最終話:ヒーローだった日
戦いは、終わった。
空を裂いた閃光も、崩れた世界の断片も、いまはもう、どこにもない。
ただ静かに、春の風が吹いていた。
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◇
「……変だよね。あんなに、必死だったのにさ」
放課後の教室。窓辺で頬杖をつきながら、ひよりがぽつりとつぶやく。
「なにが?」
「いま、“普通”って呼ばれてるこの時間が、ちょっと落ち着かないんだ」
レナは教壇の前に立ち(ひよりの学校の非常勤教師)、自分の手首を見つめる。そこにはもう、あのブレスレットはなかった。
> “感情の力”で変身し、戦っていたあの頃。
> それが、終わった。
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◆
「ねえ、あれって本当に“終わった”んだよね?」
ひよりの問いに、レナはうなずく。
「うん。もう、どこを探しても“変身”できる感覚はないし。パンドラも、眠ったんだと思う」
「でも……わたし、たまに夢を見るの」
「夢?」
「パンドラが笑ってるの。“あなたたちは、私の選ばなかったもの”って」
その笑顔が、なぜかとても、悲しげで、やさしい。
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◇
ある日、風がふたりの前を通りすぎた。
街角、誰もいない歩道橋の上。夕焼けが地平線を染めている。
「ねえレナ。わたしたち、本当にヒーローだったのかな」
「さあ。そんなたいそうなもんじゃないよ。ただ――」
レナは立ち止まり、風に髪をなびかせる。
「わたしたちは、あのとき、“守りたい”って思った。その気持ちだけは、本物だったでしょ」
「……うん」
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◆
ふたりの手のひらに、ふと、小さな光が舞い降りる。
淡いブルーとレッドの粒。それはかつてのブレスレットの残響か、あるいは誰かの“想い”の欠片か。
「変身の力は、もうない。でも――」
「でも?」
「“選ぶこと”だけは、まだ残ってる。日常で、誰かのために動くこと。それがヒーローだったって思えるなら……」
「今だって、ヒーローだよね」
ふたりは顔を見合わせ、笑った。
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◇
そして彼女たちは歩き出す。
制服姿で、何も起きないはずの明日へ。
だがその足取りは、確かに“かつて戦った者”のものだった。
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> 世界を救ったふたりの少女は、いま、 ごく普通の午後を生きている。
> ブレス・リンク――それは、もう使われることのない名前。
> けれど“選んだ感情”だけは、彼女たちの胸に、静かに灯っている。
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〔終〕
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次回予告は、もうありません。
でももし、どこかの誰かがまた“何かを選ぼうとする”とき――
その背中をそっと押す記憶として、この物語はきっと息づいているでしょう