第三十四話 風が示す先へ
風に誘われルチェルたちはすすんだ。その先に奥へと続く、見慣れぬ小道があった。
それはまるで、今まで誰にも気づかれなかったかのように、静かに、淡く風に揺れていた。
ルチェルは小瓶の中、ゆらゆらと揺れるギルの鱗を見つめる。そこからこぼれる光の粒が、風に乗ってその道を照らしていた。
「……この道で、間違いないわ」
彼女の言葉に、シエラとルウがうなずく。コモリは小さな包みをぎゅっと抱えて、フワは尻尾をピンと立てて大切に持ってきたレジ袋を背負っている。
「ここは、もしかして“風の古道”かもニャ……。一時的に開く精霊の道ニャ。普通は通れないはずニャ」
「じゃあ、鱗が……ギルが導いてくれてるの?」
「ニャー、風が“答えようとしている”のかもしれないニャ。あいつに、応えてくれようとしてるんじゃニャいか?」
フワは、そう言ってそっぽを向く。でもその声には、少しだけ期待が混じっていた。
ルチェルは小瓶をそっと胸元にしまい、歩き出す。木々の葉が擦れる音が、どこか懐かしい子守唄のように響いた。
道は、途中から少しずつ変わっていった。
木の根が語るようにうねり、小さな花々が行く先を導くように咲き乱れていた。そして、空気の質も変わってくる。澄んでいて、魔力がやさしく肌に触れてくる。
「……不思議な道。誰かが、この道を……守ってるのかな?」
シエラがつぶやいた瞬間、小さな風の精霊がふわりと現れた。透明な体に、葉っぱのマント。目を細めて、ルチェルたちを見つめている。
「“風の証”を持つ者たちよ……。何を、求める?」
その声は、風の音に紛れて聞こえた。
ルチェルは、小瓶をそっと掲げた。
「仲間を……ギルを、迎えに来ました。彼がどこへ行ったのか、知りたいの。その理由も、過去も、全部」
「その竜の名は……今、あるのか?」
「……ギル。あの子は、わたしたちにとっては、ギルです」
しばしの沈黙の後、精霊はゆっくりと頷いた。
「ならば、お前たちに“彼の記憶のかけら”を託そう。……それは、風に散った過去だ。ひとりで泣いていた竜のただの記憶。だが、それをたどればきっと、いまの“名”に繋がるだろう」
そして、風が巻き起こった。
まるで万華鏡のように、空気がひらき、そこに映る“記憶の風景”が現れる。
──それは、小さな竜が、大きな力の前で震えている姿だった。
──“強すぎる力”が暴走し、森を焼き、空を裂き、人々を傷つけかけた。自らの手で全てを壊してしまった。
──「もう、怖くてたまらない。これ以上、誰かを傷つけたくはない」と、竜はひとり大切なものを抱え涙を流した。
──そして彼は、その“名”を手放した。
「これは、彼が自ら選んだ道だ。けれどーー」
精霊が、静かに告げる。
「その強さも、優しさも…。すべては“名”と共にあった。彼は……“ギル”として、もう一度、その名を問われているのだろう…」
ルチェルは唇を結び、目を伏せた。小さな竜の姿が、目の奥に浮かぶ。出来ることなら、その傍らに寄り添い、暖かな紅茶を出してあげたかったと切なくなる。
──それでも、彼は注文をとり、パンを焼き、メニューを考え、みんなに“おかえり”を言っていた。
「わたし……。それでもわたしは、“ギル”に、帰ってきてって言いたいの」
風が、やさしく吹いた。精霊は満足気に頷き、もうひとつの道を指し示す。
「次の場所は、“始まりの記憶”に通じる。彼の封印が、なぜ生まれたのかを知るだろう」
そして精霊は、風とともに消えた。
小瓶の中の鱗が、ふわりと輝く。
ギルへと続く道は、少しずつ、けれど確かに――いま、ひらかれていく。




