第八話 ギルの旅 霧の森の入り口
朝露がまだ土の匂いをまとっていた。
ギルは肩にかけた荷物の重みを感じながら、森の小径を歩いていた。隣には、“お客さん”──いや、今は名前のない誰か。そして後方からは、しっぽを立てたフワがふわふわと浮きながらついてきて、その頭上を、カラスのクロウが悠々と飛んでいた。
「……やっぱり静かだな、このあたりは」
ギルがぽつりと呟く。
彼の生まれ育った森の入り口は、昔と変わらず、深い緑と湿った空気に包まれていた。
「静かすぎて、不気味ニャ。まるで、何かが潜んでるみたいニャ」
フワはひくひくと鼻を動かし、落ち葉の匂いを嗅ぎ取る。
「気をつけたほうがいいぞ。人の記憶と一緒で、この手の森は“過去”を抱え込んで腐らせやすい」
クロウが木々の合間を滑るように飛びながら言った。
「過去、か……」
名前のない“お客さん”が、遠くを見るように呟く。
「私も、そんな森の中に迷い込んでいたのかもしれないな。気がついたら、何もかも忘れていて……」
ギルは立ち止まり、ポケットから小さな丸い石を取り出した。ほんのりと淡い光を放つそれは、かつて母からもらった魔導具のひとつだった。
「これ、まだ反応するかな……」
彼がそっと魔力を流し込むと、石はチリチリと震え、小さく脈打つように光った。
「反応してるニャ。やっぱりここには、魔法のなごりがあるニャよ」
「……あったかい」
“お客さん”がその光に指を伸ばした。
「……それに、少しだけ懐かしい気がする」
ギルは微笑んでうなずいた。
「なら、やっぱりこの先に“何か”がある。おれも、自分のことを少しだけ知れる気がするんだ」
小道の先には、かつてギルが暮らしていた村があったはずだった。
でも今、その道の先は濃い霧に包まれていて、何も見えない。
「ニャ……この霧、おかしいニャ。魔力の“なごり”じゃなくて、“封印”に近いニャ」
フワの目が鋭く光る。
「記憶を閉じ込めるためのもの、かもしれんな。誰かが……あるいは、お前自身が…か」
クロウが、鋭い目で森の奥を見据えた。
ギルは一度、深く息を吸い込むと、ふわりと笑った。
「それでも、進んでみよう。忘れていたとしても、そこに“本当の自分”があるなら…思い出すべきだ…」
「……私も、知りたい。思い出したい。“誰か”の名前と、私のこと」
お客さんが静かにうなずいた。
そして四人は、ゆっくりと霧の森へと足を踏み入れた。
そこは、記憶の奥に封じられた、過去と出会う場所。
忘れていた痛みと、あたたかな想いが、彼らを待っていた。
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次回もまだまだ旅は続きます!