第95話 共依存の姉妹関係
彼女の妹はスチュアーデスであり、今で言うならキャビン・アテンダントになる。彼女自身も元は雑誌のグラビアを飾っていたモデルだったそうで、男は姉から若い妹に乗り換えたそうだ。
「逃げたいわよ。この病院を退院したら自分ひとりで生活するつもりなの。でも妹が海外に行っている時だけ彼、私を欲しがるの。私がいなくなったら妹も捨てられるわ。だから逃げたくても逃げられないの。」
変な理由だが、この姉妹の関係が男を交えて複雑に絡んでいるようだ。妹が姉の生活費を工面しているから妹から見捨てられたくない。姉は妹のために男の言いなりにならざるを得ない。しかし、妹がフライトを終えて日本に戻れば不必要な女にさせられる。
こういう構図は『依存症疾患』で成立しやすい、共依存という。
例えばアルコールを飲み過ぎて仕事にも行かずに朝から酔っ払っていれば当然、そのアル中は職を無くす。家族の懐に入ってくる収入は目減りするか、まったく無くなるはずである。
それにもかかわらず、このアル中は酒代に事欠かないのは何故であろう。答えは簡単、家族が酒代を与えているからだ。与える方法は千差万別。預貯金を切り崩す、カードローン、家族の誰かがWワークしている。大半は奥様が働き詰める事になる。
ひもじい思いを強いられるのは家族のほうで、飲んだくれは『我関せず』を貫く。
うつ病も同じだろう。見捨てる、放置する事ができず共依存と化す。だから、いつまで経ってもアル中はアル中でいられるし、うつ病はうつの呪縛から這い上がろうとしない。その方が楽だからである。
(ただし、うつ病に関しては、うつ病もどきを意味する。)
この女、名前を沙織という。美人である。
金さえあれば彼氏を捨てて人生をやり直したい、妹とも縁を切りたい、これが口癖だった。
うつ病の専門病院はアルコール専門病院と違って規則が緩い。外出もできれば買い物にだって行けてしまう。おまけに届け出さえ受理されれば外泊だって簡単にできてしまう。外泊先がどこであろうと一切、病院側は関知しない。
沙織としめし合わせて外泊届を提出した。行き先は私の自宅である。沙織の方は妹の自宅を行き先にして許可を得た。外泊の出発時間をたった三十分だけずらしておいた。病院の近くに月極で借りていた駐車場に置きっぱなしになっていた私の真っ赤なプリウスに同乗させれば二人きりでどこにでも行けた。
元妻と我が子がいなくなって誰も住んでいない自宅に沙織を連れて戻ってきた。目的はただ一つ。男と女であるから、お互いに求めている事は一つしかない。肉欲である。
「遼平ってここにひとりで住んでいるの?」
沙織に聞かれたのも納得がいく。だだっ広い自宅だ、百平米以上もある。注文住宅だから天井高も高い。
「そうだよ、離婚してからずっと、この家で独り暮らしだ。」
沙織は上半身はTシャツ、下はホットパンツという病院にいた時と同じ服装で八畳間に座っている。私は久しぶりの我が家でシャワーを浴びて、上半身は裸のままでテレビを点け、プロ野球中継を見ていた。
沙織は衣類のほかは携帯電話だけを病院から持ち出し、それを使って私の傍で、ずっとメール文を打っては送信を繰り返していた。
あまりにも長すぎるメールのやり取りに私のほうが苛立ってきた。
「沙織さぁ、メールばっかりしていないで、さっさと切り上げろよ。」
「今、妹とメールしているの。もう彼のマンションには戻らないってメールで送ったから返信を待っているの。」
「メールじゃあ面倒だから直接、声を使って話せば簡単に済むことだろう。時間ばかり、食ってやがる。」
「そうする。」
電話で話し始めさせたのは私だが、今度は携帯を通して姉妹が口喧嘩を始め、この喧嘩が半永久的に終わりそうもない。なるほど、この沙織の執拗な言葉使いが彼氏に暴力を振るわせている原因なんだな、と納得した。
「いい加減にしろ、電話を切れ。」
私は沙織を怒鳴りつけた。
※依存症を断つ妨げになるものの1つが共依存です。家族や友人は"見捨てる“覚悟が必要です。