表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/33

第二十六話 古書と眠る、小さな羽根



「……コモリ、それ、どこから見つけたの?」


朝の仕込みがひと段落した頃、物置の隅で埃まみれの段ボールを抱えたコモリが、よたよたと厨房へ戻ってきた。頭の上には開きかけた古書が一冊、まるで帽子のように乗っている。


「ちょっと待て、それ古いやつだぞ」


ギルがすばやく駆け寄って、箱の中を覗き込んだ。


「……魔導書か? でも、どれも封印の印が薄い。中には、魔力が残ってるかも」


「え、それ大丈夫なやつ……?」


シエラが心配そうに身を乗り出す。コモリは首を傾げながら、ぺたんとその場に座り込み、膝の上に本を広げた。


「こっちは、ただの記録帳みたい」


ルチェルが布でそっと埃を払うと、見開きのページの間から、ふわりと小さな羽根が一枚、ひらりと落ちた。


「……鳥の羽?」


「いや……違うな。これ、使い魔の“羽根”だ」


ギルがそう言った瞬間、店内の空気がすこしだけ張りつめた。


「どういう意味、ギル?」


「昔、一部の使い魔は“体の一部”を通して契約してたんだ。羽根、鱗、角、爪……。それを媒介にして、主の命令を直接受ける」


「でもそれって──」


「強制力のある魔法ってことニャ」


フワがぴんと耳を立てた。


「この羽根は……封印された記憶の名残かもニャ。主のこと、命令のこと……いろんな想いが染みついてるニャ」


コモリが羽根をじっと見つめたまま、動かない。


「……コモリ、何か感じるの?」


ルチェルがそっと声をかけると、ぬいぐるみの小さな体がふるりと震えた。


そして、ゆっくりと本をめくる。


そこには、淡いインクで描かれた花のスケッチや、日々の記録、そして……最後のページに、こう記されていた。



「私の使い魔は、もう帰らない。けれど私は、今日もパンを焼く。

あの子が、またふらりと来てくれる気がして──」



誰かの、遠い記憶。


誰かの、失われた時間。


「これって……ルチェルみたいだ」


ギルがぽつりと言った。


「……そうね。きっと昔にも、同じような喫茶店があって、誰かが使い魔を待ってたのかもしれない」


ルチェルは微笑んだ。


「この店に来る子たちが、そうやって“戻ってきた存在”なら、やっぱりこの場所は……“帰ってこられる場所”でなきゃいけないね」


雨は止み、窓の外には雲の隙間から日が差していた。


「コモリ、その羽根は……どうしたい?」


コモリはしばらく考えたあと、小さな羽根を古書の間にそっと挟み込み、静かに本を閉じた。


それが、妖精である彼なりの答えだった。


ギルがふと、つぶやく。


「──昔を忘れないための記憶か。あるいは、未来の自分への手紙なのかもな」


今日もパンが焼ける。


香ばしい匂いが店内に満ちるころ、名もなき羽根は静かに本の中で眠りについた。


でもいつか、また誰かがそれを見つけたとき、その記憶はきっと、やさしく目を覚ますだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ