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第三十一話 名前のかけら



朝の森は、やけに静かだった。


喫茶ルシェットの扉は開いたままで、そこに立つルチェルの足元には、小さな光の粒が舞っていた。


「……やっぱり、ここに残ってる」


彼女がしゃがみ込み、そっと拾い上げたのは――青銀色の鱗だった。


「……間違いない。ギルのだよ」


傍らでうなずいたのはシエラ。手には、ほのかに光る小瓶。鱗の残り香を封じている。


「ここだけ、ほら!魔力の流れが乱れてる。……外から、呼ばれたのかしら?ギルが…」


「攫われたってことニャ……?」


フワの声が、珍しく震えていた。コモリがぴくりと耳を揺らしながら、キッチンから顔を出す。


「でも、誰に……? なんで……? ギルは、自分から着いて行ったんじゃないの?」


ルウが不安げに尋ねた。


「違うわ。あの子、昨日まで明日のメニューの話ばっかりしてたんだから」


ルチェルは立ち上がって、店内に目を向けた。どこかに、彼の気配がまだ残っている気がした。


「でもさ……ギルって、竜なんだよね?」


シエラがぽつりと言った。


「火も吐けないし、空も飛べない。竜なのに……、竜だから?」


「どういうことニャ?」


「普通は、竜って強いじゃない?火も吐くし、空も飛べる!でも……でも、ギルは物識りだけど、竜にしては弱すぎない??」


「そうだね。確かに。なにかの代償でーー弱かったり?じゃ、もしかすると、“呼ばれた”っていうのもなにか違うわね…」


沈黙が落ちた。


そのなかでルチェルが、静かに言った。


「でも、わたし、ギルを迎えに行く」


「ちょ、ちょっと待ってニャ!? 相手が誰かも分からないのに、どうやって見つけるニャ!」


「まだ、方法は分からない。でも……探すわ。ギルを呼んだかもしれない声を。ギルはギルよ。弱くても強くても。何も変わらないわ」


ルチェルの目は、まっすぐだった。迷いはない。


「喫茶ルシェットは、わたしだけの店じゃない。あの子が、涙を流して『働かせてほしい』って言ったあの日から、もうずっと──ここは、“ギルの居場所”でもあるんだから」


静かに、だが確かに。


彼女の言葉に、皆の胸に火がともった。


シエラは頷き、フワはしぶしぶながらレジを閉じた。ルウもコモリも、それぞれの持ち場を整えはじめる。


「じゃあ、準備だニャ。“旅立ちセット”と“地図”と……あと焼き菓子も持っていくニャ」


「行き先は分からないけど、きっと……“ギル”を知る手がかりがある場所だわ」


そして扉の向こう。

かすかな光と風が、新たな物語の始まりを告げていた。


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