第二十一話 魔法と使い魔と、あたりまえの奇跡
「みんな、ありがと。朝からバタバタさせちゃったね」
昼すぎ、ルチェルが厚手のストールを羽織って階下に降りてきた。少し顔色はまだ悪いけれど、声にはいつもの張りが戻っていた。
「無理はするなよ、ルチェル。代わりにシエラがパン焼いたんだぜ?」
「えっ……ほんと?」
「すっごくがんばった! 生地に顔突っ込みそうになりながら!」
「中々に見ものだったニャっ」
「うるさいな、フワ。ちゃんと味は整えたし、お客さんも喜んでくれてたからいいだろ」
ルチェルはふっと微笑んで、カウンターに腰かけた。
「……そっか。あの子たちが、もう“この店の一員”なんだって、なんだか実感しちゃった」
そのとき、薬師の娘が声を上げた。
「あっ、店主さん。体調はもういいの?」
「お陰様でゆっくりお休みをいただけました」
「それなら良かったわ。ところでさっき、ちょっと不思議な話をしてたんです」
「不思議な話?」
「そう!使い魔って、本当はなんなんだろうって。森の外じゃ、“契約”で無理に従わせる魔術が流行ってるけど……ここは、違うから」
「……そうね。ここに来る子たちは、たいてい“居場所”を探してるから」
ルチェルはぽつりと呟いた。
「魔法って、本当は“命令する力”じゃなくて、“気持ちを通わせる力”なんだと思う。だから、わたしの料理に魔法が宿るんだとしたら──それは、ただ誰かのことを思って作るからだと思うのよね」
その言葉に、誰もが静かになった。
ギルも、シエラも、フワも、コモリも。
ルウは厨房の隅で器を拭きながら、ちらりとその背を見た。
「……ねぇ、ルチェル。その、使い魔ってさ。捨てられたり、居場所をなくしたら、どうなるの?」
「迷子になるのよ。だから、ここに来るのだと思うの」
「それでも、いていいの?」
ルチェルは優しく笑った。
「もちろん。ここは、居場所をなくした“使い魔”と、“その心”が集まる店だから」
そして彼女は立ち上がった。
「さて……パン、焼こうかな。みんな、お腹空いてるでしょ?」
「待ってましたニャ~~!」
「やっと本業に戻れるな……!」
わっと湧いた店内には、もうすぐまた、あのパンの香りが満ちるだろう。
その香りこそが、この世界で一番ささやかで、当たり前の魔法だと、彼らは知っている。
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