表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

3話

 母さんに手を引かれ、俺は布団を跳ね起きた。

 ついさっきまで眠っていた部屋が、まるで別の世界に変わったように感じた。


 焦げた臭いが鼻を強く突き、熱気が空気そのものを歪ませていた。

 遠くで響いていたはずの騒音が、壁一枚の向こう、すぐそこにまで迫っているのが肌で感じられる。


「着替えなくていい、そのままで――早く!」


 母さんの声は震えていたが、その手は強かった。

 戸を開け放つと、夜風が吹き込み――熱を帯びていた。


 目の前の光景に、息を呑んだ。

 ――村が、燃えている。


 家々はまるで段ボール細工のように崩れ落ち、赤と黒の炎が夜空を舐め尽くす。

 空には焦げた煙と火の粉が舞い、熱い灰が肌を叩いた。


 (……戦争、だ)


 そう心に思ってしまった瞬間、胸の奥が冷えた。

 ゲームで見たどんな「滅び」のイベントよりも、この現実は残酷で、容赦がなかった。

 手足が、鉛のように重くなる。


「アキラ、こっち!」


 母さんに引かれるまま、俺は家の裏手へ走る。

 木材が砕け散り、瓦礫が飛び散る音。

 戸を蹴破った「何か」が、すぐそこにまで来ているのが分かった。


「父さんは……!」


「正門よ! 村の守りに行ったの!」


 怒号、悲鳴、炎の爆ぜる音が混ざり合い、耳がぐしゃぐしゃになる。

 足がもつれそうになるのを、母さんに引っ張りながらも無理やり連れていかれる。


「急がないと……帝国兵が、村中に入ってきてる……っ」


 裏路地を抜けた先、俺の目に“それ”が映った。


 ガシャ、ガシャ――鉄が軋む音が闇の中から響く。

 姿を現したのは、鉄でできた“人型の何か”だった。


 背丈は大人の二倍以上。胴体から腕、脚まで、全部が金属。

 目のような部分が赤く光り、夜の中に浮かんで見える。


 (な、に……あれ……?)


脳裏に浮かんだのは、ゲームのボスキャラ。

だが、目の前のそれは、CGでは表現しきれないほどの威圧感と、得体の知れない冷たさを放っていた。


「カラクリ兵よ!」


 母さんが振り返らずに叫ぶ。


「帝国が、魔族から魔力を奪って作った機械兵よ……! 人なんて乗ってない。命令だけで、勝手に動くの!」


 現実味のない言葉だった。しかし、目の前の存在は確かに動いている。

 まるで意志を持った兵士のように、無感情な殺戮の塊だった。

 その巨体が、目の前の家を何の躊躇もなく叩き潰すのが見えた。木が軋み、土煙が上がる。


 (あれが、帝国の――“本気”か)


 ロボット。前世の言葉がふと浮かぶ。

 でも、あれは機械じゃない。もっと、冷たくて、生々しい、呪われたような存在だった。


「アキラ、しゃがんで!」


 叫ぶ声と同時に、爆発音。どこかの家が吹き飛んだ。燃える梁が空を裂いて落ちてくる。


 俺の頭のすぐ横を、熱風が通り抜けた。

 全身が焼けるような熱気。焦げ臭い匂いが、喉の奥にまで広がる。


「大丈夫!? 怪我してない!?」


「う、うん……!」


 手を引かれながら、物陰をすり抜けるように走る。すでに村の半分以上が火に包まれていた。

 道の先で、友達の家が崩れ落ちていくのが見えた。


 (……もう、戻れない)


 焼け焦げた空の下、足を止める理由なんてひとつもなかった。

 森の入り口が見える。

 裏山へ通じる小道。木々がまだ無事で、そこだけが、村の中で唯一“いつものまま”だった。


「もう少し……ここを抜ければ……!」


 母さんの声が、かすれていた。疲れているのに、ずっと俺を引っ張ってくれている。

 母さんの手は汗でしっとりとしていたが、その震えが、この現実の恐怖を何よりも雄弁に物語っていた。


 そのとき――


「ギィィ……!」


 背後で、金属が擦れる音。

 振り返ると、カラクリ兵が一体、こちらを追ってきていた。


「くっ……!」


 母さんが俺の背中を押した。


「アキラ、走って!」


「えっ、ま、待って――母さん!」


「お願い、あなただけでも……っ!」


 次の瞬間、地面が揺れた。

 カラクリ兵の腕から放たれた魔力弾の爆発が、道を吹き飛ばす。

 石が舞い、木が裂け、母さんは崩れ落ち、背中から深紅の血が滲んでいた。


 (……うそ、だろ)

 脚が、動かない。体が鉛のように重く、凍りついたようだった。

 呑み込まれそうなほどの絶望が、俺を押し潰しかけていた。


 (うそ……だろ)


 体が鉛のように重く、動こうとしなかった

 今まで経験したことがない絶望押し寄せる。


 母さんが、動かない。

 すぐ近くには、カラクリ兵の機械音。

 鉄の巨人がゆっくりと、だが確実にこちらへ向かってくる。

 その足音が、俺の鼓膜を直接揺らすように響いた。


 カラクリ兵の腕が光を集め始める。恐らく次の一撃の準備だ。

 死が、間近に迫っていることを、幼い体でも本能的に悟った。このままでは、母さんと同じになる。

 俺は無我夢中で森の奥へと駆け出した。


 俺は、そのまま暗闇の中で息を殺す。

 耳を澄ますと、遠くから大勢の足音が響いてくる。

 何かが、近づいてくる――。


 その足音は規則的で、大きく、まるで軍隊が行進しているかのようだった。

 何の気配か分からないけど、ただただ恐ろしくて、俺の心臓は激しく鳴った。


 そんな時、背後から声が響いた。


「シリル様! 人間の子供を見つけました!」


 森の空気が一変し、冷たい風が木々の間を駆け抜けた。

 やがて、銀色の髪を揺らす女性が現れた。


 月明かりのように輝く長い銀髪。

 透き通るような白い肌。

 藍色の瞳は、森のすべてを静かに見通していた。


 彼女がゆっくりと歩み寄る様は、足音すら消え入りそうな静けさで、まるで森そのものが形を成したかのようだった。


「……こんな森の奥まで、人間の子が来るとはな」


 その女性はそう呟くと、ゆっくりと俺の腕に手をかざした。

 触れられた腕には、ただ柔らかな温もりだけがあった。何か特別な力を感じることはなかった。

 だが、彼女の藍色の瞳は微かに揺らぎ、わずかに輝きを増した。


「……こんな森の奥まで、人間の子が来るとはな」


 その女性はそう呟くと、ゆっくりと俺の腕に手をかざした。


 触れられた感触はただの柔らかな温もりで、何も特別なものは感じなかった。

 だが、藍色の瞳が微かに揺れ、深く何かを見透かしているように感じた。

 シリルは静かに息を吐き、俺の腕から手を離した。


「無事に連れて帰る。リアン、護衛はお前に任せた」


そう告げると、シリルは隣に控える女性へと視線を向けた。


黒髪を一つに束ねた少女――リアンは、わずかに肩をすくめ、唇を歪める。


「……ったく、また護衛? こっちは前線に出たくてうずうずしてるってのに」


その言葉には、ただの愚痴には収まらない熱がこもっていた。

声こそ不満げだったが、瞳の奥には戦場を求める鋭い光が宿っている。


彼女の細い体つきには似合わぬほど、そこには一種の“気配”があった。

鋼のように研ぎ澄まされた意志。俺は直感した。こいつは――危険だ、と。


「命令だ。連れて帰れ」


シリルの短い一言に、リアンはわずかに眉をひそめたが、すぐに受け入れたように溜息をつく。


「了解、了解。連れて帰ればいいんでしょ」


言いながら、リアンは俺の方へと視線を向けた。その眼差しには、戦士の覚悟と、どこか遠くを見据えるような静けさが同居していた。


「私の名前はリアン。今日からしばらく、お前の護衛だ」


その声に、俺はほんの少しだけ、張りつめていた胸の奥がゆるんだ気がした。

この状況で、“誰かが自分を守る”と言ってくれる――それが、どれだけ心強いことか。


「……俺、アキラ。アキラって言うんだ」


ようやく声が出た。喉が焼けつくように痛かったけど、名乗らずにはいられなかった。


リアンは一瞬だけこちらを見て、小さく頷いた。


「覚えた」


それだけで、なぜか少し救われたような気がした。

けれど、すぐに胸の奥に湧き上がる焦燥が口を突いて出る。


「リアン……! 村が襲われてるんだ。お願い、助けて……!」


思わず声を荒げていた。

母さんのこと、父さんのこと――焼け落ちる家々と、崩れる声。

全部がまだ、頭の中でぐしゃぐしゃに渦を巻いている。


けれどリアンは、その叫びを真っすぐ受け止めてくれた。


「わかってる。……そのために、私たちはここに来た」


力強く、はっきりとした言葉だった。

まるで、道標のように迷いのない声。


「だから、お前は無事でいろ。いいな、アキラ」


リアンの言葉が胸にしみ込んで、少しだけ足元の不安が軽くなる。


……助けが来てくれたんだ。

もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。

父さんも、母さんも――きっとどこかで、無事でいてくれる。


そう思いたかった。そう信じたかった。


炎の煙る夜の中、わずかに残された希望の光が、胸の奥に灯った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ