表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

第六話 羽根のしるしと、やさしい記憶



「あの印、やっぱり……なにかの契約痕だニャ」


カウンターに戻ったフワが、ぽんとギルの肩に乗る。

「ふつうは、契約が完全に切れると印は消えるんだニャ……。けど、あれは微かに残ってるニャ」


「それって、契約が……途中で途切れた、ってこと?」


ルチェルの問いに、クロウが応じる。


「正確には、“どちらか一方の意志”が、今も残ってる。……契約は切れたけど、完全に終わっちゃいないってことさ」


窓辺の席では、“お客さん”が小さく首を傾げていた。


「たしかに……何か、大事なことを置き去りにしてきた気がする。

でもそれが、どこで……誰と……どうしてだったのか、まるで霧の中みたいだ」


そのとき――コモリが、キッチンの扉からぴょこりと顔を出した。


「パン、焼けたよー!」「バター多めのやつー!」と、声なき声を上げぴょんぴょんと跳ねた。


「お、ありがとう! ちょうどいいタイミングだね」


ギルが笑ってパンを運ぶと、“お客さん”はその匂いに一瞬目を細めた。


「……ああ、この香り……やっぱり、懐かしい…」


「そう言ってたね。きっと大事な誰かと一緒にたべたのね」


ルチェルがふっと笑う。


「きっと、その誰かが……あなたの使い魔だった、のかもしれないね」


パンを頬張る“お客さん”は、ゆっくりと目を閉じた。

まるで――“その誰か”と、心の中で再会しているようだった。



***


その日の午後。

喫茶ルシェットの裏庭に、小さな風が吹いた。


クロウが、庭の古びた物置の屋根にとまっていた。


「……なあ、お前ら」


「ん?」


ギルが薪を運びながら振り返る。


「もし、あいつの大事な誰かがどっかで生きていたとしたら――どうする?」


ルチェルが少し考えたあと、ぽつりと答える。


「……会わせてあげたいな、って思う。きっと、それがあの人の記憶を取り戻す鍵だから」


「でも、そんな都合よく見つかるかな? 名前も手がかりも、何もないんだろ?」


「それでも……誰かが、誰かを思い出そうとする気持ちって、すごく強いと思うの」


ルチェルのまっすぐな瞳に、クロウは肩をすくめた。


「……まったく。そういう“思い出と奇跡の味”みたいな考え方、俺の柄じゃねえんだけどな」


それでも彼は、少しだけ空を見上げる。


「まあ、やってみるか。お前らがやるなら、手は貸す。昔の義理ってやつでな」




***



その夜。

閉店後の喫茶ルシェットの奥。灯りの落ちた窓辺に、“お客さん”はひとり座っていた。


「ねえ」


ルチェルが声をかけると、“お客さん”は振り返る。


「少しずつ、思い出せそう?」


「……うん。まだぼんやりしてるけど……あのパンの香りが、なぜか胸にしみて。

懐かしくて、優しくて、泣きそうになった。理由もないのに、涙が出そうになったんだ」


「……きっとそれ、大事な誰かとの“思い出”だよ」


“お客さん”はそっと手の甲を見た。

そこには、かすかに光る、羽根のような痕がまだ残っていた。


「名前も、姿も忘れたのに……“想い”だけは、ちゃんと残ってるんだね」


ルチェルは、優しく微笑んだ。


「なら、いつかきっと……会えるよ。もう一度」


静かな夜の、静かな祈り。

やがて“お客さん”は、ゆっくりとまぶたを閉じる。


忘れたはずの誰かを、夢の中で――探すように。


読んでくださってありがとうございます!

“喫茶ルシェット”に立ち寄った、記憶をなくした魔法使い。

その記憶の奥に眠る“使い魔”との絆を、少しずつ探し始める一行。果たして記憶の欠片は見つけられるのだろうか…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ