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第二十七話 夜を照らす、星のスープ



「ルチェル、空、見て。星、降ってる!」


夕方、閉店の準備をしていたコモリが、珍しく窓の外を指さして声では無い声を上げた。


ルチェルが顔を出すと、森の上空に、小さな光の粒がふわふわと浮かんでいた。星のように見えるけれど、どこか違う。まるで風に乗って迷い込んだ“光の種”のようだった。


「……あれって、もしかして“星祭り”? もうそんな時期なんだ」


ギルが本を閉じ、立ち上がる。


「星祭りって……お祭り?」


シエラがエプロンを外しながら、きょとんと首を傾げた。


「年に一度だけ、森の奥のほうで開かれる小さな精霊の祭りさ。誰でも行けるわけじゃない。けれど、まれに“迷ってきた客”が現れることがある」


「精霊の……お客さんニャ? 今日はもう閉店ニャのに?」


そのときだった。


からん……と、扉のベルが鳴った。


姿を見せたのは、白い外套に身を包んだ若い男だった。髪も瞳も色素が薄く、どこか淡く、ぼやけた印象をまとっている。手には、小さなガラスの瓶。


「……あの、夜のスープは、ありますか?」


「夜のスープ?」


ルチェルが聞き返すと、男は瓶をそっと掲げて見せた。


中には、きらきら光る小さな欠片──まるで星のような光。


「この瓶は、私の“記憶”なんです。夜の、記憶。でも、どうしても思い出せない。だから……“夜のスープ”が欲しくて。ひとくちでいいんです。夜のことを、思い出したくて」



一瞬、皆が沈黙した。


ギルが、ルチェルをちらりと見る。ルチェルは一呼吸置いて、にっこりと笑った。


「……わかりました。お出ししますね、“星のスープ”を」


 




 


ルチェルが火を灯し、スープを煮込みはじめる。コモリがその横でせっせとスパイスを並べ、シエラがハーブを摘んでくる。


ギルが言った。


「“夜のスープ”って言ってるのに、星のスープでどうするつもりだ?」


「……秘密。でも、“記憶”って、きっと“香り”とか“音”とか、ちょっとしたもので呼び起こせるでしょ?」


ルチェルの言葉に、ギルはまあ、と頷く。


やがて、香ばしい玉ねぎとミルクの匂いに、ハーブの爽やかさが重なる。


そっと、瓶の中の“光の欠片”を一滴、スープに落とす。


「お待たせしました。“星のスープ”です」


白いスープの上に、小さな光がゆらゆらと浮かんでいる。スプーンを口に運んだ男は、ふわっと目を見開いた。


「……ああ、そうか。あの夜──誰かと話してた。焚き火のそばで、星を見ていた……その人は、もう、いないけれど……」


男の頬に、一筋の涙が伝う。


「ありがとう……これで、ちゃんと帰れます」


彼は、ぺこりと頭を下げると、ふたたび森の夜へと消えていった。


扉の外には、まだ光の種が漂っている。星の降る夜は、もう少しだけ続くのだろう。


 



 


「……ルチェル、今の人は……?」


「分からないわ。精霊の“使い魔”か、“記憶だけが残った魔法”だったのかもね。きっと、大切な誰かを忘れたくなかっただけよ」


ルチェルはスープ鍋を洗いながら、ぽつりと呟いた。


「夜の記憶は、きっと冷えやすいから。あたためるの、大事よね」


今夜も、喫茶ルシェットの灯りはやさしくほのかに揺れている。


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