表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

7話

 城に戻ったのは、夜も更けた頃だった。

 平原での狩りを終えて、足元は重く、けれど胸の奥は妙に熱を帯びていた。

(あの時……確かに力が、手に入った)

 スライムを倒した時に感じた“何かを取り込む”感覚。


 あれは夢でも、勘違いでもなかった。

 俺はそっと、自分の手の甲に視線を落とす。


 そこには、微かに淡く光る“空の紋章”。

 今まで空だったそれに、ほんのわずか――命が宿り始めているような気がした。

(この力があれば、きっと……)

 誰も守れなかった。何もできなかった俺でも。


 今度こそ、何かを――いや、“誰かを”救えるかもしれない。

 そんな考えを胸に抱いたまま、俺はベッドに身を投げた。


 まぶたを閉じると、すぐに意識が薄れていった。


 *********


「おい、起きろ。訓練の時間だ」


 叩きつけるような声と同時に、ドアが勢いよく開いた。


 ……ノック、しないんだな。


「……リアンか。もう朝か?」


「朝だよ。寝癖ついてるぞ、アキラ」


 リアンは腰に手を当てながら、ふてぶてしく言った。

 黒髪を後ろでざっくりと結び、鎧の代わりに簡易な訓練服を着ている。

 身軽で無駄のない動きに、戦士としての経験と自信が滲んでいた。


 でも、よく見るとその頬にはまだ微かに眠気の赤みが残っている。

 そしてなにより――


 ほんの一瞬、口元が緩んだ。


 それは、戦士としての顔ではなく、年相応の“少女”の表情だった。


 その一瞬を見てしまって、俺は少しだけ肩の力が抜けた。


「……起きたよ。着替えるから、外で待っててくれない?」


「ふん、五分だけ待ってやる。遅れたら木剣で叩くからな」


 やれやれと言いながらも、リアンは踵を返して部屋を出ていった。

 ドアは開けっ放し。きっと、閉めるという発想がない。


 中庭には、すでに木剣が用意されていた。


 リアンは剣を肩に担いで、俺を待っていた。


「今日は遅刻じゃなかったな。やればできるじゃないか」


「毎回そう言われるのも癪だな」


 剣を握り、構える。

 体が――軽い。


(これは……)


 振った剣が、思っていたより速く、正確に動いた。

 足が自然に追いつき、呼吸のタイミングも掴めている。


(昨日と、明らかに違う……)


「おいおい、ちょっとはマシになったか?」


 リアンが笑った。

 その声には、どこか“誇らしげ”な響きがあった。


 最初はただの護衛役だと思っていたけど、

 こうして訓練を見守ってくれることに、少しだけ感謝の気持ちが芽生える。


「昨日の成果……かな」


 俺は剣を構え直しながら、静かに呟いた。


(ステータスが上がったから? 本当に……ゲームみたいだな)


* * *


 訓練の後、俺はこっそりと城を抜け、再び平原へ向かった。

 もう一度、あの感覚――“吸収”の実感を確かめたくて。


 昨日よりもずっと効率的に、次々とモンスターを狩っていく。


 スライム、ワーム、ローパー、ウィスプ……

 頭の中には、倒した魔物のデータが自動で記録されていくような感覚がある。


(でも……スキルは増えない)


 あれからいくつ倒しても、《エアスラッシュ》の他には何も追加されない。


(スキル持ちって、そんなに珍しいのか……?)


 立ち止まり、空を見上げながら考え込んでいたとき――


「アキラ!」


 風を切るような音とともに、リアンの声が響いた。


 草を分けて駆けてきた彼女は、頬を紅潮させながらも真剣な目をしていた。


「……何かあった?」


「巫女様が呼んでる。すぐに戻ってこいってさ」


 その表情に、いつもの軽口はなかった。


 シリル――あの静謐で、どこか神聖さすら感じさせる巫女。


 呼び出された理由は、ひとつしか思い当たらない。


(……俺の“空の紋章”のことか)


 * * *


 城の奥、蒼白い光が揺れる神殿の一室。

 まるで時が止まったかのような静寂の中、シリルは一人、祈るように目を閉じていた。


 長い銀髪が背中に流れ、淡く輝く紋様の刺繍が施された黒装束が、儀式的な空気を纏わせている。

 彼女の周囲だけ、空気の密度が違って感じた。


 俺が一歩足を踏み入れると、彼女は静かに目を開けた。

 藍色の瞳が、まっすぐ俺を射抜いてくる。


「来たわね」


 声は小さいのに、なぜか胸の奥に響いた。


「呼ばれたんで、来ました」


 努めて軽く返す。けれどその視線を前に、妙な緊張が背筋を這い上がってきた。


 シリルはゆっくりと立ち上がる。その動作ひとつすら、無駄がなく美しい。

 けれど、どこか人間離れした、冷たい神聖さをまとっていた。


「“空の紋章”……動き始めているようね。あなた、何を感じた?」


 その問いは、まるで俺の心の奥まで見透かすような静けさと鋭さを帯びていた。

 ただの情報収集ではない。俺自身に“意味”を問うような、そんな圧があった。


「……モンスターを倒すと、体の中に何かが取り込まれるような感覚がある。それと同時に、ステータスが――上がってる。あと、エアスラッシュっていうスキルも一つだけ手に入れた」


 口にした瞬間、再びあの感覚が蘇る。

 淡く、けれど確かに内側から広がる力の脈動。


 シリルは一瞬、瞼を伏せる。

 そのまま、祈るような仕草で胸に手を当て、息を吐いた。


「過去に、そのような“空の紋章”は確認されていないはずよ。ただ私が鑑定の儀で何かを感じたのは他しかっただった」

 彼女の声は落ち着いていたが、その奥にあるものは動揺でも困惑でもなかった。

 ただ――深い興味。何かを“確かめようとする者”の目だった。


「通常、紋章とは最初から定められた才能と限界を持つもの……けれどあなたの紋章は、それらの常識をすべて覆しているわね」


 俺は息を呑んだ。

 冷静な語り口の中に、僅かな“熱”が混じった気がした。


「……そうみたいですね」


 その瞬間、シリルはゆっくりとこちらへ一歩近づいた。

 ローブの裾が静かに床を滑り、長い髪が揺れる。


「アキラ。あなたは今、極めて特異な“観察対象”よ。この紋章の全てを解き明かし、その成長を、私は見届けたいの」


 その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。


 “観察対象”

 その響きに、最初は少しだけ抵抗感があった。

 けれど同時に、それは“無関心ではない”という証でもあった。


(……俺も、この力を知りたい)


 俺は頷いた。


「わかりました。協力します。俺も、自分のことを知りたいですから」


 シリルの表情が、ほんの一瞬だけ緩んだ。


 それは儚い揺らぎだった。

 氷のように透き通った表情の奥に、微かな“人間らしさ”が垣間見えた気がした。


「ありがとう、アキラ。……あなたのその紋章が、いつか世界の形を変えるかもしれないわ」


 その声に込められた言葉の重みが、胸に残った。


 “空”だった紋章に、ほんの僅かながら――光が、灯った気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ