第十話 ギルの旅 夜を裂く鐘の音
静かな村の奥、苔むした石畳を登った先に、それはあった。
朽ちかけた小さな教会。屋根の一部は崩れ、鐘楼にはもう鐘の姿もない。けれどギルは、迷いなくその扉の前に立った。
「……ここだ。おれ、ここで……」
ギルの言葉が消える前に、教会の扉が、ぎい、と音を立てて開いた。
誰かが開けたわけではなかった。ただ、風が吹いたようにも見えなかった。けれど確かに――招き入れるように、扉はひとりでに開いた。
「おじゃましますニャ……って、言うのもヘンかニャ」
フワがしっぽを低く下げながら中を覗く。
「……懐かしい匂いがする。古いろうそく、乾いた木の香り」
“お客さん”がつぶやくように言った。
教会の中は暗く、薄明かりのステンドグラスがかろうじて色を落としている。祭壇の前に、ただひとつ、木の椅子が置かれていた。
ギルがゆっくりと歩み寄ると、その椅子の前に、何かが落ちていた。
「……これ、写真?」
それは古びた写真だった。セピア色にかすんだ一枚の中に、子どもの頃のギルが写っている。隣には、優しそうな笑みの女性。肩越しには、少し不器用そうな笑顔の男性。
「……父さんと、母さん」
ギルが、写真を両手で抱えるようにして立ち尽くす。
「ここで祈ってたんだ、家族が。何かから逃れるために、あるいは……守るために」
そのとき。
カン……カン……
誰もいないはずの鐘楼から、鈍い鐘の音が響いた。
「今の、何ニャ!? 鐘、鳴ってるニャ!」
「魔力の反応……強いぞ」
クロウの羽根が、かすかに逆立つ。
「…誰かいるのか……?」
“お客さん”が不安げに後ろを振り返ったその時、教会の奥の扉が、**バンッ!**と開いた。
そこに立っていたのは――
黒いローブに身を包んだ、仮面の人物だった。
「小さき竜よ、目覚めたか。お前が、ここまで辿り着く日を、ずっと待っていた」
「……誰?」
ギルが警戒しながら問うと、仮面の男は静かに首を傾けた。
「思い出せ。“お前の記憶”の中に、私がいる。忘れさせたくて、封じた記憶の中にな」
「こいつ、何者ニャ……?」
フワが低く唸る。
「……一つだけ言っておこう。記憶をすべて取り戻せば、お前は封じた記憶の“本当の理由”に気づくことになる。だがそれは――代償を伴うぞ」
仮面の人物が一歩近づいた。
ギルは写真を胸にしまい、仲間たちの前に立つ。
「おれは、逃げない。できそこないでもなんでも。過去も、記憶も、何があっても……ちゃんと向き合うって決めたんだ!」
仮面の人物はギルを見つめ、何も言わず、ゆっくりと背を向けて奥へと消えていった。
残された鐘の音だけが、いつまでも教会の中にこだましていた。
「……ギル、行くのか?」
“お客さん”がそっと聞く。
ギルはうなずいた。
「行こう。この先に、たぶん“真実”がある」
彼の足元で、教会の扉が静かに閉まった。
夜の帳が降りる前に、彼らはその先へと確かに歩き出した。
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