10話
俺たちは石造りの通路を進んでいく。
足元には苔が生え、壁面には燭台のような装置があったが、火は灯っていない。ほんの少し先も見通せない暗がりの中、吐く息が白く浮かぶほど空気が冷たかった。
「魔物の気配……濃くなってるわね」
リーヴが呟く。杖の先に魔力の光を灯しながら、周囲を警戒していた。
進めば進むほど、魔物たちはその姿を現し始めた。
最初に現れたのは、《ポイズンマッシュ》。巨大なキノコのような体に足が生え、揺れながらにじり寄ってくる。
「距離を――!」
俺が声を出すより先に、ブシュッと緑色の毒霧が散布された。ダインが舌打ちしながら下がり、リーヴも口元を布で覆う。
俺は毒の範囲を見切り、一気に距離を詰めた。胞子が舞う中を駆け抜け、傘の中央を一閃。ぐしゃりと音を立てて崩れ落ちる。
《モンスター撃破:ポイズンマッシュ》
《情報獲得:ポイズンマッシュの構造解析完了》
《対象モンスターの力をインプットしますか?》
《インプット完了:ステータス更新》
《INT:+1》
次に現れたのは、通路の右側の壁。
否、壁に偽装した岩の巨体――《グラニットゴーレム》が、鈍重ながら力強く殴りかかってきたのだ。
「右だッ、ゴーレムだ!」
リーヴの叫びに、ダインが盾を構え応戦する。だがその一撃で、ダインは数歩後退した。
俺は足の接合部に狙いをつけ、打点を意識して連続突きを叩き込む。膝が砕け、巨体はゆっくりと崩れ落ちた。
《モンスター撃破:グラニットゴーレム》
《情報獲得:グラニットゴーレムの構造解析完了》
《対象モンスターの力をインプットしますか?》
《インプット完了:ステータス更新》
《VIT:+1》
そして、壁の影からぬるりと這い出してきたのは《ストーンリーチ》。細長い岩蛇のような体で、壁面を這いながら獲物を狙う。
「リーヴ、後ろ――!」
俺の声と同時に、リーヴに向かって蛇のように素早く跳ねた。
「――《アイスバインド》!」
リーヴの魔法が直撃するも、完全に止めるには至らず、獣は執拗に迫る。
俺は横から割って入り、刃を突き立てた。蛇腹の間を貫いた一撃に、ストーンリーチは悲鳴を上げ、床に倒れ伏した。
《モンスター撃破:ストーンリーチ》
《情報獲得:ストーンリーチの構造解析完了》
《対象モンスターの力をインプットしますか?》
《インプット完了:ステータス更新》
《AGI:+1》
敵は手ごわい。だが、俺の手応えは確かだ。経験を積み、動きを読み、対応する――それが今の俺にはできていた。
(平原の修行は……やっぱり無駄じゃなかった)
俺の中で、確かな自信が育っていく。
しかし――
「……くっ」
背後で、リーヴが膝をついた。
「魔力、もうほとんど残ってない……詠唱が乱れてる」
ダインも小さく息をつき、肩を上下させている。
「ちっ、ここまでか……俺も脚が鈍ってきた」
リアンから渡された“転移結晶”が脳裏をよぎる。
「……一度戻ろう。無理は禁物だ」
俺がそう言うと、リーヴは頷いた。
「悔しいけど……助かったわ。アキラ、あなたがいなかったら、正直突破できなかった」
「フン……まぁ、次はもう少しやれるさ。次はな」
ダインもわずかに笑う。
俺たちは踵を返し、ダンジョンの入り口へと戻っていった。その背後には、まだ未知の領域が広がっている。けれど今は――確かな手応えを胸に、次の機会に備える時だった。
ダンジョンから戻ると、地上の空気がやけに暖かく感じた。冷えた石の迷宮を抜け出した安心感か、それとも身体の火照りのせいか――俺たちは軽く汗を拭いながら、訓練場の奥にある指導室へ向かった。
扉をノックすると、すぐにリアンの声が返ってくる。
「入っていいわよ」
俺たちは中へ入り、ダンジョンの成果を報告した。ダインとリーヴも、それぞれの手応えと課題を口にする。
「なるほどね。全員無事で何より。初回としては――上出来よ」
リアンは頷きながら、俺たちの顔を見渡す。その声には、わずかながら誇らしさが滲んでいた。
リーヴが肩で息を吐きながら言う。
「……でも、あの深さでこのレベルか。確かに、平原とは比べ物にならないわね」
ダインも腕を組みながら唸る。
「チーム組んでなきゃ、無理だったな。あんたは別として……な」
ちらりと俺を見るその目は、前より少しだけ素直だった。
リアンが俺の方を見る。
「アキラ、あなたはどうだった?」
俺は短く答えた。
「魔物の質も、動きも、平原よりずっと実戦的だった。単純に、身体が研ぎ澄まされる感覚がある。ここなら、もっと“強くなれる”気がします」
(※表現を修正。丁寧語にすることで、リアンへの正式な報告のトーンに)
リアンが眉を上げる。
「へえ?」
「……だから、リアン。できれば一人でダンジョンに潜れないか、許可をもらいたい」
室内に、一瞬だけ静寂が落ちる。リーヴもダインも、意外そうな顔で俺を見た。
リアンは顎に指を添えて考える仕草を見せたが、やがて言った。
「……ふぅん。まぁ、あなただからこそ、というのもあるかしらね。少なくとも平原は制したんでしょう?」
「うん。バジリスク以外は、もう手応えがない」
リアンは椅子から立ち上がり、窓の外をちらりと見てから、こちらを振り返る。
「いいわよ。ただし――深層までは行かないこと。あと、“帰還石”は今回は使わせない。もし危険になっても、自力で戻れる範囲に限って、という条件付きよ」
「了解。深くは行かない。帰れる範囲で調整する」
俺は迷いなく答える。
リアンは小さく笑いながら、机に肘をついた。
「ほんとに、手のかかる訓練生ね」
それは不満ではなく、どこか嬉しそうな、そんな声音だった。