25話 優しい粉雪
「う……ん……」
(暖かい……胸の辺りが、ぽかぽかする)
上半身にかかるずっしりとした重みから、心地いい暖かさを感じる。
海星は薄暗い部屋の中、パチリと目を開ける。
「ここ……俺の部屋じゃ、ない」
見知らぬ部屋は、どこか既視感のある懐かしさも感じる。
そしてゆっくり視線を落とすと、寝ている自分の上に覆い被さるように眠る暁那の顔があった。
「えっ……アキ、どうして」
その声に反応して、暁那はうっすらと目を開ける。
僅かに開いた隙間から海星を見つけると、驚いたように目を見開く。
「カイ! 良かった……目が覚めて」
意識がハッキリした様子の海星の表情に、暁那はホッと息を吐いた。
額に手を当てると、さっきのような熱さはなく、少し暖かさを感じる程度に熱は下がっている。
「……熱、少し下がったみたい」
「熱? 俺、どうしたんだっけ……」
頬を赤らめ戸惑う海星に、暁那は困ったように笑いかける。
「カイ、玄関先で倒れたんだ……凄い熱で、たぶん風邪だと思うけど」
「え、マジ!? ごめん……迷惑、かけて」
暁那の細い指先を見て、海星は申し訳なさそうに声を詰まらせた。
「ううん。全然迷惑なんかじゃない。それに……僕のせいだから」
消え入りそうな最後の言葉とともに、暁那は暗い表情で下を向く。
「……アキ」
その姿を見つめ、海星はゆっくり体を起こすと、そっと彼の手に自分の手を重ねる。
「重いのに、ベッドに運んで……ずっとそばにいてくれて、ありがとう」
「そ、そんなのあたりまえだよ……あのまま放っておくなんてっ」
言葉の途中、海星は暁那を引き寄せ強く抱き締めた。
「あ……」
暁那は体を強ばらせ、彼の背中を抱くことを躊躇する。
またこの体を抱き締めてもいいのか。
彼のことを散々拒絶しておきながら、都合良く受け入れる。そんな事が許されるのか。
満たされる心とは裏腹に、言い様のない罪悪感が渦巻いていた。
それを感じ取ったように、海星はより一層力強く抱き締める。
「俺は、アキがいなきゃダメだから……アイツの、宰斗の事なんて、もう考えないでっ……アキの、正直な気持ちが知りたい」
海星は声を震わせ、必死に訴えかける。
その言葉は暁那の胸に突き刺さり、暖かくじわりと溶けていく。
「……僕もずっと、カイに会いたかった」
考えるまでもなく、そう口走っていた。
「アキ……」
「けど、怖いんだ……カイの人生が、宰斗に壊されってしまったらと思うと、どうしようもなく怖くて……でも結局、僕はカイのことを傷つけて」
震える声でポツポツと話しながら、暁那は海星の背中にしがみつくように腕を回す。
すると突然視界が揺らぎ、暁那の体はぐらりとベッドに倒れ込む。
「いた……え」
ぎゅっと瞑った目を開くと、自分に覆い被さるように海星の顔が目の前にあった。
「アキは、俺のこと何もわかってない」
「か、カイ?」
「俺は、あんなやつに負けない。もし周りに何て言われても、アキさえいれば、他はどうだっていいんだよ!」
「けど……嫌なこと言われたら傷つくし」
まだ迷いが消えない暁那の言葉を、海星は唇で無理矢理塞ぐ。
「んん!」
息が止まりそうなほど苦しい口づけに、暁那は思わず逃げようと身を捩る。
しかし海星に両手首を握られ、思うように体を動かせない。
必死で鼻で息をし、情けない呻き声が暗い部屋に静かに響く。
「……っはぁ」
ようやく離れ大きく息をすると、頬にポタリと雫が落ちた。
それが海星の涙だと気付いた瞬間、暁那は覆い被さるように抱き締められる。
「そんなの……アキに会えない方が、辛いに決まってる」
絞り出すような言葉の後、小刻みに震える体を、暁那は優しく抱き返す。
「ごめん……ごめんね、カイ」
トントンと背中を叩くと、徐々にすすり泣く声は小さくなっていく。
〈ぐぅ〜〜……〉
「あ」
突然聞こえた腹の虫は、密着していることで暁那の体に響くように伝わってきた。
「お、お腹、減ったね」
「……うん」
シュンとした声が可愛らしく、暁那は小さく吹き出した。
◇
「ごめんね……レトルトカレーしかなくて」
「ううん、ありがと」
海星は目元を赤く腫らし、元気のない声で返事をする。
あの後、暁那は海星に何か食べさせるため、段ボールに入ったままだったレトルトカレーを温めた。
風邪を引いた者には少々刺激が強いが、幸い海星は喉を痛めていないらしい。
少しずつカレーを口に運ぶ姿を眺め、暁那は柔らかく微笑む。
「……さっきは、ごめん」
「え?」
「カイの気持ち、全然考えてなかった」
静かに話をする暁那を見つめ、海星は手を止める。
「……仕方ないよ。アキの気持ちを考えたら」
「ううん。僕が臆病だったんだ……けど、もうやめる」
「アキ……」
暁那は首を振ると、清々しい笑顔を向ける。
「僕だって……カイがそばにいてくれることが、一番幸せだから」
向けられた暁那の笑顔は、今まで一番綺麗に見えた。
海星はくしゃりと顔を歪めると、肩を震わせながら涙を流す。
「カイ……目擦ったら腫れちゃうよ?」
「うん……うん」
暁那に背中を擦られ、海星はただ子供のように頷くのだった。
――――
そして気付けば夜は更け、まだ微熱が残る海星は暁那のベッドに横になっていた。
暁那はベッドの脇に座り、海星のそばに寄り添う。
「今日は、このまま泊まって。そだ、お母さんに連絡したほうがいいよね?」
「あ、母さん、今日夜勤だ。明日の朝、連絡するよ」
「そっか……あ!」
暁那は突然思い出したように声をあげる。
「これ……カイが描いたの?」
テーブルの隅に置かれた小箱を取り、暁那はそれを嬉しそうに海星に見せる。
「あ! そっか、上着のポケットに入れてたんだった」
それどころではなかったのか、海星はすっかりプレゼントのことを忘れていたようだ。
「あのさ……開けてもいい?」
暁那は恥ずかしそうに海星を見つめる。
「う、うん。そんな、大したもんじゃないけど……はは」
照れ隠しに鼻を擦り、海星は乾いた笑いを溢す。
暁那は嬉しそうに微笑むと、小さな箱の包装紙を丁寧に剥いでいく。
「わぁ……可愛い!」
透明のケース越しにスノードームを見つめ、暁那は大きな声をあげた。
ウキウキと小さなスノードームを取り出すと、ひっくり返して中の雪を降らせて遊ぶ。
「ちょっと、子供っぽいけど。この部屋に置いたら可愛いかなって」
暁那の反応に、海星は気恥ずかしくなり頬を赤らめた。
「ありがとう! これ、すごく可愛いよ!」
いつになくテンションの高い暁那に戸惑いつつ、海星はその様子を微笑ましく眺めるのだった。
「えっと、どこに置こうかな?」
キョロキョロと置場所を考えている姿が可笑しく、海星はつい吹き出してしまう。
「ふふ……じゃあ、その棚の上は?」
「うーん、けどここじゃ、ちょっと見えにくいし……あ、テーブルの上に置いてたら、毎日遊べるよね?」
「あは、遊ぶって。ひっくり返すだけじゃん」
「だって、雪が降るんだよ? 可愛いから、ずっと降っててほしい」
暁那は自信満々に言うと、スノードームをテーブルの真ん中に置く。
「……喜んでくれて良かった」
嬉しそうな後ろ姿を見つめ、海星は小さく呟いた。
「ん? 何か言った?」
「ううん、別に」
キョトンとする暁那をニヤリと笑うと、海星は誘うように布団をめくる。
「ね、アキも一緒に寝ようよ」
「え、えぇ!?」
突然の誘いに暁那は大きく目を見開いて体を引く。
「だって、アキの布団ないし寒いじゃん。風邪は、もうキスしちゃったし、うつってるかもだけど」
「うぅ……けど、色々と問題が」
「流石に風邪だし、何もしないよ……ほら、どうぞ」
ぬけぬけと言ってのける海星を見つめ、暁那はごくりと息を飲む。
(何もしなくても……僕は良くないような)
「ほら、ほらほら〜」
暁那の葛藤を楽しむように、海星は布団をバサバサと動かす。
「う〜……わかったよぅ」
「やった! さ、入った入った」
(病人だから仕方ないけど……何かカイ、元気じゃない?)
深いため息を吐き、暁那は赤い顔をして海星の布団の中に潜り込んだ。
ベッドは人肌に暖まり、入った瞬間に海星の匂いがふわりと舞う。
暁那は早まる鼓動を押し殺し、海星に背を向けて横になる。
「ねぇ、こっち向いてよ」
「えぇ? は、恥ずかしいし」
拒んで背を向け続ける暁那に海星は頬を膨らませ、わざと彼の腰に手を回す。
「ちょ、ちょっと」
「ほぁ〜……眠くなってきちゃった。アキ、おやすみ」
戸惑う暁那をよそに、海星は大きなあくびを溢し体をすり寄せる。
(う、動けない……)
甘い誘惑に絶望していると、耳元に「すー、すー」と寝息が聞こえ出す。
(もう寝てる!? あ、薬飲んだから……はぁ)
ドキドキと治まらない鼓動に耐えながら、暁那はその晩、とびきり長い夜を過ごした。
◇
「うーーん!」
気持ち良さそうに声を上げ、海星は布団の中で体を伸ばす。
ぱちっと目を開けると、隣で眠っていた暁那の首筋が目の前にあった。
(そうだ、昨日アキと一緒に寝て)
海星は幸せそうに微笑むと、嬉しそうに声をかける。
すると暁那はくるりと体を向き直す。
「おはよう……」
力なく呟くその表情を見て、海星は驚き目を丸くする。
「……ど、どうしたのその顔!?」
「え?」
「隈すごいよ!? アキ、眠れなかったの?」
目の下はくっきりと黒く隈になり、目は赤く充血している。
それでいて表情は虚ろで、なぜか僅かな笑みを絶やさない。
海星はその姿に、思わず心配よりも怯えの方が勝りそうになった。
「えへへ……カイは、すごく顔色がいいね。風邪、治ったのかな?」
「あ、うん……調子は、いいけど」
「良かった……」
不安になりそうな笑顔を凝視していると、不意にテーブルの上のスマホが震えた。
「あ、俺のだ。ちょっとゴメン」
「うん、先出るよ」
海星の前にいた暁那はふらふらとベッドを降り、テーブルの上のスマホを彼に渡す。
「ありがと……って母さんだ」
ベッドに腰掛け通話に出た海星は、耳元で騒ぐ母の声に驚き目を瞑る。
『あんた! 昨日帰ってないでしょ!! 夜勤の時に夜遊びなんて、なに考えてんのよ!』
「……うるさ! 耳死ぬって」
スマホを耳から話していても、母の声は暁那にも聞こえるほどの大声だった。
すっかり目を覚ました暁那は、緊張を解すようにゆっくりと深呼吸をする。
「ねぇカイ、ちょっと電話代わっていい?」
「え? あ、うん」
海星は戸惑いながらも暁那にスマホを渡す。
暁那は一呼吸すると、姿勢を正して話しだす。
「……あの、望月ですが」
『は?……え、暁那くん!?』
「はい……ご無沙汰してます」
そう言うと、暁那は電話越しにお辞儀をする。
そして丁寧な口調で、慎重にことの経緯を母に説明していった。
『なんだ……そう言うことか』
「はい。今朝には、具合は良くなったみたいですが」
『……暁那くん、ありがとね』
「い、いえ、僕の方こそ、いつもカイに助けてもらってばかりで」
『もう、そんな謙遜しないで! あそうだ、ちょっと海星に代わってもらえるかな?』
「あ、はい」
暁那はホッとため息を吐き、スマホを海星に返す。
「お母さんが代わってって」
海星はスマホを受け取ると、面倒くさそうに頭を掻く。
「はぁ……なんだよ」
そして、適当な返事を繰り返していた海星は、突如大声を上げた。
「はぁ!? なんだよそれ!」
その声を最後に電話は切れたようで、海星はスマホを耳に当てたまま呆然としていた。
「ど、どうしたの?」
おずおずと声をかけると、海星は薄ら笑いを浮かべてぎこちなく振り向く。
「……帰ってくるなって言われた」
「……えぇ!?」
暁那は大袈裟に身を引き、一際大きな驚きの声が部屋にこだまするのだった。
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