俺は悪くないと思います
「悪党に襲われていたようだけど、大丈夫だったかしら?」
クルリ、とアイリはこちらを向いていった。
「いや、そこでもだえ苦しんでいる悪党さんを心配してほしいんだが……」
流石に俺が襲われそうになっていたからと言って、片腕を切り落とされるのは可哀そうだ。
応急手当の一つぐらいはしてやった方がいい。
んー、どくどくと断面から血があふれている……。
これはほっておくと死ぬな。
流石にこのまま放置して死なれるのは気分が悪いため、俺はTシャツの一部をビリッと破いた。
「な、なにしてるの!?」
破れた個所から白い肌を覗かせた。
そして、布で切り落とされた片腕をキツく縛った。
これなら一時的に出血もマシになるだろう。
まあ、入り込んだばい菌とかはエタノールがなきゃどうにもならないけどな。
そこは病院に行ってくれって感じだ。
「応急手当さ。いくらインプラントに変えられると言っても、手当てしてやらなきゃ、出血多量で死ぬからな」
「……襲ってきた相手を助けるの?」
「ああ、そうさ。俺は人が死ぬのは嫌いだからな」
「ふーん、変わってるわね」
確かにこの街じゃ、基本的に自衛は正義だ。
治安がクソほど悪い以上、警察の助けは借りられない。
だから襲われてきたら、反撃するのが普通だ。
襲ったなら殺されて当然だし、その覚悟がない奴は犯罪なんて向いてない。
この街ではそれがルールなのだ。
「でもまあ、俺は人が死ぬのは嫌いだ。だから手が届く範囲では助ける」
「へえ、優しいわね。なんだか師匠が言っていたことに似ている気がするわ」
「師匠?」
「ああ、いいのよ。別にあなたには関係ないわ」
「そうか」
まあ関係大アリだけどね。
でも、とアイリは付け加えた。
「あなた、見た感じ子供よね。女の子がこんな夜中にこの街を出歩くなんてダメよ?たまたま私がここを通り過ぎなかったら、今頃あなたは何をされていたと思う?」
「まあ、レイプだろうな」
「そうよ。それが分かっているなら今後は夜の街は出歩かない事ね」
「はーい」
「はあ……気の抜けた返事ね。さて、こんな夜道を一人では歩かせられないわ。家まで送っていくわよ。家はどこかしら?」
げ、それは不味い。
今の俺には家なんてない。
ネカフェに泊まることを考えていたが、そこまで送ってもらうとそれはそれはで怪しまれる。
彼女から見たら明らかに家出少女か、孤児だ。
てか、実際そうだし。
だから、彼女にそんな事がバレれば間違いなくめんどくさい事になる。
今世では好きに生きると決めた以上、前世のあれこれには関わってはならない。
今はこうして別の姿だから、アイリも俺がかつての師匠であることを認識していない。
だが、何があって俺の正体がバレるか分からない。
うっかり口走ってしまう事もあるだろう。
だから、出来るだけアイリやその他の自称弟子たちとは関わってはならない。
……ここは逃げることにするか。
逃げきれるかどうかは分からないが、それでもやってみることにしよう。
どうせ逃げて捕まっても、逃げずに捕まるのと同じ結末だからな。
俺はクルリ、と踵を返して全速力でダッシュした。
「あ、ちょ、どこ行くの!!!」
後ろから声が聞こえる。
しかしながら、追いかけているという様子はなく最後に、
「本当に、あの子供は何だったのかしら……」
という声がかすかに聞こえたのち、俺は無事に彼女から逃げきることに成功した。
▽▲▽▲
アイリから無事に逃げ切れた俺は、ネカフェに泊まることにした。
前世では普通に家に住んでたし、外出の際は大抵ホテルに泊まっていたからネカフェなんて中々利用することはなかった。
だから、何気にネカフェに泊まるのは初めてなのである。
夕飯をコンビニで買った俺は、繁華街を抜けていき、”ネットカフェ”とネオンライトが光るビルに入っていく。
表においてあった無人機に金を投入し、部屋に入るためのカードキーを受け取る。
「んー、俺の部屋は……6階か」
カードキーの裏に記された番号を見た俺は、薄暗い階段を昇って行った。
このネカフェはチェーン店であるらしく、内装は中々に小ぎれいである。
目的の階層に到着した俺は、カードキーでロックを外し自分の部屋に入っていった。
部屋には一台のパソコンが置いてあり、人ひとりが寝られるだけのスペースがあった。
俺はコンビニで買った夕飯を入れたビニール袋をテーブルの上に置く。
買ったものは、おにぎり2つだけ。
ツナマヨと旨昆布だ。
夕飯にするには大変貧相である。
おいおい、OLの昼食かよ、と思ったが今は金がない。
今日はたくさん動いたため腹がすいているが、手元にある金は5万だけだ。
出来るだけ節約しなければならない。
うーん、まあ、これも仕方がない事だと割り切るしかないね。
そうして俺はネカフェのフリースペースで組んできたお茶と共に、おにぎりを口に運んだ。
もちゃもちゃ
うん、旨い。
流石はジャパニーズのソウルフードである。
夕飯にするには少しばかり貧相であるが、それでも旨さは十分である。
おにぎりを二つとも食べ終わった俺は、横になった。
今日は本当にいろんなことがあった。
いきなり転生したかと思ったら、ダンジョンの中だった。
それも傷だらけの状態だ。
こうして生きているだけでも奇跡みたいなものである。
でも、まだ好きに生きると決めたはいい物の、現状何もかもが足りない。
先ず金がない。
そして家もない。
それらがない限り好きに生きることは出来ないだろう。
(明日からどうにかして金を稼ぐか)
そう考えた俺は、ゆっくりと瞼を下ろした。
………
……
…
「あっ♡あっ♡あっ♡だめっ、そこだめぇっ♡♡♡」
あの、眠れないんですけど。
いざ寝ようと思ったら隣の部屋から嬌声が聞こえてきた。
疲れたから寝ようとしたら、これだ。
こんな嬌声が聞こえてきては寝られん。
全く、隣のヤツは何をやっているんだ。
もう少し隣で寝ているヤツの事も考えてもらいたいものである。
「あんっ♡あんっ♡♡♡」
おい、喘ぎ声デカいな。
もう少し我慢してくれ、頼むから。
ほら、声を抑えるとかもっと努力できるだろ。
ちょめちょめするのは結構だがカップルにはもう少し別の場所でしてもらいたいものである。
全く、発情期のウサギかよ。
あー!
こんな状態じゃ、寝られない!!!
いっそのこと壁ドンでもするか?
隣人には申し訳ないが、こうするしか仕方がない。
まあ、きっと向こう側は地獄みたいな雰囲気になるだろうけどね。
よし、そうすることにしよう。
俺は徐半身を起し、壁の方向に身をひねった。
と、その時だった。
もぞり
服と擦れた股から変な感覚が伝わってきた。
ピンク色の、感じたことのない神経信号である。
「……」
クソ、これじゃ俺も変わらないな。
でもまあ、こうなるのも仕方がないか……。
そう、仕方がないのだ。
全部隣のカップルが悪い。
俺は悪くない、と自分に言い聞かせつつ、俺はゆっくりと手で股をまさぐった。
▽▲▽▲
あー、やっちまった。
全身の筋肉がひきつる感覚を覚えつつ、俺は仰向けに寝転がっていた。
「こりゃ片付けるの大変だぞ……」
ビショビショに濡れた部屋のマットレスを備え付けられたウエットティッシュで拭いていく。
もう既にカップルは寝静まっていた。
部屋を綺麗にした俺は、再び横になる。
俺はゆっくり瞼を下ろした。
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