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金がないなら自分で手術すればいいじゃない

 歩き始めてから約10時間。

 ぶっ通しで俺は歩き続けた。

 

 靴はアシッドフロッグの酸のせいで溶けてしまったため、素足で歩いている。

 ダンジョンの床はゴツゴツとした石でできており、何もしないまま歩いていると足がぶっ壊れてしまう。

 てか、単純に痛い。


 なので、ちょびちょびと足に魔力を流し強化することによってこうして10時間くらいぶっ通しで歩けている訳だ。

 まあ、この体はインプラントを付けていないため、あまり魔力を流しすぎるとそれはそれはで足がぶっ壊れてしまう。


 だから絶妙な量で、常に魔力を流しすぎないように魔力操作に気を払っているのだ。


 中々に骨が折れる作業である。

 まあ、前世で無駄に特S級をやっていた訳じゃない、このくらいは出来て当然だ。

 とは言ってもそれでもイライラ棒みたいな感じの作業だからイライラするけどね。


 とまあそんな感じでぽてぽてとダンジョン内を進んでいたら、何度かモンスターに絡まれた。


 巨蛇だとか、巨大スライムだとか。

 キシャー!って感じで襲い掛かってくるのだ。

 しかし、今の俺は右手をぶっ壊してしまったため、これ以上この体に無理を強いることは得策ではなかったため逃げることにした。


 まあ、左手を犠牲にすれば戦えない事もなかったが、右手がぶっ壊れた上に左手もぶっ壊れれば、この先地上に出れたときにあれこれ不便をこうむることになる。

 だから全力ダッシュで逃げてきました。


 意気地なし?それ誉め言葉ね。

 ハッ、冒険者たるものめんどくさいモンスターに出会ったときはさっさと逃げるが勝ちなのだ。


 そうしてとぼとぼと地上を目指して歩きつつ、疲れてきたら時折死体から拝借した水とレーションをもしゃもしゃ食べながら休憩。

 十分に休んだら再び歩き出す。


 そんな感じのローテーションで歩いていると、やがて、ぼんやりと穴から光が差し込んでいる場所を見つけた。

 

 お、ようやく地上に辿り着いたか……?

 いや、発光草が光っていて地上のように見えるだけかも?

 昂る気持ちを落ち着かせつつ、そちらの方へ歩く。


 おお!?

 

 穴から外を見ると、そこは地上だった。

 眩しい太陽光が目を刺激する。

 10時間ぶりの太陽光であったため、ちょっとばかりの感動を覚えてしまった。

 

 よっこいしょ、と穴から這い上がると、そこは住宅街の一角に広がる駐車場だった。


 ダンジョンはアリの巣のように東京の地下に広がっている。

 だから一つだけ入り口がある、と言う訳ではなくてこのような一般の住宅街の近くに入り口があるなんてこともある。

 まあ、時折穴からモンスターが這い上がってくることもあるが、たいてい近場の冒険者が這い上がってきた魔物を処分する。

 

 這い上がって来るモンスターは大抵ダンジョンの上の階層を徘徊する物だから、別に強くない。

 そのため一般人でも銃さえあれば殺せるくらいのモンスターは、すぐさま処分されると言う訳だ。


 とまあ、そんな事はさておき地上に出れたわけなのだが、ここが東京のどこか知りたい。

 今の俺は右手がぶっ壊れており、かつ肺がもう死にかけているのだ。

 早くこれらを治さなければ命に支障をきたす。

 10時間ぐらい歩く分にはまだ大丈夫だったが、これ以上放置しているといくら俺でも不味い事になる。


 好きに生きると決めたが、このままこの傷で死んでしまっては意味がない。


 なので俺は近くを歩いていたサラリーマンの様な格好をしている通行人を捕まえた。


「あの、すみません。聞きたいことがあるんですけど……」


「……なんでしょう」


 ジロリ、とこちらを見る通行人。

 

「ここは東京のどこでしょうか?」


「えっと、ここは旧大田区山王です……」


「ありがとうございます」


 ふむふむ、旧大田区って前世の俺が住んでいた場所か。

 なら都合がいいな。


 確かこの近くには”ドクター”がいたはず。

 ドクターなら俺のこの傷も治せるはずだ。

 なんならついでにインプラントも取り付けてもらえるだろう。

 まあ、インプラントを買える金なんて持ち合わせていないがどうにかしよう。


 そうと決まればさっさとドクターのところへ行くとしよう。

 目的地を決めた俺は、再びぽてぽてと歩き出した。



▽▲▽▲


「ふむ、ここだけは変わっていないな」


 ドクターが居を構える店は、5年が経ったというのに一ミリも変わっていなかった。

 

 ここまで歩いてくる過程で、東京の街並みはガラッと変わってしまっていた。

 この街は良くも悪くも同じ形をとどめない。

 人口が多いため、常に形を変えてしまうのだ。

 行きつけのスーパーなんて潰れてしまっていた。


 俺がかつて生きていたころの東京とはかなり変わってしまっていたため、ドクターがまだ店を構えているか心配になっていたのである。


 だから、こうして無事にドクターが構える店が、こうして一ミリも変わっていない事を知って、内心ホッとした。


 数十年と立って水汚れが目立つネオンライトをくぐり抜けて、俺は店の中に入った。


 店内は相変わらずぼろい。

 狭いし暗いし、なんか変なにおいがする。

 うん、いつも通りだ。

 まあそんないつも通りが嬉しいんだけどね。


「ドクター、居るか!!!」


 店に入った俺は、ドクターを呼んだ。

 

「うん……何だ」


 店の奥から眠たそうな顔をして出てくるドクター。

 目の下に大きなクマがあり、若干背が曲がっている60歳おじさん。

 ふむふむ、相変わらず元気でやっていたようでなによりだ。


 まあ、こっちが彼の事を知っていても、彼がこちらの事を知っているわけではない。

 明らかに姿が変わってしまっているからね。

 だから、まあ、こっちもあちらの事を知らない体で話しかけることにする。

 

 あれこれ説明するのは面倒だからな。

 それに話しているうちにこの傷が重症になりかねない。

 いや、もう重症か。

 まあ取り合えず、今は昔話をしている時間はないという事だ。


「ドクター、治したい傷があるんだが……インプラントを売ってくれるか?」


「ああ……?なんだガキ。金持ってんのか?インプラントは高いんだぞ。お前みたいなガキには買えんぞ」


「いや、まあ、確かに金は持ってないけど……」


「それに、インプラントは冒険者の資格がなきゃ取り付けられねえ。お前みたいな素性の知れねえガキなんかには売れねえよ」


 なるほど、確かにドクターの言うとおりだ。

 資格がなければインプラントは販売してはならない。

 国の法律で決められているのだ。

 なにせ、インプラントを付ければ簡単に人を殺せるようになる。

 だから資格のない一般人はインプラントを購入することができないのである。


 しかしながら、だ。

 このドクターは違う。


「──金さえあれば、売るんだろ?」


「……」


 そう、このドクターは金さえあれば非合法だろうとインプラントを売ってくれる。

 ていうか、基本的にこのようなインプラントを販売し取り付けてくれる機械医師は大抵の場合、金さえ払えばインプラントを取り付けてくれるのだ。

 全く、金にあくどい連中である。

 

「……確かに金さえあればインプラントは売ってやる。だがな、お前みたいなガキが金を持っているのか?」


「金ならある」


「じゃあ、今すぐ見してみろ」


 そういわれた俺は、先ほど死体からはぎ取った外套を脱いだ。


「お、おい!素っ裸じゃねえか!隠せ!」


 ん?

 ああ、そういえばそうだったな。

 今の俺は美少女だったんだ。

  

 そして、外套の下には何も履いてない。

 糸一つない素っ裸なのである。

 

 そりゃ確かに不味いか。

 でも、今はそんな事は言っていられない。


「ドクター、この外套ならいくらで売れる」


「おい!だから隠せって言ってるんだよ!」


「ドクター、いくらで売れる?」


「……ッ!?」


「俺は今、死にかけなんだ。できるなら早くこれを金に換えてもらいたい」


 そして、血まみれの右手を見せた。

 さらにゴヒューゴヒューと変な音を立てている肺の音を聞かせてやった。


「……これは、重症じゃねえか……ったく、仕方がねえな」


 俺が言いたいことを理解したのか、ドクターはすんなりと外套を受け取った。


 そして、外套をじっくりと調べた。

 しばらく物色したのち、ドクターは口を開いた。


「……これは……光学迷彩機能、魔力硬化機能……電槌社のマーク……ガキ、なんでお前がこんなものを持っている」


「そんな事は今はどうでもいい。さっさとそれがいくらになるのか教えろ」


「……ったく、口が悪いガキだな。今見た感じ公式品だ。それも軍事品。ざっと見た感じだが150万くらいにはなるだろう」


「それならインプラントを買えるか?」


「ああ、買えるさ。お前のとっくに死んでいる肺を、機械仕掛けにするには足りている」


「なら──」


 口を開いた俺をドクターは制した。


「待て待て、話を聞け。確かにインプラントを買えてもな、手術しなけりゃ意味ねえんだよ。でな、その手術費は高くつくんだぜ?」


「なるほど……」


 確かに、手術費も込みで考えるならば150万では足りないだろう。

 まあ、それでも問題ない。

 インプラントが買えるだけで十分だ。


「インプラントだけ売ってくれ。手術はしてもらわなくても結構だ」


「は!?」


「は、ってなんだよ」


「おいおい、冗談はよせ。まさか自分でそれを取り付けるつもりか!?」


 ご明察だ。

 ドクターの言う通り、俺は自分でインプラントを取り付けるつもりである。

 というか、金がないならそうするしかないからね。


「ああ、その通りだ」


「やめとけ、これは冗談じゃない」


「そんなこと知っている」


 インプラントを自分で取り付ける、というのはすなわち医者が自分を手術するような物だ。

 到底人間が出来る所業ではない。

 

「──だが、今はそうするしかない」


「……お前」


 信じられない、という目でこちらを見るドクター。


「まあ、麻酔をくれ。そのくらいはボーナスしてくれよな」


「ああ、いいさ。ついでに手術室も貸してやる」


「ありがとう」


「だが、お前が死んでも俺は知らないからな」


「そんな事とっくに覚悟できている」


 と言う訳で、俺はドクターに案内され手術室に足を踏み入れた。

 


▽▲▽▲


 手術台に仰向けに寝転がった俺は、ドクターからもらった麻酔を自分の体に注射した。


 そしてすぐに全身の感覚がなくなると同時に、強烈な眠気が襲い掛かってきた。

 だが、今は寝てはダメだ。

 

 俺は魔力を脳に流入し、無理やり眠気を制御する。

 

 麻酔によって体が思うように動かないが、筋繊維に魔力を通し、魔力操作の要領で無理やり動かす。


 そして、近くにおいてあるメスを取る。


 俺は静かに手術を始めた。



▽▲▽▲


「し、信じられねえ!!!」


 驚きの表情でドクターはこちらを見た。


 手術は成功した。


 手術を終えた俺は、手術台の上で安静にしていた。

 流石の俺でも自分を手術するのは骨が折れる。

 本当に疲れた。

 それに、さっきから麻酔が回って頭がくらくらするのだ。

 だからこうして今は安静にしている訳である。


 俺は的確に、肺を除去し、新たに肺インプラントを移植した。

 肺インプラントは肺活量の増加を促し、酸素をより効率よく体に巡らせられるようにできる。

 基本的に冒険者でB級以上になろうと思ったら必須のインプラントだ。


 とまあ、そんなインプラントを俺は独力で取り付けたのだが、そんな俺を異常者のようにドクターは見た。


「なんだよ、その目。まるで俺が化け物かの様な目で見てきやがって」


「いやいやいや、自分に自分でインプラントを移植する化け物がどこいいる!?頭おかしいんじゃねえか!!!???」


 その化け物がここにいるんだが。


「見たところ後遺症はないように見える……いったいどうなってんだ!?」


「頑張った」


「頑張ったでどうこうできるものじゃねえ!!!」


 まあ、本当に頑張っただけなんだけどね。

 前世では自称弟子たちを何度も手術してやっていた。

 ずっと昔のことだが、アイリやミルが強くなりたいとか言ってきていたから、俺が自作したインプラントを取り付けてやっていたのだ。


 そんな経験が今生きたと言う訳である。


 いやー、人生って何が起こるか分からないね。

 前世じゃ自分で自分を手術するなんて自殺行為はしてこなかった。

 でもこうしてかつて自称弟子たちを手術してやっていた経験が生きている訳である。

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