある彼女が、馬場は苦手だった。
「大きな声が聞こえてきましたが……あまり生徒と距離が近すぎるのも、考えものだと思いますが」
「あ、あはは……すみません。気を付けます」
背中を小さく丸めて自席に着く馬場を、高田はただ厳しい目で見つめるのだった。
◇
宰斗がリビングで一人夕食を食べていたその時、ちょうど鳳雅が仕事から帰ってきた。
「ただいま」
鳳雅はくたびれた様子でマフラーをほどき椅子へ掛ける。
黙々と食事をする宰斗をじっと見つめコートを脱ぐと、にこやかな笑顔で声をかけた。
「ただいま、宰斗」
「……おかえり、兄さん」
(馬鹿が、聞こえてるっつーの)
内心の思いとは裏腹に、宰斗は取って付けたような笑顔を浮かべる。
鳳雅は宰斗の向かいに座り、彼の様子などお構いなしに話を続ける。
「聞いたよ、僕のところの系列校に就職が決まったんだって? 進学校で大変だけど、きっとやりがいもある。気を引き締めて頑張るんだよ」
「はい。兄さんに負けないように頑張ります」
教育実習以前に内定はほぼ決まっていたのだが、今回の実習の評価でそれは確実なものとなっていた。
兄の激励に宰斗は箸を置き、目を細めて微笑む。
その時、慌ただしく階段を降りてきた母がリビングに顔を出す。
「鳳雅! お帰りなさい! 今日も遅いわねぇ、先にお風呂入る?」
母は嬉々として鳳雅にすり寄り話をする。端から見れば、僅かに異常性を感じるほどに。
「ただいま。いや、先にご飯にするよ」
「わかったわ、すぐに用意するから待っててね!」
嬉しそうに返事をすると、母は急いでキッチンに向かう。
宰斗はそんな母の後ろ姿を、心底軽蔑するような眼差しで見つめていた。
「……ごちそうさま」
冷めた声で言い、宰斗は席を立つ。
「宰斗、ちゃんと食器洗っといて頂戴ね?」
「はい、わかってます」
母は笑顔だったが、それが作り物であることを宰斗は知っている。
慣れたように自分の使った皿を洗い、宰斗は足早に部屋に戻っていった。
「あれ? 今日は焼き魚じゃないの?」
「鳳雅は特別! 珍しく家で食べるって言うから、張り切って用意したんだから!」
テーブルには、宰斗が食べていた物とは全く別の料理が並べられる。
1人分には多すぎるほどの料理を眺め、鳳雅は苦笑いを浮かべる。
「もう、いつまでも子供じゃないんだから」
「うふふ、鳳雅は母さんの大事な息子ですからね」
この家で、宰斗は明らかな格差を持って扱われている。
幼い頃から続くそれは、虐待や育児放棄ではないにしろ、確実に宰斗の自尊心を傷つけている。
そして彼の胸の内は、そんな優秀な兄、鳳雅への反逆心で埋め尽くされていた。
(ようやく、鳳雅と同じ土俵に立てる……早く、あいつより上に……この家での立場を、覆させてやる)
宰斗はイヤホンをつけて机に向かう。
リビングの談笑が聞こえないほどの音量で音楽を聞きながら、誰のためにもならない復讐心を抱えて。
◇
馬場に話をしてから数日後。
海星たちは打つ手を失くし、悶々とした日々を送っていた。
「馬場セン、俺らと目も合わさねぇし。放課後探してもどこにもいないんだぜ? 確実に避けてるよな?」
祐介は苛立ちを露にし、ドンと机を叩く。
「……ごめん。私が、もっとちゃんと話せてれば」
放課後、皆が海星の机を囲むように座る中、真実は俯き小さな声で呟いた。
「いや、佐伯に落ち度はないよ。俺らの考えが足りなかった」
そう言葉にする海星の表情は暗く、落ち着かない様子で机を指で叩いている。
しばらくの沈黙が続いた後、今まで黙っていたタケシが口を開いた。
「なぁ……暁那さんの力、借りられねぇか?」
タケシの言葉に、海星は動きを止めて目を見開く。
「そ、そんなの……アキにこれ以上嫌なこと」
「暁那さんは、本当にそう思ってるのか?」
「えっ……」
その問いかけに、海星は思わず言葉に詰まる。
何度かその話になった時、暁那は確かに自分も何か力になりたいと言いかけていた。
それをわかっていながら、海星は彼の言葉を遮った。
これ以上暁那に、辛い思いをさせないために。
「……でも」
沈黙の後口を開くと、不意に祐介がスマホを耳に当てる。
「あ、もしもし暁那さん? お久しぶりっす、祐介です!」
「はぁ!? ちょっと祐介!」
慌てて身を乗り出すと、祐介はニヤリと笑いスマホを海星に押し付けた。
「……暁那さん、お前と話したいって」
海星は目を丸くして戸惑うも、ゆっくりとスマホを手に取る。
「……もしもし」
『もしもし、カイ?』
「うん……あのっ」
暁那の声を聞いた途端、海星は余裕の無い表情を見せた。
そして言葉に詰まる海星に、暁那は優しい声で伝える。
『僕ね……いつもカイに助けられてきたでしょ?』
「アキ?」
『……だけど、自分のけじめは、自分でつけたい……じゃないと、やっぱり前に進めないから』
海星は沈黙の後、辛そうに眉を下げ声を絞り出す。
「でも俺は……アキにこれ以上傷ついて欲しくなくて」
海星の声を聞きながら、暁那は部屋の窓を見つめる。
少し日が長くなった夕方の空は、濃いオレンジ色に輝いていた。
暁那は空を見つめ、眩しげに目を細め笑顔で呟く。
『大丈夫、傷つかない……ううん、傷ついたって、カイがそばにいてくれたら、僕は立ち直れるから……ね?』
「……うん。ありがとう、アキ」
ピンと張っていた気持ちが緩んだのか、海星は顔をくしゃりと歪め、泣き声混じりの声を漏らす。
祐介とタケシはニヤリと顔を見合わせ、真実は初めて見る海星の泣き顔に驚き瞬きを繰り返していた。
「あ、相沢くん……こんな顔もするんだね」
電話中の海星に聞こえないよう、真実はタケシにコソッと耳打つ。
「そ、暁那さんの前じゃ、だいたいこんなだよ。な?」
「おう! 大人ぶってるけど、ガキだからな〜」
「そうなんだ……その暁那さんって、きっと素敵な人なんだね」
顔を赤らめ、うっとりとした表情の真実を見て、タケシと祐介は苦笑いで頬を掻く。
「まぁ……そうだな」
「うん、間違いねぇ」
意味深な表情に違和感を覚えつつ、真実はその時は気にせず流していた。
そして週末、真実はさらなる衝撃を受けることとなる。
◇
「ちょっと待って! なんで祐介たちまでいるの!?」
「いいだろ? 俺らも暁那さんに会いたいし」
「そ、新年の挨拶もまだだしな?」
土曜日の昼間。
海星たちは暁那のアパートの階段の下で騒いでいた。
「ご、ごめんね。私まで付いて来ちゃって」
真実は大声を出す海星に怯えたように謝る。
「い、いや……佐伯が謝らなくてもいいけど」
海星が狼狽えている間に、祐介たちは勝手に階段を上り暁那の部屋に向かい始める。
「ってちょっと! 先に行くなって!」
慌てて2人を追いかける海星に、真実も急いで付いていく。
〈ピンポーン〉
「……いらっしゃい!」
玄関を開けた暁那は、海星の後ろにいた祐介たちを見て笑顔を引きつらせた。
「えっ……あれ? 祐介くんに、タケシくん?」
「「お久しぶりっす!」」
ニヤニヤと笑いながら、2人は同時に挨拶をする。
「ごめん! 急にこんなことになって……迷惑、だよね?」
「だ、大丈夫だよ? ち、散らかってるけど、寒いから入って」
「うぅ……ほんとごめん」
肩を落とす海星に、暁那は慌てながらも笑顔で友人たちを招き入れる。
(ん? 男の人の声?)
後ろに隠れていた真実は、部屋から聞こえる声を不思議に思い覗き込んだ。
「えっ!?」
「ん? あ、どうも」
真実を見つけ、暁那は遠慮がちに頭を下げる。
目を丸くして固まる真実に、タケシは苦笑いで紹介をする。
「えっと……こちら、例の暁那さん」
「へ? あ……初めまして、佐伯です」
真実は心ここにあらずといった様子で、力の無い声で挨拶をする。
「あ、望月です。あ、どうぞ、中入ってください」
暁那の言葉に反応せず立ち尽くす真実の肩を、タケシはゆらゆらと揺らす。
「おい、入るぞ? 佐伯、おーい」
クラスメイトの恋人が男だった知り、真実は人形のように体を揺すられ白目を剥いていた。
(恋人って、男の人? え、えーー!?)
混乱する脳内で、必死に思考をフル回転する真実だった。
数ある中から読んで頂いて
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