表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

第四話 おかしな客と、消えた使い魔



それは、霧の朝だった。


ルチェルがカウンターでスコーンの生地を丸めていると、扉の上に吊るした鈴が、カラン、と控えめに鳴った。


「いらっしゃいま――せ?」


思わず言葉を切らす。

扉をくぐって現れたのは、ぼろ布のようなローブを纏った人物だった。深くフードをかぶって顔が見えず、足取りもふらふらしている。


「……ここは……どこだろう……?」


つぶやきは小さく掠れていて、聞き取るのもやっとだった。


ルチェルが慌てて近づくと、ローブの人物はその場にくずおれるようにしゃがみこんでしまった。


「ギル! ソファの方に!」


「はい!」


ギルが急いで軽い身体を駆け出させ、ぐらりと倒れかけた人物の肩を支え、店の一角にある長椅子に誘導する。

フワは鼻をひくつかせながら、小さくうなった。


「ニャ~んか、ただの旅人じゃなさそうニャ……。魔力の匂いが、変だニャ」


「……確かに。なんか……ぐちゃぐちゃしてるっていうか、まとまりがない感じだね」


ギルもそう顔をしかめる。


「でも、危険って感じはしないニャ」

「そうだね、むしろ、すごく……弱ってる?」


ルチェルは、そっとその人の前に温かいカモミールティーを差し出した。


「……これ、もし飲めるならどうぞ」


ローブの人物は、しばらくしてから指先でそっとカップを掴んだ。

口元に運び、一口だけ含むと、ほぅっと息をついた。


「……ありがとう」


声はまだかすれていたが、ようやく少し落ち着いたようだった。


「ここは……喫茶店?」


「ええ、ここは喫茶ルシェット。森の外れの、小さな店です」


「わたしは……どうして、ここに来たんだろう」


ふと、ローブの人がぽつりとつぶやいた。


「名前も、思い出せないし。気づいたら、森の中にいて……何日もさまよってた気がする…」


「……記憶喪失?」


ギルが小さくつぶやく。

フワは真剣な表情で、その人物を観察していた。


「……こいつ、魔法使いじゃないかニャ。でも、魔力がひどく乱れてるニャ。大方、使い魔の契約でも……切れてるか、失われてるんだニャ」


「使い魔……?」


ローブの人物が顔を上げる。その目は、困惑と不安でいっぱいだった。


「わたし…使い魔がいたのか……? でも、まったく思い出せない」


その言葉に、店の空気が静まり返る。

ルチェルはしばらく考え込んだ後、微笑んだ。


「じゃあ、少し休んでいきませんか? あったかいスープと、パンをお出しします」


「……いいのかな?」


「ええ。ここは、そういうお店なので」


ルチェルがそう言って厨房に向かうと、ギルも続いてきた。


「ルチェル、あの人……大丈夫かな」


「きっと、何かあったんだと思う。記憶が戻るかはわからないけど……少しでも、ここで落ち着けたらいいと思うの」


ギルはうなずいて、そっとパンを温め始める。コモリはその隣で、そっとはちみつをかけたチーズケーキを並べていた。


そう、喫茶ルシェットは、迷子になった者が一時立ち寄る場所だ。


――名前を失っても、主人に捨てられても、使い魔をなくしても。


ここには、あたたかいパンと、心を癒す魔法がある。


読んでくださってありがとうございます!

次回、記憶を取り戻す“鍵”が、思わぬかたちで姿を現すかも?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ