第二十五話 雨宿りの午後、封じの魔道具
雨の音が、店の屋根をやさしく叩いていた。
いつもなら木漏れ日がさす窓際も、今日は灰色の光で満ちている。喫茶ルシェットの中は、パンと紅茶と雨音の匂いに包まれていた。
「雨の日って、なんだか静かで……好きかも」
そう呟いたのは、シエラだった。彼女はレジの横で、ふわふわのスコーンを積み上げているコモリを手伝っている。
「静かなのはいいけどニャ、客足が減るのが問題ニャ。今日も売上きびしそうニャ〜……」
フワがそろばんをはじきながらぼやいたそのとき。
カラン、と扉が鳴った。
「……すみません、雨宿りさせてもらっても?」
現れたのは、フードを深くかぶった中年の男だった。どこか旅人のような雰囲気だが、肩にはずぶ濡れの鞄。ルチェルがすぐにタオルを差し出し、ギルが椅子をすすめる。
「どうぞ。あたたかい飲み物でも」
「ありがたい。……ああ、それと、これなんだが」
男が鞄から取り出したのは、古ぼけた木箱だった。
箱には小さな銀の留め金がついていたが、何かに耐えるように、ふるふると震えていた。
「道中で拾ったんだが……これ、“封じられてる”んだよ。誰かの魔力で」
ギルは顔をしかめ、ルチェルが静かに指先を当てた。
「……それ、昔の“使い魔用の道具”じゃないか?無理に開けない方がいいと思うぞ」
「ニャ? これが使い魔に関係あるのかニャ?」
ギルはゆっくり頷いた。
「大昔、使い魔たちは“道具”として封じられたり、閉じ込められたりしてたんだ。強い魔法をかけられて、自由も、心も、名前も奪われて──」
シエラが小さく息をのんだ。
「……そんなの、ひどいよ」
「うん。でも、そういう歴史の上に、今の“契約”の仕組みがあるんだ。伊達に長生きはしてないから詳しいんだ。そういうの」
「そう…。だから、わたしは……名前を大事にしてる」
ルチェルが小さくうなずくと静かな空気の中、男はゆっくり木箱をしまった。
「ここで、この箱を開けようとは思わないさ。ただ……あんたたちの“魔法”は、きっと優しいんだろうな」
雨は、まだ降り続いていた。
ルチェルが立ち上がり、そっとポットに湯を注ぐ。
「さあ、あたたかいお茶をどうぞ。ここでは、“封じられたもの”は、ゆっくりと解いていくものだから」
ギルが軽く笑って言った。
「……ここは、そういう店なんでね」
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