23話 夜明けを運ぶ渡り鳥
「……なぁ、海星の話どう思う?」
「どうって?」
帰り道。俯き、神妙な顔で話す祐介に、タケシは何食わぬ顔で返事をする。
「どうってさ……その……お、男の人と付き合ってるって」
「あぁ、そんなこと?」
「そんなことって、結構衝撃じゃね?」
「まー、驚きはしたけど」
「だろ? 海星も暁那さんもイケメンだしさ、普通に彼女とか出来るだろーに」
祐介の言葉に、タケシはふと空を見上げて息を吐く。
息は白く煙のように空を舞い、儚く消えていった。
「……普通って、なんなんだろーな」
「タケシ?」
「何か、わかんなくなった。俺らが見てるものって、本当にうわべの事ばっかだったんだなって……」
空を見上げながら歩くタケシを見て、祐介は俯いて考え込む。
「……確かに。海星の事も、来栖の事にしたって、そばにいて気付きもしなかった」
「あぁ……けど、どんなことがあっても、俺は海星の事ずっと好きだぜ?」
「あ、ズルい自分だけ! 俺だってそうだし」
ムキになる祐介を笑いながら、タケシは話を続ける。
「はは、わかってるって。だから……何も変わんねーんだよ、今までと」
「うん……だな!」
そう言われ、どこか吹っ切れたように祐介は笑う。
不意に吹く冷たい風に煽られ、祐介は表情を引き締める。そして、街頭が転々とする薄暗い夜道を真っ直ぐに見つめた。
「けど……とりあえずあいつだけは許せねーな」
「おう。このままにはしておけない」
2人の声は静かで、前を向く瞳には決意が滲んでいた。
◇
「海星? お風呂はー?」
母の海咲が下から呼ぶが、2階の部屋から返事は無かった。
海咲は首を傾げ、心配そうな顔でリビングに戻る。
海星は床の上で仰向けに寝転がり、難しい顔でスマホを見つめていた。
あれから、暁那からのメッセージはない。
『昨日は、何も言わずに帰ってごめん。でも俺は、何を言われてもずっとアキが好きだから』
祐介たちと別れた後に送ったメッセージは、まだ既読にすらならない。
宰斗のせいではなく、今回は暁那の意思で読まれていない。
そのことがより辛くはあるが、海星はそれでも諦める訳にはいかなかった。
――『現役高校生が20代の男の家に入り浸るって、学校的にはどうなんだろうね?』
『学校に知れるかどうかは俺次第ってこと』
去り際の宰斗の言葉が甦り、海星は難しい顔のまま腕を広げてスマホを放る。
「宰斗は……あれで俺に釘を刺したつもりなんだ」
(目的は何なんだ。アキに執着してて、俺と別れさそうと? それとも、裏の顔を知った俺への嫌がらせか)
「……どっちにしろ、もう絶対にアキに近づかせない」
大の字で寝転び、海星は両手を強く握りしめる。
天井を見つめる目は強く鋭く、見えない敵を睨み付けるようだった。
――――
「もう、遅いわよ? 何時だと思ってんの!」
「……まだ10時じゃん」
風呂上がり、海星は頭を拭きながら冷蔵庫を開ける。
この日夜勤明けだった海咲は、ご立腹な様子でリビングで寛いでいた。
「もう10時よ! 洗濯も出来ないし、もうドラマも始まっちゃうのに!」
プリプリと怒る母の顔を嫌そうに見つめ、海星はコップにいれたお茶を飲む。
「はぁ、ごめんて。洗濯回しとくからさ」
「わかればいいのよ……というかあんた、何かあったの?」
「えっ……」
突然真面目な顔で聞かれ、海星は驚いたように目を見開く。
「だって今日、ずっと怖い顔してるよ? 眉間にこーんなシワ寄せて」
海咲は自分の眉間を指で押し、真似るように難しい表情をする。
「な、別に何もないよ」
目を逸らしてその場から逃げようとする海星に、海咲は心配そうに声をかけた。
「もしかして、暁那くんと何かあったの?」
母の言葉で海星の動きはピタリと止まる。
「なんで……知ってるの?」
驚いた顔で恐る恐る聞く海星に、海咲は少し寂しそうに笑って答える。
「少し前にね、お母さんと久しぶりに会って話したの。暁那くん、最近すごく明るくなったって。海星が会いに来てくれてるからだって、お母さん喜んでたよ」
「そう、なんだ」
「まったく……肝心なこと何にも言わないんだから。母さんだけずっと蚊帳の外じゃない」
「……ごめん」
茶化すように言った言葉で、海星は暗い顔で俯いてしまう。
海咲はそれを気遣い、優しい声で話を続けた。
「……あんたは、私みたいになっちゃダメよ?」
「母さん」
顔を上げると、母は寂しげな顔で微笑んでいた。
「せっかく戻った繋がりなんだから、何があっても手放しちゃダメ。暁那くんが変われたのは、紛れもなくあんたの愛情があったから……それがどんな形だって、私は海星を応援してるよ。だから……誰かを想う気持ちの力、母さんに見せてほしい」
「うん……ありがと、母さん」
海星は微かに声を震わせ、母に顔を背けて目元を擦る。
それを見て、海咲はホッと安心したようにため息を吐いた。
「あー! ドラマ始まっちゃったじゃない! ってことで、お洗濯よろしくね」
海咲は思い出したように言うと、バチッとウインクをかます。
「はは……もー、わかってるよ」
一転してテレビに夢中になる母に呆気にとられつつ、海星は笑いながら返事をするのだった。
◇
それから数日。
暁那から連絡がないまま時は過ぎた。
12月24日
街はクリスマス一色で、どの店舗でも〈メリークリスマス〉の文字が踊り、夜になれば電飾が賑やかに点滅する。
コンビニの店員ですら、有無を言わさず赤い帽子を被らされるほど。
そしてそれは、海星のバイト先であるファミレスも同じだった。
「5番にお子さまハンバーグ」
「はーい」
海星は赤いサンタ帽を被り、注文の品を運ぶ。
「お待たせしました。限定お子さまハンバーグプレートです」
子供と母親が座る席にプレートを置くと、幼稚園児くらいの子供は珍しそうな顔で海星を見上げる。
愛想笑いを返すと、子供はさっと母親の背中に隠れてしまった。
「あはは、すみません」
「あぁ、いえ。ごゆっくりどうぞ」
頭を下げて去ろうとすると、背後で子供の声がする。
「サンタさんハンバーグ作れるの?」
それを聞いて、海星はフッと吹き出した。
(ふふ、サンタが作った訳じゃないけどな)
学校は今日で終業式が終わり、冬休みが始まった。
本来なら嬉しいはずの休み。長い時間暁那と過ごせるのを心待ちにしていたはずだった。
(毎日夢中で、正直クリスマスなんて忘れてた……)
戻る途中、空いた席の片付けをしながら海星は自嘲気味に笑う。
あれから何度か暁那のアパートに足を運んだが、その度に返事はなく開けてももらえない。
けれど、習慣のようになっていた事が突然止められるはずはなく。駄目だとわかっていても、自然と足はアパートへ向かった。
「……クリスマスか」
何気なく店内の様子を見渡すと、自然と独り言が口をついた。
「どうしたの? 何か、嫌なことあった?」
「え?」
厨房に戻ると、先輩は海星の顔を心配そうに覗き込む。
「え、だって……泣いてるから」
そう言われて目元を触ると、なぜか涙が頬まで伝っていた。
「あ、あれ? はは、何でだろ……」
笑って誤魔化しながら、海星は袖で涙を拭う。
「少し、奥で休んできたら?」
「だ、大丈夫っすよ! たぶん、さっき目擦り過ぎたせいなんで」
「そう……」
明るく言って仕事に戻る海星を、先輩はまだ心配そうに見送った。
◇
バイト終わり。
ロッカーでスマホを見ると、母からのメッセージが届いていた。
あまりない事なので、海星は気になってすぐに内容を見る。
『帰りにケーキあったら買ってきてくれない? あとでお小遣い渡すから』
「今から? 普通に無理でしょ」
呆れてため息を吐きつつ、近くのケーキ屋を検索してみる。
しかし8時半という時間もあり、当然ながら店はもう閉まっていた。
「ほらぁ……」
面倒くさそうな顔で呟き、海星は店を出てからコンビニへと向かう事にした。
自転車を走らせ帰り道のコンビニに寄ると、ケーキの棚はほとんど空。
代わりになりそうなデザート類も、数えるほどしか残っていない。
(少なっ……わかんないけど、適当に買ってこ)
目についたケーキやデザートをカゴに入れ、海星はついでに店内をぶらつく。
するとこの時期だからか、クリスマス用に小さな飾り物が並んでいた。
(ふふ、ちょっと可愛いかも)
海星は小さなスノードームを手に取り、逆さを向けて面白そうに眺める。
「……そうだ」
しばらく眺めた後、海星は何か思い付いたように笑うと、その可愛らしい飾りをカゴに入れた。
――――
「お帰りー。ケーキあった?」
「あのさぁ、こんな時間にケーキ屋なんて閉まってるよ。てゆーか、自分で行けばいいじゃん」
「忘れてたのよ。帰ってすぐお風呂入っちゃったし、外寒いじゃない?」
悪びれもしない母にムッとしながら、海星はドサッと袋を机に置く。
「はぁ……コンビニのしか無かった」
「いいっていいって。やっぱクリスマスは、家族で甘いもの食べないとねー」
海咲は調子良く笑い、袋の中を物色する。
「俺もう高二なんだけど」
「なによー、大人ぶっちゃって……あ! もしかして、暁那くんと予定あった!?」
黙ったまま俯く海星を、海咲は心配そうに見つめる。
「……ごめん。まだ、会えないの?」
海星は母の表情に気付き、わざと明るい調子で返す。
「大丈夫だって。俺、諦め悪いから」
「そっか……海星の気持ち、きっと暁那くんに伝わるよ」
それが強がりだと見抜いた海咲は、優しい表情で海星を見守っていた。
◇
同じく12月24日。
終業式を終えた後、祐介とタケシはその足である場所へと向かった。
途中、祐介の家にある置き自転車に乗り向かった先は、少し離れた住宅街にある一軒家。
「ここ?」
「あぁ、馬場に聞いたし間違いない」
道路脇に自転車を止め、2人はゴクリと息を飲みインターホンを押す。
そわそわと待っていると、しばらくして女性の声が聞こえる。
「はい、佐伯です」
2人は顔を見合わせ、深呼吸をしてから真剣な声で話す。
「突然すみません。僕ら、真実さんと同じクラスの者で……プリントを預かってて、連絡事項もあるので、少しだけ真実さんとお話しできますか?」
タケシがインターホンに向かって話すと、母親は慌てた様子で返事をする。
「あら、ごめんなさい! 今呼んでくるから、少し待っててね……」
話しながらも声が遠ざかっていくのがわかった。
待っている間、タケシは祐介と顔を見合わせニヤリと笑う。
「祐介、変なこと言うんじゃねぇぞ?」
「はぁ!? なんで俺だけ。お前だって気を付けろよなー」
ついいつもの調子でじゃれ合う2人は、ゆっくりと開く玄関のドアに気付かずにいた。
そして僅かに開いたドアの隙間から、控えめな小さな声が聞こえる。
「……あ、朝比くんに、渋谷くん?」
小柄なボブヘアーの少女は、ドアチェーンをかけたまま怯えた様子で2人の名前を呼ぶ。
「おう! 朝比祐介と」
「渋谷タケシっす……って、ほとんど話したことねぇのに、名前覚えてくれてたんだ」
冷えた空気に暖かな日差しが差し込む中、2人は少女に明るく笑いかけるのだった。
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