第十一話 ギルの旅 封じられた夜
教会の奥へと続く、細い石段の回廊。
かつて祭壇の裏手に隠されていたこの通路は、今や苔に覆われ、ところどころ崩れていた。けれどギルたちは迷わず進んでいく。導かれるように、あるいは引き寄せられるように。
「……さっきの仮面のやつ、どこまで行ったんだ?」
ギルが前を睨むようにして言うと、クロウが低く返す。
「見失ったが、やつの“気配”はこの奥に残ってる。記憶と魔力が絡み合って、正体まではまだ読めないが……ひとつだけ確かなのは、あれは“この村にいた誰か”だ」
「ニャ? つまり、ギルの過去を知ってるニャ?」
「いや、それどころか……ギルの“記憶を封じた”張本人かもしれねえ」
先を歩くギルの足取りが、少しだけ止まった。
「おれの……?」
「ギル……」
“お客さん”が、不安げにギルの背中を見つめる。
だがギルは、振り返らずに歩き出した。
石段の先には、小さな地下礼拝堂が広がっていた。朽ちた像。砕けたステンドグラス。けれど中央にだけ、きれいに磨かれた石碑がひとつ、置かれていた。
その前に――仮面の人物が立っていた。
「……よく来たな、小さき竜よ」
「お前は誰なんだ。おれの記憶を……村の時間を止めたのは、お前か?」
仮面の人物は、ゆっくりと振り向いた。
そしてその仮面を――外した。
現れたのは、まだ若い、けれどどこか儚げな表情をした男だった。銀髪に、深い青の瞳。
「……嘘、だろ」
ギルが、小さく息を呑む。
「覚えているか? ギル。お前が“兄さん”って呼んでくれた日々のことを」
「お兄さん……?」
“お客さん”が思わず声をもらす。
フワとクロウが、同時に警戒の色を濃くした。
「お前は……たしかに、おれの兄だった。けど、兄さんは…………、死んだはずだ。村が“あの日”、襲われたときに」
男――カイは、うなずいた。
「そうだ。あの日、村は魔物に襲われた。いや、“誰かに呼び寄せられた魔物”に。……そして、私は死んだ。だがそのとき、起こったのは、ただ一つの魔法が発動したというだけだ。“記憶封印と時の結界”だ。お前を――守るために」
ギルは言葉を失った。
「なんで、兄さんが……?」
「私は、もういない。ただ魔法として、この村に縫い止められているだけだ。記憶の残滓として、この結界の番人として」
「じゃあ、おれがこの村に来て、記憶を取り戻し始めたから…現れたってこと…?」
「そう。“時”が再び動き始めた。お前が今の自分でここに辿り着いたから。ようやく、お前にすべてを託せる。ギル……この村で何が起きたのか、お前の記憶の中にまだ残っているはずだ。もう、逃げる必要はないんだろう?」
そして、カイは“お客さん”の方に視線を向ける。
「……君も、ギルの記憶の一部だ。君の名前も、記憶も、すべてが封じられた。“あの夜”に」
「え……?」
“お客さん”の目が、大きく揺れる。
「君は、“呼び寄せた側”かもしれないし、“助けた側”かもしれない。ギルと共にいた、“何者か”だったんだ」
その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
「ニャ!? そいつ、悪いやつだったかもニャ!?」
「それってどういう……!?」
“お客さん”自身が、その言葉に最も動揺していた。
だがギルは、ただ静かに前を見据えていた。
「……わかった。全部、受け止めるよ。たとえ、どんな過去だったとしても。思い出さなきゃ前には進めない。おれも、“あの日”も、“お客さん”、“君”のことも」
「ギル……」
“お客さん”が小さくつぶやいたとき、石碑の奥に、ひとつの“扉”が浮かび上がった。
それは、記憶の最深部へと通じる扉だった。
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次回ついに真相が明らかに…?!