1話 <load> I
『スキル <摂理> プロヴィデンス』
生まれてから22年間。空白だった僕のスキル欄に
突如、聞いたことも無いものが追加された。
ただ、草原に寝転んで考え事をしていたら、急に、だ。
本来、スキルの習得には時間が掛かる。
様々な種類があり、数時間で済むものもあれば、
数日掛かるもの。さらには数か月、数年。
中には、一つのスキルを得るために一生を掛けてまで
取り組む者もいる。
簡単で微弱なものから、難解で、強力なものまである。
それが習得に時間差の出る所以だ。
例えば、火を一瞬出すとか。それが、練習を積むと、
安定、持続して出せるようになり、
更に修練すると、自由自在に操れるようになる、といった具合である。
生活を大いに変える可能性のあるものがゆえに、皆、習得に励む。
僕もいくつかのスキルを習得しようとしたが、
ついぞ今日まで習得することは無かった。
しかしふと今日、正体不明のスキルが手に入った。
周りに相談するか迷ったが、変人扱いされるのが目に見えたので、
僕は草原を後にし、図書館へと向かった。
そこでスキルに関する本を片っ端から手に取り、
目を通していった。
しかしとうとう『<摂理>』というスキルについての情報はおろか、
摂理という文字の載った箇所すら見つけることは出来なかった。
しかし、収穫がゼロだったわけではない。
僕はスキルを習得した事が無い。ゆえに
スキルの発動の仕方は全くと言っていいほどに知らなかった。
だが、書物を読むことで、スキルの発動方法を知ることが出来た。
手に取った本には、ほぼ全てと言っていいほど、
初めの方のページに、スキルの発動方法が記されていたからだ。
様々な発動方法があるようだが、そこは読み飛ばし、
一番基本的で、簡単なものに目をつけた。
『ステータスボード』内の発動したいスキルに触れると、
スキルを発動することが出来る。
発動を止める際は、また触ればいい。との事だった。
ステータスボードとは、人の能力値を記した表のようなものである。
軽く念じれば出すことが出来る。
薄透明の板の様なものに、文字が記載されたものだ。
これまでの僕にとって、そのボードは、毎日大して変わらない数値に、
何も表示されないスキル欄を眺め、自分の無力さを
再確認させられる不快で、嫌なものだった。
しかしそれは、次の瞬間、天地が翻ったように変わるのであった。
軽く念じ、ステータスボードを出す。そしてそのスキル欄には、
今日手に入れた『<摂理> プロヴィデンス』が、ぽつりと表示されていた。
そこに手を触れる。
すると刹那、ステータスボードが2つに増えた。
一つは僕の物。一番上に僕の名前である、『テムシス』と
記載されている。
もう一つには、『本』と記されていた。
『本』と記載された方を見ると、そこには
膨大な量の文字列が並んでいた。
まず上の方から、本の題名、著者、製造年、発行所。
僕はすかさず本の表紙や、背表紙を見て、それらの内容に
間違いがないかを確認したが、寸分違わなかった。
記載された文字列を下の方へと読み進め、所々読み取ってみる。
『現在の読者_テムシス』、『49ページ中央にシミ』、『99ページ右端破れ』
まさかと思い49ページ、99ページを開いてみるが、
49ページ中央にはコーヒーをこぼしたような跡がついており、
99ページの右下は、ページをめくる際にうっかり破いたように切れていた。
「これは、とんでも無いスキルを手に入れたぞ。」
思わず、身体が震え声が出る。手に持っていた本を机に置き、
感傷に浸りながら、眼を瞑る。
次に目を開けた時には、『本』のステータスボードは消え、
僕のステータスボードのみが残っていた。
そこにぽつりと載った、スキル<摂理>プロヴィデンスを眺めながら、
図書館を後にした。
僕のステータスボードにも文字列がびっしりと並んでいた。
僕は図書館を出たのち、すぐ近くにあった
草に触れ、スキルを発動してみた。
すると、本に触れていた時同様、ステータスボードが沸き上がる。
そこには草の名前、群生地等がびっしりと記載されていた。
どうやら、この草は『イグール』というらしい。
文字群の中に、気になる記載があったので、よく読もうとして、
指をなぞりながら読もうとする。その時、指がステータスボードに触れた。
『草の活用方法』と書かれた場所だった。
触れると同時に、ステータスボード内の表示が変わった。
元あった群生地等の記載は消え、代わりに図の様なものが出てきた。
草が事細かく正確に描かれている。
葉や、茎の部分からは、注釈のように線がのび、その先に記載があった。
葉から伸びた線の先に書かれた説明文を見てみる。
「イグールの葉は、煮込み、マンドラゴラの葉のエキスを
垂らすことでその状態を変容させる。
副作用のない、鎮痛剤や、痛み止めとして使用可能になる。」
直後、僕のステータスボードのスキル欄<摂理>の所に記載が追加された。
そこには、『表示』と『閲覧』とあった。
それぞれに触れてみる。すると、説明文が出てきた。
ざっと見ると、『表示』は、物の情報を無造作に表示するもので、
『閲覧』は、『表示』した情報から一部分を選択することで、
部分的な詳細を見る事が出来るもの、とあった。
『表示』は元から備わっていたもので、
僕が草の詳細を見たことで、『閲覧』が追加されたとの事だった。
スキルが強化されたようだ。
しかし、驚いた。まさかこんな事まで出来るとは。
マンドラゴラは主に手術をする際の鎮痛剤として使用されることがあるが、
副作用がとても強い。だから近くに治癒術師を置いて起き、
副作用を適宜取り除かねばならない。
今では他に鎮痛剤として使用できる薬草があるので、そちらが主に使われている。
しかしそれらは、マンドラゴラと比べ希少性が高く、
鎮痛剤を必要とする手術では、治癒術師を雇うほどではないにしろ、
高額な費用が掛かる事になる。
痛み止めも、調合にはそれなりの手間がかかり、
薬屋では、主な収入源の一つとなっている。
薬の調合は、煮込んで、エキスを垂らすなどという
素人でも出来るようなものではないのだ。
僕は、イグールの葉を何枚か抜き取り、カバンへと入れ、
旧友の家へと尋ねた。彼は医学に精通しており、調剤に必要なものを
いくつか栽培している。その中に、マンドラゴラもあったはずだ。
街中を抜け、わずかに生えかかった草原の中、
軽く舗装された曲がりくねった道を、5分ほど歩くと彼の家に到着した。
レンガ造りで、隣には薬草栽培用のハウスが立ち並んでいる。
玄関先の木の扉を軽くノックする。数秒待って、ドアが開いた。
「誰かと思えば、やあテムシス。久しぶりじゃないか。」
「やあ、レーピオス。突然押しかけてごめん。早速で悪いんだけど、
採取済みのマンドラゴラを一つ、もらえないかな?」
出迎えたのは、僕の旧友、レーピオスだ。
学生時代、彼は薬学で常にトップの成績を収めていた。
今では薬学の研究を行っている。
基本、薬草等の栽培は一部の人間にしか許されていない。
危険なものも多く、種類によっては、許可のない者の栽培、所持は違法である。
マンドラゴラも、例外にもれず、許可の無い栽培、所持は違法だ。
しかし彼は、栽培、所持を許された一部の人間だ。
そして、その彼から許可を得て、マンドラゴラを受け取る分には、問題ない。
が、やはり簡単には渡してくれなかった。
「マンドラゴラ?あれは一般人の所持は違法だ。
知っていると思うが副作用が危険で、毒として盛るのに
利用されたりもする。一体、何に使うつもりだ?」
レーピオスは若干苛立ちを覚えたように言った。
なので、出来れば内緒にしておきたかったのだが、『閲覧』で得た
鎮痛剤の事について、レーピオスに話した。
あくまで、スキルで知ったとは知らせず、ただの勘だとだけ。
「イグールの葉で副作用をなくす、か。
そんな事聞いたことも無い。悪いけれど、勘に付き合う気はない。
そもそもイグールの葉を薬学として使う事は、
聞いたことも無い、帰ってくれないか。」
レーピオスは僕をあしらおうとしたが、僕は、真剣な眼差しで彼を
じっと見ながら、カバンからイグールの葉を取り出す。そして
レーピオスの目のまえに差し出した。
すると、レーピオスは仕方がない、といった様子でそれを受け取った。
そして僕を家、兼、研究所の中に招いてくれた。
「君がああいう顔をする時は、大体本当なんだ。
何故なのか、不気味なんだけど......
例えば、学生時代、いきなり君が押しかけてきて、
薬学の試験で授業範囲外からひっかけ問題が出ると僕に教えたろ?
あのおかげで、僕は100点を取ることができた。それで教授に気に入られたんだ。
それがなければ、今こうやって研究の職に就いていなかったかもしれない。
だから、今回も信じてみよう。
あの時の恩も兼ねてね。もし本当なら、医学的な大進歩だ。
また借りが出来るな。」
そう言って彼は、僕の手から受け取ったイグールの葉を何枚か
窯に入れたのち、煮込み始めた。
そうして幾分か時間のたったのち、僕に尋ねた。
マンドラゴラのエキスの対比は、どれくらいだ?
そこで僕はハッとし、あわててカバンに入れていた、残りの
イグールの葉に触れて、『閲覧』をした。
葉5枚に対し、エキス1滴。と記されていた。
「5対、1だ。葉に対してエキス」
慌ててとっさに返答する。
レーピオスは、小瓶に入ったマンドラゴラのエキスを
対比に合うよう調整するように、慎重に垂らした。
すると瞬間、部屋内に匂いが立ち込めてきた。
あわててレーピオスはマスクを付け、僕にも渡した。
さらに数秒経過すると、煙が立ち上ったのち、少しして止まった。
レーピオスが、窯にかけていた火を止めると、
その中には、緑色に光った液体が残っていた。
見た目は、回復薬や毒消しのような薬品に類似している。
通常、薬品は人に害のない物は、緑色。
害のあるものは、紫や、黒。
何の効果もない物は、透明の色をしている。
さきほどまで、イグールの葉を煮込んでいた時は、透明だったが、
今、窯の中にある液体は疑いようもないほど、
まばゆい緑で光っていた。
レーピオスが、驚愕した表情で、窯の中を見つめながら言った。
「信じられない」
どうやら、『閲覧』で見た内容は本当だったようだ。
僕はなるべく冷静を装いながら、歓喜した。




