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1話

 今日も村の広場には、穏やかな日常が流れていた。


 鶏が鳴き、井戸のそばでは洗濯物を干す女性たちの談笑が響く。

 子どもたちは棒を振り回して騎士ごっこをし、大人たちは木を削ったり、畑を耕したり、手際よく作業に取り組んでいた。


 その日、俺は薪運びを手伝っていた。

 七歳の体には少し重く、転生前も大して動いていなかった俺には新鮮だった。


「ありがとな、アキラ。助かったよ」


 薪を受け取った鍛冶屋のフリードおじさんが、笑って俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 ……その時、ふと、彼の腕に目が留まった。


 手の甲に浮かぶ光の紋――それは赤銅色に輝き、交差したハンマーのような模様をしていた。


(これが……紋章?)


 そのとき、不意に心の奥がざわついた。

 

 俺は思わず周囲を見回した。

 洗濯物を干している女性。畑で鍬を振るう農夫。薪割りをしている若者。


 彼らの手の甲にも、それぞれ異なる光の紋章が浮かび上がっていた。


(色も模様も、全部バラバラ……?)


 青い雫のような模様。緑の葉を象ったもの。渦巻きのような複雑な幾何学模様。


 ただの飾りには見えない。


 何かの象徴? 

 いや、もっと実用的な――何かだ。


 俺の中の“ゲーマー”が騒ぎ始めた。


(これは属性か? 職業? それともレアリティ? 発現条件?)


 大人たちの紋章を見比べるたびに、共通点と差異が浮かび上がる。

 模様の複雑さ、光の色、輝きの強さ――どれもゲーム的に言えば“パラメータ”の違いに見えた。


(だったら、なぜ子どもにはない? 時間経過でのアンロックか? それとも何らかの“条件”を満たす必要があるのか?)


 そう考えた瞬間、脳の奥がチリチリと痺れるような感覚に包まれた。


(……面白くなってきた)


 気づけば、村中の大人たちの手元ばかり観察していた。

 そんな俺を不思議そうに見ていたのは、近所の子供――リーネだった。


「ねえアキラ、なにキョロキョロしてるの?」


「え、あ……ちょっと気になってさ」


 俺が視線を逸らしながら答えると、リーネは不思議そうに首をかしげて近づいてきた。


「大人の手、見てたよね? あれ、気になるの?」


 俺は少しだけ肩をすくめ、リーネの顔を見返す。


「うん。あの光ってるの、なに? みんな違うよね?」


 リーネはぱっと表情を明るくし、ちょっと得意げに胸を張る。


「え? 知らないの?」


 彼女は驚いたように目を丸くした。


「“紋章”だよ。……って言っても、子どもには見えないんだよ、普通は。アキラ、見えるの?」


リーネが目を丸くしながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「うん、なんか、はっきり見える。色とか、模様も違うし……」


俺が頷くと、彼女は目をぱちぱちと瞬かせた。


 リーネはさらにびっくりしたように「すご……」と呟いた。


そして、腕を組みながら首をかしげるように言った。


「本当は十二歳になったとき、“鑑定の儀”っていうのを受けて、初めて見えるようになるんだって。お兄ちゃんも、去年やってた」


「へえ……なるほどね」


 俺は草むらに腰を下ろしながら、空を見上げた。

 俺の頭の中で、仮説と推測がどんどん枝分かれしていく。


(じゃあ俺は、転生者だから先に見えてる? ってことは、鑑定の儀ってのが「紋章の発現」と「視認」の契機……)


 朝の光が斜めに差し込む畑の向こうで、大人たちが作業の手を止め、腕をかざしながら何かを話している。

 見れば、光を反射するかのように、それぞれの腕に刻まれた紋章がぼんやりと浮かび上がっているのが分かる。

 赤や青、緑や金――形も色もさまざまで、まるで“その人の物語”がそこに宿っているようだった。


 子どもたちはその光景を目を輝かせて見つめているが、肝心の紋章自体は見えていないのだろう。

 俺だけが、その違いに気づけている。


(これは、面白くなってきた)


 口元に小さな笑みが浮かぶ。

 ゲーマーとしての“調査本能”が疼いていた。


 やるべきことは決まった。この世界の紋章システムについて調べる。


 そう心に決めて、俺は家へと歩き出した。

 村の小さな家は木造で素朴だが、温かい空気が満ちている。

 家の扉を開けると、母さんがいつものように料理をしていた。


「おかえり、アキラ。今日は何だか元気そうね」


「ただいま。あのさ、母さん……紋章って、何なの?」


 俺の質問に母さんは振り返り、優しく微笑んだ。


「紋章ね、私たちの体に宿る魔法のようなものよ。生まれてから十二歳になると、その人だけの紋章が発現して、力や運命を示すの」


 母さんはそう言いながら、手の甲をゆっくりと見せてくれた。

 淡い光を放つ紋章が、まるで生きているかのように微かに輝いている。

 紋章の光は温かくて、触れるとじんわりと力が伝わってくるような気がした。


「魔法みたいなもんなんだ」


 俺は無意識に息を呑んだ。

 こんな光景が、今まさに自分の世界で当たり前のようにあるなんて!

 胸の奥からワクワクが湧き上がってきた。


 転生者としての感覚が疼く。

 ゲームの魔法スキルのように、紋章が力の源なんだとしたら、これ以上に熱くなれるものはない。


「そうよ。でも紋章は魔法と違って、一人ひとり違うの。家系や才能に基づいて紋章が決まっていて、それがその人の生き方を左右するの」


 母さんの話を聞きながら、俺の頭の中で紋章の可能性がぐるぐると回り続けた。


(やっぱり……異世界転生って、こういうことか!魔法みたいな力が使えるんだ!)


 胸が熱くなった。

 収集家として、情報を集めたくてたまらない。


「じゃあさ、父さんはどんな紋章なの?」


 俺の問いに、台所から父さんが顔を出す。

 強面だけど、優しい目をしている。


「俺の紋章か?昔は騎士だったからな、戦士系の紋章だよ。こんな感じでな」


 父さんは腕を差し出し、赤銅色に輝く槍を模した紋章を見せてくれた。


「すげぇ……かっこいいな」


 俺は目を輝かせて見つめた。まるでゲームのレアアイテムのようだ。


「アキラも十二歳になったら鑑定の儀を受けて、自分だけの紋章が出るんだ。楽しみだろ?」


「うん……めちゃくちゃ楽しみだ!早く十二歳になって、スキルとか能力が分かるのが待ち遠しいよ」


 思わず拳を握りしめる。俺のゲーマー魂が、もはやじっとしていられない。


(これがチュートリアルの始まりだ。俺はこの世界で唯一無二の紋章を見つけ出し、成長してやる)


 母さんが笑いながら、軽く頭を撫でてくれた。


「焦らずに、ゆっくり成長しなさいね」


 でも、俺の心はもう既に冒険へと走り出していた。

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