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第三話 コモリと、ふしぎなお菓子



朝靄の立ちこめる森の小道を抜けると、今日も喫茶ルシェットの煙突から、うっすらと香ばしい香りがのぼっている。


「……ん? まだ誰も来てないはずだけど」


ルチェルは、開店前の静かな厨房に足を踏み入れて、眉をひそめた。

棚の上には、きれいに焼き上がったクッキーの山。しかも、どれもサイズも焼き加減も完璧。見覚えのないレシピだが、香りはどこか懐かしく、やさしい。


「フワが作ったの……じゃないよね?」


「オレ様の腕前なら、もっと完璧なフォルムになるニャ」

そう言ってフワがひょっこり棚の上から顔を出す。


「あれはどう見ても素人の、いや、ぬいぐるみの仕業ニャ」


「ぬいぐるみって、まさか……コモリ?」


ルチェルが名前を呼ぶと、奥の戸棚からもぞもぞと顔を出したのは、小さなぬいぐるみのような精霊・コモリだった。コモリはどこか誇らしげに胸を張っている。まるで「ボクがやりました」と言っているように。


「……え、でも、作り方なんて誰も教えてないよ?」


コモリは喋らない。ただし、身振り手振りと目の表情だけは妙に達者である。

「見て覚えた」「作りたくなった」「喜んでほしかった」――といった気持ちが、なんとなく伝わってくる。


「すごいじゃない。コモリ、ありがとう」


ルチェルがそう言って頭をなでると、コモリは照れたように顔を隠し、ぴょこぴょこと跳ねた。




その日の開店時間、ルチェルは試しにコモリのクッキーをひと皿だけ出してみた。

すると、それを手に取ったのは、町の仕立て屋の婦人だった。


「まあ、なんてやさしい味……」


とろけるような表情で一口、二口と食べ進めていた婦人だったが、ふと手を止めた。


目元が赤くなり、ぽろりとひとしずくの涙がこぼれる。


「あの子の……夢を見たの」


「え?」


「昔亡くした、弟の夢。小さなころ、ふたりでよく森でクッキーを焼いて遊んだのよ。……あの味がしたの」


ルチェルも、ギルも、思わず息を呑んだ。

婦人はハンカチで目をぬぐいながら、くすっと笑う。


「なぜかね。ひさしぶりに、やさしい夢を見たような気がして。ありがとうね、ルチェルちゃん」


人は誰しも、寂しい思い出がある。それでも、ほんの少しのおまけがその思い出をあたためる。



「……コモリ、もしかして、あなたのお菓子にも魔法がこもってるの?」


閉店後、ルチェルが問いかけると、コモリは少しだけ首をかしげて、ぽんぽんと自分の胸を叩く。


「それは、“ここ”から出てるんだよ」――そう言っているようだった。


「オレ様は前から思ってたニャ。アイツ、たまに空気がふわっと揺れるような魔力を使ってるニャ。でもそれは、攻撃とかじゃなくて……なんというか、懐かしい香りみたいニャ?」


ギルも、いつになく真剣な顔で頷いた。


「魔法って、火を出したり風を起こしたりだけじゃないんだな。人の心をちょっとだけ温める、それも魔法のひとつなのかも」


ルチェルは、小さく笑った。


「そうだね。うちの喫茶店って、すごい仲間がそろってるのかも」


その言葉に、コモリはひょいっと棚の上に飛び乗り、ぱたぱたと小さな手で拍手をした。


ぬいぐるみの精霊、ことばのない料理人――喫茶ルシェルの小さな仲間。


その小さな背中は、今夜も静かに、こっそりと魔法を編んでいる。


読んでくださってありがとうございます!

次回、第四話では「ちょっと不思議なお客さん」がやってきます。

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