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第94話 二箇所目の精神病院にて

 飲みたくて飲んでいる訳ではない、やめるという事ができないのである。飲酒に対するコントロールを無くしてしまい、止める方法がわからないのである。


 わずか三ヶ月でアルコール専門病院に再入院させられてしまったが、前回の入院先である三鷹の病院からは診療を拒否されていたので、私を受け入れたのは自衛隊のジェット機の爆音が響き渡る、航空自衛隊基地のすぐ近くにある精神病院になった。


 三鷹の病院には退院後、私はたったの一度も通院していない。経過観察を完全に無視した患者が再飲酒したのだから『治療のやりがいがない、どうしようもないアル中』というレッテルを貼られてしまっていた。


 入院1日目、あてがわれたベッドで眠っていると真夜中に襲われた。


身体が急に重くなって目を覚ますと爺さんが私の上に乗っていた。慌てて飛び起きると、爺さんは私の足首を手でつかんで引きずり出そうとしてくる。


恐ろしかった。この爺さんは認知症を患っているらしいのだが、それを家族が受け入れず認めない。自分のベッドと他人のベッドの区別がつかない。


 翌日、この爺さんの娘らしい女性から謝られたが、この日を含めて合計3回襲われた。もともと認知症患者の動向には慣れていたので「まぁ、しょうがないでしょう。」と言って半ば諦めていたが、この爺さんはいつのまにか姿を消した。


 きっとこの病院の上階にある重症病棟に移されて、手足を縛られてしまったのだろう。この当時は認知症者に対して拘束帯の使用が、まだまだ許されていた時代だった。


苦しい時代を生き抜いた人間でも末路は悲しいものが待ち受けていた。


 この病院の特徴は『うつ治療』にあり、患者の年齢層が一階の病棟に限って言えば相当に若い事に数日後、気が付いた。病棟の真ん中にはかなり広いスペースのフロアーがあり、全員がその場所で食事を共にする。各テーブルには小さなジャムの空き瓶を使って野の花が綺麗に活けられていた。一週間もしないうちに患者同士が仲良くなれる。


この病院が鬱の専門であるためだろうか、患者の大半が女性だった。日中はフロアーにやってきて、イヤホンを耳に突っ込んだまま音楽を聴き入っている者、喫煙スペースでタバコを吸いながら大笑いして喋り通している女たちの『いったい、どこが鬱なんだ?』と思っていると、夕方5時の時報がわりに流れてきた童謡『赤とんぼ』を聞いた女性は気が狂ったように泣き叫び出した。


 『厄介なところに来たかな』と思っていたのだがある日、タバコを吸いに喫煙所にいると、女の患者があとから入ってきた。この女、おそらく三十歳代前半だろう、外見が良い。聞いてもいないのに身の上話を始めた。


 「彼氏がいるの、もう3年くらい同棲しているの。でも、ほかにも女がいるの。たまにしか帰ってこなくなっちゃって。ちょっとでも機嫌を損ねることを言ったら殴られるようになった。ここ見て、このアザも彼に叩かれたの。」


 女の右の腕には内出血で青くなった箇所が幅15センチ以上もあった。そしておもむろに人目も気にせずスカートをまくり上げて太ももを露わにした。両方の太ももの肌は白く、その白さが無数にあるアザの痕跡を如実にしている。


 「こんなになるまで引っ叩かれて、なんで逃げないんだ?殺されてしまうぞ。」


 女は私の言葉を無視して実の妹のことを話し始めた。

 

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