16話 招かれざる客
宰斗がいなくなってから程なくして、学校では期末テストが始まった。
それが幸いしてか、海星はテスト勉強に追われ、宰斗の事を気にする余裕も無くなっていた。
成績はどちかというと落ちこぼれの海星だが、暁那に勉強をみてもらったお陰で、今回のテストはまずまずの手応えを感じていた。
そして無事テスト期間は終わり、季節はいつの間にか冬本番の12月を迎える。
ただ一人、宰斗の本性を知ってしまった佐伯はテスト期間中も学校に来ることはなかった。
佐伯は元々、影も薄く大人しい生徒だ。
それもあって、海星以外のクラスメイトはすっかりそれが普通の事と、佐伯の不登校を気にする者は誰もいなくなっていた。
放課後、海星はどこか複雑な表情で、ぽっかりと空いた佐伯の席を見つめ帰り支度をする。
まるで今の気持ちのような重い鞄を持ち上げ帰ろうとすると、祐介が明るい声をかける。
「海星! テスト終わったんだんし、遊び行かね?」
「悪い、今日バイト。また今度な」
「バイトかよー。じゃ、また後で邪魔しに行くわ」
その言葉通り、祐介は邪魔をする気満々の笑顔を向ける。
海星は困ったように笑うと、軽くあしらうように手を振り教室を後にした。
「ふぁ……海星、今日はバイト?」
だらしなく肩に鞄を引っかけ、タケシは退屈そうにあくびをしながら祐介に声をかける。
「おう、また後で様子見に行こうぜ。あいつが敬語使ってるのおもれーから」
「趣味悪ぃな。てか、あいつが見せてくれたレポート凄かったな。テスト内容ドンピシャだったし。お陰で俺、今回結構いいかも」
その悪趣味な理由に呆れつつ、タケシは一転して嬉しそうな顔で話題を変えた。
「あ、だよな!? 俺もビビった。毎回見せてくれた海星に感謝だな!」
「あぁ……結構嫌々だったけど」
見せてくれとせがむたび、必死にレポートを隠そうとする海星の苦悩を思い出し、タケシは気まずそうに頬を掻いた。
「けどあれ、誰が作ったんだろ……それだけは絶対教えてくんなかったんだよなぁ」
「うーん、わからん」
暁那の事を知らない2人は、不思議そうな顔で腕を組み首を捻るのだった。
◇
「20番に激盛りとやけくそ」
「はい!」
バイト時間はちょうど夕食時。この時間、平日でもファミレスはいつもほぼ満席に近かった。
海星はホール対応に追われ、ずっしりと重い大盛りのお盆を手のひらに乗せる。
友達グループの客で、たまに面白がって注文が入ることはあるが、ここ最近はシフトに入るたびにこの二つがオーダーに入る。
そして、注文客は毎回同じ。
「お待たせしました。激盛りカレーに……よっ、やけくそクリームパスタです」
重さに顔をしかめ慎重にテーブルに置くと、ノートパソコンを触っていた若い男性客は嬉しそうな笑顔を見せた。
「お、ありがとねぇ」
「ごゆっくりどうぞ」
海星は軽く頭を下げ、嬉しそうに手を擦り合わせる男を見ながら仕事に戻る。
20代くらいのその男は毎回1人で来店し、食事が終わるとドリンクバーをお供にいつもパソコン作業をしていた。
どこか飄々とした態度で、明るい髪色の軽い男だ。
体型も太っているわけではなく、むしろ痩せ型。
いったいどこにあんな見るだけで胸焼けしそうなメニューが入っていくのか。海星は毎回不思議で仕方なかった。
この日も次々と口に放り込まれる様子が気になり、海星はホール対応の合間、チラチラと男のテーブルを見ていた。
(すげぇ……もうカレー空っぽ。えぇ!? もうパスタ行くの? ちょっと休憩した方が……あ、でも逆に手を止めない方がいいのか?)
「相沢くん……相沢くん!」
「は、はい!」
「これ、5番テーブル」
「すみません、今行きます!」
つい見るのに夢中になってしまうほど、彼は今海星の中で注目客だった。
◇
「それがさ、マジで凄いの! 毎回平気な顔でペロッと食べてさ。いったい何者なんだろう……有名なフードファイターとかかな!?」
「う、うーん……どうだろう。あ、もしかしたら、動画配信者とかかも」
「わ、それありそう! でも、撮影してる様子はないんだよなぁ」
この日、海星は暁那の部屋で興奮気味にファミレスの事を語っていた。
暁那の話は可能性としてありそうではあったが、男は毎回黙々と食べてスマホやカメラも回している素振りはない。
突然現れた謎の客に、海星は興味津々の様子だった。
「その人、毎日来てるのかな?」
「わかんね。でも、俺のシフトの時は絶対いるんだ」
「そうなんだ。そんなに凄いなら、僕もちょっと見てみたいかも」
暁那は顎に手をやり、クスクスと楽しそうに笑う。
そんな彼の姿を見て、海星はふと気になったことを聞いてみる。
「そういえばさ……アキ、最近前髪留めてるね。何か……今日は服もいつものスウェットじゃないし……何で?」
「へっ? それは、えーっと……」
体を寄せ、突然自分の事を聞いてくる海星に動揺し、暁那の視線は宙を泳ぐ。
海星の指摘した通り、暁那は長い前髪をピンで留め、服装もスウェットではなく大きめのセーターにデニムを合わせ、いつもより大人びた雰囲気に見えた。
「こ、この前ネットで買って……ほら僕、上着すら持ってなかったし。その、カイと一緒に外出ても、恥ずかしくないようにと、思って」
暁那はモジモジと手を動かし、辿々しく理由を打ち明ける。そして、恥ずかしさからか最後には俯いてしまい、何故かごめんと呟いた。
その様子を見て海星は意地悪そうな笑みを浮かべ、意味深に「へぇー」と相づちを打つ。
「……変、かな?」
笑っているだけの海星の反応に不安を感じ、暁那はシュンと肩を落として問いかけた。
すると海星は笑顔のまま首を横に振る。
「ううん、カッコよくていい感じ。それに……」
海星はニヤリと笑うと、勢いよく暁那の体に抱きついた。
「わっ、カイ!?」
「やっぱり、ふわふわで気持ちいぃ〜」
暁那の体に腕を回し、海星はそのふわふわの素材を楽しむように撫で回す。
「ふっ、ふふ……もう、くすぐったいってば」
遠慮の無い動きに、暁那は時々笑い声をもらして身を捩るのだった。
「そうだアキ、今日も散歩行く?」
突然何か思い出したようにピタリと動きを止め、海星は抱きついたままの姿勢で聞く。
「うん、行く」
暁那の真剣な眼差しに、海星は優しい笑顔を返した。
あれから、暁那は海星と夜の散歩をするのが習慣になっていた。
散歩はアパートの周辺だけだが、時には公園のベンチで話をすることもある。
最初は外に出るだけで緊張して呼吸が荒くなっていたが、今ではそれも無くなり、周りの景色を見る余裕も出てきていた。
人の目が怖いのはまだ変わらないが、それでも徐々にいい方向には向かっている。
海星がそばにいることの安心感。それはいつも、暁那に見えない勇気を与えてくれていた。
「じゃあ、行こっか。でもその前に……」
「ん? どうしたの?」
「ちゅーしてからがいい」
甘えた声で言うと、海星は目を閉じて顔を近づける。
「ふふ……カイ、子供みたい」
「む、いいでしょ? ほら、怖くないおまじないって感じで」
頬を膨らます海星にクスクスと笑いながら、暁那はゆっくりと唇を合わせていく。
合わさるだけの唇は、時々じゃれあうように角度を変え、2人は幸せそうにお互いを啄んでいた。
◇
今までの悩みが嘘のように、満たされた日々を送っていた海星。
そのせいか、だんだん面倒くさくなっていたファミレスでのバイトも、最近は楽しく思えていた。
「お待たせしました。いつもの激盛りシリーズです」
「え、あはは……もしかして覚えられちゃった?」
「すみませんつい……いつも同じのを頼まれるので」
ついうっかり軽口を利いてしまい、海星は苦笑いで頭を掻いた。
認知されると離れてしまう客もいるが、男は笑っていて特に機嫌を悪くした様子もない。
「好きなんだよねー、炭水化物。お兄さんも今度食べてみなよ。結構うまいよ」
「あ、あはは、遠慮します……では、ごゆっくりどうぞ」
笑顔のままバクバクと食べていく男に、海星はひきつった笑顔で答えて去っていく。
(なんか、読めないんだよなぁ……)
その笑顔は良くも悪くも一定で、笑っていても感情は読めない。
何を考えてるかわからない男が気になりつつも、海星はこの日も自分の仕事を淡々とこなした。
――――
夜中。
シンと静まり返る部屋の中で、ポンとスマホの通知音が響いた。
――『よう、頼まれてたヤツと接触してきたぞ? 単純そうで気のいいヤツ。お前と正反対って感じ?』
メッセージ画面を見て、男はピクリと片方の眉を上げ、素早い操作で返事を送る。
『アホか、そんな事はどうでもいいんだよ。頼んだこと、忘れてねぇだろうな』
『はは、冗談だよ。例の件ね……そいつ、週3で入ってるな。日、火、木。17時から20時くらいまでいる。あ、日曜だけは昼頃だったな』
『ふーん……サンキュ、助かるわ』
『てゆーか、いい加減理由教えろよ。何で俺が高校生のガキのシフトチェックしなきゃなんねーんだ? てめぇでやれよ』
『うるせぇ。1日中籠ってるから外の空気吸わしてやったんだろうが。生憎、俺はお前みたいに暇してねぇからな』
『ひどい! 人を引きこもりみたいに! こっちはちゃんと仕事してんだからなー。大学つっても、どうせサークルで遊び散らかしてるんだろ』
『そんな暇あるかよ。やけに突っかかってきやがるな』
『あ、わかる? 例の子と別れたんだよ。従順なのはいいけど、慣れるとそれが逆に面白くなくてさー……なぁ宰斗、また誰か紹介してくれよー』
「チッ……うるせぇヤツ」
そう呟くと、宰斗は呆れた顔でスマホを机に裏向けに置いた。
そして頬杖をつくと、鋭い目で広角を上げ、愉しそうな笑みを浮かべる。
「さて、いつ会いに行こっか……暁那くん」
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