6話
力を得たと確信したその瞬間、喜びと同時に、脳裏に疑問が浮かんだ。
本当に、あれは偶然だったのか? それとも――。
あのとき、手の甲に灯った光。
スライムを倒した"あの一瞬"だけが特別だったのか。
それとも、俺の"空の紋章"に宿った、新たな可能性なのか。
今まで何も持たなかった俺にとって、それはあまりに貴重すぎる発見だ。
なら、確かめるしかない。
──次は、試す番だ。
「……ステータス、確認」
小さく呟くと同時に、視界に光のパネルが浮かび上がる。
その文字列は、確かに"俺専用"のものだった。
《ステータス》
【名前】アキラ
【紋章】空の紋章
【STR】11(+1)
【INT】10
【AGI】10
【DEX】10
《インプット図鑑》
・スライム
「"図鑑"……? インプットした魔物だけ、記録されるのか?」
表示されているのは一体だけ。
それ以外の情報――インプット数の上限も、制限も書かれていない。
「……なら、試してみるか」
あたりを見回し、すぐに岩陰に身を潜めていたスライムを見つけた。
「さっきと同じ。――倒すだけだ」
短剣を抜いて踏み込む。今度は構えも動きも、より洗練されていた。
一撃。スライムは爆ぜて霧散した。
……でも、何も起こらなかった。
手の甲は反応せず、通知も光も現れない。
「……やっぱりな」
納得しかけた俺の中に、新たな仮説が浮かぶ。
同じ魔物は一度きり。なら、違う魔物なら……?
じわじわと胸が熱くなっていく。この感覚、なんだ。
体が勝手に動いていた。
平原の奥で、跳ね回る小さな二本角のウサギを発見する。
――ホーンラビット。下級モンスターだ。
「逃がすかよっ!」
瞬間、全身のバネを解き放つ。
ダッシュから低く滑り込んで足を狙い、転倒させる。
反転した拍子に、喉元へ一閃。
短剣が深く突き刺さると同時に、パネルが浮かび上がる。
《モンスター撃破:ホーンラビット》
《構造解析完了》
《対象の特性をインプットしますか?》
「よし……!」
心の中で無言の「はい」と答える。
《インプット完了》
【+1:AGI(敏捷)】
足取りが軽くなる。反応が、ほんの少し速くなっていた。
たった1ポイント。それでも、間違いなく“俺の中身”が変化している。
「これは……マジでヤバい……!」
そこからは、まさに"狩り"だった。
夜の平原を走り回り、片っ端から魔物を倒しまくる。
牙をむくネズミ、草原を掘り返すモグラ、羽音を響かせるコウモリ。
地中から這い出す甲殻虫。長い草に潜む蛇。
そして、花のように擬態した小型の魔力生物――ミスリルフラワー。
気づけば、8種類の魔物をインプットしていた。
《インプット図鑑》
・スライム [STR+1]
・ホーンラビット [AGI+1]
・ファングマウス [DEX+1]
・ダートモグラ [STR+1]
・ウィングバット [AGI+1]
・シェルビートル [DEX+1]
・グラススネーク [STR+1]
・ミスリルフラワー [INT+1]
《現在のステータス》
【STR】13(+3)
【INT】11(+1)
【AGI】12(+2)
【DEX】12(+2)
パネルを開いたまま、気づけば俺はニヤけていた。
「やっべ……これ、完全にゲームじゃん……!」
倒せば上がる。魔物ごとに上がるステータスが違う。
同じ魔物は一度きり――だからこそ、"集める"意味がある。
この図鑑、どこまで埋められる?
何種類まで登録できる?
強い魔物なら、どれだけ上がる?
謎は多い。けれど、今だけは確信していた。
「空の紋章……俺にとっちゃ、最強の成長システムだろ、これ……」
興奮と歓喜で、胸の奥が熱くなっていた。
"俺にしかない力"を、やっと見つけたんだ――。
やることは一つ、まずはこの平原のモンスターを全て登録する。
俺の視線は、次の敵を探して彷徨っていた。
単純に、ステータスをもっと伸ばしたい。それだけだった。
そんなとき、黒い影が風を切って飛んできた。
月明かりの中で細く光るその翼は、「ブレードフェザー」だった。
リアンから平原の中では比較的強いといわれているモンスターだ。
俺は短剣を握り直し、慎重に距離を詰める。
空中から鋭い風の刃のような羽ばたきが襲いかかる。
最初は軽くかわしたが、次第にその攻撃のリズムに飲まれていった。
一度、腕にかすかな切り傷がついた。
痛みで一瞬動きが鈍り、フェザーはすかさず突進。俺の肩に向けて刃を振り下ろす。
咄嗟に身をひねり、かろうじて避けたが、胸に風がぶつかり、息が詰まった。
「くっ……!」
俺は歯を食いしばりながら、次の隙を狙う。
何度も交錯し、攻防は続いた。フェザーの機動力は高く、簡単には近づけない。
だが俺も負けてはいない。繰り返すうちに動きが読みやすくなり、攻撃のタイミングを掴んだ。
そして、決定的な瞬間――。
フェザーが大きく羽を広げ、空中で旋回したそのとき。
俺は鋭く踏み込み、短剣を突き出した。
「今だっ!」
刃は空気を切り裂き、フェザーの胸を貫いた。
モンスターは一瞬体を震わせ、そして崩れ落ちた。
《モンスター撃破:ブレードフェザー》
《構造解析完了》
《対象の特性をインプットしますか?》
「はい」
光が手の甲の紋章から発せられ、身体の奥から冷たい風が走った。
紋章が淡く強く輝き、波紋のように広がるその光が、短剣を握る手にまで及ぶ。
その瞬間、視界に新たなパネルが現れた。
《スキル獲得》
《エアスラッシュ》
――鋭い風の刃を放つ斬撃。威力は小さいが、射程があり、敵を切り裂く。
同時に、視界の隅に《ステータス更新》と【AGI】+1のパネルが現れた。
胸の奥がざわついた。ほんのわずかだが、確実に身体が軽くなった気がする。
息を呑み、俺は思わず息を整えた。
(スキル……だと?)
声に出さずとも、心は動揺していた。
ずっと待っていた。強くなりたい、でもそれは"空の紋章"の俺には届かないと思っていた。
それが今、こうして手にしたんだ。
握りしめた短剣を、自然と前に突き出す。
口の中で、無意識に呟いていた。
「エアスラッシュ……」
すると、手の甲の"空の紋章"が再び淡く、しかし確かに緑色に輝き出す。
その光は波紋のように広がり、短剣全体を包み込んだ。
鼓動が速くなるのがわかった。
短剣から巻き起こる風が、肌に心地よく触れ、まるで生きているかのように震えた。
パッと短剣の先端から、鋭い風の刃が飛び出した。
それは草をかすめて消えたが、確かな切れ味の感触が空気を裂いた。
「……これが、俺の力……」
言葉にしなくても、全身がその実感で満たされていた。
身体の中から湧き上がる希望。
ずっと"無"だと思っていた紋章が、確かな光を放っていた。
小さく笑みがこぼれた。
俺は、ここからどこまでも強くなれる――そんな確信に満ちていた。